銀灰の神楽   作:銀鈴

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魔剣(つるぎ)の彼方/聖剣(つるぎ)の此方【02】

 獣王国の王城である【アスル・カナイ】は、一度英雄戦争の際に焼け落ちている。元々はウッドメタルという金属と木材の間の子とでも言うべき植物が複数群生し、複雑に絡み合い、それを加工しながらも共生するという不思議だが自然味に溢れた城だった。

 しかし、英雄戦争中期。ついに各大陸の中央部にまで侵略してきた悪魔の群勢……その中でも航空戦力であった《レイ級》数千体の群れにより、3大陸3種族は例外なく大空襲と、無数の悪魔による空爆の憂き目にあった。その中には当然、王都であるシヤルフも含まれている。当時の私は3〜4歳だったから覚えていないけれど、記録によれば建造物の8割が消し飛ばされたらしい。その際に元の【アスル・カナイ】も城下町と共に消失し、直後【カナイ・ニッジャ】という名の新たな王城が建築されている。

 戦時中の要塞として使われることを想定して作られており、かつての自然と調和した様式は面影すらない。石と鋼を魔法と精霊術で極限まで強化した静かなる威容、それが現獣王国の王城だ。

 

 知識としてそのことは知っていても、私が最後に王城へ入ったのはそれこそ戦時中が最後だ。玉座兼魔剣の安置場である謁見の間に向かう回廊で、思わずキョロキョロと辺りを眺めてしまっていた。

 

「気になりますか?」

「ええ。魔界にはもうこのような城は、(わたくし)が知る限りでは存在しませんので」

 

 気を利かせて聞いてくれたリュートさんの言葉に、アイリス・エターナルとしてのキャラを崩さずに答える。だが嘘は言ってないが、内心の所感を明かしている訳でもない。

 この窓がなく入り組んだ通路。傍目には何もないように見えるが、張り巡らされた精霊術と魔力を組み合わせた不可視の動力パイプ。今はその動きを停止しているようだが、それはとても……そうとても、ユ=グ=エッダの艦内構造に似ていた。

 

「そうでしたか……やはり魔界はもう、そこまで?」

「ええ。魔王様曰く、生き残りはかつての大迷宮に逃げ込んだ者達のみ。まともに動きそこに物資を提供できる船は、最早ユ=グ=エッダのみとのことです」

 

 不可思議な類似点に思考を巡らせていると、いつの間にか話題はそんな方向へ変わり始めていた。この声がよく通る回廊でこのような話題選択をするあたり、間違いなくレーナさんは確信犯だ。

 恐らく目的は、私とアインの存在を様子を伺っている人たちに向け喧伝すること。そしてその反応から、さっきのような輩とそうで無い存在とを篩い分けることだろうか。礼儀として感知系の魔法は切ってある為、表情が見れないせいで判別がつかないが。

 

「ならば獣人界は、魔界にとっての生命線と縁を結べたと言うことですね。生命線たる食糧と、貴方という技師に、魔王様まで我らが城にいらしているのですから」

「ですが同時に、我らが魔界の最高戦力の1人であることをゆめお忘れなきよう。先程のように、実力も見抜けぬ躾のなってない輩も少なくないようですので」

 

 レーナさんの誘導に乗りつつ、丁度良いので周囲を威圧するような言動に変更する。本当ならこんな交渉事じみた会話はアインに任せたいのだけど、残念ながら今回アインの立ち位置は私の補佐・従者・助手といった辺り。この胃を締め付ける会話に参入することはできないでいた。

 

「ええ、そうさせていただきますわ。ふふふ……」

「こちらこそ、是非とも良き関係を続けたい所存ですわ。うふふ……」

「見えてるかい、従者の君。あれが女性の恐ろしさだ」

「認識している。当方の視覚は誤探知でなければ、ドス黒いオーラを察知している」

「その感覚は、大切にした方がいいだろうね。……男は基本、女性には勝てないのだから」

 

 レーナさんと揃って笑顔を浮かべていると、2人がそんなことを口にしていた。余計なことを口走った2人をこちらも2人がかりで黙らせる。そうして長い回廊をある事数分。ようやく私たちは、その場所に辿り着く。

 成人した獣人男性数人分はありそうな高さと幅を持つ巨大な扉。精緻なレリーフが刻まれているこの場所こそ、玉座の間に違いない。

 

「ミーニャ女王は礼儀には寛容な方だけど、魔界ほどフランクでは無いことは留意して欲しい」

 

 初めて見る威容と感じる気配にたじろぐ私に、心配する必要はないとでも伝えるようにリュートさんが言う。そして周囲の目を気にしてか、一度私の目を見てから扉に向き直った。

 

「魔王国第3首都ユ=グ=エッダ所属最高位技官アイリス・エターナル女氏、及び補佐官のナーハフート氏をご案内した!」

 

 リィンとアカネさんが埋め合わせで作った、私とアインの魔王国での身分。リュートさんがそれを告げた瞬間だった。滑らかに、しかし魔法の心得がある者であれば、その膨大な魔法的ロックを解錠させるのを感じさせられながら。ゆっくりと、扉が開いていく。

 

「さあ、我らが女王がお待ちだ」

「気楽で大丈夫よ」

 

 遂に開かれた扉の向こう。そこに広がっていたのは荒々しさを感じるも絢爛な装飾が施された広間だった。詰めているのは十数名の貴族と思われる獣人達。大まかに脅威度は、先程突っ掛かってきたような連中と同じようなのが半分。それよりは強いがそこまで連中がその半分。最後に、リュートさん達や私達と同じくらいの強さを感じる気配が僅かな人数。

 

 そんな異様な気配の空間の先……その人は居た。

 

 色素が抜け落ちたような真っ白で長い髪。流れる血をそのまま固めたような紅玉(ルビー)の瞳。薄らと血管すら浮き出て見える、陶磁器のような白い肌。そして、王家の血筋を示す獅子の耳と尻尾。

 軍大将アヒム・ロイス・ケラウノスを従え、魔王リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルンと並び立つ彼女こそ、この獣人界を統べる女王。最後の直系王族。ミーニャ・S・ニライカナイ女王陛下その人だ。

 

 私たちを先導してきたリュートさん達も、そのまま推定貴族の人達の方へと移動していく。当然のように、急遽セッティングされたこの謁見には台本も指示もない。だが獣人界に生きていた者として1つだけ分かることがある。それは、無礼(なめ)られてはいけないということ。

 

 故にリュートさん達が完全に配置に着き、大門の動きが止まったことを確認してから。真正面から、ミーニャ女王から感じられる圧倒的な気配を切り裂くようにして一歩を踏み出した。

 

 けれどあくまで態度は静々と、淑女然とした形で。背後で扉が閉まる音を聞きながら、抑えた殺気にほんの少し精霊力の代わりに魔力を乗せて威圧する。昔読んだ古文書にも載っていた、現代獣人界にまで続く礼法の1つ。

 ミーニャ女王から感じられる圧力の正体であり、格下との無駄な諍いを避ける為の技能。貴族としての格を見せつける……古代語で言うアリストクラシー。先程の王城入り口でのやり取りのおかげで、なんとか力加減を掴むことが出来た。

 女王のソレには遠く及ばぬ見様見真似の技だけど、微笑と態度1つで耳障りな雑音を押さえつけることが出来るのはとても便利に感じる。尤も推定中立派の人達やそれなりの強さを持つ人達には、逆に緊張を走らせてしまったが。

 

「うむ、では紹介しよう。余の掛け替えのない友であり、我が国最高の技官でもあるアイリスだ」

()()()お目にかかります獣王陛下。この度は私のような他国の人物が御目通りする機会を設けて下さり、恐悦至極に存じます」

 

 さて此処からどうするかと迷っていると、タイミングよくリィンが紹介を挟んでくれた。なら、この機会を逃す理由はない。出来る限り口調を整えながら片膝をついて礼を捧げ、今は私の補佐官であるアインもそれに続いた。

 警戒させてしまった人達に対し、私がミーニャ女王やリィンより格下であることを明確に示しつつ、礼節を弁えた人物であると認識してもらい、かつ対談を進めるきっかけも作れる。最高のパフォーマンスを発揮する選択をさせてくれた。リィンには感謝しかない。

 

(おもて)あげてください」

 

 ミーニャ女王のその言葉に対し、即座に反応しようとしたアインを手で指示して諌める。事前に知らされた情報ではこう言う場合、1度目は頭を上げてはいけないらしいのだ。

 

「構いません、面をあげてください」

「では、失礼いたします」

 

 あくまでこの一連の流れは、一応の確認だったのだろう。硬さの取れた言葉で再度促され、今度こそ私たちは顔を上げ──深紅の双眸と視線がかち合った。まるで、心の奥底まで見透かされるようなその色に、思わずふっとリィンの方へ目を逸らす。

 ……どうしてリィンは私のことを、そんな珍生物でも見つけたような表情をしているのだろうか。直後に魔王然とした表情に戻ってくれたが、そこまで驚かなくてもいいと思うんだけど。

 

「急な呼び出しであったにも関わらず、異国である我が国にまでよく参上してくれました。まずは、そのことに感謝を」

「ありがたきお言葉。しかし我が魔王と獣王陛下の連名による、たっての依頼でありますれば。どうして私に断ることが出来ましょうか?」

 

 一言も嘘は言わずに、正確に。もしもウソを見抜くことが可能な相手がいた場合でも、疑われずにどうとでも出来るように。何せ今の私はアイリス・エターナルであって、アヤ・ティアードロップではないのだから。

 

「些か古式ではありますが、どうやら礼節は弁えている様子。お互いにあまり時間を取れない身です、早速本題に移りましょう。

 アイリス・エターナル技師、貴女は魔剣の修理が可能であると魔王リィンより伺いました。それは誠ですか?」

「ええ、相違ありませんとも」

 

 ただ、あくまで修復可能な範囲は言わない。もし可能な範囲を言ってしまった場合、余計な軋轢を生むことになる。そのうえ下手をしたら私の暗殺騒動に発展しかねない以上、正直開示のメリットはない。

 

「ならば何より。その能力を見込んで、貴女に依頼したいことがあります」

「私にお力添えできることであれば、何なりと」

「獣王ミーニャの名に於いて、我が国の国宝【獣王剣ライオンハート】の修復を依頼します」

 

 瞬間、一瞬の静寂。直後に私と女王による圧力を押し付けて、にわかに玉座の間が騒めきだした。当たり前だ。何せ今女王が言った言葉は、壊れた自国の国宝を、何処の馬の骨とも知れない他国の技師に修復させるということなのだから。

 

「ありがたきお言葉。ですが獣王陛下、異国の民である私を頼らずとも、貴国にも優れた技術者はおられるのでは?」

「いいえ。我が国に残る技術者は皆、手の打ちようがないと匙を投げました。そして唯一、試作型魔剣を整備できた技術者は夭逝し、残る可能性がある1人は……かつての我が国が、馬鹿な憂さ晴らしの対象として国を追いました」

 

 その『世界全てから憎まれる犯罪者』よりも『自国の技術者』が遥かに格下であると見做した発言に、玉座の間の騒めきが加速した。普通こんなことを言えば最後、国王でもなければ即刻死刑ものだ。……ああ、成る程そういう意図で。

 

「それはそれは、お悔やみ申し上げる。そのような事情であれば、異国民である私を頼らねばならぬ理由も納得がいくというもの。よもや馬鹿な憂さ晴らしで追い出し犯罪者としたアヤメ・キリノに、頭を下げるなどとてもとても……信用が出来ぬどころか、どうやら認められぬ獣のプライドを持つ方々も多い様子」

 

 必要以上に大仰に、威圧されて動けない状態で青筋を浮かべる連中を煽るように。こんな私の即興演技、同格の力ある者からすれば猿芝居だ。それなのに引っかかる連中が、この場においては邪魔な保守派と思って良さそうだ。

 

「それで、この話は受けていただけますか?」

「一介の鍛冶師としてはありがたき誉れ。当然ながら諾と頷きたいところではありますが、修復物が獣王剣ライオンハートであるというのであれば、今この場での判断は不可能と存じ上げる」

 

 そう私が言った瞬間、直前まで青筋を浮かべていた連中が露骨にホッとした表情に変化した。……多分、魔剣自体に何らかの細工が施されているのだろう。それを念頭に置いて、状態確認するしか無さそうだ。

 

「何故ならば、そちらの技術者が匙を投げた通り、試作型魔剣はⅠ型やⅡ型とは別格の精密性を誇る兵器なれば。私も普段扱う魔剣は主にⅠ型とⅡ型のみ、魔が魔王の試作型の整備点検こそさせて戴いているものの、その技術が何処まで通用するか……この目で見なければ、判断がつけられませぬ」

「では、この場で確認していただきます。ライオンハート!」

 

 片腕を凛と伸ばし、そうミーニャ女王が呼びかけた瞬間だった。玉座の後ろから、巨大な剣が飛来し女王が掴み取る。否、それを正確に言葉にするには断じて"剣"ではなく、しかし形状だけは剣であることは間違いない"魔剣"だった。

 

 刀身大きさはほぼヒトの身長と同程度の明らかに大振りな巨剣であり、獅子の鬣のようなガード()と長大な柄から、明らかに両手で振るうことを前提とされていることが見て取れる。

 だが何より特筆すべきなのは、その巨大な刀身そのもの。何故ならば刀身の表面に、無数の(ひび)が走っている。更に注視すれば、罅の左右で別の金属が使われていることも理解できる。つまり、完成させたジグソーパズルのような刃もない金属塊が、剣の形を象ったもの。

 

「いやはや、よもや最初期型とは……」

 

 だが、それはイコールで破損を示していない。この魔剣はこれが完成形。かつてのママが愛用したという大鎌に最も近いとされる、全ての魔剣の原型(アーキタイプ)にして試作品(プロトタイプ)。その一振りが、獣王剣ライオンハートだった。

 このタイプを整備した経験は、私にも片手で数えられる程度しかない。しかしこのタイプの魔剣は、性質として剣よりも魔法に近い。割と整備は、得意な方だ。

 

「この場で、魔法を使わせていただいても?」

「ええ、構いません」

「では1つ、失礼して……」

 

 と口で言いつつ、雑に金属生成魔法で刀掛けを作成。魔剣に一礼して受け取り、刀を立て掛ける。そのまま澱みなく手のひらに分析用の魔法陣を作成しながら、その下に念話用の魔法陣を作成。

 

「調べさせていただきます」

 

 2つの魔法を同時に起動した。

 念話はまだ誰にも繋げない暖気起動(アイドリング)状態にしておき、魔力をそれっぽく動かす演出をしながら分析魔法に集中。魔剣の情報を読み取ろうとして──想像以上の結果に、アインに念話を繋いだ。

 

(アイン、今すぐリュートさんに念話を繋いでください)

(認識した。ア……イリスがそこまで焦るのは、相当危険な状態だと認識する。プロテクト完了、暗号化完了、秘匿念話を開始する)

(ありがとうございます)

 

 やっぱり私よりも、こういう点はアインの方がずっと上だ。交渉ごとで頼ることが出来なかった代わりに、存分に頼らせてもらう。

 

(アヤメちゃん、こうして連絡を入れてくるってことは、やっぱりライオンハートに何か?)

(何かどころじゃありません。壊れる寸前です)

(ッ──!)

 

 試作型魔剣ライオンハートを構成する57のパーツ、そのうち34個が単純な酷使と老朽化で破損、21個が何かしらの魔法による干渉を受けていて、魔剣のパーツを結びつける核は崩壊寸前。全パーツを繋ぎ合わせる魔力線は、千切れたり依れたり切れかけだったりで散々。無事なパーツはコアパーツであるクリフォトの結晶のみと言った有様だ。

 ただ干渉してる魔法に関しては、多分私か……ギルドの知り合いなら運び屋(トランスポーター)クラスの連中じゃないと気付けないだろうほど、巧妙に隠されている。

 

「ふむ……」

(この場で手をつけてもバレます。それにどんな妨害をされるか分からないので、適当言ってこの場は済まします。下手に邪魔をされると、このタイプの魔剣はオジャンになりますから)

「どうでしょうか?」

(わかった。僕たちと貴族が一旦捌けてから、転移魔法の回廊を繋げる。客室に案内するから、そこから来て欲しい)

「いやはや、私の手にも負えない損傷が多くありますね。それ以外の経年劣化と酷使による消耗は、数時間程かければメンテナンスは可能でしょう」

(了解です。通信終了)

(通信終了)

 

 そう会話を切り上げたところで、アインも魔法を停止してくれた。口からは本当のことをデマカセとして喋りつつ、脳内ではリュートさんとの会話をマルチタスクで進行する。流石に私も、それじゃあいつボロをこぼすか分かったもんじゃない。

 

「数時間……ですか」

 

 悩むように口籠ったミーニャ女王に、アヒムさんが何か耳打ちした。私の獣耳や義耳にも聞こえない小さな音で、しかし意味は女王に確実に伝えるように。

 

「分かりました、ではまた後日お呼びします」

「承知致しました」

 

 魔剣を返却し、深く一礼をして下がる。さて、此処からはリュートさん任せになってしまうけれど……きっと、何とかしてくれると信じておくことにする。

 




アヤメ 残り93日
アイン 残り93日

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