銀灰の神楽   作:銀鈴

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かつて人だった獣たちへ【02】

 朝から長風呂を満喫するという贅沢を終えて、ホクホクとした気分で部屋への帰路を歩いていた時だった。部屋に戻る道の途中で、ばったりと廊下でアインと遭遇した。

 

「あ、おはようございますアイン。よく眠れました?」

「肯定する。はっきり言って、当方が寝たことのあるベッドの中で最上級のものだった。不覚ながら、アヤメが起きたことに気づかないほど深く眠らせてもらったと報告する」

「それなら良かったです。まあ、私の家ではないですけど」

 

 言いつつ、くるりと踵を返してアインの隣に並ぶ。ほんの少しの優越感と罪悪感を心の中で握り潰して、後ろ手を組んで歩き出す。どこか目的地があるみたいだし、どうせやりたい事はあっても予定はないのだから。それならアインと一緒に居たい。

 

「そういえば、アインはどこへ行く予定だったんです?」

「修練場に向かっていると返答する。朝食まではまだ1時間はかかると聞いた。それまでに、軽く身体を動かしておく予定だ」

「……なら、私も付き合いましょうか?」

 

 予想よりも朝食までの時間があるようだし、そんな提案をしてみる。朝からお風呂を満喫したとはいえ、普段と違って運動が出来ていない。そんなに急いてやる物でもないけれど、この際一緒にやってしまうのも悪くはない気がする。

 

「肯定したいが、やめておく。アヤメは風呂に入ってきたばかりだと推測する。それなのに、すぐに汗に塗れるのは良くないと断言する。いや、当方が……嫌だ」

「そ、そうですか。アインにそう言われちゃ、仕方ないですね」

 

 顔をふいっと背けながらそんなことを言われてしまえば、プライベートな私としては身体を動かそうなんてことはもう思えなかった。思った以上に、お風呂の力は凄かったらしい。

 

「そういうことなら、今のうちに私の髪触ってみます? 昨日までと違ってサラサラになってますけど」

「……遠慮すると、否定する。アヤメはもう少し、自分の影響力を考えた方が良いと提言する」

「アイン相手だから、やってみたんですけど?」

 

 照れているアインなんて珍しいものが見れたので攻勢に出てみれば、また面白いほど狼狽してくれた。ただ、あんまり揶揄うのもアレなのですぐに切り上げ、残っている作業の設計図面を脳裏に描いておく。

 そうこうしている内にたどり着いた鍛錬場。昔から偶に利用させて貰っていた拡張された部屋の一室。何故かは知らないけれど『真っ白な空間がどこまでも続くような』そこの一角に私は座り込んだ。

 

「さて、と」

 

 準備運動をしているアインを横目に、私も諸々の作業用具をスキルから取り出していく。私とアインとリィンの魔剣・聖剣の整備は終わらせた。エターナルの制御鞘は直した。戦闘装束の修復も片手間で終わる程度にまでは進んでいる。こうして項目を挙げていけば、墜星との戦闘で受けた被害からの復帰は随分進んできた。聖剣の分析は後回しにするとして、ならば今私がやるべきことは──

 

「ああ、そうだアイン。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、まだ大丈夫ですか?」

「肯定する。それで、当方に質問とは?」

「今からチャチャっと箒を作り直そうと思うんですけど、何か要望ってあります? 例えば速度をもっと速くとか、旋回性能とか」

 

 私は以前の性能が身体が耐えられる限界なので、多少のチューンナップしか出来ない。けれどアインは私とは体格も能力も違うのだから、専用に組んだ方がいい気がするのだ。

 

「ならば、アヤメの物と同様に聖剣を接続できる形にして欲しいと要望する。移動中に接敵した場合、いちいち手を離して聖剣を構えていては間に合わないことがあるかも知れない」

「わかりました、じゃあそういう形で作っておきますね」

 

 何となく感じていた改良の必要性を、アインが言語化してくれたおかげで自分の視野が狭まっていたことを自覚する。最近、戦うことや(まつりごと)、交渉ごとに頭を回し過ぎていたらしい。製作や作業の技術は身体に染み付いているけれど、発想力が随分と衰えてしまっている。

 

「反省、しなきゃですね」

 

 アインには聞こえないよう小さく呟きながら、これまた小さな溜息を吐いた。やっぱり、性分に合わないことはするべきじゃない。私はこうやって魔法や武具、道具を弄りつつアインと一緒にいられるだけで幸せなのだから。

 

 

 それからは特に何も起きることはなく、筒がなく話は進んでいった。リュートさんとレーナさんを含めた4人で朝ご飯を食べ、その後は事情聴取……というよりかは、個人的な4者面談。朝レーナさんに話したことに詳しい注釈をつけて、これまでの旅路をリュートさんに説明した。

 

「……わかった。取り敢えず僕はその【毒林檎】のリヨンと、昨日の夜は素知らぬ顔していやがったアヒムをぶち殺せばいいんだね?」

「いや、どうしてそうなるんですか自重して下さい公爵さま」

 

 直後、満面の笑みでそんなことを言い放ったリュートさんに、思わず私はツッコミを入れざるを得なかった。満面の笑みとは言っても、正確には目だけは一切笑っていない。寧ろ座ったその目付きと腰の魔剣に伸びている手は、ここで止めないと確実に実行に移すことを如実に表していた。

 

「まあ、流石にアヒムに関しては冗談だから安心してアヤメちゃん。やれなくもないけど僕も致命傷は負うだろうし。何より、もし同じ立場なら僕もアヤメちゃんを殺してでも止めていた。これはもう言った気がするけどね」

「やっぱり、リュートさんがそう言う程のモノなんですね。私が背負った、大罪スキルは」

 

 そう言いつつ、腰に佩いたままのエターナルを撫でる。思えばこの私の相棒も、この場でリュートさんから受け取った時はとは様変わりしてしまった。最初は魔剣で、次に大罪に汚染されて魔剣でも聖剣でもない物になり、今はアインとの聖剣の一部。形も、性質も、役割も、変わり続けてきた。

 

「そうだね。この時代、アヤメちゃんが背負っているような残影化した物じゃない、本当の大罪と元徳スキル。それを知っていて、あまつさえ退治したこともある身としては……うん、やっぱり放っておくことはできないよ。当然、残影(じゃくたい)化したスキルを背負う、今のアヤメちゃんもね」

 

 そう言ってリュートさんが伸ばしてきた手を、ペシリと優しくはたき落とす。昨日までなら良かったけど、風呂上がりの女の子を撫でて良いのは同性か伴侶・パートナーだけなのだ。

 

「駄目ですよ、リュートくん。アヤメちゃんだってもう女の子なんですから」

「確かに、今のは僕が不用心だったかなぁ」

 

 私がそれを言うまでもなくレーナさんに咎められ、困ったような笑みを浮かべてリュートさんは言った。

 

「さて、話を戻すけど。アヒムに関しては冗談だけど、そのリヨンとかいう女はぶち殺してもいいと思うんだよね。ほら、権力っていうのはこういう時に使うものだろう?」

 

 相変わらず全く笑っていない目で、リュートさんは淡々と言葉を続けた。

 

「話に聞く限り【毒林檎】は辛うじて戦力にはなるかも知れない。けどそれでも国益になるかといえば、間違いなくならない。あまつさえ一時の感情で同胞を攻撃している辺り、高ランク冒険者としても失格だよ。それに今調べた限りだと、ギルドからの評判も良くないみたいだしね」

 

 パラパラと、話の途中に執事さんが持ってきた書類をめくりながらリュートさんが言う。ここからだと文字が逆さかで読みにくいけれど、それは間違いなくギルドの資料。何度か手伝いで処理したことがあるお陰で、昇格の時とかに使う身辺調査の書類であることも分かってしまう。

 

 情報と権力は揃っていて、私という証拠まで存在している。つまりここで私が頷けば、間違いなくリヨンさんの首は飛ぶだろう。だけど、私はそんなことしたくない。そう答える前に、確認のためアインの方を見て確認したけれど、ここは任せてくれるらしい。良かったと胸を撫で下ろしながら、私は口を開いた。

 

「別に私は、そんなこと望みません。色々と思うところはありますし、恨んでないと言ったら嘘になりますけど……そんなことに時間を割くくらいなら、アインと一緒に何か楽しいことをしたいですね」

「……そっか。アヤメちゃんがそう言うなら、僕もあまり動きはしないでおくよ。魔剣を失ってる以上ギルドのランクは降格するし、暫く活動は停止させてもらうけど、それだけにしておくかな」

 

 昔の私のようにお店の営業をしながら冒険者をやっているような兼業ではない冒険者にとって、致命的なことを宣告をしたものの、リュートさんは落ち着いてくれたらしい。纏っている気配がピリついたものから、気が付けば普段の優しいものに変わっていた。

 

「それじゃあ次に、確認したいことがあるから少しじっとしててもらっていいかな? アイン君も隣でいいから」

「えっと、構いませんけど……?」

「? 認識した」

 

 疑問に思いつつも言われた通りにじっとしていると、リュートさんの手元に黄金の波紋が出現した。普段は武器や鎖などを射出するそこから出てきたのは、あからさまに地球産に見える大きなカメラ。

 

「はい、ちーず」

 

 確かポラロイドカメラとかいうそれがこちらに向けられ、お決まりの言葉とともにシャッターが切られた。元々隣に座っていたから問題はないけど、出来ればひとこと言って欲しかった……なんて思っている間に、カメラの下部から写真が2枚吐き出された。

 

「……なるほど、本当に2人の寿命は残ってないんだね」

 

 段々と現像されていく写真を見て、悲しそうにリュートさんが呟いた。そうしてこちらに渡してくれた2枚の写真には、どちらも私たちの写真が写っている。一方は普通に綺麗な写真。もう一方は2人揃って写真に黒い影が刺し、頭上に93という数字が浮かんでいる写真だった。

 

「これはイオリさん……アヤメちゃんのお母さんが、昔お遊びで作った魔導具でね。難しい理屈は分からないけど、写真に写し撮った人の寿命が見れるんだ。数字は残りの日数で、あくまで天寿を全うするまでの時間。外的要因にまでは対応してないんだけどね」

 

 日数表示だよと補足してくれた後、改めて私とアインの映る写真を見る。お互いの頭上に浮かぶ数字は、変わらず93。ということは、私とアインの命は残り93日しかない。私の体感とも誤差レベルのズレしかないし何よりママの魔導具だ、きっとこの数字は間違っていない。

 

「……93日。思っていたよりも、短いと嘆息する」

「ですね。数字として見ると、何だか少し寂しく感じますね」

 

 一泊置いてアインが呟いたように、自分たちの実感ではなく誰かに数字として示されると、少し心にくるものがある。覚悟は、してた筈なんだけどなぁ……

 

「……アヤメ? どうかしたのか?」

 

 どことなく寂寥感と足元がぐらつくような嫌な感覚に、ぽすんとアインの肩に頭を預けた。自分の心臓とアインの親族の鼓動、両方が聴こえてきて少しだけ安心する。私たちはまだ生きているんだと、確かに実感できるから。

 

「いえ、何でもないです。ちょっとだけ、安心したかっただけで」

「認識した。当方てよければ、幾らでも手を貸そう」

「ん、ありがとうございます」

「ごほん。一応僕たちがいること、忘れないでね? まだ最後に伝えることも残ってるんだから」

 

 もう少しそれを堪能していようと思っていたけれど、リュートさんの咳払いで現実に引き戻された。目の前の2人を見ていると日常茶飯事とはいえ、やっぱり我ながら少し心が緩んでいる。

 

「すみません。それで、最後に伝えることって何ですか?」

「これはアヤメちゃんにじゃなくて、アイン君に対して何だけど……1つだけお願いしたいことがある」

「認識した。当方が可能な行為であれば承ろう」

 

 アインが頷いたのを確認して、本当に厄介で面倒くさいことを頼むように額を手で押さえ、深く重いため息を吐きながらリュートさんは言葉を続けた。

 

「アヤメちゃんはレーナから聞いているけど、僕らの息子の相手をしてやってほしい。息子は……ジークは、昔からアヤメちゃんのことが好きだったから、今のアイン君を見ると間違いなく突っかかってくると思うんだ」

「……それで、当方は何をすれば良いのかと疑問する」

「ジークのことだから、ほぼ間違いなく決闘だって言い出す。貴族の義務を叩き込んだ時一緒に、最終手段として僕が教えちゃったからね。だから、真正面から殴り飛ばして欲しい」

 

 確かにジーク兄はそう言うタイプの人だったと、朧げながらに覚えている。真っ直ぐで、一直線で、いつも手を引いてくれて、大体その全てが空回りしている厄介で面倒な人。

 

「認識した……が、それで良いのだろうか?」

「何、獣人なんて大体それで納得できる人種だからね。大人気なく魔剣も使ってくるだろうけど、アイン君ならきっと大丈夫。勝てたらまあ、ちょっとしたプレゼントも用意してあるから頑張ってほしい」

「了承した。当方は、当方の性能で許される限りの全力を尽くそう」

 

 そうして話がひと段落して、アインとリュートさんが握手を交わしたすぐ後のことだった。ジーク兄の魔剣の能力についてアインに説明していると、ゴンゴンゴンと力強いノックの音が部屋に響いた。

 

『すみません親父。来客中とは聞いていますが、どうしても聞きたいことがあって伺いました。今、お時間よろしいでしょうか?』

「大丈夫、入ってきて良いよ」

『失礼します』

 

 言って、扉を入ってきたのは見覚えのある姿。爽やかでふんわりとした人受けしそうなショートヘアに、きっちりと折り目が付けられた獣王国の軍服。そして以前は付けていなかった、魔導式の眼鏡を掛けた黒髪黒目の獅子族の獣人こそジーク・カンザキ。私が小さな頃、兄と慕っていた人物だった。

 




アヤメ 残り94日
アイン 残り94日
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