「そこまで言うならいいが……今から行くのは無理だろう。
山の麓の街だぞ? いまの山は俺たち人の時間じゃない、獣の時間だ。それをどうにかする力は、見せてくれるんだろうな?」
自信満々に言った私を、そうアウルさんは諭した。
ああ、だから帰りが夜遅くだし傷だらけだったのか。勝手知ったるフィールドで、狩人の彼があれほどボロボロになっていたのだ。きっと私なんかじゃ、すぐに獣の餌になってしまうのだろう。
でも、時間はもうあまりないと言うのがさっきの結論だ。
アマルさんのタイムリミットも、金の持ち逃げのタイムリミットも。
なら、急ぐしかないだろう。
「大丈夫です。誰が、馬鹿正直に森の中を通るもんですか」
言って魔法の区分を誤魔化しながら《鍛冶魔法》を起動。
魔法の種類を誤魔化すため一度大きく手を振るい、注意しながら造形を開始。そうしてたっぷり10秒かけて、幾つかの物を作り出した。
無属性に分類される、物を浮遊させる魔法陣。
同じく無属性分類の、動きの方向を僅かに変える魔法陣。
風属性に分類される、任意の方向に風を吹き出す魔法陣。
火属性に分類される、炎で物を加速させる魔法陣。
光属性に分類される、光を透過させる魔法陣。
空間属性に分類される、物の位置を固定する魔法陣と、自分の周囲に任意の形状でシールドを貼る魔法陣。
オールミスリル製で魔力の通しが頗る良いそれらを、アルミ合金で出力した金属板で挟み結合する。
完成したのは空飛ぶスノーボード。軽さ重視で強度は軽視だから、そう多くの回数使えないだろうが……今は急拵えだからよしとする。
軽く動作の確認をして、サイズの大きな方を呆けているアウルさんに投げ渡す。
「板が反っている方が上面。上面に足を置いて魔力を流すと、足がその場で足首辺りまで固定されてボードが浮きます。
もっと魔力を流すと高さが上がって、自分から見て後ろの板が反ってる所に意識して魔力を流すと加速、前の方に流すと減速します。飛行中は、周りから見えなくなって匂いもシールドで遮断します。
即興で作った魔導具ですけど、性能は保証します。さあ、山を降りますよ!」
何も山下りに地上ルートで下山する必要はないのだ。空飛んで降って行けば、かなりの短縮になる。
それと、これくらいのことを見せれば、物作りに関する力量は察してもらえただろう。これくらいのものを作るのに普通は、魔法陣作るだけで数ヶ月かかるし。
「待て」
我ながら名案だと思い外に出ようとしていると、後ろからそんな声が掛けられた。
「なんです? 魔導具の説明とかですか?」
「違う。妹のことを優先しない理由を、聞かせてくれないか? 例の魔導具は、すぐにでも作れるんだろう?」
ああ、そういう。それなら、簡単に説明できる。
「今日私が会った限り、妹さんはまだギリギリ大丈夫そうでした。でも、ボッタクリ野郎は逃げます。すぐ逃げます。ですから、まずそっちを解決してから妹さんを」
それに、もし暴走した魔剣とその使い手と対峙するなら、ちょっとだけ準備がしたい。無策に飛び込んでいったら、間違いなく私は負けて死ぬ。Ⅱ型というのは、そんな物なのだから。
「そう、だな。だが、逃げるのは無いと思うぞ?」
「どうしてです?」
「俺にこれを売った奴は、ちゃんとした店を構えていた」
それなら確かに、私みたいな特別な事情がない限りその土地を離れたりしないだろう。
「なら、そいつが金を使い切る前に回収しないとですね」
ただでさえ流れの錬金術師の評判は良くはないのに、それを更に貶める奴なんて滅んでしまえばいい。かな。私怨も込みだが、引き攣った笑みでアウルさんは頷いてくれた。
「それじゃあ、行きますよ」
「ああ。案内は任せてくれ」
そう言って私たちは、空へと舞い上がった。
思ったより安定していることに安堵しながら、ジッと遠くに目を凝らす。まだ、なんとか街の明かりは確認することができた。
「──」
「やっぱり、即興で作るもんじゃないや」
けれど欠陥として、シールドの外からくる音が完全に消えていた。同時に、空気の流れもシールド内で完結してしまっている。どうやら時間制限付きの乗り物になってしまったらしい。
「まあ、気にしてないみたいだしいっか」
凄まじいスピードで飛んで行ったアウルさんと思われる空間の揺らめきを見つつ、私も魔力を込めて移動を開始しっ──
「急加速もこれ、欠陥、だね」
ママならきっと、もっと上手くやれたんだろうなぁ……
そんな考えが浮かんできたけど、比べても仕方がないと振り払う。今はそんなことより、妹さん用の魔導具の設計と対【ユメウツツ】用の道具を考えないと。
「とりあえず、魔導具はママが作ってたのを流用するとして」
適当に作ったアルミ板に覚えてる限りの構造を記し、足りなかったり怪しいところは自分の知識で正していく。
今も女王さまが使っている完成品をトレースしたから問題ない。幸いネックレス型だから、軽く身体強化の魔法を込めたパーツを付け足せば体の弱さも解決できる。
その間も先を行くアウルさんを見失わないよう追い、置いていかれないよう魔力も込め続ける。忙しいけど、まあこれくらいならどうってことない。魔法の同時発動よりはかなり楽だ。
「まだ、時間はあるよね」
街の明かりはまだ遠い。
とは言っても、あと10分もあれば着いてしまうような速度は出ている。リミットは近そうだ。
魔導具の問題に戻ろう。
次に解決すべきは視力に関する部分。眼鏡で物理的に視力を増強しても意味がない。だったら、魔法的に得られる情報を増やせば解決する、筈だ。
でも、それよりも大切なのは眼の保護。あんな暗い場所にいることから、過度に眩しさを感じてしまう体質だと推測できる。視力は本人が納得してる可能性もあるし、まずはそっちを優先。形状は……そうだね、当てつけとして眼鏡型でいっか。
あとは素材をリストアップして、形成手順を確認。
これで準備は整ったし、30秒あれば作り出せる。
このボードと違って欠陥も起こらない。よっぽど変な使い方をして壊れなければ。
「っと。森を抜けちゃったか」
光以外がシャットされてるからわからないけど、これ速度100km/hは超えてるんじゃないんだろうか?
便利ではあるけど、壊れやすいし欠陥だらけだし難儀なものだ。
魔物の姿がチラホラ見える地上を眺めつつ、全力で飛ぶこと数分。煌びやかな光が灯る街と、固く閉ざされた市壁が目に入ってきた。
「これなら、入っちゃった方が楽かな」
戸惑っているアウルさんを尻目に市壁を乗り越え、結界やら何やらが貼られてないのをいいことに路地裏に着地する。我ながら、結構上手くいった。
魔導具を仕舞っていると、空から隣に何かが降りてきた。そしてすぐに、とても疲れたようなアウルさんが姿を現した。あっ、私のより魔導具ボロボロ……
「お前、とんでもない物、作りやがって……」
「欠陥品だったことは謝ります。でも、早く着いたでしょう?」
「ああ、十分過ぎるくらいにな!」
半分怒鳴り声になっていた抗議を受け流し時計を取り出す。表示されている時刻は20 : 48、村と違って都会っ子はまだまだ起きて何かの活動に勤しんでるはずの時間帯だ。
「これなら間に合うでしょう。案内お願いします」
「分かったよ!」
イライラとしながら通りに出て行ったアウルさんに続こうとして、ふと気づく。
この中を隠密行動するには、些か私は目立ち過ぎる。
襤褸でも被っていた方が、不法侵入扱いされないで済む筈だ。
となれば有言実行。懐かしい襤褸を身に纏う。
「あん? なんだよ、その格好」
「私もアウルさんも、逮捕されたくはないでしょう?」
「それはそうだが……」
「だからです。気にしないでも結構」
かといって別人に変装して、不法侵入で牢獄も嫌だ。
苦肉の策なのだから、あんまり気にしないでほしい。
「着いたぞ、ここだ」
そうこう考えて歩いている間に、どうやら件のお店に到着したらしい。襤褸の中から見上げれば、まだ明かりは付いていて店主も欠伸をしながらカウンターに座っている。
「あの人ですか?」
「ああ。俺は高名な錬金術師に師事した者で、独り立ちが許されたとか言っていたな」
「それが本当なら、その師匠は目が腐ってたと思いますよ」
手抜き品を高価で売りつけて儲けるとか、信用第一の仕事を舐め腐ってる。
錬金術に限らず色々な仕事は、まず信用。次に人脈。最後に実力と運の4要素が重要だ。実体験だから間違いない。
「アウルさんが喋ると面倒なことになりそうなので、出来る限り静かにしててくださいね?」
まあ、そんな自分語りはそこまでにして。
「たのもー!」
襤褸を脱ぎ捨て、そんな声を上げて私は店に入った。
同時に無礼を承知で鑑定スキルでステータスを覗く。
レベルは私の半分以下、錬金術師としての職もスキルも低レベル。分かった、この人話が上手くて人脈だけはあるタイプだ。しかも、今では珍しく純血の人間。
「なんだいお嬢ちゃん、こんな夜中に。お使いかな?
で、何の用だ獣人。獣臭くなるからとっとと出て行け」
表面上人間に見える私にだけ良い顔をして、アウルさんにはこの対応。なるほど、こんな対応をしていたら繁盛するわけもない。猫被っても嫌々対応するような感じにしかならないだろう。ふっかけるわけだ。
「ダメですよ店主さん、あの人は私の依頼人ですから」
「依頼人?」
「申し遅れましたね。私はギルド所属のSランク冒険者、アヤ・ティアードロップという者です」
冒険者カードを見せつつそう言った瞬間、店主さんの表情が強張った。なんか逃げようとしてたから、足を拘束する準備だけはしておく。
「え、Sランクの冒険者ともあろう方が、こんな弱小商店になんの御用でしょうか?」
「貴方があの獣人さんに売った魔導具が、どうにも価格と高価が釣り合ってないようでして。先ずは話を聞きにきました」
出来るだけにこやかに、相手の緊張を解くように話しかける。
Sランク、事実上の冒険者における最高位の権力者。その権力は一代貴族に匹敵する。普段は権力の濫用などしないが力は本物。今、店主の生も死も全てが私の手の上にある。
それを理解したのか、冷や汗も止まったようで張り付いたような笑顔で店主さんは話しかけてきた。
「えぇ、あの魔導具ですか。あれは魔界から取り寄せた宝石に私が陣を刻み、要望通りの効果を加えたものです。もう1つの魔導具も、丹精込めて作らせていただきました。ですので、輸送費と手間賃を考えあの値段に」
「その要望とは?」
「『アルビノの娘の為に、日に焼かれない為の道具と目の悪さを克服できる道具が欲しい』でしたが?」
チラリとアウルさんに目配せすれば、小さく頷いてくれた。
どうやら注文に間違いはないらしい。なら、アウトでしょ。
「なら、なんで手抜きで作って売ったんですか?」
「手抜き、とは?」
「魔法陣の彫り方、彫金の仕方、パーツパーツの接合の仕方、細かいところを挙げればもっと沢山色々なところが、そこらの市販品に比べても雑でした。更に言えば、このお店に陳列されてる物よりも雑です。なので、貴方の言うことが本当でも、せいぜい10分の1くらいしか価値ないですよあれ」
一切の私情抜きで、事情を加味してもそれが限界だ。
もし全力で作ってあったのなら、私も金貨5枚くらいまではまけてあげたかもしれない。でも手抜きなので許さない。
そして一拍おいて言う。
「多少の増額ならともかく10倍の値段となると、ギルドに所属する身としては……貴方とこのお店が、不当な利益を得ていると報告せざるを得ません」
「はっ、それがどうした。獣人を騙して何が悪い」
「そんなんだから、多分コネがあるのに売れてないんですよこの店」
真顔で、淡々と、冷静に、真実で突き刺す。
ぶっちゃけるとこんなことする必要はないんだけど、私の気が治らないから徹底的にやる。
「なんだと貴様! 話を聞いていれば、好き放題言って!」
「真実ですよ。私からしたら腕は大したことないですけど、それでも愛想よく振舞っていれば売れるはずです。錬金術師は、それくらい便利な存在ですから」
軽い風邪くらいなら、医師のところへ行くより錬金術師から薬を買ったほうがいい。茶碗や包丁がかけたら、鍛冶屋へ行くより錬金術師に治してもらった方が安上がり。大規模な作業もお手のもの。
絶対数こそ少ないものの、庶民の味方である。
残念なことにその立場を利用してアレコレしてる人が多いから、その地に根付いてる人以外は信用されない欠点があるけど。
「まあ、私も錬金術師の端くれ。金がかかるのは理解しますし、この街の権力者に追われるのも嫌です。ですから、これから言う条件を満たしてくれるなら、私は何も報告しませんよ」
「何が望みだ」
「無駄に払わせた分、つまり金貨9枚の返却。それと、二度とこんな詐欺紛いのことはしないこと」
これでSランクからの密告を避けられるなら、安いものでしょう? そう言って笑みを浮かべ、しかし逃げたり誤魔化したら即縛り上げるように魔法を準備する。
「分かったよ! こうすりゃいいんだろクソ女!」
投げつけられた金貨を掴み、適当にポッケに突っ込んでおく。
これでまず、当初の目的は達成。後は私の私怨しか残ってない。
「それじゃあ、ついでに見せてあげますよ。貴方が手抜きで作ったものを、私が作るとどうなるのか」
プライドをへし折ってあげる。
そう内心誓いながら、手に火と土に偽装した鍛冶魔法の陣を展開した。脳内で描くのはさっきまで書いてた設計図。その通りに作ればなんの問題もない。
「製作完了。鑑定はお持ちのようですし、確認してくださいな」
そう言って私は、たった今作り終えた魔導具を見せつける。
紫の宝石と牙のような形の装飾が2つあるネックレスと、至って変哲のない眼鏡。うん、これなら金貨10枚分の価値はあるでしょ。
女王さまが付けてるのと寸分違わぬ効果の対日性能で、身体強化の効果もある。眼鏡も当初の予定どうりの効果。
必要だった時間は10秒未満。
お前の腕は私の10秒にも満たないと、むざむざと見せつける。
多少なりとも職人としてのプライドがあるなら、こういうのは効くだろう。
「……クソが!」
「おっと」
振るわれた手から逃れ、一歩下がった私の前を店主の腕が通過して行った。よっぽどでもないと壊れないけど、傷ついたら困るしね。
「それでは、私の用事は終わりましたので」
そうして私は、煽るだけ煽って店を後にしたのだった。
そしてそのまま夜道を歩き、店から来ていた粘っこい視線を切る。直後、店が見えなくなったところで言った。
「アウルさん、これからギルドに行きますよ。さっきのお店の不正、告発します」
「は? お前、さっきは言わないとか抜かしてたじゃねえか」
あからさまに不機嫌そうなアウルさんがそう言った。
まあ、たしかに私はそう言った。それに目の前で見せびらかして、不満もある程度治った。でも、全部が消えたわけじゃない。
「別に“言い”はしませんけど、文字にして誰かに渡して告発しないとは言ってませんよ?」
「お前、随分とエゲツない手を使うんだな」
自分が大好きなものを、商売道具を犯罪に使われたのだ。
黙って見逃すなんて、あり得ない。
ともあれ、詐欺師は死すべしと考える次第である。