目が覚めた時、一番最初に目に入ってきたのは豪奢なステンドグラスだった。共に掲げた聖剣が示す先、光を失い死んだような沈黙に停滞するカラフルなガラス片の集合体。
詰まるところ、私たちがいる場所は深夜の教会だった。服装もお互い、ウェディングドレスとタキシードのまま。明らかな異常が、そこにはあった。
「ねぇ、アイン。アインは、どんな夢を見てました?」
「分岐後も、恐らくアヤメとさして違いはなかったと推測する。よくある、幸せな結婚式の風景だった」
私とアイン以外誰もいない、光もない、静寂に包まれた教会で。囁くように問いかける。よくある幸せな結婚式……ああ、本当にそんな言葉がよく似合う、幸せに溺れるような夢だった。けれど同時に私達には何処までも遠く、似合わない夢の言の葉でしかない。
「それにしても、あんな『何でも叶う』夢だったのに子供は出来ないって確信してた辺り、筋金入りですね……私も、アインも」
「肯定する。だが、寿命に関してはそうではなかった」
「そうですね……あと、たった3ヶ月。90日。それだけしか一緒にいられないなんて、寂しいですから」
ほんの少しだけ無理をして笑いながら、起動している聖剣に添えていた腕を下ろす。そして、生身ではなく義足へと戻った脚で大地を踏み締めた。いつかの日、アインと一緒に叶わぬと知りながら子供の名前を付けた両足で。
「女の子だったらヒナキ、男の子だったらエティ、そんな優しい夢は……例え夢でも、叶いませんもんね」
「認めたくはないが、肯定する。当方達には、悲しいが届かない夢だ」
知らず、滲んだ視界を拭き取って。微かに濡れた手で、聖剣を握るアインの手に重ねた。そんな、今にも壊れそうな現実の脆い重さを噛み締めて。現状の把握を進めようと、そうした時だった。
「アヤメ、少し良いかと提案する」
「提案ですか? 別に構いませんけど──ッ!?」
了承した瞬間、ぐいっと強い力で引き寄せられ抱き締められていた。
「これは、当方達が今いるこの場所は、現実なのだと信じても良いのかと疑問する」
「そうですね……私にも、正直なところ断言は出来ません。ただ、聖剣を起動してまでぶち壊したんです。現実だと、信じてますよ」
というか、もし此処が現実じゃないのならばお手上げだ。夢の中ではあったような違和感もなければ、聖剣の起動している感覚にも異常はない。それで駄目なら手の打ちようがない。
「なんなら、頬でもつねってみます?」
「否定する。それで夢が覚めれば、あれで目が覚めない筈がない」
「それもそうですね」
ぽんぽんと優しくアインの背中をさすり、抱き締められていること1分ほど。微かにアインの身体にあった震えは、何処かへ遠く消えていた。
「……もう大丈夫ですか?」
「肯定する。情けない姿を見せた」
「気にしませんよ、これくらい」
そんなことを言うのであれば、夢の中で色々乱れた私の方が相当だ。なんて言葉は胸の奥へとしまい込み、非常事態なのだと意識を引き締める。だとしても、この折角のドレスを脱ぐことが、ほんの少しだけ悲しくて。
「その代わりに、いつか、いつか落ち着いてからでいいですから……ちゃんと私に、こんなドレスを着させて下さいね?」
「認識した。いつか必ず、絶対に」
力強いアインの返事に笑顔を返して、私はウェディングドレスを脱ぎ去った。同時にスキル内から展開するのは、いつもと変わらぬ戦闘装束。即座に腰部の小型魔力炉心を起動させれば、アインも同じように戦闘態勢へと移行していた。
「下手人は分かってます。さっきから、私をずっと監視していた視線を感じません。つまりこの現象は間違いなく──」
「墜星の仕業だと断定する」
「正解です、多分。ですから、油断せずに行きますよ」
右手にだけエターナルを握り、Ⅰ型4種とチョークからユビキタスまでのⅡ型で12本全装填。アインと背中合わせに教会の扉を内側から蹴り開けた。瞬間、視界に飛び込んできた街の惨状に息を飲んだ。
街が、死んでいた。
光がない。音がない。人がいない。幾ら時間が深夜帯であろうとあり得ないほどに、街はどこまでも静まり切っていた。アインが隣にいたことで再起動していなかった義耳のレーダーを起動しても、それは一切変わらない。まるで死の街だった。
「何も、動いてない……?」
「虫1匹、活動している音はないと否定する」
私が溢した疑問に、魔法での探知を終えたアインが答えてくれた。街一つ覆う規模の探知に反応がないということは、間違いなく他に動いている者はいないということ。つまり──
「全員が、眠っている……?」
「肯定する。当方が探知した生体反応は、街の至る所で眠りについている物のみだ」
私の探知範囲より広い範囲を捜索したアインが言うのだから、これはもう確定情報として受け取って良いだろう。催眠術でも受けたかのように、国が眠りに落ちている。少なくとも私が探知した限りでは、全員が全員"まるで幸せな夢を見ているような笑顔"を浮かべた状態で。
「その中で、明らかに寝巻きとか室内用の服を着ているヒト、或いは裸足で出歩いていたと思しきヒトはどれくらいいます?」
「正確な値ではないが、7割以上は確実だと断定する」
私たちの寝た時間は一般的には深夜、つまり他の人も布団やベットに潜る時間で間違いない。だと言うのに、私達を含めかなりの人数が寝巻きのまま外に出ている。それはつまり寝ている状態から外へ出た、或いは寝ているまま動いたということに違いない。
「夢遊病、認知症、徘徊癖……違う、こんな一斉になるのに理由がつかない。だったら幽体離脱、ドリームウォーカー……」
取り敢えずリュートさん達と合流すべく歩きながら、目の前の光景に似た症例を取り敢えず口にして思考の整理を図る。物理的な傷病に魔法的な呪術も考えてはみるが、どれも的を外している気がする。
何せ魔剣というものは、基本的に悪魔を殺すための兵器だ。レーナさんのホタルマルのような支援特化型でも、直接的に悪魔を殺す為の術がある。例え聖剣であってもそれは変わらない筈である以上、そんな弱い能力である筈が無いのだ。アマノムラクモのように無骨な殺意か、或いは──
「いえ、もっと簡単にまさか、催眠……?」
そう、思い至った答えを呟いた瞬間だった。私とアインの探知魔法ではない別の波長によるピンガーが2回、私達を通り抜け街全体へと鳴り響いた。
街の外や危険域で活動している時なら兎も角、こんな街中では対策をしている筈もなく。完全に私達はその何某かによる探知魔法に捕捉された。
「ッ、まず!? アイン!」
「展開済みだ!」
聖剣による恩恵までフルに活かして思考に没頭していた私では、それへの対応が間に合わない。最低限の対情報防御を私が構築している間に、それを察してアインが咄嗟に展開し運動量を0にする防壁を展開した──刹那。
私達の探知速度を振り切って、一条の流星が私達に向けて墜落。直撃した。
衝撃も音も何もなくただ空間に磔となったその影に、巡らせていた思考を一旦中止して反射的に脚を踏み込む。アインが盾として動いてくれた以上、私は矛として即応すべき。
そう判断して、動きの勢いを消され物理的にも魔法的にもあり得ない挙動で
「あれ、リィン?」
「うむ、余だ。正真正銘、リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルンに相違ない」
起動した真魔剣ディーアボロスを手に、秘呪による龍翼と角を展開したリィンがそこにいた。相手がそうであるなら拳を撃つ訳にはいかないと、聖剣の能力で自分の運動力を操作。拳を撃つ直前の形で静止して、有り余る運動力を背後に高熱の蒸気として排出した。
「お前様達と分かっておったから、先にピンガーを打って合図しておいたのだが……それにユビキタスの通話にも出ないでからに」
「こんな意味も分からない状況なんです、気付けませんよ……」
「そもそも、当方達以外に活動している人物が存在することを、想像すらしていなかったと否定する」
拳を下げて距離を取り、念のため鑑定系スキルを投射する。判定は真。間違いなく本物、幻覚とか夢である可能性は低いと思って良いだろう。
「まあ余も、似たような状況で希望に縋ったに過ぎぬ。故の焦り、故の失態である故、気にはせぬがしかし……アヤメ達も、この状況は把握出来ておらなんだか」
「私達もさっき目を覚ましたばかりなので……まだ推測の域を出ない感じです。似たような状況ってことは、リィンもですか?」
アインにアンクレットの通信で警戒をお願いして、一旦リィンとの情報交換へ移る。現状、何がどうなっているのかについて、判断するには情報があまりに少なすぎる。なんでもいい、少しでもいいから情報が欲しかった。
「うむ。余が目を覚ましたのは今から12分前だ。先に言っておくと、ユ=グ=エッダも獣人界と変わらぬ状況だ。余を除き誰1人として目を覚まさぬ」
「ユ=グ=エッダもですか……」
つまりこの現象は獣人界の地表だけではなく、上空へも範囲があるということ。この時点で、通常の魔法の類いである可能性は外された。あまりにも魔法の効果範囲が広過ぎ、そして効果が強過ぎる。それこそ、ヒトの限界であっても龍であっても、命を犠牲に5分展開できれば善戦したと言える机上の魔法となってしまう。
「リィン、アイン、探知範囲内に私達以外の起動している魔剣の反応はありましたか?」
「否定する。当方達以外に反応はない」
「魔界も同様だ。常時起動のビフレストを除き全てが沈黙しておる。自動操縦でなければ墜落は免れなかったであろう」
「了解です、ありがとうございます」
ならば何処かの馬鹿による愉快犯的犯行である可能性、単なる魔剣の暴走の可能性も排除できる。そうなると、犯人は私の推測だけではなく、状況的にも墜星以外にありえない。つまりこの睡眠は聖剣の影響であり……先ほど考えた通り、催眠能力が最有力か。
「リィンの見せられた夢って、どんな物でした?」
「やはりアヤメ達も見せられていたか……余の夢は、イリスと一般的な家庭で幸せに暮らしている光景であった。これが何かの解決策となるのか?」
「流石に候補が多過ぎて、またなんともいえません。けど、絞れては来ています」
相手を眠らせて、もしくは催眠にかけて相手に幸福な夢を見させる。現状、墜星の聖剣の能力で判明しているのはこれだけだ。悪魔を殺すという点を考えるのであれば、睡眠は副作用? いや、余剰効果と見るべきか。
「サキュバス、いえ女性も含まれてる以上インキュバス……夢魔。うん、この方向で合ってる筈」
思えば昔、耐性を付けるためにお義母さんに掛けてもらった、そういう系統の魔法と感覚が似ていたような気がしないでもない。ああもう、症例が少な過ぎる。判断がつけられない。そう、舌打ちをした瞬間だった。
────ゆらり、と。
眠り倒れ込む人々から、黒い煙が立ち昇った。
「ッ──!! リィン、全力で
(アインは探知をカット! 早く!!)
今まで無作為に上げていただけの情報が、脳の中で線と線で結ばれていく。全ての不可能を除外して最後に残ったものは、如何に奇妙なことであってもそれが真実だ。その答えに行き着いた瞬間、私は言葉と通信の二重で叫んだ。
更に警戒という最も危険性の高い状況にあるアインを抱き寄せ、一瞬のうちに出来る対精神防御を展開。それだけでは足りないとリィンに要求した守りが展開された瞬間、黒煙が爆発した。
「【洗脳】【催眠】【傀儡】【精神支配】……なんなのだと、驚愕する!?」
「アイン視ちゃダメ! 精神汚染……ッ、これは──これは
ありえない。頭に浮かんだそんな言葉を黙殺して、自前でも対精神防御用の複合魔法を展開。数秒と経たずに汚染され切った
その瞬間、手元に形成したミスリル製の魔法陣から甘い腐敗臭が立ち昇った。一目でわかる長くは保たない状況に、舌打ちをしながら地面を蹴り上げる。聖剣の加護により普段ならば届かない屋根の上へと駆け上がりながら、無理矢理にでも思考を回した。
「リィンはどうなる!?」
「大丈夫です! 逃げなきゃ不味いのは、むしろ私達です!」
戦前の資料が殆ど残っていない以上、半分口伝のようにしか知らないけれど。大罪スキルは"そういう物"だ。触れたら、触れられたら、文字通り呑み込まれる。対抗できるのは、元徳と呼ばれる真逆の性質を持つスキルだけ。
その中でも《色欲》或いは《淫蕩》と呼ばれたスキルの能力は、『相手に対する完全催眠』。英雄戦争よりも昔ママが従事したらしい戦争で、黒煙と共に人間界という大陸1つを汚染しきった悪夢のスキル。
だからリィンに関しては心配はいらない。元々が浄化に強い適正がある種の竜人であるし、憤怒と傲慢を除いた全ての大罪/残影と慈愛を除いた元徳/残影のスキルを持っているのだから。現にほら、この通り。
「アヤメ! アイン! この霧は──」
魔力で編まれた龍翼を広げ、神々しさすら感じる後光を背負いリィンが黒煙を破り姿を表した。同時に私達に淡い光が纏わり付き、腐臭を発していた魔法陣が正常な状態を取り戻す。
「《色欲》ですよね!?」
「そうだ! 逃げるぞ、2人とも余の手を取れ!」
目配せをし合い、タイミングを合わせてアインと跳ぶ。リィンにキャッチされた瞬間、建物の天井付近まで充満した黒煙が足元を掠め、再び魔法陣が腐り始めた。
そう、この通り。大罪で大罪には対抗出来ない。お義母さんから相性次第だったと聞いたこともあるけれど、そもそも残影である以上出力でで勝ち目がないのだ。
……待った。大罪、元徳、残影、何か、何かが引っかかる。
この街にいる大罪持ちは私、リィン、セプテントリオさんの3人。元徳持ちはリィンと世界のどこかにいる1人。あの眠りから目を覚ましたのは、私、アイン、リィンの3人のみ。聖剣の能力が大罪スキル由来のものもすれば……どちらも例外1つで符合する。そして多分、重要なもう1つのファクターは聖剣だ。つまり、同格の力。抵抗じゃなくて対抗なら同格でも可能……?
「リィン、こんな状況で何処へ逃げるのだと疑問する」
「王城へ逃げ込む。ミーニャ女王は、元徳の慈愛/残影を持っておった。目覚めて居ればあの回復の力で、この状況を解決する一助になるやもしれん!」
「……分かった」
リィンの言葉で、欠けていたパズルのピースがぱちりと嵌った気がした。
目を覚ました私達と、これから目を覚ますかもしれない人達、その共通点。考えてみれば異常な話で、けれど単純明快な答えだ。
全部、禁忌のスキルか聖剣が関わっている。残影ではない、元来の禁忌に対抗できる力を持つ人間だけが目を覚ましている。それだけの話だった。尤も残影とはいえ、大罪玄徳全ての禁忌がこの街に集合しているということは、リィンという存在があっても異常極まることだが。
「私の予想が確かなら、ミーニャ女王は目を覚まします。慈愛で色欲に対抗できるかはちょっと分かりませんが……魔剣が使えれば、きっと上手くいく」
「了解した!」
言葉と同時、リィンの飛翔が加速した。
こういう時に、物理的に頭の数を増やせるユビキタスが使えれば。そう思わにはいられないけど、恐らくユビキタスのネットワークに接続した時が最後だ。間違いなく、感染している色欲に私まで呑み込まれる。
『──〈太陽も月もお隠れだ、誰も世界を照らなさい〉』
何か出来ないのかと心中で毒づいた瞬間、2つのことが連続した。
1つは、スラム街の方向で発生した極寒の
故に問題なのはもう1つ。遥か天頂から響いてきた、古式ゆかしき『魔法の詠唱文』の方。それは墜星の居場所が、何故か月が消えた夜空の向こうにあることを示すと同時に、地上にある変化を齎していた。
「黒煙が……」
「晴れた……?」
あれだけ、地表を覆い尽くしていた大罪の黒煙が。瞬きの間にすっかり消えてしまっていた。代わりに、大きな変化が1つ。
眠り倒れ込んでいる人の、服装が変わっていく。ある人はパジャマから冒険者風の戦装束へ。あるい人は野暮ったい服から豪華絢爛なドレスへ。ある人はドレスから囚人のような服装へ。次から次に、まるで現実そのものを書き換えるように姿が変貌していく。
「アヤメ、これは……」
「ええ。私とアインの服装が起きた時に変わっていた理由は、間違いなくこれです」
先ほど空の上から聞こえてきた呪文。あれのおかげで、完全に原理は特定した。私には最も縁遠い魔法技術でありながら、本来ならば必ず魔法使いが経験する補助輪に近い効果を持つ言葉。
呪文は魔法陣と同じように全て魔法大全という書籍に記されており、私はその全部を暗記している。私自身が魔法陣から魔法を使う為にだが、こういう時にはやはり役に立つ。
「魔法属性は闇。位階は旧区分で魔導かその上の神なので、問答無用で最高峰。種別は幻覚系。魔法名は《
ただ時間と空間は属性違いで弄れないから、私たちの場合は結婚式からが現実だったと思っていい。
だが恐ろしいことに、そんな禁呪と同じ現象を魔力を一切使わずに再現している。いや、魔力を使ってないように書き換えられている? まるで分からない。改変部分の解析が出来ていない以上、正に未知そのものだ。魔法使いとして、鍛冶師の端くれとして、興味以上に恐ろしい。
「つまり何が起こる!?」
「
そう、この魔法が禁呪で得る由縁は『術者の意のままに現実を変えられるから』などではない。『術の範囲内にいる存在が、好き勝手に現実を改変し続けるから』なのだから。
刻々と、状況が変わっていく。変わり続けていく。私たちが対応するよりずっと早く、手に負えない。私にあるのは判別の知識と、個人の戦闘感だけなのに。
「ああ、やっと会えたわ貴方!」
「私の赤ちゃん!」
「僕の翼が、翼がある!!」
眼下に広がるのは、倒れ伏した人々が起き上がり思い思いの幻想を現実に変えていく吐き気を催す幸せの光景。結局のところ何もかも、動力である魔力が……今なら聖剣の力が消えれば、消滅する幻だ。
だがそれが幸せそのものであることは、経験した身としても疑いようがない。それだけで終われば、夢の魔法だったのに。
「──なあ、なんでアイツらは空を飛んでいるんだ? 俺は飛べなかったのに」
「ッ、な!?」
刹那、リィンの飛翔は虫を叩き潰すかのような圧力に中断された。強制的に墜落させられ、地面へと投げ出される中。存在感を希薄にする魔法を起動しようとして、魔法陣がぐずぐずに腐臭を放って溶け落ちた。
そう、所詮ヒトはこんなものでしかない。妬ましい、羨ましい、ズルい気がする、アイツなら別に何をしてもいい……ヒトの大多数は、そんな悪意と邪念の塊だ。だから容易に、この魔法は暴走する。
「羨ましいわ、カップルなんて。こんな時代に、ありえない」
「五月蝿い!」
私とアインの精神を
「……あの人達、
誰かかポツリと、私たちの方を見て呟いた瞬間だった。大通りに溢れる人々の、通りに面する家々の、空を飛ぶ人々の視線が全て、一斉に私たちへと向けられた。大罪に汚染され、幻に濁った、暗く澱んだ黒の視線が。
「私が禁呪は防ぎます! アイン、身体は任せました!」
「認識した。リィン!」
「分かっておる、撤退するぞ!」
アインが私を背負い、リィンが魔剣を手に王城へ向けて走り出そうとする中、私は昨日ギルドの裏路地で買った薬物を噛み砕いて嚥下する。途端に聖剣の限界すら超えて、超稼働する冴えた頭脳。状態変化無効のスキルを超えて作用した禁制品が、無理矢理に私の知覚を拡張する。
「聖剣、臨界。
代償に心に溢れた多福感と全能感をなけなしの理性で押し殺して、過剰な脳の処理能力の反動で鼻血と血涙を流しながら、私は殺到した数百の現実改変への対抗戦を開始した。
アヤメ 残り90日
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