「「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
獣人界の遥か上空、クリフォトが枝葉の上。2種類の
「敗北と共に、我は縛鎖に繋がれた
行き着く先は、傀儡王
平穏齎す支配であれば、心を無にし受け入れよう」
「傷付き、刃毀れ、奪われて
荒んだ悲しき人の子よ
そのキズ、私が癒しましょう」
散開。金色の波紋を背負うリュートが玉兎の視線を釘付けにし、レーナの姿が夜闇へ影のように溶け消える。
戦場では異常に目立つ金色の鎧も、波紋も、今の時代のように威を示すだけが使い道ではない。派手で、目を引き、視線を釘付けにするその色は、周囲への警戒を僅かに曇らせる。それはリュートのことをよく知る者であろうがなかろうが変わらない。極致に
「されど我が子を奪うのならば
刮目せよ、我は悪魔と成り果てる」
「蛍が集いし燐光で
全ては淡き、夢の
ニヤリと笑みを浮かべて飛び退く玉兎が一瞬前までいた空間に、無数の金色の鎖が突き立たった。まるで串刺しに使う杭のように、クリフォトを砕いて突き刺さる。
同時、飛び退いた先に閃く刃。刃筋正しく振るうことで透明に近くなる日本刀の特徴を十全に発揮し、玉兎の首を落とさんと無音の刃が疾駆する。
「──
そうして何もない空間を刃が走り、艶やかに一閃した白刃が玉兎の首を切り離した。
だが、その刃は届かない。
円弧を描く軌道へ割り込むように、無数の氷結が発生した。既に一度死して精霊との契約は失った身なれど、生前から誇る玉兎の魔法は依然健在。氷塊に阻まれ、不可視の一閃は空を切る。
「百を超え、千を超え、万を超える串刺しで、
大地を、空を、真紅の闇に染め上げん
ワラキアの夜、魔笛の響きを今ここに」
「
魔剣ドヴラクルより、一足早くホタルマルの能力が完全解放に至った。刹那、跳ね上がる不可視の刃が滑る軌跡の密度。串刺しの黄金鎖を足場に、魔剣の加護で跳ね上がった膂力の全てを使い命を刈らんとレーナが疾駆する。
それはこの時代にはそぐわない、前時代の戦闘論理。
ヒト対ヒトに於ける戦争のあった時代、格上にすら刃を届かせ、格下は封殺するための秘技。戦場での一騎討ちと暗殺の複合技だった。
「
この技を受け生き延びた者は、過去を通し片手で数えられる程度の英雄たちのみ。現代においては文字通り、必ず殺す技として使われるなもなき連携術理。
この術理を使う際、完全に透明なレーナと金に煌めくリュートの間に意思疎通の術は介在していない。アヤメとアイン、リィンのような伝達魔法も、魔界組のような魔剣の中継も全てが無粋。たった1つ、数十年来寄り添ってきた経験と絆を拠り所に。必殺の技は繰り出される。そしてその必殺は、あくまで
「チィッ!」
一拍遅れてリュートの魔剣が解放された瞬間、ガクンとギアが落ちたかのように玉兎の動きから精彩が失われた。舌打ちをし怒りも露わに玉兎は世界を凍結させるが、その能力すらあまりに遅い。
そうしてドヴラクルによる能力値の強制半減と、その分の自己強化が相まって遂にリュートの刃が玉兎に届いた。
「だが、
──尚も、玉兎へ刃は届かない。
見えていた筈の勝利へ続く道が、まるで狐に化かされたように霧散する。初めからそんな希望はなかったとでも言うかのように、現実が塗り潰されたとでもいうかのように、黄金鎖も、魔剣も、たった1つとして掠りすらしない。
ひらりひらりと舞い落ちる花弁を掴むが如く、白衣の裾を掠めるばかりで力が悉く届かない。きっと、傍目から見れば剣舞か何かに見えるだろう。そうして、玉兎の意識がリュートに向いた瞬間だった。
「獲りました」
「あ……?」
チン、と涼やかな納刀音が響き、玉兎の首がズレた。
一刀両断、刃の閃きに翳りなし。
八岐の技とはまた違った、文字通り神速不可視の抜刀術。玉兎の意識がリュートへと集中した一瞬の間隙を突いて、レーナの刀が玉兎に気付かれることすらなく素っ首を叩き落としていた。
「斬」
無論、それだけで終わるはずも無く。断ち切られた首と同様に、四肢の付け根が重さでズレる。堅牢な筈の墜星の守りを縫うように貫いて、乱舞した刃が五体を割断していた。
「畳み掛ける!」
次瞬、玉兎の周囲を覆い尽くすように出現する黄金の波紋。
首が落ちるよりも、何か行動を起こされるよりも早く、波紋から顔を出したのは無数の武器。前時代にはユニーク武器と呼ばれた、人が作れる最高峰の力の結晶。過去の遺産。そんな刀剣弾雨が、一斉に玉兎へ向けて降り注いだ。
「レーナ!」
「もうやってます!」
並行して進むのは、光闇陰陽併せ持った封印術。自分達の師匠を加速し続ける武器で砕き続けながら、
それはアヤメが見れば垂涎ものの、失われた前時代の魔法技術。2人で1つの魔法を寸分の狂いもなく、対象に合わせて変質させながら編み上げる魔法絶技。
「鎖よ!!」
だがそれでもまだ足りないと、リュートが放つ刀剣弾雨の中に黄金鎖を紛れ込ませる。これまで磔刑の杭のように使っていた鎖だが、その本質は拘束と封印。神に近づけば近づくほどその力を強める、この世界に転生した際に授かった
傷付いた肉体をすぐさまクリフォトの結晶が覆い尽くし、結晶が砕け散った後には、傷つく前の健全な肉体が再生されている墜星の身体。そんな不条理を押し潰すように、主亡き神威の忘れ形見が唸りをあげる。
「ハッ、なるほどなぁ……考えたじゃねぇか、馬鹿弟子共」
そうして完成した、黄金の鎖が象る牢獄の中。嘲るような声音で玉兎が嘆息するその姿は、無惨としか言いようがなかった。
再生を繰り返す間に余りにの砲撃密度に混入した刀剣が、全身から無数に生えた姿は正にヒトの形をした剣山刀樹。その全てが弱体化や封印の力を持つ武具なのだから、あまりにも丁寧に動きを潰しにきている。その上で頭部胴体腕部腰部脚部と、子供が引きちぎった虫の標本のように全身がバラバラであり、かつそれら全てが黄金の鎖で雁字搦めに拘束され空間に磔にされている。更に重ねて封印術が展開されており、墜星であろうと最早脱出は不可能だ。
誰が見ても過剰な破壊に過剰な拘束。だというのに、喉なんて存在しない筈の生首から声が出る辺りマトモじゃない。何かが起きると確信して、熟年の夫婦は臨戦態勢を解除しない。
「確かにこうすりゃ私は動けねぇ。聖剣を止めることは出来ずとも、私を殺すことは出来ずとも、アイツの忘れ形見に繋げられる。現状で取れる最善策に違いねぇ」
そんな2人を嬉しそうに眺めながら、ケッケッケッと楽しそうに玉兎が笑う。ギシリギシリと突き立った剣山を軋らせながら、心の底から楽しそうに。
だが本来、そんな風なことは出来ない筈なのだ。喉が存在せず、両の眼が納められている筈の眼窩には小型の剣が突き立ち、口腔すらも剣で埋められている玉兎には。
「だが、駄目なんだよその程度じゃあ」
だが玉兎は笑う。確実に人から外れた化け物のように。しかしその笑みは生前の、いつも見ていた何かをやらかす際のものそのままで。マズイと気がついた時には──もう、全てが遅かった。
「──〈月も太陽もお隠れだ、誰も世界を照らさない〉」
パチンと、刀剣を軋らせ玉兎が指を鳴らす。
たったそれだけで、おかしな現象が起きた。
鎖が芽吹く、刀剣が枯れる、挙げ句の果てには花弁に変わる。更に、瞬く間に無傷で再生する玉兎の身体。まるで夢でも見ているかのように、悪夢のように、全ての仕込みが崩壊する。
敗北する現実というリアリティー。空想というフィクションが、ノンフィクションへと這い出し現実を犯し始める。聖剣という埒外の暴力が、圧倒的な強度で世界そのものを塗り潰していく。
「あと、魔法はどれくらい使える?」
「そうね……10分がいいところかしら。リュートくんこそ、体力は保つの?」
「体力は保つけど、魔剣が保たない。吸収するエネルギーが大き過ぎて、還元も保存も出来てない。こっちも保って……まあ、20分あればいい方かな」
侵蝕される現実世界。
凍結を斬り払い肯定した2人の視線の先。透き通ったクリフォトの枝葉の上に、空間に
その
現実へと滲み出すその風景は、光の落ちない暗い森。覆い被さるような巨大な木々に囲まれ、見る度に形の変わる悪寒の走る足跡が刻まれた異様な世界。
「……チッ、これは腹括らないとね」
ソレについてまともに思考したが最後、正気を失うことが確実だと直感しリュートが盛大に舌打ちをした。それでもなお、諦めるという選択肢は存在しないが故に。
「レーナ、僕と一緒に死んでくれる?」
「ええ、勿論。師匠相手です、それくらいの覚悟じゃなきゃ喰われるわ」
言いながら、リュートとレーナはそれぞれの魔剣を握り締めた。
魔剣ドヴラクルも、魔剣ホタルマルも、それぞれの担い手も全てが最高峰であることは間違いない。だというのに時間稼ぎ以外の行為ができない理由は、単にその相性が最悪なレベルで悪いことが原因だった。
だが、ドヴラクルはあくまで1対多の状況で最大限の活躍をする魔剣だ。それこそ拠点防衛という点では試作型にも匹敵する力を発揮できるが今回は2vs1。能力も許容力の
そしてホタルマルは本来、珍しく他者を治療し癒すことを主とした非戦闘用に近い魔剣だ。故に斬りつけた傷を過剰回復させ、相手を自己破損させるしか武器はない。だが墜星はあくまで死者、結晶憑きの
加えて2人は、全盛期と比べものにならないほど衰えている。
現にリュートの足運びは既に乱れ始め、過剰展開した波紋のせいで頭痛も酷い。そんな魔剣を手放した瞬間に意識を失う感覚が全身を襲っている。
レーナも同様に、とうの昔に魔法回路は限界を超えている。全身を苛む激痛は、ホタルマルを手放した瞬間に意識を現実から弾き飛ばすだろう。
魔剣の加護があるとは言えど、寄る年波には逆らえない。
ヒトは老いる。栄華も、強さも、心も、年月が全てを奪い去っていく。それこそがヒトの美しさという言葉もあるが、こと戦闘に於いては大外れだ。思い1つ、心1つで世界は変えられない。
──しかしそう、
その程度のこと、これまでに何度も覆してきた。
転生者、異界の理を持つ世界の異分子。成り損ないの
「《閃光転身》!」
「《暗夜転身》!」
だからこそ、2人は止まらない。リュートも、リュートと長く共に居過ぎたレーナも同じ属性を帯びている。世界を破壊してでも突き進む
完全転身、精霊変性。
世界に溢れ出した森に、光と闇が突撃した。
◇
昨晩、お互いに精魂尽き果てる限界までそういったことをシていた所為で。案の定私もアインも、翌日にまで影響が後を引いていた。アインは全体的に疲れ切った雰囲気がしているし、私は私で腰の異物感とまだ敏感なままの感覚が残っている。お陰で朝から回復魔法と栄養剤に頼る羽目になったのは、お互いに明らかにハメを外してやり過ぎた結果だった。
まあ、そんな解決した事情は置いておくとして。
今日のメインイベントである結婚式についてだ。これについて、ほんの少しだけ私には不満がある。
綺麗なレースで縁取られた純白のウェディングドレス。これは別にいい。寧ろ、一度だけでいいから着てみたかったから嬉しいくらいだ。
きっちりとキメたアインのタキシード。これも別に構わない。知らないアインの姿を見れて、それこそ胸がドキドキする。
故にこそ、不満なのは結婚式の方式について。
結婚式という行事は大凡の場合、地域や世界を問わず『神』や『大いなる存在』に対して赦しを請い、伴侶との永遠を誓うもの。
だけどもう、
英雄戦争終結から1年くらいの頃の話だ。世界に存在するヒトや魔物すら持つステータスシステム、その《加護》の欄から神の名前が消えた。文字を横切る罫線がたった1柱を除いて全ての神の名前に走り、教会の権威は失墜した。
私はあまり神学には明るくないけれど、俗説ではこう語られている。
『大いなる神々は、各々の英雄と共に死んだ。小さな神々は、我々が死に過ぎたことで自然に還ってしまわれた』
『最後に残った慈悲深き鍛冶の神だけが、己が身を削り世界を保って下さっている』
その後には七英雄の、大罪人への罵倒と誹謗中傷の言葉が飽きるほどに続くのだが……まあ、そこは不快なだけなのでどうでもいい。
重要なのは、その最後に残った1柱だ。信仰を捧げていたはずの鍛冶師達も、私も、王城のお抱え鍛冶師達ですら名前を知らない鍛冶の神。偶像すらない鍛冶の神。身を粉にし世界を鍛造し続けているという双子神。
鍛冶の神ということ以外、私たち現世を生きるヒトはその神のことを何も知らない。何処かの俗説で双子神であると噂されているだけで、姿も、考えも、何もかもが不明のまま。世界を存続してくれているという、正しいのか間違いなのかも分からない結果だけが信仰されてる謎の神。
世界を守ってくれている? それはとても凄いことだと思う。
小さな神々だったのに身を粉にして? それもとても偉いことだと思う。
だから、きっとそんな余裕がなかっただろうことは頭では理解している。理性でも納得している。心でも受け入れている。
祈っても、願っても、捧げても、嘆いても、恨んでも、貶しても、足蹴にしても──何をしても、助けどころかバチすら当たらなかった。
そんなものを相手に赦しを請う?
伴侶との永遠を誓う?
私とアインの愛を捧げる?
冗談じゃない。気持ちが悪い。金輪際そんなことは御免被る。
それはお義母さんと出会う前、リュートさん達に拾われる前に、私が抱いていた原初の思い。ヒトを、世界を、神様を、何もかもを呪った原初の憎悪。忘れていたかった私の心の醜い部分。尽きた嘆きの涙の海で、燻り続けていた赫怒の熾火。そして、それを覆い隠していた虚飾の蓋。
それを思い出した瞬間、世界がガラスのようにひび割れた。
「────あぁ、なんでここで、全部に気がついちゃうんでしょうね」
「アヤメ?」
砕けつつある世界の中で、作り物のアインが心配そうに顔を向ける。
そう、今私がいる場所は教会の中。アインはリュートさんに、私はレーナさんに連れられて式場へ入場し、誓いの言葉を交わした直後。指輪の交換と、誓いのキスだけを残した結婚式のメインイベント。
「せめて気付くのがもう少し後なら……いえ、そんなのたらればですね」
「アヤメちゃん?」
神父役のリュートさんが声をかけてくる。
ひび割れた世界の中、右の視界にははチロチロと小さな炎が舐めるように出現し、左の視界には絶死の灰がハラハラと舞い始める。そんな罪の烙印を直接目にして──お陰でああ、目が覚めた。
「……大方、察しもつきました。ここが完全に、私だけの夢になったのは今朝からですね」
「アヤメちゃん?」
懐疑的な視線をレーナさんが向けてくる。
願えば叶う、きっと此処はそういう法則なのだろう。昨日のアインとの行為を経て、私は願ってしまった。アインと一緒に幸せに暮らす平和な日常を。私なんかが、望めるべくもない世界を。
だけど、この夢にだって限界があった。1人分の
「……ねぇ、アイン。貴方もきっと、今頃気が付いてますよね」
目の前の偽物とは繋がらないアンクレットの通信を起動して、エラーを吐いて繋がらない通信先へと呼びかける。きっと聞こえている筈だと確信して、本当の私の伴侶へと。
「──────」
「──────」
「──────」
周りが何かを言っている。何か非難するような言葉を向けてきている。何せ結婚式で花嫁が狂ったように独り言を呟きながら、結婚なんてしないと突然言い出したのだ。意味が分からないのだろうと、推測は出来る。でも──
「ごめんなさい」
「済まないと、謝罪する」
薄い壁を1枚挟んだ向こうと、言葉が重なったような気がした。
思えばそもそも、簡単な話だった。私もアインも、結婚式がどんな進行で進むのかを全く知らない。こうやって誓いのキスをしたり、ブーケトスをしたり、宴が行われるとか……せいぜい、その程度の知識しかない。だというのに、滞りなく式が進行する筈がない。
「よしんばこれが、神様なりのプレゼントだとするなら」
「余計なお世話だと否定する」
告げるに合わせて、知らず伸ばした左手に。
聖剣の形は人智の描いた
「私は」
「当方は」
「「こんな幸せを望んじゃいない」」
私の
「「禊祓え誓いの聖剣、我らの未来を紡ぐため
ー
これが私たちの聖剣、2人で描いた夢想の形。無垢なる時間は過ぎ去って、罪を抱いて堕天する。世界を滅ぼしてでも突き進み、2人並んで満足して死ぬと誓った終わりの象徴。
その銘は──
「「
名を示したその瞬間、私達を絡め取る甘い
アヤメ 残り90日
アイン 残り91日
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《アヤメの現在の所持魔剣》
【Ⅰ型魔剣】(たくさん)
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・クラッシャー ・ディフェンダー
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