銀灰の神楽   作:銀鈴

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かつて人だった獣たちへ【終】

「ちくしょう……どうして、どうしていつもこうなんだよ……」

 

 悔しさと、不甲斐なさと、情けなさがドロドロに煮詰まって。倒れ伏すジークの瞳から、涙がボロボロと止めどなく流れ落ちていく。いつもいつも、守りたいと伸ばした自分の手は届かない。大切なことは見えない所で、とっくに完結して終わっている。

 

「恐らく、当方の所為であると推測する。問題がなければ、話を聞かせてほしい」

 

 そんな当人以外知るよしもない絶望を察してか知らずか、アインがそんな言葉を掛けた。しかしその差し伸べた手は、拭った涙もそのままなジークに弾かれた。

 

「いやだ。負けた上に慰められるなんて、冗談じゃねぇ……」

「ならば勝者として、話を聞かせてほしいと要請する。当方の記憶が確かであれば、敗者は勝者に従うという話だった筈だ」

 

 明確な拒否を突きつける涙に濡れた見上げる視線を、真正面から普段と変わらぬ凪いだ瞳で見返しながら。アインが珍しく一歩を踏み込み言う。

 

「そこまでして、俺から何が聞きてぇんだよ。お前は俺より強いし、義妹(いもうと)とそういう仲なんだろうが」

「否定する」

 

 この戦いが始まる前とは打って変わった、折れ砕け弱りきったジークの言葉。それにアインが明確に否定を突きつけて言葉を続けた。

 

「まず当方は、貴方が想像するような意味でアヤメと床を共にしたことはないと否定する」

「はぁ……!?」

「何せ当方にはそのための機能がない。当方の正体を知っているのであれば、既知の情報だと推測するが。どうだろうか」

「確かに、そう、だが……なら、なんであの場で言った」

「リュート公爵、アヤメから依頼された、この決闘を行うためだと言明する。ああして煽れば、今もアヤメを好きだという貴方は釣れると判断した」

 

 真実だけを告げて畳み掛けるような、或いは学校における先生と生徒のような会話に、気がつけばジークは起きがっていた。心中に渦巻くモノは消えないが、それを上回る自分の不甲斐なさに、いつの間にか流れていた涙も止まっている。

 

「なら、全部俺の早とちりで、こうなることも掌の上だったってことかよ」

「肯定する。しかし、当方だけの力ではなし得ないことだった」

「ははっ、マジかよ……とんだ道化じゃねえか」

 

 乾いた、力のない笑いがジークの口からこぼれた。仕組まれていたこととはいえ、勝手に勘違いして言い掛かりを付け、挙句手加減をされて負けネタバラシをされる。これを道化と言わずになんと言おうか。

 

「否定はしない。だが、当方とアヤメの関係を認めさせるにあたり、尤も手っ取り早い手段だと判断した」

「気にいらねぇ。気にいらねぇが確かに、認めざるを負えねぇよ。俺と違って、あんたなら義妹(いもうと)の……アヤメの隣に立っていられる」

「だがそれ以上に、貴方と話をしてみたいと思案していた。ジーク・カンザキ」

 

 へたり込んだままのジークに、手を差し出しながらアインが言う。見上げた先。再びかち合った視線には、今度は凪いだ無感情な瞳ではなく、柔らかな光が満ちていた。

 

「んだよ。これ以上、俺を惨めにしようってか」

「否定する。当方は、貴方の知るアヤメの話を聞きたいだけだ」

「それこそ、あんたには必要ない話じゃねぇか」

 

 そう言葉を吐き捨てたジークに対し、ゆっくりと首を振りアインは答えた。

 

「確かに当方は、現在アヤメと恋仲にある。だが正直なところ、アヤメの過去をあまり知らないことも事実だ」

 

 何せアヤメにとって、過去の記憶というものは特段触れたくないもの大半を占めているのだ。話したところで何かが変わることもなく、嫌な気分になるだけである以上、わざわざ記憶を掘り返す理由がない。

 アイン自身これまで共に過ごしてきた中、言葉や態度の端々から察することは出来ていた。アヤメも獣人界へと戻ってきてしまった以上、ちゃんと話すタイミングを見計らってはいた。だがそれよりも早く、真実に触れることが出来る時間が来てしまっていた。

 

「貴方のその態度と好意は、アヤメの過去に深く起因していると推測する。故に無理にアヤメから聞くよりも、第三者である貴方から話を聞いてみたかったと表明する」

「……ああ、なるほどな。確かにそれなら、俺の方が適任だ」

 

 深く言葉を吐き出しながら、ジークが訓練場の何もない空を見上げながら呟いた。そして立っているままじゃ話もできないと、アインに座るように促す。

 

「このクソみたいに停滞した獣人界が、アヤメに何をしたのか。一から十まで話してやるよ」

「感謝する」

「ただ、代わりに俺にも聞かせてくれ兄貴。あんた達がどんな旅をして、何があったのか」

「認識した。それくらいであれば問題ないと首肯する。……いや待て、兄貴とは何だと疑問する」

 

 突如ジークの言葉に混じった、聞き覚えのない二人称。耳馴染みのない言葉にアインが言葉を返すも、逆に何をおかしなことを言っているのかと言わんばかりの態度でジークが言葉を続けた。

 

「自分から挑んだ決闘で、温情を受けた上に負けたんだ。こうするのが礼儀って教わったんだが……違うのか?」

「少なくとも当方は、そんなしきたりを耳にしたことはないと否定する」

「そうか……でもまあ、俺なりのケジメだ。これからは、気楽にジークって呼んでくれよな」

 

 敵意を剥き出しにした最初の時とも、心を砕かれたばかりの頃とも違う、獣人らしさが全面に出た快活な姿。力が強いものが上に立つ、昔から変わらない獣人界の文化を肌で感じながら、男たち2人の時間が始まった。

 

 

「さて、と」

 

 そんな一部始終を最初から最後まで見届けて、私は起動していた魔法を解除した。万が一の時のために起動していた、色々と術式を組み合わせた遠隔視の魔法だったが、私の心配は杞憂に終わってくれたらしい。まあ、何だか悪くない形の決着になっていたのではないだろうか。

 私としても、新しい魔法を作り出すことができたのと、問題なく作動することが確認できたから満足だ。ちょっとした気晴らしにもなってくれたし。

 

「あら、もう覗き見はしなくていいのかしら?」

「ええ、まあ。他人(だれか)の語る自分の不幸話なんて、聞いてて楽しくないですし」

 

 書類仕事をしながら楽しそうに聞いてきたレーナさんに、私も手元の作業を進めながら答えた。ただでさえ面倒な作業をしているというのに、何が悲しくてそんな苦行までしなくてはいけないのか。

 義足のデザインとの相性が微妙で、思った以上にドレスの手直しが必要だったのだ。元々シンプルであまり肌を見せないデザインとはいえ、デザインは合わせなければいけない。全くこれだから王城は。

 

「それもそうね。……なら、あの子がわざわざ軍属になった時の話でもしましょうか」

 

 ペンを走らせる手を止めないままな、柔らかな口調でレーナさんが言う。最初に執務室で作業して欲しいと頼まれた時は何かと思ったけれど、こういう目論見があったからか。

 

「正直興味ないんですけど……それに、今更何か言われても靡きませんよ?」

「それは知ってるわ。だってアヤメちゃん、そういう心の部分はすごくお母さんとティアさんに似てるもの」

「じゃあなんで」

「私だって、アヤメちゃんと色々とお話ししたいわ。それじゃあダメ、かしら?」

 

 まるで、私がそう答えるのを知っていたかのようにレーナさんが答えた。はっきりと私を見て、首を傾げて、困ったような笑顔で。ママやお義母さんとは違う、けれど私の母親の1人。そんな人に、そんな顔をされたら断れるはずがない。

 

「別に、そう言うことじゃないですけど……」

「そう! それならよかったわ」

 

 それでも、真っ直ぐにそう伝えるのはどこか気恥ずかしくて。言葉尻がごにょごにょと小さくなってしまったのに、レーナさんは気にしない様子だった。アインのように聞き返してくるでもなく、追求されるわけでもなく、察して優しく受け止めてくれる態度。今朝の長風呂の時にも感じた、溺れてしまいそうなこの感覚……やっぱり、苦手だ。

 

「ええと、それで確か。そう、ジークが軍に入った理由だったわね」

「わざわざ話題にするくらいですし、私と何か関係あります?」

「勿論と、言いたいところだけど違うわ。あの子が軍に入ったのは5年前、悪魔との戦争が終結した1年後だったわ」

 

 英雄戦争終結後1年……私は、その頃の記憶が曖昧だ。パパとママが死に、天涯孤独となった上に何処からか湧いて出た「七英雄」を「大罪人」と凌辱する風潮。戦争の不完全な幕切れと被害に、不安と不満のやり場が見つけられなかった人々の捏造と狂騒。

 それに耐えきれず何度か舌を噛んだ記憶があるし、空腹に街へ向かえば、大の大人達から罵声と暴力を浴びせられた記憶はある。だけど、それだけだ。いつからいつまでそんな被害に遭っていたのか、まるで分からない。お義母さんが帰って来るまで、私には何もなかった。

 

「英雄戦争が、突然決戦の地──あの頃はエンドラインと呼ばれていた島に、クリフォトが出現することで停滞して1年。未だにこの世界に溢れていた【悪魔】を根切りにする為に、軍は動いていたわ。小さな子供すら動員して」

「その時にジーク兄ぃもってことですか」

「ええ。とはいえ私とリュートくんがそのことを知ったのは、あの子と戦地で再会してだったのよね。スラッシャーを握って突撃していくあの子を見た時は、正直肝が冷えたわ……」

 

 それ程までに、当時の世界は追い詰められていたらしい。そう文献で知ってはいても、実際にその時代を駆け抜けたレーナさんの言葉からは異質な雰囲気を感じた。冒険者ギルドに満ちる旧獣人界の気さくな雰囲気とも、現代に溢れる暗く澱んだ空気とも違う、ひりついた戦争の気配。きっと私には一生理解できない気配に、嫌な汗が背中を伝った。

 

「とはいえ、あの頃はまだ沢山いた魔剣使いの力もあって、ほぼ全ての悪魔を斬滅。そうして戦地から帰ってきて見つけたのが……貴女よ、アヤメちゃん」

「当時の記憶は曖昧ですけど、多分ひどい姿だったんでしょうね」

「酷いなんてものじゃ無かったわよ。全身傷だらけの血だらけ、服はボロ切れみたいで、凄く痩せてて──今のアヤメちゃんなら大丈夫だと信じて言うけれど、死人のそれだったわ」

 

 申し訳なさそうにレーナさんが言うけれど、所詮はもう過ぎた話だ。それに私自身、殆ど同じ記憶があるのだから気にする必要はない。

 

「でも今考えると、よく私そのとき慰み者にされませんでしたね。もしくは私刑(リンチ)で殺されたりとか」

「戦場にも出れない腰抜けで、自分より弱い相手をなぶる事しか出来ない塵屑どもよ? そんな勇気があるわけないじゃない」

「辛辣ですね……」

「当然よ。当時従軍してた人たちの多くが、国を見限った原因だもの。命を賭けて守った国がそんな有様になってたのよ? 戦場帰りの人は大体、自分たちが受け取った魔剣を持ったまま何処かに消えていった。私とリュートくんも、アヤメちゃんが居なかったら隠居してたわ」

 

 底冷えするような笑顔に、思わず首を縦に振る。

 けれど、確かにそうだとも思う。自分のことながら「8歳の子供を国ぐるみで迫害し、住民が憂さ晴らしかわりにサンドバックにしている国」なんて国に、命を賭けて戦えなんて命令されても土台無理な話だ。

 それと同時に、獣人界に魔剣が点在している理由も今更ながらに理解した。自分の魔剣(あいぼう)をそんな国に渡すくらいなら、国を捨てて故郷に帰ったほうがマシに決まっている。

 

「それ以降ね。あの子が──ジークが、軍の中でどんどん戦果を上げて立場を固めていくようになったのは」

「悪質に切り取ると『私を好きなようにしたいから』って理由に聞こえますけど。たぶん逆ですよね?」

「勿論。アヤメちゃんを守る。その為に私とリュートくんとは違った力と権力が必要だー! なんて言ってね。もう戦える限界が来ていた私とリュートくんに変わって、一生懸命だったわ」

 

 懐かしむようにレーナさんが言った辺りで、ずっと作業していたドレスの改修が終わった。特に語ることがないくらいシンプルなデザインで、義足が見えても不自然ではない感じに仕上がった。

 戦争の時の話はもっと聞いてみたいけれど、今はこちらの方が優先だ。アイテムボックスを経由した衣装チェンジで、しっかりとした礼装に身を包む。

 

「初めて知りました。ところで話は変わりますけど、王城に登城してもこれなら大丈夫ですかね?」

「そうね……招かれる立場は冒険者で、かつ他国の国賓扱いだから大丈夫だと思うわ。それでも、何をされるか分からないから気をつけるのよ」

「そうですね、万全の注意を払いたいと思います」

 

 言いながら、先程までのラフな格好に戻りソファー座り込む。あとはアインの方も調整しながら作るとして、まあ、何とかなるだろう。

 だとすれば、問題は明日から始まる獣王剣ライオンハートの修復だ。私の手に余らない程度の破損か損傷ならいいんだけど。

 

 

「だけど、ダメだった。軍の階級なんて物は何の役にも立たなかった」

 

 アヤメとレーナがほぼ同じ話をしていたのと同時刻、吐き捨てるようにジークは呟いた。そう、先程の話はそこで終わりではない。停滞したこの世界において、ヒトの最後に待つのは最新の挫折と終わりしかないのだから。

 

「なあ、アインの兄貴は『灰の襲撃』事件は知ってるか?」

「肯定するが、詳細は知らないと否定する。当方が認知しているのは、顛末とゴシップ記事に切り取られていた情報のみだ」

 

 魔剣ルンペルシュテルツヒェン確保の際に見たゴシップ記事の内容、それがアインの知る『灰の襲撃』事件の全てだ。目の前で義母を失った事件について当時のアヤが触れるはずもなく、事実だけを見るならばよくある悪魔の襲撃事件の1つでしかないのだから。

 

「だったら話が早く済むな。あの事件の時、俺もこの街にいた。なのに、なのに俺は、何も出来なかった……!」

 

 喉の奥から絞り出したような、後悔と懺悔の声が響く。たった数ヶ月前、折れて砕けたばかりの心の残響が虚しく空気を震わせた。

 

「俺ができる、最大限のことはした。部隊を運用して、メイジ級の悪魔も引き受けて、街を守って! 事件が終息した後も、ふざけた醜聞がで回らないように手を尽くした!」

 

 具体的には、当時アヤメの下に1番早く辿り着いた魔剣使い達がジークの部隊だ。僅か200名しか居ない獣人界の魔剣使いの内、32名からなる小隊。それを率いる程度にはジークの力は認められている。だが──

 

「でも、俺は何も変えられなかった! 守ると誓った女の子を、守ることすらできなかった!」

 

 人は死に、街は壊れ、その負の感情から生まれた全てがアヤメに向けられた。ジークが己の持つ全ての力を、普段は頼らないカンザキ公爵家の力をも使い出来たことといえば、精々が誰よりも速く家を差し押さえること程度。アヤメを助けることができたのは、結局両親だった。

 

「俺じゃあ俺アヤメを守れない、助けられない、痛みを背負うことも、隣に立つことすらできない。そして最後には、俺の知らないところで狂った奴に殺されたって聞かされた……!」

 

 アヤメが魔界に渡ることになった事件は、獣人界においてそう報道されていた。主犯は北風貪団(ボレアス)団長、ボレアス・セプテントリオ。獣人界最強により撃退されるも、非業の死を遂げたということになった。

 例えそれが、アヤメとアヒムの間で交わされた約定によるものだとしても。ジークを壊してしまうに、その一報は十分な衝撃を生み出した。

 

「だから、俺からすればアインの兄貴は光なんだ。眩しすぎる。アヤメの隣に立って、一緒に痛みを背負って、助け合って、楽しく旅をしている。俺がやりたかった、出来ないことを全部やっていて。……あんまりにも、羨ましい」

 

 眩しい何かへに手を伸ばすように、涙で滲んだ視界の中ジークがアインに手を伸ばす。しかし途中でその手は地に落ち、何も為せずに引き戻されていく。

 

「すまねぇ、最後は殆ど自分語りになっちまった」

「問題ないと首肯する。だが1つ、訂正したい部分が存在する」

「訂正って、アインの兄貴。俺は事実しか話して無いんだが?」

 

 その言葉にはっきりと否を突きつけて、アインが首を横に振る。

 

「先程ジークは何もできなかったと言ったが、その点だけは否定する。恐らくジークの尽力がなければ、当方とアヤメがこの時間にたどり着くことはなかっただろうと推測する」

 

 なにせ、アインとアヤメの初遭遇は偶然だ。ほんの少し、何か1つ歯車がズレるだけで、きっとあの偶然はなくなっていた。それは暴風と共に歩む風になる道であったり、或いはそれこそ国に戻ってくる話であったりした"かもしれない"。

 

「故に、あらためて感謝する。当方はジーク……貴方によって救われた」

「そうか……なら、無駄ではなかったんだな……」

 

 そう言って、おもむろにアインがジークと拳をぶつけ合わせた。よく男性冒険者が行うような、極めて手軽な手を使った合図のかたち。それを受けて、ほんの少しだけジークの顔に光が蘇る。

 

 獣王剣ライオンハートの修復が始まる、前日のことだった。

 




アヤメ 残り94日
アイン 残り94日
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