「
呟いて、ライオンハートへ魔力を流した瞬間だった。
手元からバキンと、錆びついた何かが軋み砕けるような音が響いた。本来、ひとりでに刀身から外れ、周囲へ拡散する筈の金属片。私が図上で破損していると示したパーツの内訳13個が、大きなひび割れを見せつけながら、力を失い落下した。
しかしそれ以外のパーツは、しっかりと規定通りの動きを見せてくれた。複雑怪奇に絡み合った魔力線を伸ばしつつ、私の手の内にある鍔・柄に接続された、コアパーツたるクリフォト結晶を中心として半球状に。まるでプラネタリウムが描く星座のように、無数のパーツを輝かせながら展開した。
「……解析開始」
刀を打つ時のように、目の前の作品にのみ意識を集中する。周りから何か声が聞こえる気がするけど、もう耳にも入らない。一点集中、ただそれのみ。
「やっぱりありましたか。
魔剣のコアパーツに対して解析をした結果、整備用の状態確認プログラムが仕込まれていたことが確認できた。流石ママ、そういうところが最高だ。
「──破損パーツ把握。術式干渉パラメータは後回しにして、魔力線の接続と配置は……あった。やっぱりメチャクチャになってますね」
一番嬉しいのは、そんな情報や本来のあるべき姿と現状を比較して、脳内に直接情報として叩きつけてくれるところか。下手に図やデータとして出されるより、負荷は大きいけれど手っ取り早い。
しっかりと、術式で干渉されていると警告も出ている。脱落パーツの再配置が先か、術式の排除が先か。んー……下手に干渉されても面倒だ。干渉術式の排除が先か。
「術式ハック、逆探知開始」
と、いつも通り術式をハッキングした瞬間だった。全ての魔法陣とそれに魔力を送る経路に、大きな壁のような隔たりが出現した。同時に干渉術式自体も、使い手との接続を切るような動きを始めたので──
「邪魔、」
さっくりと魔法自体を書き換えて接続を強制。降りた
「しないで」
いちいち探るのも面倒なので、魔法陣をまた書き換え。魔法陣が自壊するまで使い手から魔力を吸い尽くし、気絶した時点で全ての動作が終わるようにする。過剰に集まる魔力は……結界の維持にでも当てておこう。
「取り敢えず、下手人21人の魔力は吸い尽くしました。城内で気絶してる人がいたら、間違いなくそれです。人によっては30分しないうちに起きます。捕まえるなら今かと」
取り敢えず口だけは動かして、下手人を捕らえるように提案しておく。が、もう魔法式は排除した以上、目の前のライオンハート修復にソイツらは微塵も関係ない。役目は果たしたのであとは無視。
「続いて、全脱落パーツの分析開始」
ライオンハート自身に保存されている万全の状態と、現在の状態を見比べて脱落パーツを確認。
材質把握、金属系パーツが12個、1個だけ木製パーツ。これだけはちょっと不安だけど複製開始……終了。
続いて刻印済みの術式把握。気持ちが悪いほど書き込まれて、重層多重立体化してるけど、魔剣込みの処理能力なら問題なし。複写。
魔力線の接続は、取り敢えず脱落前と同じ組み合わせ同じ位置、同じ太さで接続する。
「完了。魔力線の再生を実行」
既に千切れていたり、捩れから全くパーツを繋ぐ魔力の糸。不可視のパーツであるそれを、無事な主要接続部分を除いて全て、私の魔力を編んだ線に張り替える。
ここまでして漸く、魔剣が最低限本来の輝きを取り戻してくれた。先程までの殺伐とした玉座の間に、新緑の木漏れ日にも似た優しい風が流れ始める。それと同時にプラネタリウムのような光景が広がる不思議に、少しだけ笑顔が漏れた。
「再配置、再接続完了。
規定の
それは私の腕が未熟であるからか、それとも魔剣として製造された特徴からか。なんて詮ないことに思考を巡らせているうちに、私の手元には一振りの大剣がその姿を取り戻していた。
「ふぅ……」
ひとつ大きく息を吐き、過剰に集中した世界から一旦現実に意識を引き戻した。これで最低限どうにか、今すぐ壊されないようになる程度までは応急処置が間に合った……筈だ。
そう思いながら立ち上がり、全身を軽くストレッチする。途端に、全身から鳴り始めるバキベキという音の大合唱。案の定、それなりの時間が経ってしまっていたらしい。
ここまで私がやってきたのは、やり方さえ知っていれば誰にでもできる初歩の初歩。そのやり方が失伝してるっぽい点が問題だが、むしろ今からやる方がメインの整備だ。その為にも、ここまでの作業でかかった時間を把握しないといけないのだが……
「あれ?」
ぐるりと部屋を一周見渡すも、アヒムさんとリュートさん、イトナミさんの姿が消えていた。汗を拭いていてくれたアイン、そして肝心要のリィンとミーニャ女王が居てくれるから構わないのだが、こんなに無防備で良いのだろうか?
「アヒムとリュートの2人には、かつてライオンハートを整備していた技術者達と、アヤメさんの言っていた城内で気絶しているであろう下手人の確保に向かって貰いました。推定21人、間違いないのですよね?」
「え、あ、はい。少なくとも21人分の魔力を抜いて、適当に結界の維持に回したのでそこは間違いないです」
そんな私の疑問を見抜いたように、ミーニャ女王が語る。推定下手人を捕らえるには、確かに最高戦略を当てるのが確実だが……まあ、気にしないでおこう。
「ところで、もしやライオンハートの修復はもう終わりになられたのですか?」
「いえ、まだ応急処置といった所です。取り敢えず破損箇所の交換と修復だけは済ませましたが、正常に動くかどうか分からないので……」
術式干渉パラメーターに関しては、現状一切の手付を付けていない状態だ。ここからの調律こそ、本来魔剣技師がやるべき技術を駆使した仕事になる。
「ところで、私が作業し始めてから何時間経ちました?」
「アヤメの作業開始から、現在1時間46分52秒が経過していると報告する」
「2時間は経ってませんでしたか……ありがとうございます、アイン」
となれば、剣状態での魔力線の配線を確かめてからになるが、長くてあと数時間。半日はかからない程度には収められるだろう。
「それと、ここまで時間をかけてしまいすみません。ミーニャ女王にも、恐らく予定があったと思うのですが……」
「予定は気にしなくて構いません。元々、魔王国との貿易上の折衝しか予定はありませんでした。後日に予定していた魔剣の修復と入れ替えて対応しますので」
「その為に余が居たのだぞ。結果的に、こうして魔剣を起動し続ける羽目となっておるがな!」
リィン曰く、そういうことであったらしい。それにリュートさんの勧めで『もしかしたから即座に行動するかも』ということを前提に、入れ替えられる時間として予定を組んでいたとも。元々はママが突発的に動く時に、大体そうやって対応していたのだとか。もしかしたら娘の私もという懸念があったのだろう。結果的に正解だったから、私からは何も言えないけど。
「それに、懐かしい光景でした。剣の星座、今はもう見ることの出来ない夜空に浮かぶ星々のような、美しい光景。再びそれを見ることが出来ただけで、十分私にとって価値のある時間でした」
「そう言って下さるだけで、少し気持ちが楽になります」
ここではないどこか遠くを見る、リュートさんが自分が冒険者として活動していた時代を話す時と同じ目だ。ママやパパの全盛期、世界が平和だった頃を思い返す郷愁の目。
「さて。時間に問題がないみたいですし、一気に最後までやらせていただきます」
そんな目を見ていたくなくて、無理矢理に話題を切り替えた。
魔剣を手放し休憩させて貰う事10分。限界駆動はしていないからマシとはいえ、結構身体が重く感じる。だが、休んで回復するには十分な時間で、ずっと魔剣を握り続けているリィンの為にも手早く終わらせよう。そう思いつつ、安置していた獣王剣ライオンハートを手に取った。
「状態確認よし、危険性はなし。ミーニャ女王、ライオンハートを持ってもらって良いですか?」
「ええ、力になれるかは分かりませんが……」
控えめに否定しながらも、ミーニャ女王がライオンハートを手に取った。その瞬間、女王が目を見開いたのがハッキリと分かった。理由は言わずとも、見れば分かる。
技術者目線で見るとまるで落第点とはいえ、獣王剣ライオンハートが、確かに現獣人界女王の手の内で、これまであり得なかった通常駆動を成しているのだから。
「本当に、私が……!」
「感動してるところ申し訳ないんですが、まだ全然終わってないので……」
そう、魔剣が通常駆動をした
「ところでミーニャ女王。魔剣を修復する前に仰っていたことから察するに、現在の獣人界でライオンハートを継承出来る人物は、貴方だけしかいないということで合ってますか?」
「……はい、そう、なります。私が子を成せば別の話になりますが、先代獣王である我が父ネイオンの血を継ぐ者は、私しか生き残っていません」
Ⅱ型以降の魔剣は私の持つエターナルを始めた数件を例外として、最初の担い手とその血族にしか使用することができない。それが私のママが設定した制限であり、多くの魔剣が死蔵・破壊されている原因でもある。
そしてミーニャ女王は、まだ現役の年齢とはいえ高齢だ。私が言えたことではないけれど、子供を産むには危険を伴うような程度には。
「分かりました。言い方は悪いですが好都合です。それなら後ろめたさも躊躇いもなく、貴方だけの為に在る剣にできる」
このパズルにも似た形態の魔剣だからこそ可能な、飛び切りの裏技だ。自由な接続を活かして、完全に専用機としてチューニングする。そうしてしまえば後顧の憂もない。
やったことは1度しかないけれど、やり方は十二分に把握しているし魔法陣の組み立て同様得意分野だ。そしてこの方法が、最善である理由も存在する。
「私だけの剣、ですか?」
「最初の担い手には母が全力を尽くし使って貰ったように、最後の担い手にもそうあって欲しいんです。いえ、そうします」
後天的魔剣適合研究所や、冒険者型人造人間の悪用といった可能性は無視できないだろう。獣王剣ライオンハートほどの魔剣となれば、まず確実に担い手が消失したとしても後に
「そういう強引さは、イオリ様そっくりですね」
ふっと柔らかく、儚げな笑みを浮かべてミーニャ女王が言う。まるでお義母さんが私に向けていたような優しい目だ。なんともむず痒い感覚のそれを、申し訳なさを覚えつつも払い除ける。
「構いません、アヤメさんの好きなように。イオリ様もそうでしたが、止まるつもりはないのでしょう? そして、結果は決して悪いことにはならない」
「勿論、そのつもりです」
「ならば、止める理由は有りません。リュート公爵経由で、世界の終わりが近づいていることも発覚しています。よって、獣王直々に勅命を下しましょう」
「ありがたくお受けします」
大義名分までもらえる辺り、私のママが生前どれだけやらかしていたかが察せると言うものだ。それも確実に利が生まれると判断すれば、恐らく許可を取るより早く身勝手に。
「むぅ、獣王よ。アヤメは余の国の国民であり、余の掛け替えの無い友だ。あまり他国の権利を振りかざされるのは気に食わぬ」
「ですが、アヤメ・キリノは我が獣王国の民でもあります。それに私、アヤメさんのおしめを取り替えたこともあるんですよ? 義理の姉妹とどちらが上だと思います?」
「ぐぬ。そう言われてしまうと、余の方が格下となるか……」
「うぇッ!?」
圧力を感じる言葉の応酬に圧倒される中、予想外の言葉に変な声が漏れた。おしめって……オムツ……いや、確かにミーニャ女王はママと同い年だった筈だけど。
「あら? てっきりレーナ公爵辺りから聞いていると思っていたのですが」
「た、確かにレーナさんはそういうことをしてくれてた、とは聞いてますけど……」
それに今の獣王まで関わっているなんて聞いていない。聞いたのが魔剣に手を加え始める前で、本当によかった。うっかり手が滑りかねない嫌な情報だった。
「でしたら私以外にも、私の手伝いで最初の数回のみではありますが我が母ラファー、英雄クラネル・レイカー様、リュート公爵の姉であるアンナ氏、その他にも当時イオリ様と親密な交友があった女性冒険者の方々は、凡そやらせて頂いてましたね」
「ママ……」
このどうしようもなく、行き場もない感情はどうすれば良いのだろうか。天を仰ぐしかない。ああ、そういえばちゃんとしたオムツ、作らないとそろそろ毒のせいで悲惨なことになりかねないんだっけ……はぁ。ちょっと、アインに寄りかからせて貰おう。
「当時のイオリ様は、身も心も削る忙しさでしたから。それに皆、あの時代には珍しい赤ちゃんに夢中だったのです。あまり責めないで下さると、彼女達の友人としては嬉しいのですが」
「えっと、はい。ちょっと衝撃的だっただけで、母を責めるつもりは特には。ちなみに興味本位の質問なのですけど、その、他に私のお世話をしてくれていた方は今どこに……?」
嗚呼つまり、さっきのお義母さんに似たミーニャ女王の優しい目は、正しくその通りの意味だったのだろう。恐らく、あんなに小さかったことがここまで大きくなってのような。それならば魔剣を修復した跡、アインと一緒にその人たちのことを尋ねるのも悪くないかもしれない。
そんな考えからの質問だったのだが──
「皆、死にました。
戦死を確認した方以外に、MiA*1や戦後の行方不明も含むので、正確とは言えませんが……少なくとも、私は誰とも再会できていません」
「……すみません」
「気にする必要はありませんよ。そういう時代でしたから」
私が踏み抜いたのは、特大の地雷だった。これまで私が誰一人としてそんな相手に会ったことがなかったこと。レーナさんが敢えて口にしていなかった理由。そういったものを考えれば分かるはずの話だったのに。
内心そう慌てていると、脇腹をアインの肘に
そう思い、口籠もっていた自分の頬を打つ。心機一転、とまでは切り替えが上手くいかずとも、無理矢理に心を切り替える。心を限界まで研ぎ澄まして、乱れた魔剣に手を触れた。
「分かり、ました。では本題に戻って、魔剣の調律を開始したいと思います。お手を拝借しても?」
「お好きなようにと、私は言いましたよね?」
「では遠慮なく」
左手でミーニャ女王の手を握り、入れ替えた右手で魔剣を握りながらライオンハートへ解析魔法を起動する。
やるべきことは簡単だ。繋いだ手から読み取った魔力のパターンを、魔剣の構成式に打ち込み専用の形へ変形させるだけ。本当ならルンペルシュテルツヒェン辺りの補助も掛けたいが、この場では限界駆動が使えないので頼れるのは己の腕1つ。
「
だとしても、失敗するつもりは毛頭ない。
愛剣をライオンハートに重ね、大きく深く深呼吸する。魔力の読み取りは十分出来ている、ライオンハート内部の接続がぐちゃぐちゃな状態も都合がいい。
「魔剣接続、調律開始──」
「ひゃっ!?」
軽くミーニャ女王の魔力を侵食しつつ、集中するのは魔力の操作感覚。両目を閉じて、ライオンハート全体に隈なく私自身の物とミーニャ女王の魔力を巡らせていく。
「あの、これ──」
ライオンハート自体の魔力線の接続を、蛸足配線の状態から無駄を削ぎ落とした状態へ再接続。同時に私の魔力で先導する形で、ミーニャ女王の魔力も接続していく。
とても複雑で精緻な、編み物にも似た作業だ。ママの世界では、慣用句的にオートクチュールと言うのだったか。既製品ではなく完全一点物であり、それ故に担い手以外一切の干渉を拒絶するような剣のカタチ。
「かなり、くすぐったいのですが!」
「少しだけ我慢して下さい」
難点といえば、正式な魔法の初期授業同様に、相手の魔力を勝手に操作すること。それで今回みたいな事態も発生するのは、今初めて知ったけれど。
「出来る限り、早く、済ま、せ……え?」
可能な限り早く進めようと作業を行い、大凡半分程度まで工程を済ませた瞬間だった。突然、私の干渉していない部分まで一人でに再接続が開始された。
それに加えこれまで完全手動だった術式が半分ほど干渉を拒否され、何処かから……いや、魔剣自身からの干渉によって、セミオートのような状況に書き換えられた。
「こ、の……!」
修正が追いつかない、否、それ以前に跳ね除けられる。あまりにも、あまりにも簡単に再接続が出来ているとは思っていた。思っていたがしかし、魔剣側からの干渉が起きるなんて考えたこともない。
なんて考えている間にも、魔剣自身が勝手に、私の魔力を奪い取り理想的な状態へ再接続してゆく魔力線。それは完全に私の手を離れて、いつしか新たな1つの形を紡ぎ出していた。
「これは、魔法陣、でしょうか? 歯抜け部分も多く、未完成に見えますが……?」
「そう、ですね。魔剣が自分から、私の手を離れて描き出しました」
ゆっくりと目を開けると、肉眼で見えるほど圧縮された魔力光が散る中で、ミーニャ女王が困惑の表情を浮かべていた。魔剣の表面に、謎の魔法陣が浮かび上がっていたら誰だってそうなる。私だってそうしたい。けど、ここでそうしたら不安にさせてしまう。
例え魔力を吸い尽くされ今にも意識が飛びそうだとしても。最低限、説明を終えるまでは気絶してはいけない。
「通常・限界駆動共に影響を及ぼされない範囲にありますから、そこは問題ありません。正しく詠唱さえ出来れば、確実に限界駆動は可能です」
既に不安定だったとはいえ、魔剣は完成していたのだ。そこに関しては、神に誓って嘘ではない。
「ですが……その描きかけの魔法陣に関しては不明です。多分、魔剣自身が目指している形がソレ、なのでしょうけど」
「アヤメさんでも断言できないと?」
「申し訳ありません。リィンの魔王剣や私たちの魔剣、その他の魔剣を整備してきて尚、初めての光景なので……」
言い切る前に、足下がグラつき倒れ込みかけた。なんとかアインが支えてくれたから良いものの、いよいよ意識が危ない。言わなければならないことはまだあるのに。
「陣の詳細と説明は次の機会に。アイン、後は任せました!」
最後に最も信頼できるパートナーに丸投げして、私は意識を闇へと落とした。