謁見は無事に終わり、私達は他の貴族の人達よりも一足先に玉座の間から退室。それから謁見の最後、念話でリュートさんが指示したように王城にある部屋の一室に案内された。
「ふぅ……まだ一仕事残ってますし、済ませなきゃですね」
念のため盗聴系の魔法が仕掛けられていないことを、義耳の探知により確認。気になる反応すら無かったものの、態々そう口にしながら大きな用紙を取り出す。同時に再度念話の魔法陣を出力し、アインと念話を接続した。
(念話、手伝ってくれてありがとうございました。私じゃあの土壇場で、しっかりとした暗号化とかは出来ませんから)
「認識した。当方に手伝えることはあるか?」
(問題ないと否定する。だが、何故わざわざ念話を使うのかと疑問する)
「ええ。ちょっと今からライオンハートの故障部位を図式するので、手伝ってくれると嬉しいです」
(念には念をです。精霊を介さない限り魔力の使えないアヒムさんは兎も角、あのリュートさんとレーナさん、そして魔剣の担い手である女王本人にも気付かれず魔剣に仕掛けをした。そんな人物がいる以上、やり過ぎということはないでしょうし)
脳内と口頭での二重会話。玉座の間とは違い緊張もなく、こぼして困るボロも格段に少ないが、それでもやはり頭がかなり混乱してしまう。
加えて本当ならもう2〜3結界を貼りたいところだけど、そうすると転移魔法を無駄に邪魔しかねないので妥協。本格的に修復をする際には張らせてもらうけれど、そこまではここでカバーストーリーを演じさせてもらう。
「認識した。玉座では手に負えない損傷があると言ったいたが、アイリスにも直せない部分があったことに驚愕する」
(玉座の間においてアヤメは、魔剣が壊れる寸前だと判断していたと記憶している。先の条件を満たして魔剣に損傷を与えられる存在は、王城内の存在のみと推測する)
そう、問題はそこだ。あくまで私が分析魔法で視たのは魔法が掛けられていて、魔剣に致命的な干渉をしていることだけ。それが先代獣王が使っていた時からの物なのか、それとも現獣王の手に渡ってから施されたものなのか、ハッキリ言って分からない。
「さしもの私も、精霊術に関しては専門外ですから。それ以外に関してなら、数時間あればなんとかしますけど」
(確かにそうではありますけど、ああなった時期が不明なのでなんとも。ただ、修復は身内で固めた中でやった方がいい気がします)
暗号化や魔術プロテクトの構築を始めとして、過去未来を観測するような魔法など、リアルタイムに変動する数値が無数にある魔法。それは単一の魔法陣を出力しただけでは、つまり私では理論上使えても実践的には使用不能な魔法なのだ。
結果を出すにはそれこそ本職のヒト……分析官であるアカネさんや、魔術面のエキスパートであるアイン、秘呪込みのリィン辺りの手を借りなければならないだろう。
「獣人界の魔剣と、魔界の魔剣の差でしょうね。本当、死んでしまったというトップスミスと会ってみたかったものです」
(あ、図を書くのは本当なので、分解図のイメージ送るのでお願いします)
「アイリスとその人物が出会った場合、新しい魔剣すら作れていただろうと推測する」
(認識した。魔法印刷を開始する)
(カラーの部分お願いしますね)
そうして、宣言に偽りなく魔法の筆を走らせること数十分。1時間は経たない程度の時間が過ぎた頃、私たちのいる客室の扉がノックされた。
探知魔法の反応によれば、呼びかけてきたのはここ数日見かけなかったイトナミさん。おかしな点もないし……向こうの準備が整ったと見て良さそうだ。
「アイリス様、魔王様がお呼びですと報告します。至急準備を要請します」
(現状の懸念は認識していると報告します。転送及び作業の開始はいつでも可能です)
脳内と鼓膜の二重に届く、混線した会話と念話。少し驚いたものの、説明不要で察してくれるのは助かる。ありがたく頼らせて貰う。
「了解しました。10秒ほどお待ちを」
(ありがとうございます)
念話で感謝を伝えながら、広げていた魔剣の解体図をスキルの収納に突っ込む。同時に再三繰り返した探知系の術式を走らせて、墜星の視線以外何も私たちを監視するものはないと断定。念のためアインに消臭や清潔を始めとした魔法で、私達がいた情報を抹消。最後に念話を解除して、アインと頷き合う。
「お待たせしました」
「ここまで清掃をしたとなると、もしやしっぽりやっていたので?と困惑します」
「まさか。冗談言わないで下さい」
アイリスを演じる気合を入れ直し、微笑を貼り付け開けた扉の先。そこでは呆れたような表情のイトナミさんが待っていた。確かにそんなだらしの無い存在と思わせておいた方が、時間も稼げるだろうしいいの……か? あくまで敵対者がいる前提の話にはなるけど。
「それでは、お手を。案内します」
言いながら、会話を切り上げイトナミさんが私とアインの手を取った次瞬。私たちを僅かな暗転と浮遊感が身を包み込んだ。転移特有のその感覚が過ぎ去った後、私達は再び玉座の間へと戻ってきていた。
1つだけ異なる点は、この場にいる人数。先ほどこの場に来た時は無数にいた貴族達の姿はなく、この場にいるのはたった8人。私たちとリィン、イトナミさんの魔界組と、リュートさん、アヒムさん、ライオンハートを携えたミーニャ女王のみだ。レーナさんがいないのは、恐らく別行動をしつつの行動牽制か。
加えて私達がこの場に転移した直後に、この空間は完全に閉じていた。恐らく城と玉座の間の機能として、魔術的にも物理的にも完全に隔離されている。そこにリィンの秘呪による断絶まで加わっているとなれば、もはや虫1匹侵入も脱出も出来まい。
「すみません、もうひと重ね結界を張っても?」
「ええ、構いません。我が国の
「では、失礼して」
ミーニャ女王の許可も貰った為、普段睡眠時に展開している複合結界を展開。他2つの結界には強度こそ及ばないものの、内から押しのける広げるように発動した為、万が一の可能性も潰えた。序でに音も遮断するから、何を話していてもバレることは基本ない。
「それで
「ちょっと待ってくださいリュートさん。私は……その名前を名乗っても、良いんですか?」
何気なく発されたリュートさんの言葉に、再び私はストップを掛けた。早く話を進めたいのは山々だけど、その一点だけは見過ごせない。何せアヤメ・キリノは世界的大犯罪者の娘だ。よしんばリュートさん達と魔界陣営は良いとしても、獣人界陣営が許すはずかない。それは昨日の夜に行った打ち合わせからも明白なはずだ。
「構いません。アヒムにも、今回だけは見て見ぬ振りをしろと王命を下しています」
「そういうことだ。今すぐ貴様がまた大罪に呑まれでもしない限り、俺が剣を抜くことはない」
そんな私の疑問に、ミーニャ女王が直々に答えをくれた。アヒムさんも同意していることだし、本当にこの場に限りとはいえ、
「今、私が、そして私達がこうして生きていられるのは、貴女の母……イオリ・キリノ様のお陰に他なりません。そんな彼女が残した貴女を、どうして傷つけられましょうか」
「そうですか。じゃあ──」
「詭弁であると否定する」
そう言って貰えるのならそれでいいと、納得して話を進めようとした時だった。不愉快さを滲ませる声音で、アインが言葉を遮った。
「アイン……」
「時間を取ってすまないと謝罪する。だが、どうしても答えて貰わねば気が済まない。アヤメを傷つけたくないという貴女の言葉と、当方が見て来た獣人界の現状は酷く乖離している」
制しようとした私を越えて、アインが言葉を続ける。
「故に問う。どうして、アヤメが『自らを傷つけ貶める言葉を平気で吐ける』ほどボロボロになるまで、貴女は放っておいたのか。どうか聞かせて欲しいと陳情する」
「貴様は、何も知らないくせに、そんな言葉を宣うのか……!」
「肯定する。当方は何も知らない、己の過去すら認知していない。そして、過去を知るためにここに居る。故に当方は、当方が稼働していた過去のことを知らなければならないと思案する」
胸ぐらを掴むアヒムさんに対し、毅然とした態度でアインが言葉を返す。言外に退くつもりは無いと示しながら、真っ直ぐな視線をぶつけて。
「構いません。退いて下さい、アヒム」
「しかし!」
「元より、アヤメさんにはいつか話さなければならないとは思っていました。それにもう、アインさんも無関係とは言えません。直接2人と刃を交えた貴方なら、分かっていますよね?」
ミーニャ女王が諭すような語ったそんな言葉に、渋々と言った様子でアヒムさんが引き下がった。女王に剣を捧げていない、昨日はそう言っていたものの、明らかに様子が違う。公の場ではこうなのだろうか。
「さて、アインさん。私は貴方の質問の答えを持っていますし、語ることもやぶさかではありません」
「ならば──」
「ですが、今は機会ではありません。ここで答えたとして、簡単にまとめた物では納得は出来ず、詳しく話すには些か長過ぎる話になります。そうして時間を掛けることで、この場で最も迷惑を被るのは誰か、分かりますよね?」
今の私が、どんな表情をしているのか。自分でもそれはわからないけれど、振り返って私を見たアインの表情が強張ったのが見えた。そして、申し訳長そうな声音でポツリと言葉を口にする。
「それは……アヤメだと、推測する」
「正解です。時間は有限ですが無限にあります。確か、アヤメさんはこの城の書庫の利用を要求していましたよね?」
「はい、少し調べたいことがありまして」
「なら、その機会で良いでしょう。職務上、私も書庫は頻繁に利用しています。その時ならば、アインさんの求める話にも答えられましょう」
逆説的にそれは、ミーニャ女王も私が魔剣を修復できると確信していることになるのだが……少し、困る。何せ私の腕は、まだママの技術には遠く及ばない。影を踏める程度の実力で、修復が出来れば良いのだけど、期待には答えねばなるまい。だが、それよりも──
「──少し、意外でした。遠い昔に城へ仕事に来た時も、冒険者として生きてきた中でも、ミーニャ女王は冷徹な人だと感じていたので」
「こちらが素の私ですよ。ただ、冷徹と誹られようと厳しく振る舞わねば、獣王国は……父から受け継いだ故国は、立ち行かなくなってしまいますから」
そう言い切って見せたミーニャ女王の笑顔は、どこか儚い、張り詰めた糸か薄氷のように脆い物に見えた。やはり、原因はこの獣王剣ライオンハートなのだろう。
今思い返せば、灰の襲撃事件と呼ばれているらしいお義母さんを殺されたあの事件も、原因の一端にライオンハートの不起動がある。試作型魔剣が正常に稼働しているのなら、魔剣を中心に直径5km圏内の悪魔は戦闘能力を失う筈なのだから。
ああ、だけど。
そんな顔をされたら、職人の端くれとして断れる筈がない。それが、ママの作品によるものなのだから尚更だ。
「分かりました、なら一層頑張らなくちゃですね。アイン」
「認識した」
鉢巻を締め直すように気を切り替えて、先程まで書き込みを続けていた魔剣の分解図を取り出した。それをアインが取り出したくれた自立するボードに貼り付け、一度咳払いをする。
「それで本題に入りますが、先程分析を掛けた状態のライオンハートを、情報の整理がてら図式したのがこの図になります」
魔剣の整備に関わらず、どんな時代どんな物を取り扱う場合にも技術屋は理不尽な目に遭わされる。それは
だからこそ、こういう万が一にも失敗できない舞台では、図と説明が最大の武器になる。眼鏡でも掛ければ、学者っぽい人達には効果的面だけど……ここにいるのは、女王と魔王と武人なので関係ない。
「まず獣王剣ライオンハートは魔剣の中でも初期型も初期型、私の母イオリ・キリノの得物であった大鎌に良く似た、複数のパーツをパズルのように組み合わせた魔剣です。
パーツの内訳は
スクラップという言葉に一瞬緊張が走ったものの、実際そうとしか言いようがないのだから仕方がない。ざっと見渡した限り、まだ話はちゃんと通じてくれているようだ。
「そのうち1番から24番、その他を含めた計34個の図上で赤く表示している部分のパーツが、単純に酷使の痕跡があるのと老朽化で破損しています。程度はまちまちですが、魔剣の自動修復が効かないレベルの破損なので、これからパーツを複製して取り替えます」
パーツは今から成分やら性質やらを分析して一から作らなければいけないが、予定通り数時間あれば問題ないので割愛。私の魔力が持つ限りは何とでも出来る以上、魔剣の補助込みならば不可能はない。
「最も問題なのが図上で青色に図式している21個のパーツです。38番52番、47番に33番辺りが分かりやすいと思いますが、端的に言って闇属性封印系統の術式と、光属性促進系統の術式で汚染されてます。
結果だけを言うと、人工的に担い手のいない
やっぱり専門的な部分の説明は噛み砕くかカットすべきか。リュートさんとリィン、イトナミさんしか通じてなさそうだ。
「つまりアヤメちゃん、ミーニャ女王が魔剣を握っても通常駆動も限界駆動も出来なかったのは、既に魔剣がその擬似限界駆動の状態にあるからってことでいいの?」
「まあ、大凡そう言うことになります。限界駆動に関しては実物を知らないので分かりませんが、限定的なものの通常駆動はしています。魔剣を中心とした悪魔の侵入禁止結界と、私は精霊使いじゃないので判別は微妙なところですが……小さな精霊が集まっていたので、推定精霊術関連の回路が」
そんな歪な魔剣の壊し方が出来る辺り、完全に異常であると言って過言じゃない。こんなの私でも出来るか怪しいのだ。幾ら扱った経験が少ないとはいえ、完全に知識量で負けている。
「通常駆動、して、いるんですか……?」
「してます。次に問題なのは、魔法が掛けられているパーツの配置と、魔剣の効果を発揮するパーツの配置が最悪なことです。魔法式自体は教科書に載ってるレベルの、何の捻りもない物なんですけど……多分ギルドの
感極まったような、信じられないと言ったようなミーニャ女王の言葉を素っ気なく切り捨てる。今から直す以上、そんなことは割とどうでもいいのだ。起動できるというその一点を除いては。
「匙を投げた人たちが気付けなかったのは、魔法に精通している事が前提なので仕方ないかと。現状、そいつらが下手人である可能性の方が高いですが」
魔法陣と魔法陣が干渉して本来の経路を塞ぎ、それによって駆動する破損時用回路を塞ぐようにしてまた魔法陣が干渉して──ということを3〜5回は繰り返し、徹底的に魔剣の構成を見出している。
初めに大きく干渉することで突破口を作り、最低限の手際と手間で必要な部位を大きく見出し、最後には魔剣が壊れないようになのか、第三者にバレない為になのか、最小規模の封印で干渉の痕跡を消し、封印の気配自体も逆位相の促進術式で限りなく0に近づけている。
その手口はまるで、
「ただ1つ、おかしな点があるんです」
「おかしな点だと?」
「ええ。この仕掛けを配置と手口を考案した人物はまず間違いなく天才です。それも、称賛したいレベルでとびっきりの。なのに実行犯のレベルがゴミなんです。魔剣のことも、仕掛けのことも、馬鹿にしているとしか言いようがないくらいに」
「俺は魔法について詳しくないが、それは好都合ではないのか?」
アヒムさんの疑問に黙って首を横に振る。
「魔剣を直す側としては、確かに好都合です。ですが、龍に時計とか豚に真珠って諺の通り……えと、最高峰の軍師が組み立てた美しい作戦をゴブリンがだらだら実行してたら、物凄く腹が立ちませんか?」
「ああ、なるほど理解した。そういうものか」
思ったよりも、素直に引き下がってくれた。誠実なヒトだとは思っていたが、話をしっかりと聞き、納得が出来れば止めないでくれる。なるほど確かに、慕われる大将なのだろう。
「それならば、修復は出来るのだな?」
「問題なく。ミーニャ女王、魔剣の抜刀許可を貰えますか?」
「構いません。存分に力を振るって下さい」
最終確認として許可を貰い、まずはいつもの戦闘装束をスキルを通して瞬間装着。窮屈なドレスから馴染む姿に戻っただけなのに、随分と気が楽になった。ああ、やっぱり私はこっちがいい。
「さて……リィン、今からライオンハートの整備をするので、ディーアボロスの準備をお願いします!」
「……?! う、うむ! ちゃんと聞いておったぞ。準備はもう整っておる。いつでも問題ないぞ!」
「ミーニャ女王、ライオンハートお借りします」
多分聞いていなかったんだろうなぁと思いつつ、安全も確保されたので良しとする。そうして、一度確認のため周囲を見渡してからライオンハートを受け取る。謁見の際に作った刀掛けにそれを安置する。
「ふぅ……」
一度深呼吸してから、エターナルを左手で握り通常駆動を開始。この状態で分析魔法を再度掛け、状態に変化がないことを確認。遠い記憶の底に埋もれた、魔剣を整備するためのキーワードを口にした。
「
間違っていたら恥ずかしい、などと後ろ向きな考えを巡らせる間もなく。その変化は、瞬く間に玉座の間へ拡散した。