銀灰の神楽   作:銀鈴

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【1分で分かる前回までのあらすじ!】
・墜星の襲撃で魔界の被害がヤバい。獣人界と共同しないと滅ぶ!
・アヤメちゃんのコネで上の人と接触出来ない?
・リュート公爵ならいけるかも
・バレると危ない(アヤメ・アインともに指名手配)からこっそり行こう
・魔界から獣人界に突入!(アヤメ・アインは変装。リィン・アナリューゼ・イトナミを加えた5人で)
・迎撃された
 →しかも本人が来ちゃってたよ……
・取り敢えずアヤメとアインは保護(軟禁)
・魔界ー獣人界間の取引は成功
・獣王剣と現獣王についての問題を解決する代わりに、アインの過去を調べる助けをGet
・やれることがない、どうするべきか
・寿命とか恋愛関係の諸々をリュートさん達へ話した!
・昔アヤメちゃんに惚れてた息子が居て……
・獣人らしく力で示して認めさせて? 反対すると思うから
 →来た




かつて人だった獣たちへ【03】

『失礼します』

 

 言って扉を入ってきたのは、見覚えのある親しかった人物の姿。

 爽やかでふんわりとした人受けしそうなショートヘアに、きっちりと折り目が付けられた獣王国の軍服。そして以前は付けていなかった、魔導式の眼鏡を掛けた黒髪黒目の獅子族の獣人こそジーク・カンザキ。私が小さな頃、兄と慕っていた人物だった。

 

「アヤメさんが生きていたと、聞いたの、です、が……」

 

 獣王国軍特有の、手の甲を見せる形の敬礼をしてジーク兄ぃが部屋に入ってくる。私たち冒険者とは違う、軍人らしい折目正しく整った所作。

 その動きに感心している中、段々とジーク兄ぃの言葉尻が萎んでいく。ぐるりと部屋を見回して、まるで信じられないものを見たかのように固まってしまった。そして、喉から搾り出すように一言。

 

「親父、これは、一体どういう状況ですか?」

「と、言われてもね。僕からは見ての通りとしか言いようがないかな」

 

 困惑していることが手に取るように分かる疑問に、リュートさんが試すように答えた。その言葉に改めてジーク兄ぃは、困惑と怒りが半々のような表情で部屋を見回して──私たちと、目が合った。

 本当ならば、久し振りに会ったことだし伝えたいことは少なくない。しかし、先ほどリュートさんが言っていた『一回正面から打ち破ってほしい』という言葉と、今の試すような言葉。そこから私が今やるべきことはたった1つ。

 即ち、アインとジーク兄ぃが戦うように誘導すること。そうだろうとリュートさんに一応目配せして確認を取れば、お願いすると頷かれた。確かに私が今ここで動くのは、一番手っ取り早い方法だけど……まあ、仕方がないか。

 

「えっと、お久しぶりですジーク義兄(にい)さん」

「アヤメち……さんからは、説明してくれるとありがたいのですが……」

 

 私の知る印象とはまるで違った非常に丁寧な言葉。困ったように、縋るような目で聞かれると、普通に答えたくなる。が、今回だけは許して欲しい。恨むなら、後でネタバラシするであろうリュートさんを恨んでほしい。

 内心そう毒づきながら、隣に座っていたアインの手を取った。流石に腕を抱き寄せるのは恥ずかしいから、これで妥協して欲しい。そう期待しながら、一泊置いて言葉を発した。

 

「この人……アインとのことを、リュートさんに報告しにきました。本当はもっと色々事情はあるんですが、この瞬間に限っては間違いなく。リュートさん達は私にとって、両親のような人達なので」

 

 そして、態々見せつけるようにして言った。私とアインがそういう関係であると、私のことを好きだったらしい人に。そして私の義理の兄は、現時点で既に別人のような印象だが気持ちの抑えが効かないタイプだ。

 

(アイン、そういうことなので乗って下さい)

(認識した。恋人同士ということを強く押し出せば良いか?)

(お願いします)

 

 義耳に搭載している念話機能を起動してアインにお願いする。今のところ送受信はアインとだけだが、やっぱりこの機能は便利だ。今後もアップデートして行こう。

 

「端的に言って、当方はアヤメと寝た仲であると報告する」

 

 瞬間、空気が凍りついた音が聞こえた気がした。実際、嘘は言ってない。言ってないからこそ、狙いはジーク兄ぃだけであったはずなのに、リュートさんまで引っかかってしまっていた。レーナさんには話してあるから問題ないだろうが、言葉のインパクトがあまりにも強かった。

 

「ッ、」

 

 静まり返った部屋に、歯を食い縛り軋む音と血管が切れる音の2つが響いた。この関係の中心にいるのが自分であることが納得出来ないけど、これが親子なんだろうなぁ。私も、パパとかママに似てるのだろうか?

 

「なるほど……貴方の名前は?」

「当方の名前はアイン・ナーハフートだ。そちらはジーク・カンザキで相違ないかと確認する」

「ええ、間違いありません」

 

 額に青筋を浮かべたジーク兄ぃが、掛けていた眼鏡を外す。それをアイテムボックスらしい空間に収納し、そのまま全く笑っていない目で笑顔で言い放った。

 

「表出ようぜ、アイン・ナーハフート。久しぶりにキレちまったよ」

 

 切り替わった丁寧ながら粗暴な雰囲気。軍人として取り繕っていたらしい言葉は私の知るものに戻り、完全にこちらの目論見通りに動いてくれた。しかし予想とは違い、決闘だという話にはならない。

 

「俺の大切な……うちの大切な義妹(いもうと)に手ぇ出してくれやがったんだ。1発ケジメ付けさせやがれ」

 

 これは、思っていたより私の義兄は冷静だった、ということで良いのだろうか。話が違うと2人を睨みつければ、そちらはそちらで大変な様子だった。元々冒険者だったんだから、異性と同じ空間で寝ることも当たり前だったでしょうに。私は寝なかったけど。

 

「リュートくん、落ち着いて。ステイ!」

 

 今にもアインに斬りかかりそうな態度のリュートさんを、レーナさんの鶴の一声が完全に鎮めていた。これが噂に聞く嫁の尻に敷かれるって状況なんだろう。……この状況をけしかけた張本人な以上、何かこっちへのフォローもしてくれないだろうか。いや、無理か。

 

「肯定する。貴方の話は当方も聞いている。故に一度、白黒決着をつける必要があると断定した。そして、お互い拳1発では勿体ない機会であるとも進言する」

 

 そっちのやりとりに気を取られている間に、アインとジーク兄ぃの方も話が進展していた。お互いにガンを飛ばし合う姿は、かつて冒険者として活動していた頃によく見た意地の張り合いのそれだ。

 

(こんな形で挑発すれば問題ないだろうかと疑問する)

(ええ。あとはアインのやりたいように)

(認識した)

 

 とはいえ繋がったままの念話ではいつもと変わらぬまま。それをほんの少しだけ残念に思いつつ、好きなようにとGoサインを出した。事態は微妙に変わってしまっているが、ここで引き下がるのはカッコ悪いし。どうせだったら、義兄なんて倒してしまえと思う自分が確かにいた。

 

「確かにお互い、種族も違えば立場も違う。公の場で会えば、相当な事情がなければ敵同士なくらいにはな。なぁ、冒険者型人造人間(エクスプローラー)後衛型(ナーハフート)さんよ」

「否定はしない。本来の名は取り戻す過程にあるが、当方にはアインという名前がある。その呼び方は不服だと拒絶しよう、黒猫の獣人」

 

 義兄が出してきた権力という手札に、あえて個人名を呼ばす獅子族を猫と嘲り返した。まるで2人の間にバチバチと散っている火花が幻視できるような光景。ここまでアインが煽っているのを見るのは、初めてかもしれない。

 

「いいぜ、そういう男は嫌いじゃねぇ。うちの国の淀み腐った保身ばっかの御上より、よっぽど過去じゃなくて未来を見てる」

「肯定する。何せ当方にも、アヤメにも、もう長い時間は残されていない。故に止まってなどいられないと返答しよう」

「……そこら辺含めて、聞かせてもらおうじゃねぇか」

「認識した、是非もない」

 

 たったこれだけのやりとりだった筈なのに、アインと義兄の間には何か友情のような繋がりができていた。これが男の関係というやつなのだろうか? 男のロマンに関しては理解出来るけれど、やっぱり私はこっち方面の話はからっきしらしい。

 

「獣人らしく、殺し以外は何でありのガチンコだ。文句はねぇよな?」

「肯定する。当方も甘えず、鍛えねばならないと思案していた」

 

 そう言って、2人は真正面から拳を打ち合わせた。それに伴って、魔力と魔力がぶつかり合い今度は物理的に発生する火花。そしてそのまま、言葉を交わすこともなく部屋を出て行ってしまった。

 

「男の子って、何というか、凄いですね」

「そうね。私やアヤメちゃんには、分からない部分も多いと思うわ」

 

 先程までのドタバタは落ち着いたらしく、平然とした様子でレーナさんが言った。ママならきっと、こういう時の感情も理解出来たのだろうか。そんならしくない考えが頭をよぎった。

 

「ところで、さっきアイン君が言っていた一緒に寝たって言うのは、どういうことか説明して欲しいんだけど?」

「冒険者ならそういうこともあると思いますけど」

 

 やましいことが何もないとはいえ、実際は一緒のベッドで寝たわけだけど。リュートさんに言うつもりはない。さっきの反応を見るに、明らかに面倒なことになるだろうから。

 

「それは、そうだけど……」

「そういうことです」

 

 けれど、これでまたやることが無くなってしまった。聖剣の分析は手をつけて良い場所すら見当つかない以上出来ない。とはいえアインとジーク兄ぃの戦いに割って入ったり、観戦に行くのはあんまりにも野暮な話だ。

 

「という訳で。明日以降の予定を詰めたいんですけど、いいですか?」

「何か、すごく誤魔化されたような気がする……けど、そうだね。アヤメちゃんがそう言うなら」

 

 だから私も、今出来ることを進めよう。

 残されたほんの少しの時間を、悔いなく生きるためにも。

 

「まず可能な限りのスケジュール調整はしているから、多分明日の昼くらいには謁見の時間は作れると思う」

「やっぱり登場するなら正装しなきゃ不味いですよね」

「そうだね。アヤメちゃんとアイン君、2人ともアイテムボックス経由の早着替えができる以上、正装しないと女王様はともかく周りが煩くなると思う」

 

 豪華なドレスを着てハンマー振る馬鹿が何処にいるという話だけど、問題ごとを引き起こす可能性は予め摘んでおきたい。やっぱりドレス、少しは仕立て直さなきゃ不味いなぁ……

 

「私のはちょっと仕立て直せば良いですけど、アインのはどうしましょう」

「ウチの余ってる奴でいいと思うよ。緊急に呼び出して、そこまで完璧な物は幾らなんでも……いや、あの屑どもならあり得るか」

 

 リュートさんがゲンナリとした様子で言う。私はもう随分と獣人界の貴族なんて会っていないけれど、そこまで上層部は酷い状況なのだろうか。

 

「ごめん、アヤメちゃん。素材と最新のトレンド情報はあげるから、作って貰ってもいいかな?」

「リュートさんがそう言うなら。でもどうせなら、私のドレスと合わせたデザインにしちゃいますかね」

 

 何せ私の正装ドレスはほぼほぼ無地の極めて質素な物だ。そんなのの隣に最新トレンドの華美な服装のアインがいると、極めて不自然だし不釣り合いだ。

 ならば私が着飾ればという話だが、それは私の立場が邪魔をする。とはいえ、完全に代わり映えしないのもそれはそれで舐められるし……となると、1番無難な選択肢が各々の個性レベルの装飾をしたシンプルな物になる。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が溢れる。これだから貴族と関わり合いたくないのだ。馬子にも衣装とはいうけど、そんな見えの張り合いに付き合ってなんていられない。あっ、でもアインのかっこいい服は見たい。

 さて、そうと決まれば話は早い。明日まで時間は多くないのだし、さっさと仕立て直してアインのを作り始めよう。

 

 

 そうしてアヤメが行動を始めたのと同じ頃。

 今朝アヤメとアインが2人で使っていた、真っ白な空間がどこまでも続くような空間のみがある訓練場にて。黒獅子の少年と灰髪の少年が、徒手空拳で向かい合っていた。

 

「さっさとケジメをつけてぇところだが、その前に1つ聞きたいことがある」

「当方に答えられる質問であれば答えよう」

 

 すぐにでも戦闘が始まりそうな空気感の中、ジークがアインに問いかける。それはこの勝負より何より、聞いておかなければいけない大切なこと。

 

「もう長い時間は残されてないってのは、一体どういうことだ」

 

 自分の大切な人が、長く生きられないとはどういうことか。その真実についてだ。少なくとも、ジークが知る限り彼女にそんな話は聞いたことがない。無論最後に会い、話を聞いてから相当時間が経っているため確実な情報ではないが……それでも、彼女のパートナーであるという目の前の彼には問い質さねば気が済まなかった。

 

「単純に当方とアヤメの生存可能時間は、暫定で残り94日のみであるだけだ」

「暫定?」

「肯定する。アヤメの体感では凡そ3ヶ月、リュート公爵の魔導具で測定した日数が94日だ。当方に関しては設計限界、アヤメに関しては……本人はスキルの影響であると言っていた」

 

 言葉尻を誤魔化してアインが答えるが、この世界に寿命を失うスキルなんてものは一部の例外を除いて存在しない。その一部の例外にしても、アヤメの得意とする錬金術の攻撃転用のみ。態々誤魔化す必要は存在しない。

 であるのにそうした以上、自ずと答えは1つに絞られる。即ち、本来一般人ならば知るよしもない物。そして知っている者であれば、対応が2極化するスキル。かつて大罪と呼ばれた物と、元徳と呼ばれたスキル群に他ならない。

 

 それは向こうがこちらを見極めようというのならば、こちらも相応の目を向けさせて貰うというアインの意思表示だった。何せ伝聞でどのような人物が聞いてはいるものの、実際の人物像は変わっている。同じ人を大切に思っている一点では合意が取れるものの、アインから見たジークはただの危険人物でしかないのだから。

 

「分かった。なら、いい。これ以上深く聞きもしない。とっととケジメ付けさせてもらう」

「情報を拡散しないこと感謝する。そして、ならばこそ、かかってこいと挑発しよう」

 

 結果、ジークが選んだのは静観。大罪と元徳という、かつて世界にあったスキルを知っているから。今から自分にできることが何もないことを理解できてしまうから。それらを認めた上で、それでも前に進むために拳を握りしめた。

 

「だが、その前に1つ疑問があると申告する」

「なんだ」

「何故、魔剣を使わない。当方とて健全な男子である以上、拳闘(ステゴロ)に依存はないが……」

 

 同じように拳を構え、無数の魔法を発動待機状態で展開しながらアインが問いかける。既にリュート公爵夫妻の予測からは外れているが、ジークが魔剣を所持していることは間違いない。故に本気でやりあうのであれば、魔剣と聖剣のぶつかり合いが発生するはずだったのだが──

 

「ハッ」

 

 そんなアインの疑問を、ジークは鼻で笑い飛ばす。

 

「んなもん決まってる。違う世界の言葉だが、男の誇る最強の武器は、勇気と、覚悟と、拳の3つ。覚悟をぶつけ合う以上、勇気を以って拳を交わすが道理だろうよ」

「……認識した。ならば当方も、相応に応えよう」

 

 ジークの言葉に消滅する無数の魔法。そのまま残しておけばいくらでも不意打ちが可能な魔法ストックを、アインは完全に捨てていた。最低限の身体強化のみを残し、拳を握りしめ構えている。

 

 もう言葉は不要なのか、2人の間に沈黙の帷が降りる。高まっていく戦闘の気配、一触即発の空気。じりじりと嫌な汗が滲む中、先手を取ったのは当然のようにジークだった。

 

「シッ!」

「ハァッ!」

 

 ジークとアイン、両者の体格にそこまで大きな差は存在しない。少なくとも肉体年齢は同じで、お互い有事に備えて体は鍛えている。故に見た目上は少なくとも互角。しかし実際は、用途が違う。

 近衛騎士として然るべき相手を守るために鍛えた筋肉と、魔法を効率よく運用するための移動に適した筋肉。それを1発の重さという点で比較すれば、当然前者が有利を取る。

 

「手前の想いは、そんなもんかぁッ!」

 

 故に最初に直撃したのはジークの拳。アインが防御を固めるより早く右の拳は守りを抜け、しかし狙っていた顎ではなくアインの額を強く強く打ち据える。しかしそれを気合で耐え切り、裂けた額から血を流しながらも一歩を踏み込み、カウンター気味にボディブローを抉り撃つ。

 

「拳が、生温いと、否定するッ!」

 

 こちらも当然直撃。何せお互いの意地と意地とのぶつかり合いだ、避けるなんて格好の悪く情けない選択肢は最初から存在していない。

 そして正式な格闘術と比べ喧嘩殺法程度の技術もへったくれもない拳だが、魔法による身体強化がそれを補っている。墜星のような埒外な実力者でもない限り、アヤメもアインも共に実力的には最上位なのだ。当然その拳は、正式な軍人と比べても十二分な威力がある。

 

「がはッ、ごほ……」 

「ふぅ……」

 

 ジークは肺の中の空気と共に血の塊を吐き出し、フラつきながら数歩後退。アインも脳が揺さぶられたことによるふらつきで、深く息を吐き血を拭いながら立ち止まってしまう。

 

「そっちこそ、軽い拳だ、なぁッ!」

 

 先に無理矢理体制を整え復帰した、ジークの拳がアインに突き刺さる。お返しと言わんばかりのボディーブローに、アインができた抵抗と言えばインパクトの瞬間に後ろに飛ぶこと程度。ダメージ自体は大きく軽減しながらも、同時にかなり吹き飛ばされてしまう。

 

「そんなんじゃ、アイツは、守れ、ねぇぞ……」

 

 地面を何バウンドもしながら転がってくアインに、肩で息をしながらジークが言葉を叩きつける。確かな諦めと、激励と、そして喜びのような感情が入り混じった笑顔を浮かべながら、無理に動かした身体を休めるように息を整える。

 

「少々、腹立たしいと申告する」

 

 そんなジークを見据えて、口に溜まった血を吐き捨てながらアインが立ち上がった。その全身には治癒魔法の光が灯り、全身の傷を瞬く間に癒していく。

 

「貴様の言の通り、当方は後衛型(ナーハフート)だ。そこまで言うのであれば、当方にとっての拳も受けて貰おう!」

 

 瞬間、展開される50個の最上級攻撃魔法。かつての世界であれば、最高峰の魔導と呼ばれた魔の真髄に近しい力。後衛としての面目躍如、本来の性能というべき力が全て制御されて荒れ狂った。

 

「上等d、精霊術──ッ!」

 

 ジークが対抗しようと精霊を呼び出しかけるが、余りにも遅い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、ジークの全身を炎が焦がし、礫で打ち据え、風で刻み、水圧を以って押し潰し、雷撃ね感電させ、吹雪で凍りつかせる。挙句に無形の衝撃が氷を叩き割りながら地面に叩きつけ、最低限の回復まで使われた。

 

「は……?」

 

 呆然とした様子でジークが言葉を溢す。

 かつての戦争において、全ての国がその存在を忌みながらも冒険者型人造人間(エクスプローラー)に頼った理由がこれだった。その絶大な力が、こんな万能性が、世界最強の遺伝子を埋め込まれ技術を受け継ぎ作られた最初の1人だけでなく、その複製体にも備わっている。挙句に同一タイプであれば、全個体がリンクすることで無限に進化を続けることが出来る理不尽。

 そんな存在を使い潰しながら戦い続けた戦争の負の遺産。その成長し切った存在に、現代で"かなり鍛えた"程度の存在が、気持ち1つで敵う筈もない。当然の帰結だった。

 

「なんなんだよ、これ……」

 

 決着。その結果は火を見るよりも明らかだった。

 消耗はしているものの無傷のアインと、戦っていた相手に治療されて倒れ込むジーク。本気を出された瞬間、咄嗟に手加減する余裕すらあった相手に負けた。下手に頭が回るせいか、そんな事実に吐き捨てる言葉も弱々しい。

 

「当方は、単純に実力を行使しただけだと申告する。拳闘(ステゴロ)は初めて経験したが、悪くない経験だったと肯定する。しかし魔法という手に頼ってしまった以上、事実上は当方の負けだろう。申し訳ないと謝罪する」

 

 挙句、謝られて勝ちを譲られた。劣等感と屈辱に満ちたジークに、更に恥と情けを上塗りして踏み付けるような言動。そこに一切の悪感情が含まれていないことに気がついて、ジークの中で何かがポッキリと折れる音がした。

 激情に任せて魔剣を解放することも、先程のように啖呵を切ることも出来ない。アインからすれば淡々と事実のみを告げた言葉に、完全にその意志ごと砕かれていた。

 

「ちくしょう……どうして、どうしていつもこうなんだよ……」

 

 生き残ったという生存の欲求から繋がる安堵と、込み上げる負の感情を無茶苦茶にかき混ぜたような感情に、ジークの瞳からボロボロと涙が止めどなく流れ落ちていた。




アヤメ 残り94日
アイン 残り94日
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