銀灰の神楽   作:銀鈴

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魔剣(つるぎ)の彼方/聖剣(つるぎ)の此方【08】

 空がまだクリフォトの枝葉に覆われていなかった時代、ある1つの世界全土を巻き込む戦争があった。

 その名を【英雄戦争】

 多くの人族が、獣人が、魔族が、英雄が、一般人が、犯罪者が、魔物が、竜が、龍が、神が、何もかもが分け隔てなく例外なく、夥しい数の命を散らした大戦争。突如、世界の中心を食い破るようにして現れた島と穴から湧き出した、悪魔と呼ばれる侵略生物との生存戦争。

 まるで悪夢が現実に湧き出たような地獄の中、生み出された幾千幾万もの屍山血河の最初の1つが生まれた頃。その少年が暮らしていた場所、獣王国領第34共生区と呼ばれた地域にも戦火の手は及ぶことになる。

 

 当然、そこに暮らしていた半人半魔の少年も、その戦火から逃れることは出来なかった。

 

 その村に最初に来襲した悪魔は、現代においては大きく数を減らした【レイ級】と呼ばれるタイプだった。

 逆雫型の胴体に、動かない鳥の翼のような器官が生えた5m程の悪魔。高高度を飛行し、黒い光線や疫病の元となる排泄物を撒き散らし、最後には翼を折りたたみ、自分自身を質量砲弾として投下する。更に加えて魔法を減衰し、物理攻撃にも強いという最悪の種別。

 

 当時そんな相手に対抗する手段が無かったのかと問われればそれは嘘になる。魔剣が発明されていない戦争の黎明期とは言え、当時はまだ各種族に数多くの精鋭が居たのだから。彼らが複数人集まれば、対処自体は不可能ではなかった。

 人族であれば武技と呼ばれた必殺の技が。

 獣人であれば精霊術という万能の反則が。

 魔族であれば秘呪という受け継ぎし術が。

 それぞれがそれぞれに秀でた、後に魔剣のベースになった物すらある特異な力。

 

 だがその村には、獣王国領第34共生区と呼ばれた地域にはそんなものは無かった。何せここは"共生区"、人・獣・魔入り乱れて暮らす融和の世界。住まうは望んで訪れた者、追われて逃げ込んだ者、そしてその子供である混血児。彼らの手には一応にして悪意へ抗う力はなかった。

 何せ彼らは、言わずもがなその大半が混血だ。純血種にのみ許される技術は使えない。或いは親世代ならば使える者もいたが、どの技術も才能と習熟が大前提。有効な力を持つ者は、限りなく0に近かった。

 

 結果として起こったのは、一方的な虐殺。

 

 半人半魔の少年も、半獣半魔の青年も、僅か1夜にして故郷を失った。

 半獣半魔の青年はまだ良かった。当時従軍中だった彼は、軍行動中という故郷を見捨てる大義名分があった。同じような目に遭っている他人がいることも知れた。焦がれて止まない絶滅の光と出会えた。そして何より、怨みを力に前へと進めた。その為の力があった。

 だからこそ、悲惨なのは半人半魔の少年だ。近場の街への買い出しから帰る途中、彼は目の前で故郷が滅ぼされていく過程を目に焼き付けさせられた。自分だけが生き残ってしまったことを、己を助けた冒険者から聞かされた。胸には生き残ってしまった後悔と自殺の願望だけが刻まれた。そして何かを恨むこともできず、何かに憧れることもできず、半端な力しかない少年は、流されるまま戦争に身を投げた。

 

 少年が配属された先は、獣王国軍第3師団という新興の部隊。指揮・指令以外が全て志願兵で構成された狂気の集団。身を投げるという表現が正しく使われる歯車が壊れた軍に身をやつし、少年は数々の戦場を駆け巡ることになる。

 

 少年が持っていた唯一の武器は、魔法だった。

 適性こそ余り高くないものの、全ての魔法が使えるというそれなりに珍しい体質。それを生かして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ここで心が壊れてしまえば幸せだっただろう、ここで力及ばす倒れてしまえれば楽だったろう。だがこの世界のレベルシステムは正直だ、半端な行いだろうと、成果に100%の結果を返す。斯くして少年は成長をし続け、正気の狂気を保ったままいつしか数年の時間が経過した。

 

 魔剣が発明されてからは、よりその悲劇は加速する。

 半端に正気を保ったまま、狂気の巷で悪魔を殺す。悪化する戦況、強くなる自分、散っていく味方、何もかもがチグハグだ。戦場では自分を壊して別の人間にならなきゃ戦えないとは誰の言葉だったか。それを全う出来ない少年が破滅を迎えるのは、あまりに順当な結末で──

 

 そんな結末すら、少年は迎えることが出来なかった。

 

 コトを起こしたのは、第3師団を恐れた後方に控える戦わない貴族たち。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を恐れた結果の政治的謀殺。戦える貴族と獣王が前線で力を振るう隙に起こした、後に戦争の結果ごと発案者達が闇に葬った最悪の事件だった。

 

 作戦内容は至ってシンプル。通常任務を装い最前線へ第3師団()()を派遣し、撤退を許さずすり潰す。最後にそれらの証拠を全て独断行動だと偽装し、友軍である魔王軍から借り受けた魔術式戦略級破壊兵器で全てを無に帰す。

 それを止められる権力や良心を持つ者は、例外なく故国を守るために最前線で。誰にも止められない作戦に、悪意と保身のGoサインが出された。

 

 しかしそれでも、少年は死ぬことはなかった。

 単純な話、庇われたのだ。いつしか隊長と呼ばれるまでに成長していた少年は、己の死を悟った部下達に護られた。十重に二十重にあらゆる魔法で、或いは秘呪や精霊術に武技まで使われて。

 

 たった独り、またしても少年は──

 アルブレヒト・スノードロップは生き残る。

 

 そして全ての負荷が限界を超えて、少年は壊れた。ようやく壊れることが出来た。

 燃え上がるような復讐心も灯せぬ程に土台が壊れて、焦がれ腕を伸ばす先は潰れた眼では見通せない。そして、世間はそんな事情を斟酌しない。死ぬ筈の作戦を生き残った者に向けられる目は冷ややかだ。それら全てを受け静かに、少年は狂っていった。

 

 サバイバーズギルトというものがある。

 戦争や災害などに遭いながら、奇跡的に生還を遂げた人が、周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して、しばしば感じる『生き残ってしまった』ことへの罪の感情だ。

 どうして自分だけが生きているのか。故人の思いも誰かの願いも踏み躙って、自分自身を責め続ける。世間もそれを助長して、王が戦地にいるのを良いことに王城すらそう世間を誘導する。

 

 そんな、あまりにも分かりやすいスケープゴート。戦後の大罪人とその娘へ向けた迫害の、戦時中に行われたプロトタイプ。戦地から帰還した王がそれに気付いた時には、手遅れと言えるほど少年への迫害が世間を安定させていて。

 思えばきっとこの時に、誇り高き獣の王国は致命的なまでに終わったのだろう。

 

 ()()、それでも師団長補佐にまで上り詰めていた実力の少年を遊ばせている余裕は、戦時中の世界にはなかった。

 故に少年は、再び戦場に駆り出された。

 信頼できる仲間は皆死に、従うべき司令部は腐敗して、いつしか付けられたパーソナルネームはアグレッサー。それでも見知らぬ誰かのために戦って、戦って、すぐに限界は訪れた。

 

 上陸してしまった【デストロイ級】を相手に、たった独りで差し違えて少年の命は散った。

 頑なに支給されなかったⅡ型魔剣の代わりに、スラッシャーを5本、ピアッシャーを7本、クラッシャーを4本使い潰し、命と魂を代償とした禁呪を4つ行使して。戦いが始まる前平原だった場所を、海水が流れ込む湾へと変貌させ、砕け散った装備の残骸の中心で、奇跡的に五体満足のまま少年は立ち尽くす。

 

『ああ、これでやっと、終われる──』

『残念ながらそうはいかねぇ。あんた程の逸材に死なれちゃ困るんでな』

 

 そうして、命が尽きる瞬間。彼は七英雄クラネル・レイカーの手に落ちた。

 これにて、アルブレヒト・スノードロップの人生は一旦終幕。

 ここからは冒険者型人造人間(エクスプローラー)Nachhut1としての物語が始まった。

 その後に辿った結末は知っての通り。今度は七英雄イオリ・キリノとティア・クラフトの手によって、アイン・ナーハフートとして彼は転生する。

 

 復讐者にも英雄にもなり切れず、闇に葬られた哀れな生贄の物語。もはや憶えている者も片手で数えられるほどとなった、凡そ7年近く前に彼が迎えた顛末。()()()、似たような末路を辿ったヒトが最低でも6人は存在した、ごくありふれた戦争の悲劇だった。

 

 

 思い出した

 

 思い出した

 

 思い出した思い出した思い出したおもいだしたおもいだしたおもいだしたオモイダシタオモイダシタオモイダシタ!!!

 

「あ、あぁ、ぐあぁぁぁっ、ああああっ!!」

 

 記憶と意識を取り戻した瞬間、"少年"は魂を削るような絶叫をあげた。瞬間的に、極めて鮮明に蘇った2つ分の人生の記憶に脳の処理能力が追いつかない。

 激痛、激痛、次いで激痛。苦痛と地獄の経験が閃光のように瞬いて、頭の中かおかしくなる。自分を保っていられない。燃える、焼ける、いや、溶け落ちて混ざり合うような吐き気を催すことすら儘ならない感覚。

 

 アルブレヒト・スノードロップは地獄のような人生だった

 冒険者型人造人間Nachhut1は煉獄の淵に沈む人生だった

 アイン・ナーハフートは幸せの絶頂にいる人生だ

 

 3つの人生と3つの記憶が滅茶苦茶に、ぐちゃぐちゃに、ぐじゅぐじゅに、愚呪愚呪に、溶け合い混ぜられ歪め合って、自己を塗り潰さんと溢れ出す。かき混ぜられる──このままでは、壊れてしまう。

 

 耐えられない。怖い、怖い、死ぬのが怖い。嫌だ、手放したくない。最早自分の意思とは関係なく絶叫し続ける喉を、痙攣して跳ね回るような四肢を押さえ込むこともできず、心身へただただ恐怖の2文字が満ち始める。

 

 想像はしていた筈だった。

 推測も建てていた筈だった。

 想定も出来ていた筈だった。

 

 だがダメだった。どれも足りなかった。そんな小細工を軽々と吹き飛ばして、心を砕く地獄が来襲した。視界は明滅するトラウマに蝕まれて意識も出来ず、いま自分が何処にいるのかすら分からない。自我が混ざる、記憶が混濁する、自分が今いる場所すら忘れそうになってしまう。

 

「当方は、俺は、僕は、私は、誰だ!!??」

 

 それでも何とか脳内で暴れる記憶の手綱を取って、壊れかけの頭で"少年"は言葉を叫んだ。もう何かを考える余裕もない、心に浮かんだ言葉をぶち撒けることが精一杯。

 

 そんな、地獄の釜がひっくり返ったような狂乱の中──ふわり、と緑銀(ミスリル)色の光が、壊れそうな視界に舞った。

 

「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」

 

 恐らく、抱き止められた感覚。優しい鼓動と温かな体温が、鮮やかなミスリル色の光が、自分のものではない甘い香りが、柔らかく"少年"を包み込んだ。

 

「深呼吸、深呼吸。大きく息を吸ってー、吐いてー。もう1回吸ってー、吐いてー」

 

 まるで幼児をあやすかのような、優しく語りかける言葉。俗に言う洗脳・催眠魔法のように魔力が込められた言葉が、"少年"の荒れ放題の心に侵入してくる。

 普段であれば弾ける程度の微弱な魔法。けれど何故か"少年"は、それを防ごうとしなかった。否、しようとすら思っていなかった。為されるがままに、壊れかけの心が魔法の言葉に絡め取られていく。

 

「落ち着いて。大丈夫。私はここにいるし、貴方もそこにいますから」

 

 とん、とん、とん。心臓のリズムに合わせて優しく背中を叩く手が、心の底から安心する匂いが、自分のものではない温かさと、自分の物より弱い鼓動が、そして彼女から薄らと漂う嗅ぎ慣れた()()が。”少年"の意識を、現実世界に引き戻した。

 

「俺、は、当方は……」

「お話が出来るくらいには、落ち着いてくれたみたいですねアイン」

 

 抱き締めらる姿勢から解放された"少年"が見たのは、散り際の桜にも似た美しさの少女だった。

 ミスリル色の柔らかい髪を長く伸ばし、こちらを見つめるのは紺碧の瞳。同じ毛並みを持つ狼の耳と、僅かに浮遊するスピーカーにも似た黒色の義耳は、歪で非対称ながらも整った美しさが感じられる。そんな少女が、潤んだ瞳でこちらを見ていた。

 

「キミ、は……?」

「ッ……ふむ、外傷はなし。催眠も軽度。となると、一時的なショックによる記憶障害が濃厚ですかね」

 

 思わず問いかけた言葉に、一瞬だけ傷ついたような表情を浮かべた後。冷静にこちらを見据え直して、少女は少年の状態を分析していた。

 

「私の名前はアヤメ・キリノ。自己紹介したところで、質問です。貴方は今、誰ですか? アルブレヒト・スノードロップ? Nachhut1? それとも、アイン・ナーハフート?」

「全部、であっ、て、どれ、でもな、いと、否定す……推測する、と思う」

「言葉が出ない。口調もめちゃくちゃ、でも考えることは出来ている……情報過多とショックの記憶障害で断定ですかね」

 

 アヤメ、あやめ、聞き覚えのある聞き覚えのない名前を、何度も少年は口の中で反芻する。じーっとそんな少年をアヤメが見つめ、ポンと手を叩いた。

 

「よし、こういう時はショック療法に限ります」

 

 告げられたのは、衝撃的な言葉だった。しかしそんな情報を処理する前に、少年は再びアヤメに抱き締められていた。

 

「ねぇ、アイン。私、あの時言いましたよね。ほんの少しだけど、私は『銀狼族』の血を引いてるって」

 

 銀狼族。獣人の中でも、氷系の魔法が使える珍しい種族。種族の特徴としては、生命礼讃主義(ロリコン)の者が多いこと。そして何よりも──愛が、とても重い種族であること。

 

 そんな思考に行き着いた刹那、少年の首筋に鋭い痛みが走った。

 

「言いましたよね、アイン・ナーハフートという人を絶対に逃がさないって」

 

 少女の匂いと死臭に混ざって香る、ケミカル臭が混ざった血の臭い。そしてペロリと首筋を、湿った生暖かいモノが這う感触。背筋に走るゾクリとした感覚に、思わずアインの背筋が伸びた。

 

「なに別人の記憶を思い出したくらいで、自分を見失ってるんですか? この、嘘つき」

 

 耳元でしっとりと、艶かしく呟かれた言葉に、アインの中で何かが絡め取られた。

 

「名前が3つ、記憶が3つくらいなんです。私なんか名前は4つもありますよ。この、嘘つき」

 

 耳元で呟かれた、泣きそうに震える言葉。

 そうだ、そうだ。そうだったと。少年がアイン・ナーハフートを軸として再構成されていく。そう、あくまで再構成。決して以前のアイン・ナーハフートと同一の存在に戻るわけではない。

 だがそれでも、中心にはアイン・ナーハフートが個として存在するヒトとして。冒険者型人造人間後衛型1番の呪縛を引き千切り、少年とアインへと戻っていく。

 

「これでもショックが足りませんか」

「いや、待てアヤメ。当方は既に──」

「些か不本意ですが、記憶が戻ってないなら()()()()()()()()

 

 そしてアインが完全に自分の知るアインに戻ったことを、鑑定系スキルと眼から伝わる理知の光、直感と応対のクアトロチェックで確認していながら。それを丁度良い言い分けと口実にして、正面に向き直ったアヤメはアインの顔を引き寄せた。

 

 アインの言葉を遮るようなキスだったが、初めての時とは違い歯と歯がぶつかり合うような事はない。言葉を封殺するように唇と唇が触れ合うようなバードキスから始まり、最終的には体格に勝るアインが押し倒すような形で舌を絡ませるディープキスへ。段々とエスカレートしていきながら、お互いに荒い息を零しながら顔を離す。

 

「はぁ……はぁ……ハハ、いやはや、どうして私たちがキスすると血の味がするんでしょうね」

「アヤメが、当方に噛み付いたのが悪いと糾弾する」

「ふふっ、それもそうですね」

「ああ、だが当方はそれで戻ってこれた」

 

 ぷふっ、くくっ、と何方からという事なく笑い声が漏れる。それこそ普段の2人に……本音を晒したことで少しだけ素直になったアヤメと、記憶を取り戻したことでヒトらしさを取り戻したアインの2人に戻った証左だった。

 

「そういえば、セプテントリオがいた筈だと疑問する」

「ああ、あの人なら帰りましたよ。アインが気絶してる間に魔剣整備させて貰ったんですけど、終わり頃に丁度外が静かになりまして。その時に」

 

 それならばこの半ば痴態のような自分と恋人の姿を、誰かに見せることはなかったとアインは安堵した。流石に服装も乱れた自分やアヤメの姿を誰かに見せるのは、絶対に嫌だ。以前ならそこまで強く思う事はなかった強い感情だった。

 

「それにしても、女の子を押し倒してる時に他の男の話ですか?」

「それを言うなら、アヤメも同じことだと嫉妬する」

「話題振ったのはアインじゃないですか」

 

 そうして、暫くの間。結界に閉ざされたギルドの小部屋の中は、優しく暖かな笑い声で包まれていた。

 




スノードロップの花言葉は『希望』『慰め』
ただし、死を象徴する花でもある

アヤメ 残り92日
アイン 残り92日

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