その日の夜、私は部屋で1つの巻物とノートを広げていた。
ノートには私が知る限りの魔剣とその特徴が、巻物には獣人界で行方不明の魔剣とその特徴が。それぞれに書かれている。この2つがあればとりあえずの特定は出来るはず。
「あった。多分これ」
昼間見聞きした特徴から照らし合わせて、恐らくこれだろう。アマルさんが持っている魔剣の銘は【ユメウツツ】。
種別はⅡ型。形状の特徴もほぼ一致している。
基本的な殺傷能力は低めだけど、その分限界駆動時の能力は特殊な物。
その効果は『所持者の見たい夢を現実化する』『所持期間が長ければ長いほど、実現できる夢の範囲は大きくなる』の2つ。
更に注釈として、能力が暴走する可能性が高いと書いてあった。
「でも、どうしよう」
私は魔剣を集める必要がある。
そうするべきと自分を決めたから。
でも私は、アマルさんから魔剣を取り上げるなんて出来そうもない。
チラリと覗いた結果見えた虚弱なステータスと、アルビノという体質を鑑みるに……恐らく、魔剣なしでアマルさんは生きられない。
女王様と同じ道具を渡せば、最低限の日常は確保できるかもしれない。けど、それではこの村には居られないだろう。
同時に、魔剣を特定したことで『預言の巫女』のカラクリにも気がついた。
夢に見たことが1回実現したら、それは正夢。
それが2回実現したら偶然。
それが5回実現したら変人。
それが10回実現したら、それは預言と呼ばれ出す。
ママがどんな考えで【ユメウツツ】を作ったのかは知らないけど、夢を現実に持ち出すならそれは預言と言って過言じゃない。
鶏が先か卵が先か、みたいな話だけど。
まあ、それについてはどうでも良いというのが私の所感だ。
魔剣を取り上げたくはないし、そうやって村の生活を壊す気もない。少し協力はしてもらうけど。
「けど、暴走の可能性があるのは無視できない」
暴走の内容はノートにも、巻物にもデータがない。
けれど魔剣の能力から推察するに、恐らく『夢の際限ない実体化』あたりだと思う。今日話を聞いた限りでは、地滑りを予言したらしいから干渉力も十分に高い。
つまり、暴走の危険はすぐそこにあるということだ。
『墜落する夢』を見れば、村ごと大規模な地盤沈下に襲われるかもしれない。
『ナニカに襲われる夢』を見れば、そのナニカが出現し暴れ始めるかもしれない。
『殺される夢』を見れば、所持者を問答無用で殺すかもしれない。
……しかもそれらには、力の強さが災いし魔剣でしかまともに対抗出来ない。
「なら、取り上げるしかない、のかな」
冒険者のアヤじゃなく、犯罪者のアヤメとして。
それならきっと、不幸は最小限だし私が汚名を背負うだけで済む。障害になりそうなのはそれこそアウルさんくらいだし、きっとこれが正解だ。
どうせ、アヤメとして正体がバレたら打ち首だ。今更罪状が1つや2つ増えたところでなんともない。
私が、私だけが我慢すれば良い。それでこの村の人はアヤメを恨むけど、何も起こらず平穏に過ごせる筈だ。
「私に、そんなこと出来るかな? お義母さん……」
形見として貰った聖剣を納めた魔剣を、縋るように抱きしめる。
呟きは誰に聞かせる訳でもない。ただの身勝手な願望だ。
ただ、魔剣は鋼の冷たさしか返してくれない。最初に触れた時以来、お義母さんの聖剣はうんともすんとも言ってくれない。それが、どうにも見捨てられてしまったように感じて……少し寂しかった。
そんな風に感傷に浸っていると、ドンドンドンと扉が凄い勢いで叩かれた。
こんな深夜に誰だろうか。広げていた資料をスキルに仕舞い、最悪の想定をして刃を構える。こんなことで身バレとか、シャレにもならない。
「どうぞー!」
「夜分に悪いな、邪魔をする」
そう言って部屋に入ってきたのは、生傷だらけのアウルさんだった。
僅かに血の臭いも漂ってることから、負った傷の多さが伺える。息も切らしているし、きっと何か良くないことがあったに違いない。
「魔物ですか? 悪魔ですか? 結晶憑きですか? いずれにしても、手は貸しますよ」
「いや、違う。そうじゃない。この傷はそうじゃないんだ」
ポーションを投げ渡しつつ、思いつく限りの原因を挙げたがどれも違うらしい。では、なんだろうか? 魔剣を抜いてない私よりは確実に強い、この人を傷付けた原因は。
「助かる。いや、それよりもだ。巫女に、あいつに会ったんだな?」
「ええ、今日。妹さん、なんですってね」
投げ渡したポーションを頭から被りつつ、アウルさんが頷いた。
ということは、兄弟関係というのは本当のことだったらしい。なら、もしかしたら、説得できたりするんじゃないのか。そんな考えが頭をよぎった。
そして、その考えを口にしようとした瞬間のことだった。
「そうか。そこまで知ってくれてるなら、話は早い。
この村の人間じゃない、お前にしか頼めないんだ。
アイツを、アマルのことを解放してやってくれ」
「え……?」
アウルさんが、そんなことを口にした。
予想外も良いところだ。なんでこうなったのか、まるで訳がわからない。
「あの。どういう、ことですか?」
「アイツの巫女の力なんてな、嘘っぱちだ。親父の形見の魔剣が作り出した、幻でしかない」
思わず声を出しそうになり、誤魔化すように息を飲んだ。
最初に会った時とは違う、巫女に対して嫌悪するような表情。アウルさんが浮かべるその表情からは、嘘偽りを感じられない。
「魔剣って……あの?」
「ああ、どっかの英雄がばら撒いた、悪魔を殺す兵器だ。あの魔剣の名前は【ユメウツツ】、夢を現実に持ち出す力を持っている」
「それは、良い能力なんじゃないですか? Ⅱ型なら、多分あのアルビノの体質も中和できますし」
既に知っている情報を、さも知らないかのように答え質問も返す。
思ったよりもきついけど、頑張れば出来ないことはない。
「ああ。年端もいかなかったアマルと違って、全部聞かされていた俺は、だからこそアイツに魔剣を渡した。だがな、あの魔剣が持ち出すのは良い夢ばかりじゃなかったんだよ」
あの魔剣は、節操なく夢を持ち出すんだよ。
疲れ果てた様子で、自嘲気味にアウルさんが呟いた。
「最初は、親父が死んですぐの夜だった。
アイツが魘されていると思ったら、隣の家が火事になった。誰もいない空き家で、発火する理由もないのにな。
次は、その数週間後。またアイツが魘されて、今度は村に大量の魔物が襲撃してきた。
それから何度も、何度も同じようなことが繰り返された。
その果てに最近、地滑りまで起こしたんだ。決まってあいつが魘されてる時に異変を起きる。もうこれ以上、放ってはいられないんだよ。あんな物、壊して捨ててやる」
吐き捨てられたそんな言葉に、ズキンと胸が痛んだ。
本当はきっと、誰も悪くはないのに。
ただその役割を全うしてただけなのに、憎しみが生まれている。
「悪い、話が逸れたな。それで俺が頼みたいことは、アイツから魔剣を奪ってくれってことだ。あいにく俺は、アイツがいる場所に近寄らせてもくれないからな」
「でも、そんなことしたら……妹さんは、この村にいられなくなるんじゃ」
体質的にも、立場的にも。
さっき立てた予測を、さも今思いついたと言わんばかりに語った。
「だろうな。日中に動けない、目も悪い、身体も弱い。そんな奴をこの村は置いておいちゃくれないだろうさ」
「なら、なんでそんなことを──」
「たから、アマルを連れて村を出る。その為に、金を貯めてこれも買ったんだ」
アウルさんは、決意に満ちた目であるものを取り出した。
真紅の宝石がついたネックレスと、あまり目立たない形の眼鏡。魔力を感じるから、きっと魔導具なのだろう。しかしその能力はあまりに貧弱で、しかも明らかな手抜きの痕跡がある。
騙されて掴んだ粗悪品、アウルさんには悪いがモノ自体はその程度の物だった。
「これがあれば、魔剣が無くてもアイツは活動できる。日の下に出て、一緒に旅をできる。アイツを散々利用したこの村なんて、どうとでもなっちまえばいい」
「そう、ですか。まあ、アウルさんの腕前なら冒険者で十分食べていけると思います、よ?」
一応、こんな私でも食っていけないことはないのだから。
アウルさんなら問題ないだろう。何せこのご時世、戦える人はそれだけで重宝されるから。
「ああ、Sランクにそう言ってくれるならありがたい。だから、アイツから遠慮なく魔剣を奪ってくれ」
「分かりました。でも、その前に少しいいですか」
「ん、ああ、構わないが……」
私はアウルさんがやろうとしてることを、応援はするが干渉はしないつもりでいた。
だけど、目の前でそんな物を見せられたら黙ってなんていられない。あんな、手抜きで作られたゴミと体質を理解してない解決策は、放っておける訳がない。
「その眼鏡とネックレス、一体幾らしたんですか?」
「金貨10枚だが、それがどうかしたのか?」
金貨10枚。それは、おおよそ100万円に相当する。
対し、効果からみてネックレスとかの値段は、よくて大銀貨数枚……数万円に足りるかどうか。
「完全にボッタクリです。その2つじゃ、妹さんの問題はほぼ解決しません」
虚弱体質と日光による害を防ぐと思われる、真紅の宝石がついたネックレス。その効果は、Ⅰ型魔剣どころか市販の魔導具にも劣る有様だった。眼鏡も同様、アルビノの弱視は眼鏡では改善したりしない。
「嘘だ! この国の王女だって、同じ方式で日の下に解放されたじゃないか!」
「作り手の腕が違います。それこそ、天と地以上に」
もしアウルさんが鑑定系のスキルを持っていたら、これは違う話になったかもしれない。でも、今となってはもうたらればの話だ。
ああだけど、ムカつく。
手抜き魔導具を高価で売りつけ、弱者から搾取する……同じ生業の人間として、心の底から軽蔑する。
「ネックレスの効果は、今視てみた限り性能不足で効果が見当違いの方向に向いてます。身体能力の強化は信じられないほど低いけどまあ100歩譲っていいとして、火属性の耐性をあげて太陽光を防ぐとか、そんな説明でもされたんじゃないですか?」
「あ、あぁ」
「太陽はそんな単純じゃないんですよ。それだけじゃ、ちょっと日焼けし難くなるくらいしか効果ないです」
どうにかしたいというなら、1年くらいに効果を限定しても相当な力量が必要となる。
例えば昔ママが、当時同年代だった王女様に渡した物みたいに。高位の闇系魔法で魔法効果自体を消して太陽光を相殺してるから、周囲が薄暗くなる欠陥もあったみたいけど……太陽光の中和なんて、そうでもないと出来やしないのだ。
「後、妹さんの目が悪いのは眼鏡じゃ解決しないです。私たちの目が悪くなるのと違って、本当に体質的なものなので」
アルビノとは、そういうものなのだと学んだ。
主にママが王女様に残した、アルビノ用の魔導具をメンテナンスする過程で。まあ、その役目は途中で奪われちゃったけど。
「じゃあ、どうすればいいんだよ……!」
グッと襟首を掴まれ、詰め寄られた。
ちょっとした息苦しさは感じるけど、まあ気にしはしない。
「一応、私これでも高位の錬金術師でして。助けた後、粗悪品を使ってたから死んでしまう……そんなの、後味が最悪じゃないですか」
私はそんな結末は見たくない。
自分勝手な都合で魔剣を奪って、その先がバッドエンドだなんて許さない。それに、助ける手段を知ってるのに無視なんてしたくない。
「だから、作りますよ。本当に効果のある魔導具を」
少し時間を貰えれば、私だってそれくらいを作る実力は持っている。ママの娘として、毎日続けてきた訓練は張りぼてなんかじゃない。
「そうですね……お代は、壊して破棄するっていう魔剣【ユメウツツ】でどうでしょう?」
私は魔剣を、2人は自由を。
これは悪くない取引なんじゃないかと思う。だってどちらにも、利益しか残らない。でもアウルさんの語ったことが本当であれ嘘であれ、実行すればきっと村人には不幸が訪れる。
だが、それでも私は目的を実行する
支援はギルド経由でお願いする。でもその前に訪れるだろう不幸は、十字架として背負おう。どうせとっくに私は、犯罪者なんだから。
「どうやって、信じろっていうんだよ」
「まあ、そうなりますよね。けど、実力を見せれば納得してもらえますよね」
何せ、力を重んじる獣人なのだから。
けど、普通そんなこと言ったって、信じてもらえないのは分かっている。何せこんな見た目なのだ、素直に信じてくれる方が異常で疑うべきだ。
「今からそれは見せます。納得してくれたら、これから行きましょう? 逃げられる前に、それを売りつけてきた相手のところへ」
もしかしたら、あの魔導具を作った人は悪くないのかもしれない。
アウルさんの注文に、誠実に答えただけかもしれない。だが手抜きしてのぼったくりはいけない。バレなきゃ犯罪じゃないと言うが、バレたのだから相応の覚悟はしてもらおう。
「そいつをふん捕まえて、金を取り返して、目の前で作ってプライドをへし折って、廃業させてやります。そういう奴がのさばってると、商売し辛くなりますから」
そう、そんな奴らは消えてしかるべきなのだ。
事情によっては情状酌量の余地はあるけど、基本は有罪。許すべきではない。
「
そうしたら、次は妹さん……アマルさんから、魔剣【ユメウツツ】を奪う番だ。どうかそれが、暴走前に間に合ってくれますように。