銀灰の神楽   作:銀鈴

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墜星・玉兎、或いはクラネル・レイカー

 試作型魔剣ライオンハートにより、獣人界が大陸こと浮遊するという意味不明な超常から程なく。地を埋め尽くす悪魔は浮上の際に零れ落ち、空を埋め尽くす悪魔も全滅することになる。

 

 王都周辺は一国の軍隊を超える戦力を持つ北風貪団の活躍により即座に鎮圧。各地の悪魔も絶滅剣ティタノマキアから直接エネルギー供給を受けた兵装群が面目躍如の活躍を見せた。10年近くの歳月で破損している物もおおかったが、対悪魔の殲滅力は依然健在。多くの催眠に落ちていた者達が目覚め、武器を取り、戦い始めるまで被害を少なく抑え切った。

 

 故にこそ、問題はそれ以外の被害だった。

 元々の獣人界における人口は、戸籍システムが崩壊している為概算となるが3000万人程度。その内、玉兎の聖剣が掛けた催眠から目覚めた人数は凡そ1/3程度。1000万人に届けば良いだろう数しかいなかった。

 対し魔界、もといユ=グ=エッダにおける人口は10万人程。その内、玉兎の聖剣が掛けた催眠からほぼ全員が目を覚ましている。一部の老人達のみが、永劫なる眠りについただけ。獣人界と比較すれば、極めて少ない被害で済んでいた。

 

 結果として、当然のように獣人界の社会は崩壊した。

 

 山も、川も、獣も、魔物も、等しく内包した方舟のように獣人界は浮いている。

 しかしインフラを回せるヒトが相当数消えた結果、かつて設計者が無人で運用できるように作成した上下水道を除いて都市機能がストップ。

 地方村社会に於いては、若手や冒険者の喪失により魔物被害が増大。ユ=グ=エッダが各地を飛び回り、救援に奔走することになった。

 その立て直しのために、ユ=グ=エッダで生産された冒険者型人造人間(エクスプローラー)が各地で見られるようになる。これまで獣人界では排斥されてきた彼ら彼女らに頼らなければ生活すら出来ないという話は、余りにも皮肉が効いていた。

 

 保守派と呼ばれていた貴族の9割が消えたこと、改革派の旗頭だったカンザキ家が消えたことも非常に大きい。政治のパワーバランスは崩壊し、魔剣を覚醒させたことで女王の下についた戦争帰りの中立派達であっても、国の運営はままならない。

 当然、民からの不平不満も鳴り止まない。食料がない、水がない、嗜好品がない、あーだこーだ言うが自分達では何もしない。何もしようとしないくせに、文句だけは垂れ流す。腐り切った獣畜生がそこにはいた。

 解決のために数少ないアイテムボックス系スキル持ちは奔走し、ユ=グ=エッダも大量輸送に為に日夜獣人界を飛び続けることになる。だが、それで間に合うのならば苦労はないと言う話だ。

 

 そしてこれは、あくまで国内の話でしかない

 

 真なる脅威はあくまで外に。

 何故か今この時代なって溢れ出した、数え切れないほどの悪魔にある。

 現代の魔界と同じように、世界は呪いに満ちた黒い瘴気で覆われた。幸いにして獣人界は空へと逃げたため、海より出現する悪魔に踏み荒らされることは殆どなかった。

 しかしそれでも、大陸艦隊から一歩でも外に出ようものならそこは地獄。浄化の魔法がなければ息も出来ない程の瘴気に、数えきれないほどの悪魔の軍勢。到底、ヒトが生存できるような領域ではない。

 

 だが悲しいかな、僅か10年、されど10年。

 既に【悪魔】の引き起こした惨劇と被害は、遭遇する可能性の高い冒険者達を除き遠く薄れてしまっていた。直近にあった『灰の襲撃』事件を経験しても、何も変わらず。精々『悪魔なんて国がなんとかしてくれる』、その程度の危機感しか残っていない。

 

 只人のままでは、悪魔に勝てないから魔剣が作られたのだと言うのに。

 

 魔剣を使わない場合の【悪魔】の脅威度は、並の生物の比ではない。

 最下級とされる【レッサー級】ですら、一人前の冒険者が1vs1でなんとか倒せるレベルで危険だ。

 次にこれも下級とされる【ソルジャー級】で、既に一流の冒険者でも対処に困ることは少なくない。

 その次になる【ビースト級】、ここから100m程度であれば空を跳ぶ。一流の冒険者であっても苦戦する以上、これを相手にした時点で一般人は生き残れない。

 この時点でそうだと言うのに、ここからの悪魔は魔法が一切効かなくなる。超高空からの爆撃を是とする【レイ級】、自らも魔法を使う【メイジ級】、15〜20kmという意味不明なサイズを持つ【デストロイ級】…………そんな奴らが、隠れている人間すら探し出して殺しにくる。

 

 「個」の質が「集団」の量を凌駕する、そんな世界だからこそ人手が足りない。その為の魔剣、その為の騎士、その為の冒険者なのだが──

 

「ッ……もう、魔剣はそんなにも」

 

 獣人界が浮上した翌日。大陸艦隊の指揮艦となった王城、そのもとは玉座の間であった現システムコントロール室にて。一睡もせずに状況の把握に努めていたミーニャが舌打ちした。

 

『うむ。余の方でもユ=グ=エッダを探っては見たが、余り芳しい結果ではあらぬ。せめてこちらにもⅡ型があれば良かったのだがな』

 

 通信のモニター越しに首を横に振るのは、こちらも同様に徹夜で作業を進めていたリィン。航空艦の運用には一日の長がある以上、出張らない訳にはいかないのだった。

 

「担い手の方は、遺憾ながら冒険者型人造人間(エクスプローラー)の方々に担当して貰えるとはいえ、数がなければ……」

『うむ……』

 

 2人が頭を捻る理由は、かつて戦争があった時代と比べて遥かに少ない魔剣の数だった。

 

 Ⅰ型魔剣──総数5547振り。他破損254振り

 Ⅱ型魔剣──総数252振り。他破損・暴走54振り

 試作型魔剣──総数4振り。他凍結封印中2振り

 番外として聖剣──総数2振り。他使用可能か不明が2振り

 別枠として試作型と同等の出力を持つⅡ型──仮称"影打ち"が34振り

 以上5839振りが、現在の生き残りが持つ戦力の全てだった。

 

『Ⅰ型魔剣の損耗率は生産記録からして約82%

 Ⅱ型魔剣の損耗率も同様に約83%

 試作型についても正常に駆動するのは4/15

 影打ちなる存在は予想外であったが……かつての総力の2割程度しか残っておらぬとはな。いっそ笑えてくるではないか』

「そうですね……本当にもう、どうすればいいんでしょう」

 

 結論から言って、大陸艦隊の旧沿岸部にあった漁村は壊滅した。

 その情報を知らせてくれた銀狼族の兄妹も、つい数十分前に息絶えた。アヤ・ティアードロップ宛に遺言を残して。

 

「魔界の方はどうですか?」

『うむ、端的に言って全滅だ。余の故郷も、迷宮も、全て悪魔に飲まれたと聞いた。幸い、余の自律型魔剣は呼び戻せたが……その程度だ。実質、ユ=グ=エッダが魔界における最後の生き残りであるな』

「それは……支援は期待出来ないでしょうね」

『むしろ余らとしては、そもそも獣人界には食料問題の解決と船体の修理に来ておったのだが……そこはどうなのだ?』

「食料に関しては、悲しいことですが幸い人口が激減したのでなんとか。大陸こと浮かんでいることもあって、飢えることはないでしょう。修理に関しては技術者も死にましたので、残念ながら」

『ふむ……』

 

 襲撃と戦闘は終わり、一旦の消耗状態が訪れた。しかしまだ、終局にはほど遠く。魔王と獣王の語らいは続いていく。

 暗雲、未だ晴れず。行先も見えぬ旅が、始まろうとしていた。

 

 

 獣人界が浮かび上がり、世界を悪魔が覆い尽くす少し前。

 玉兎の消滅を見届けて、炎の翼を羽撃かせて墜星・金烏は飛んでいた。黒金入り混じった奇妙な長髪を靡かせて、八岐と酷似した古めかしいツギハギの鎧で風を切って。白目が黒に、黒目が金に変わった目から溢れ、死人のような血の気の失せた白い肌を伝う涙は幻覚か。

 

「本当に、最後まで好き勝手振る舞って……ッ!!」

 

 4腕3脚を折り畳み、向かう先は嵐の壁に包まれた人間界。

 旧知の徒がいる場所へ。

 最後の墜星が待つ死都へ。

 そして──忌々しい召喚の地へ。

     /懐かしい守護の地へ。

 

 涙なんて、流している暇はない。もうすぐ、終末(アティエル)が始まる。墜星が2人落ちたことによって、緩んだクリフォトの封印から無限に悪魔が溢れ出してくる。

 まだ【デストロイ級】が出てくる程の穴は、きっとそう多くない。けれどそれ以外は止まらない。止めどなく、無限に穴を開け溢れ出す。金烏(自分)や勇者だけでは止められない程、奴らが再び世界を侵し始める。だから、その前に。

 

「勇者と、合流する」

 

 そうして浮上した獣人界を……銀灰の巫女を待つ。

 次代に世界を託すに足るかを、最後の光を受け継ぐに足るかは月の兎が見定めた。獣人界が飛んだ以上、答えは是。なれば審判を下すのみ。

 面頬を付け直し、金烏は嵐の壁へ突入する。閉じた世界の、さらに閉じられた小さな世界。全てが始まり、終わった地へと。

 

 

「そうですか……貴方も、逝きましたか」

 

 人間界、旧セントシュタイン王国王城。荒れ果ててはいるが、現状唯一人間界で残っている王都の中。忘れ去られた玉座に座った墜星・勇者が、悪魔の瘴気に包まれ始めた空を見上げながら言葉を溢した。

 

「……お疲れ様でした。医神、クラネル・レイカー」

 

 白目が黒に、黒目が蒼に変色した青年姿の勇者は、己の聖剣を杖代わりに立ち上がる。そして深々と、浮上を始めた獣人界の方向に向けて頭を下げた。

 まるで機械のように冷徹に。淡々と、八岐が消えた時と何ら変わりなく。何せ███・███████は動けない。かつて召喚され、送還され、再びこの世界に降り立ったこの地こそが、彼が守るべき場所。この世界に於いて、唯一悪魔に侵されず死の静寂に包まれているべき墓碑なのだから。

 

「……そっか。ということは、来るんだ。██の娘さん。もう、何年も見てないなぁ……大きくなってるんだろうなぁ……」

 

 道は砕け、民家は崩れ、王城も半壊し、市壁も致命的な亀裂が多々見られる滅びた街。街のありとあらゆる場所に剣が突き刺さり、幽霊(レイス)と化した当時の住民が、英雄が、子供が、小さな動物が、さも当然のように日常を謳歌している死者の王国。

 

 墓守りは、未だここに。

 死せる勇者は、かつての記憶を眺めながら、夢見るままに待ちいたり。誰かが今の世界を終わらせるその時まで。

 希望(ヒカリ)を受け継ぐ最後の誰かが、自分の元へ辿り着くまで。

 絶望(オワリ)を祓う、銀灰の巫女がその役目を果たすまで。

 




アヤメ 残り71日
アイン 残り85日

と、言うわけで【3章 加速する運命】編は完結でございます。
次の【4章 終末の人間界】編まで、また今度!

感想評価&コメントいつもありがとうございます!
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