玉兎がアヤメ達の下に降り落ちて来る、ほんの少し前。獣人界の遥か上空、クリフォトが枝葉の上にて。現実を侵食し顕現し切った光の落ちない暗い森。覆い被さるような巨大な木々に囲まれ、見るたびに姿形が変わる異形が跋扈する異様な世界の中心には、3つの人影があった。
それは言わずもがな、玉兎とリュート、レーナに他ならない。またその状態も特段何か言う必要はないだろう。無傷の玉兎に、瀕死の2人。結論は何も変わらない。
基本的に墜星とはそういう存在なのだから。勝てない、削れない、後に繋ぐことも出来ない。例えⅡ型魔剣を
「結局、あの
「ええ。確かにアレを使えば、僕とレーナの運命は師匠を殺せるでしょうね」
「でも、それじゃあ何の意味もありませんわ……」
そんな状況だというのに。この場にいる誰もが浮かべているのは、一人の例外もなく笑顔だった。いつかの昔、酒臭く仄暗い研究棟の奥底であった光景の再演が如く。屈託のない笑みをリュートは浮かべ、釣られてレーナも笑い、それを見て呆れた様にクラネル・レイカーも笑顔を見せる。
「死を覚悟した特攻してた奴らがよく言うぜ」
ケケケと昔の様に笑いながら、玉兎が満足そうな笑みを浮かべた。ここはあくまで場末も場末。語られることのない、知る者すらいない幕間でしかない。
故に、雄たる資格をとうの昔に失った彼らは敗北する。クラネル・レイカーとリュート、レーナの個人的な師弟関係にのみ決着をつけ、斯くして最後の転生者は満面の笑みで地に落ちる。
「まあ、なんです。息子の方は間に合いそうにないですが、義娘の結婚式くらいは見たいですから」
「そうねぇ。折角、アヤメちゃん用のドレスは用意したんですもの」
「……アレが成り果てる末路を知って言ってんだろうな」
そんな和やかな空気に、玉兎の一言で致命的な
███・███と███・███が歩み█に堕ちた道行を、逆回しに辿る死出の旅路。
「ええ、僕らは……この世界は、あの時【悪魔】に負けているんです。なのに、███さんにこうして生かされている。大半のヒトが、その全てを知らないままに」
リュートの言葉に、砂嵐の様な雑音が混じった。その名前をこの場所で言ってはいけないと、より上位の存在から塗り潰されたように。
「███さんはまだ、意識が戻ってなんていないでしょう。それでも、天を握ったあの人たちは今も私達を見続けてくれてるわ」
レーナの言葉にも、やはり雑音が混じる。そのかつての名前を、今の
「だからせめて、あの人にアヤメちゃんの晴れ姿だけでも贈りたいんです」
それを人はきっと──贖罪という。
ただ元来の意味である犯した罪に対する償いでも、神に対して
「そうかい」
「これが僕が、生き残ってしまった僕たちが、生き恥を晒してる理由ですから」
「もう誰も、終戦の真実を知る人が居なくなったこんな世界。誰も彼もが真実に口を閉ざして、何も知らずにのうのうと生きるこんな世界……そうでもなければ、とっくに首を括ってます」
幾ら滅びに向かう斜陽の世界であろうと、王でもない個人に世界は変えられない。ここまで改革派として、刑事や粛正を請け負ってきたのだからそれは嫌と言うほど知っている。
「だがアイツら、聖剣の夢ん中で結婚式は挙げてたぜ? 一応手前らも列席はしてたみてぇだが……初めから起きてた以上、知る由もねぇな」
「師匠ォ!」
「私ゃこの目で見てたけどな。それしても、この手で取り上げた赤ん坊の成長を見るのは、何百年生きても良いもんだよなぁ。いやぁ酒がうめぇなぁ、ええ?」
「この師匠……生前から何も変わってない……!!」
ゲラゲラゲラと何処かから取り出した酒瓶を呷りつつ煽り散らかす玉兎に、倒れ伏す2人が唸りをあげる。無論2人は致命傷を負っているが、凡そ戦前から生きる獣人はこんなものである。
「……やっぱり、殺し足りなかったみたいね、リュートくん」
「そうだね、レーナ。馬鹿は死んでも治らないけど、死に続けたら治るかもしれない」
「やめろやめろ。それ以上動いたら、
平然と幽鬼のような足取りで立ち上がり、壊れた魔剣を握った弟子を玉兎が嗜める。古き悪き獣人の狂気に内心笑みを浮かべながらも、自分を殺す時までに死なれては堪らない、と。
「それに私ゃ、死の境界で停滞した死者だ。変化なんて求めるもんじゃねぇよ」
言って玉兎は最後の自らの弟子に背を向ける。誰にも語られない場所で、当人たちのみが知る因縁に、計画の本筋から外れてまで決着をつけて。
「いいか? リュート、レーナ。次、手前らが目を覚ます時は私を殺す時だ」
これにて幕間はおしまい。
絢爛たる過去に紡がれた、絆の縁は語られることなく決着した。
何せ既に時代は廻った。幼銀の世界は崩れ去り、銀灰の輪廻が回っている。古い
「別れは済んでんだ。だからその時は──躊躇うことなく、
上がるのは仕組まれた劇幕。
黄昏に滅ぶ未来へ進む、傷無しの縁は紡げぬ薄氷の物語。
「じゃあな」
最後の一言は簡潔に。単なる魔術で眠らせたリュートとレーナを小脇に抱え、玉兎は空へと身を投げた。
斯くして古き星は、新しき灯火へ襲来する。
◇
「オイオイオイ、こんくらいで動揺されちゃ困るぜ"銀灰の巫女"さんよ。たかだか育ての親が死に掛けてるだけじゃねえか!」
「たかだかでは、ないであろうが!」
襲来した玉兎の攻撃に、思考より早く身体に染み付いた戦闘経験が反応した。眼球狙いの医療メスを咄嗟に顔を逸らして回避。それでも左頬から左の人耳までを大きく切り裂かれ、体勢を大きく崩された。
「どうせ時間稼ぎにもなっておらぬ! 退けアヤメよ!」
直後、リィンが玉兎に
そんな中、リィンが叫んだ言葉に、私は反応することが出来なかった。突然頭の中にポッカリと空いた空白と、押し寄せてきた現実という状況に身体が追いついていない。聖剣の力を使おうにも、冷静さと計算が間に合わない。
「呆けている場合ではないと否定する!」
「えっ、あ」
アインに首根っこを掴まれ大きく後ろへ下がらされて漸く、思考が現実へと追いついた。まるで時間が飛んだように抜けた思考の空白は気になるけれど、ここは間違いなく死の波止場。すぐそこに死がある戦場に、そんな曖昧なことを考えていられる程の余裕は、ない。
「すみません、いま切り替えます!」
パチン、と両手で頬をひと叩き。恋や愛で弛んでいた
そんなことをしないと、切り替えも出来なくなっていた自分に反吐が出る。同じ墜星である八岐と戦った時と比べて何たる無様。何たる弱さ。幸せに溺れて現実が見えなくなるなんて、恋は盲目とは言うがなんて不甲斐ない。
だが、そんな自己嫌悪も全部後回し。
リィンの
玉兎は推定魔法使い。墜星特有と思われる不死性は健在。だから──
私は、両手に握る愛剣達を納刀した。
「アヤメ!?」
「今回、私たちは前に出ちゃいけません! 近接戦をしながらじゃ、間に合わなくなります!」
墜星の八岐が超越級の剣士だったのに対し、こうして対峙した所感だが玉兎は超越級の魔法使いだ。だとすれば、対魔術戦を想定しておかなければ死ぬ。比喩でも暗喩でもなく、魔法使い相手に魔法対策を怠れば、待っているのは"死"のみだ。
そしてあまりに状況が悪い。
リィンにミーニャ女王、今はここにいないがアヒムさんと、私達より強く戦える人物は多い。だというのに、私とアインしか魔法を使える人がいないのだ。出力差で押し切るタイプのリィンは、出力で負ける今回に限り戦力外だ。
「前衛は2人に任せます、アインは私と対魔術戦用意! 今度は身体を任せるなんて言いません、代わりにアインの手を貸して」
「認識した!」
それは、あまりにも不味い。余裕なんて持てない。今すぐ対策を講じなければ、瞬きの間に皆殺しにされる。
だからこそ、前衛を張ってくれるリィンを信じて武器を捨てた。遥か古に廃れたパーティ戦の理論だけど、こういう『個体で強い相手』に対しては最善だと歴史が証明している。
「ミーニャ女王! リュートさんをお願いします!」
聖剣の能力で受け止めていたリュートさんを、既にレーナさんの治療を始めていた女王に向けて投げ飛ばす。リュートさんの身も心配だけど、今はそれより計算リソースの確保を優先。
そうしなければ、マトモな勝負にすらならない。私は確実に格下で、本物の"魔法使い"とはそういう
「悪くねぇ判断だ、銀灰の巫女」
「術式、中和──!!」
だからほうら、この通り。
禁呪は相殺しているのに、あり得ないことが罷り通る。
「だがちっと判断が
「んなァッ!?」
瞬く間に無傷で再生した玉兎が、軽く手を払う様に魔剣を叩いただけでリィンの全身を弾き飛ばした。自己強化の聖剣であるアマノムラクモを握った八岐とすら拮抗したリィンが、だ。
ステータスで言えばシステム表記を超えた数百万から数千万の値に位置するリィンの魔剣を片手で、ましてや手を払うだけで吹き飛ばすことは不可能だ。幾ら同じ墜星、同じ聖剣使いであるといってもそれはおかしい。おかしいが……あり得ている。そんな不条理を成せるモノは、たった1つしか存在しない。
「遺失魔法《
曰く、魔法という技術の到達点。
曰く、空想具現化技術。
曰く、禁呪《
私のパパとママが術式として成立させ、当時の魔王と共に完成させた魔法の最終到達点。それ以外に考えつく答えは無かった。
「これ相手にハッキングは……ッ、アイン!」
「アルブレヒトには使えても、当方は使用不可能だ!」
この魔法を簡単に説明するのならば、自身を中核とした異界作成魔法だ。この魔法は術者の心象風景を世界に投影し、所謂"自分ルール"で既存の世界法則を塗り潰すもの。
実際に使われていた記録のある例は、
イオリ・キリノの『強制的に戦意を削ぎ取り、話し合いのテーブルに着かせる』絶対的な和平の世界。
ロイド・キリノの『どこまでも無限に飛び続け、遥かな太陽へ手を伸ばす』底のない空の世界。
当時の魔王の『善と悪の二限に世界を分ち、善か悪を滅ぼし尽くすまで止まらない』対悪魔用決戦術式。
以上の3種類のみ。
しかしかつてのアインが使えたらしい通り、非公式になら使用していた者は多かったらしい。理論を学んだ時に、一緒に何かの論文で見た記憶がある。
「敵術式、演算完りょ──」
「こんだけの情報から見抜くたぁ勤勉だなぁッ、銀灰の!」
目の前に、拳があった。思考を回している間に、踊るような、獣のようなステップで玉兎が踏み込んできていた。それは私と同じ、古から伝わる獣人の武術の歩法。
見えていたのに、気付けなかった。
地を縮めたかのような歩法はアインとミーニャ女王の放つ弾幕をすり抜けて、蛇のような銀の閃きを私に届かせる────寸前に。
「ッ、やぁッ!」
小さい線状の斬撃に、聖剣でせめてもの守りを固めた拳を叩き込む。
耳に届いた結果は、結晶の砕ける音と骨が裂ける2つの音。そして弾いたメスの音。左手の掌をVの字に切断されることを代償に、玉兎の聖剣を弾き飛ばし、伝え切った衝撃で玉兎の右腕から首までを破砕した。
「アヤメ!」
「マジかよ……このタイミングで反撃を合わせてくんのか」
「シィッ!」
そのまま運動力制御で身体を完全停止。空中を踏み込み起こらない筈の力の伝導を操作して、全力の回し蹴りを叩き込んだ。伝わる衝撃も操作し、アインの突風形の魔法が来ることを前提に全身破壊へ変更。蹴り抜けた脚の後には、粉々に砕け散ったクリフォト結晶だけが残っていた。
「敵術式解析完了。いいでしょう、そっちが禁呪ならこっちも禁呪です」
しっかりと足を踏みしめ、頬の傷と同じように左手も聖剣で止血。本当ならばここから魔法破壊に繋げようとしていたけれど……やめだ。魔法の深奥なんて出された以上、それだけじゃ足りなくなった。
尋常じゃない激痛に耐えながら、禁呪の魔法陣を刻んだミスリル鋼で左手を包み込む。禁呪にしては珍しく『使えば必ず発狂する』以外の反動がないこれは、この状況において最適だ。
「負荷はアインと私で折半。でも私には、発動資格がありません。だからアイン、お願い」
「だが、その術式は……」
「構いません、4〜5人なら耐えられます。それより今は《
差し出した左手を見て、アインは術式を察したらしい。言い振りからして使ったことがありそうな辺り、前評判に疑問が生じるが……チャンスはアインが破片を吹き飛ばし、玉兎が再生中の今しかないのだ。
「……認識した。リィン! 女王陛下! 受け入れてほしいと要請する!」
精神統一。アインがそう呼びかけるに合わせて、左腕を天に掲げる。魔法属性は風・水・光・闇の4種複合。位階は問答無用で最高峰。種別は通信系。その魔法の名は──
「禁呪《
言った瞬間、私の視界は4つに分裂した。自分自身、リィン、アイン、ミーニャ女王それぞれの傍に自分がいるような、吐き気を催す感覚。そして自分を主体に、うっすらと他3人の感覚が重なって感じ取れる不快感。
この禁呪の効果は至って単純、『術者と心を強く結ぶこと』だけだ。もっと詳しく言えば、
「戦術データリンク、開始します!」
言葉を介さず意思のみで情報が共有でき、精神干渉系の魔法を弾き、対象の痛覚遮断や魔法の演算力の間借りも可能で、裏切り者がいない限り回線が傍受される心配もないとくれば、その利便性が分からない者はいないだろう。
尤もその万能性は、手を繋ぎ絆を結んだ相手
(アヤメよ、この状況は後どれくらい継続可能か!?)
(いきなりこんな禁呪……ええ、でも分かりました。カンザキ夫妻を回復次第参戦します)
(当方とアヤメは対魔法に集中すると報告する)
「私とアインで、秘奥と禁呪を破ります。だからそれまで──」
リィンは墜星との接近戦を、防御は考えなくてもよし。
ミーニャ女王は回復と防御、余裕があればリィンの支援を。
アインは私と一緒に対魔法戦闘を継続。
そう、一気に双方向で声が重なり思考が爆発した。
頭が割れそうに痛い。まだ親しい2人と同性のミーニャ女王だから良いものの、多分あと数人増えたら自分が壊れて消えてしまう実感がある。
これがこの禁呪の代償。理論上無限に意識を共有出来るが、術者本人への負荷に天井が無い。共有対象が傷を負えば同様に術者にも痛みが反映され、基本的には耐えられない。最後には発狂して終わる、術式の名称通り人身御供と成り果てる最悪の魔法。
だが、私が壊れるまでの30分は、即席であろうと私たちは熟練のパーティに勝るとも劣らない最強になる。
「制限時間は残り30分! それまでに、墜星・玉兎を打倒します!」
「言うじゃねぇか……銀灰の」
復活した玉兎が見せる不敵な笑みに、同じく笑みを浮かべて返す。
仕切り直しはこれで完了。
ここからが玉兎との戦闘の始まりだ。
もうリュートさん達はもう、主人公でも何でもありません。
なので、これくらいで。
アヤメ 残り84日
アイン 残り86日
感想と評価&コメントいつもありがとうございます!
《アヤメの現在の所持魔剣》
【Ⅰ型魔剣】(たくさん)
・スラッシャー ・ピアッシャー
・クラッシャー ・ディフェンダー
【Ⅱ型魔剣】(23振り)
・ユメウツツ ・チョーク
・コドク ・レッドキャップ
・ルンペルシュテルツヒェン
・マンチニール ・アヴァロン
・オネイロイ ・アムネシア
・ユビキタス(子機)
・オモイカネ ・ツルカメ
・オオエンマ ・オプティマイズ
・アモルファス ・未鑑定(8振り)
【試作型魔剣&同格魔剣】(3振り)
・無限炉心ジークフリート
・剣琴噴嘆エターナル・ツヴァイ
・躯永剣脚アイリス
【聖剣】(3振り)
・戴雨神剣アマノムラクモ
・比翼天昇アイン
・輪廻転生シャラソウジュ