年甲斐もなく泣きじゃくり、アインの肩を濡らすこと十数分。気がつけばあれだけ流れていた涙も枯れ果て、荒れていた心も普段通りに戻ってきてくれていた。
「ありがとうございました、アイン。あんな情けない話を聞いてもらって」
「情けなくなど無いと否定する。むしろ当方は、アヤメが悩んでいたこと、頼って貰えたことに安心した」
アインに微かに残っている知らない女の匂いを塗り潰していると、そんなよく分からないことを言われた。あんな情けない悩み事、人に頼ること自体が恥ずべき事だと思うのに。
「その大人の余裕みたいな感じ、何かズルいです」
「そう言われても、実際に当方はアヤメより年上だと推定する」
「人生経験、3人分ですもんね」
撫でようとして躊躇うように止まっていたアインの手に、こちらから頭を擦り付けながら答える。例えそれらの記憶が地獄そのものだとしても、それだけの積み重ねた物がアインにはあるのだ。
理屈では納得できるけれど、置いて行かれてしまった様で心が納得出来ない。いや、そんな深刻な問題ではなく、私にまだ残っていたらしい女の子的な部分の話なのだが。
「ちょっと不満ですけど……まあ、それはそれとして。駄目元でしたけど、ダンジョンコアってありました?」
「否定する。残念だが使用可能なダンジョンコア、及び現存するダンジョンコアは存在しなかった」
「流石にありませんよねぇ」
その予想通りの答えに、アインに寄り掛かりながらため息を吐いた。そもそもが戦前にしか存在を聞いたことのない骨董品なのだ。あるならそれに越したことはないが、元から手に入る物ではないと思っていた。なら割り切るしかないか。
「……さて!」
アインに着いていた誰かの匂いは十分上書きしたし、そろそろ切り替え時だ。ぴょんとベッドから飛び降りて、いつも通り両手で頬を叩こうとして──左側を透かし、妙に締まりの悪い音が鳴った。
よくリュートさんはこんな状態で、何十年も生きてこられたものだ。いつかは慣れるのかもしれないけど、本当に脱帽するしかない。
「リィンにも休めと言われてる以上、今日はおおっぴらに動くことは出来ませんし……」
と、振り返りつつ何かを言おうとして気がついた。
「こういう休む時って、何をすればいいんでしょう……?」
「見当もつかないと同意する」
片や戦前の英雄にして戦中の兵器にして戦後の奴隷
片や戦前は子供であり戦中は平和がなく戦後は冒険者
平和な日常、休むべき時間に何をすれば良いのか分からない、戦火と悪意に揉まれて育った弊害が噴出していた。一応、休日の夫婦や恋人が何をするか、小説で読んだことはあるから知ってはいるのだが……
「物語の定番であれば、デートや食事、観光などが挙げられると提案する」
「でも、デートはしたいですが食事と観光……出来なくないです?」
「肯定する。魔界においてその2つは、楽しむという点では達成不可能な事案と断定する」
そう、それが問題だった。
食事問題については、そもそもユ=グ=エッダが獣人界に来た理由なのだ。普通に何かを食べる程度には回復したらしいが、根本的な解決には至ってない。楽しむのは無理がある。
観光についても同様。私としては機関室や魔法関連の書物を見るだけで楽しいが、それは観光ではなく勉強か趣味のそれだ。多分、デートでするようなことではない。
話し合ってみたが、まるで何も思いつかない。
「……何か、真面目に休むって難しいですね」
「同意する。何かをしている方が、当方としては心が休まる」
アインの言葉に深く頷いた。私が学んだ医学の知識としては、こういう精神状態は異常らしいがそれはそれ。これが正常で変わる余地がない以上、どうしようもない話だろう。
「取り敢えず、まずは不便ですし義手作りますか」
兎角、何をするにも片輪は不便極まる。戦闘に使える物は後回しとして、脳内に適当なは日常生活用の義手の図面を引く。そうして左腕を肩の高さまで上げて、私を魔法を起動した。
「歯車、螺子、ワイヤー、人工筋肉、保護パーツ生成。推定重量10kgオーバー、重すぎ。魔法陣刻印、軽量化。強度や魔力消費は一旦無視。固定は……適当に肩と二の腕の2箇所でいいですかね」
肩と二の腕に金属製のベルトと固定具を作成、それに繋がるように肘から先の部分をプラモデルのように組み上げていく。骨子部分が骨格標本の様に形成され、可動部に歯車が埋められ、人工筋肉とワイヤーが肉の様に骨を覆う。その保護パーツとして金属光沢眩しい肌が作られ、関節部分はフルプレートメイルの様に分割形成。
ただしこのままでは、余りにマネキンじみて格好が悪い。よって外装パーツは全て破棄、改めてかっこいい鎧状に形成し直し軽量化の魔法陣を打刻。そして内側の空間を次元魔法で拡張、箒の外装兼砲身を分割収納しておく。
「疑似神経回路接続……と、これでよし。妥協して作っておいてなんですが、触感も薄いですし精密作業には耐えられませんね」
グーパーと義手を動かしてみるが、動作に微妙なラグがあり肌の感覚も極めて薄い。魂を込めた義足とは、完成度に雲泥の差があると言わざるを得ないだろう。ただ見た目とサイズ、重さ等の試作品としては満点か。
「でもこれで出掛けられますし、退院の手続きして来ちゃいますね」
「その前にひとつ、聞きたいことがあると質問する」
そうして一通りの試験動作を終えて、いざ何処にデートしに向かうか話そうと思った時。不思議そうな声音でアインがそんなことを聞いてきた。
「聞きたいことですか?」
「肯定する。当方は当方自身とアヤメを除き、義手や義足を付けたヒトを見たことがない。そこまで簡単に作成出来るのであれば、もっと普及していそうなものだと推定するが……」
「ああ、それなら簡単ですよ。作り手がいないんです」
言葉を詰まらせたアインの疑問に、切り捨てるように答えた。なにせ本当に、私が知る限り理由はそれしかないのだ。他に答えようがない。説明するには話が長くなるし、一旦ベッドに座り直しておく。
「斯く言う私だって、アインと出会う前までは義体なんて作れませんでしたし。手前味噌な話になりますが、義体制作ってそういう難易度のことなんです」
「それは……信じられないと、驚愕する」
「そうじゃなきゃ、リュートさんを隻腕のままにはしてません」
金属の軋む音を響かせながら、目を見開いて驚くアインに答えた。私がアインと出会う前までの時期に出来たことといえば、精々が既存品のコピーと完成品のメンテナンス程度。新規制作なんて、とてもじゃないが出来なかった。
「義体って、作るのに必要な知識と技能が凄く多いんです。人体構造の理解、人体の運動機能の理解、機械式にしろ魔法式にしろ色々な制御、その人との相性とか色々と。作るにしてもパーツの削り出しや設計、組み立てに関して個々人に合わせる必要もありますから。普通はチームで何ヶ月もかけて作成します」
「……認識した。ならばどうして、アヤメは一人で数分のみの時間で構築できる?」
「ズルしてます、8割くらい」
ジト目のアインに悪びれもなく私は答えた。これまで勉強してきたこと、知っている知識に自分の特性、その全部を悪用して私は自分の義体を作っている。
「まず人体の構造・運動系の知識は、錬金術と医術を学んだ時に覚えたもの。機械部分の設計と制御は、パパが使っていた義手の設定を流用。魔法式の部分はアインの義体の調整時に覚えたものを流用してますし、パーツ系統はミリ単位で金属を魔法で作れるよう訓練してきたのでそれで。個々人に合わせる点も、まあ自分の身体ですからいくらでも」
まず上から錬金術の禁呪に抵触。
設計の流用で著作権に抵触。
違法メンテとデータ盗用もアウト。
確かそもそも義体は作るのに資格も必要だった気がする。
指折り数えてみたけれど、思った以上に違反が多い。つまり私は犯罪者か。元から大罪人の娘だから、今更そう言われようが何も思わないが。
「それで、健康に問題はないのかと疑問する」
「ありますよ、ほら」
アイン以外にこの場に誰も、そして墜星の視線も感じないことを確認して、貫頭衣をたくし上げた。そういえば下着を見せることになるけど……まあ、いいか。もうお互い隅々まで見られてるし。
なんてことを考えながら露出させたのは義足の接続面。肉から鋼にグラデーションで変わっていく膝は、案の定かなり血色が悪くなってしまっている。普段動いていればこうはならないのだが、1週間も寝たきりではさもあらん。
「この前レーナさんとお風呂に入った時に初めて気が付いたんですが、定期的に運動するかマッサージをしないと腐り落ちますね」
「そういうことは、早めに言って欲しいと陳情する」
「流石に、場所が場所ですし。夢の中であんなことでもしなきゃ、アインにも見せたくないと言いますか……私だって、女の子なんですよ?」
もう躊躇いはないのでマッサージして貰っても気になるだけだが、膝頭から太ももにかけての部分を誰かに晒すなんて御免だ。私にだってそれくらいの羞恥心はある。
「すまなかったと謝罪する」
「アインじゃなきゃ許しませんよ、もう」
しかしこうして熱心に膝や太腿を揉まれていると、なんだか変な気分になってくる。多分、シチュエーションからしてまずい。重なる部分なんてない筈なのに、何故かあの夜のことか頭に浮かんで……
「と、ところで、義肢には何種類かパターンがあるんですけど、アインは知ってます!?」
そんな煩悩のような思考を振り払うように、思わずそんな話題を振っていた。
「一部否定する。当方の記憶が正しければ2種類だが、それよりも多いと推定する」
「その通り、大まかに分けると2種類。細かく分けると5種類になります」
一から全てを話さずとも、ある程度話が通じてくれるのはありがたい。思わず口が滑りそうで、詳しく話しすぎて引かれないか少し心配になるけど……こんな、煩悩に塗れた思考を振り払うには丁度いい。
「まず大きな区分ですが、動くか、動かないか。そこに尽きます。
動かない方は装飾義肢と言って、生身の体そっくりの見た目と質感の義肢になります。一般の人とか、冒険者とか軍人さんでも女の人に人気があるのはこれですね」
「アヤメは……聞くまでもなかったと否定する」
目を逸らしたアインの脛を、揉まれてない方の義足で蹴り飛ばした。
「動く方の義肢は4種類あって、1つ目が能動義肢。義肢をつけてない方の手で操作するやつで、物を掴んだりできる簡単な動作を出来るようにする物です」
ただ、これは魔剣の使用以前に戦闘行為に耐えられないタイプの義手になる。一般人には装飾の方が人気で、戦う人間にはこれ以降のタイプが人気という不憫な位置にあるせいか、知名度自体低いらしい。
「2つ目が作業用義肢。完全に機械仕掛けで……アインも見たことありません? 手足の先がフックになってたり、ペンチみたいになってたりする人」
「肯定する。アルブレヒトであった頃の戦友に、少なくない数いたと記憶している」
「そういう人たちみたいに、戦闘を前提とするなら一番安価で整備がしやすくて、最低限の役割を果たせるタイプなんだとか」
だがここまで挙げた物は全て、伝聞で知っているのみで私には作れない。何せ実物も設計図もないのだ、再現しようにも無理がある。
「3つ目が、私も付けてる筋電/筋魔義肢。機械仕掛けと魔法の良いとこ取りをした義肢で、筋肉の発する神経伝達用の電気とか魔力とかで動きます。作り手は、ママしかいなかったそうですけど」
言いながら、義手内部に格納していた砲身を排出。すると義手が各部パーツと接続され、鋼の音階を響かせながら砲身として組み上がっていく。最後にボルトでパーツが留められれば、完成するのは前腕部一体型の大砲だ。
「この通り、ロマンもたっぷり込められてます」
「その姿は、ロマンよりも脅威を当方は想起する」
「……言われてみれば、八岐もこんな感じでしたね」
アインの言葉に、不謹慎だったかと砲身を収納する。八岐の襲撃から、まだ1ヶ月も時間は経っていない。街から見かけ上の傷跡は消え去ったが、きっと誰かが見てあまり気持ちのいい物ではないだろう。
「戻しますか」
「そうした方が良いと提案する」
仕方がないかと義手の拡張空間に砲身を収納して──内部の擬似神経に異常が発生した。やっぱりこういう大規模収納を実現させるには、ダンジョンコアでないとダメらしい。記録しておこう。
「それで、最後の義肢ですが──」
「魔法による義肢ではないかと推察する」
「バレましたか。義肢の名前は《
禁呪の解析改変が進み、英雄戦争の時代に生み出された魔法だ。元となった禁呪と同様、失った"自身の"身体の部位をそこに在るとして書き換えることが出来る。必要な魔力量こそ膨大だが、義肢の習熟すら必要ないとあればこちらが主流になるのも頷ける。
「何故アヤメはそちらにしないのかと疑問する。魔法であるのなら、使うことは出来ると思うのだが?」
「燃費と気分的な問題ですね。《幻肢改変》は魔力を凄く消費しますし、集中が乱れれば魔法が解けます。それに対してこっちは、燃費が良いしカッコいいので」
更に反応速度が下がった義手を握り開きしながら、小さく溜息を吐いた。これしきのことで異常をきたす義手、使えない魔法。どうしようもないことであるが、つくづく自分の非才が恨めしい。
などと自虐めいた考えさえ出来る程度には、私の茹だりかけていた頭"は"冷えてくれていたのだが──
「──あの、アイン? さっきからちょっと、なにか、太ももの触り方がいやらしくないです?」
「……」
返事は無言と、バツの悪そうな空気。私の方は落ち着いても、アインの方はそうではなかったらしい。その証拠に、
思わず距離を取ろうとするが、がっちりと足を掴まれていて逃げられそうにない。いや、それ以前に身体がこう、妙に火照るように反応してしまっていてマズイ。
「ひとつ、アヤメに考えてみて欲しいと提案する」
「はい?」
「目の前で愛する人に無防備な姿で、無自覚に誘惑されて、我慢出来る男がどれだけいるだろうか?」
「いませんね──きゃっ!?」
自分の敗因を悟ったと同時に、ベッドに組み伏せられた。あの夜と同じような、興奮した目。雰囲気。元からアインより力が弱いのに、今の私は不完全な義肢だ。跳ね除けたり、逃げ出したり出来る要素が、ひとつもない。
「え、
「肯定する。だとしても、なるようにはなるらしい」
言われてみれば、あの夜もそうだった。最後に残った言葉での抵抗も失敗し、アインの手が動く。だからああもう、なるようになれとギュッと目を瞑って──
『寝たきりだった病人同士が何をやっているのよ。盛った猿か何かなのかしら?』
何かが部屋に猛烈な勢いで飛び込み、アインを吹き飛ばした。掛けられていた体重がなくなり、窓ガラスの割れる音が響く。同時に思考を無理やり戦闘時にそれに切り替え、身体を回転させ距離を取りながら適当に生成した鉄針を下手人に投擲。巻き取ったベッドのシーツを投げつけつつ体勢を整え、右手でのみ魔剣を抜刀。
「……あれ、アカネさん?」
『ええ、そうよ。助けてあげたのに、酷い仕打ちじゃない』
そこまでしてから漸く、病室に入って来た人物がアナリューゼ・アインスことアカネさんであることに気がついた。二足歩行する蟻のような魔剣ユビキタスの指揮官機、あまりに特徴的すぎて見間違えるはずもない。
『それとも、そういうプレイの最中でお邪魔だったのは私の方かしら?』
「いえ、実際に襲われる寸前だったのでありがたかったですけど……何の用です? あと、ありがとうございました」
ひとまず相手が顔見知りだったこともあり、武器はスキルに入れ直して警戒を解く。特に敵対する雰囲気も感じない以上、危険もないだろうし。
『魔王様に頼まれたのよ。貴女が目を覚ましたのは良いけれど、今にも死にそうな顔をしていたから様子を見て来て欲しいって。ただこの様子じゃ、もう持ち直した後みたいね』
「それはえぇ、なんとか。久し振りに、感情に任せて泣きました」
『そう……』
そんな私の言葉に何を察したのか、それ以上アカネさんが踏み込んだ言葉を返すことはなかった。
『ああそれと、もう1つ用事があるのを忘れてたわ』
「もう1つ、ですか?」
『今回の敵、玉兎とか言ったかしら? それ相手に私たち魔界の民は、リィン魔王陛下以外全く役に立つことすらできなかったわ。そのお詫びよ』
言ってアカネさんが指を弾くと、なんらかの機械の駆動音が扉の外から複数の影が病室に入って来た。それは魔剣ユビキタスの機体は機体でも、ミツツボアリのような腹部だけが異常に巨大な謎の機体群だった。
『貴方達が本領を発揮するには、演算力が足りないと聞いたわ。だから
「……いいんですか?」
それは、あまりにもありがたい話だ。聖剣を使う上で1番のネックとなっていた、慢性的な演算力不足。それが解消できると言うのであれば、断る理由もない。だがそれはあまりにも、私たちが有利すぎる。
『当然よ。この指揮官機は置いていくから、それで統括して頂戴。アイテムボックスの中にでも入れておけば、無機物である以上使用に支障はないわ』
「でも、私たちに有利過ぎる取引です」
『国を救っておいておかしなこと言うわね。その自分を見下す感じ、直した方がいいわよ』
最後にそう言い残して、『私も暇じゃないの』とリィンさんの機体は沈黙してしまった。ありがたく物は受け取っておくが、こうなってしまえば続けて話すことも出来ない。
「頭は冷えましたか、アイン?」
「肯定する。当方も少々、正気を失っていたと謝罪する」
そうこうしている間に、扉の方からアインが戻って来た。特に怪我すらしてないのは、ぼんやりとした繋がりから知っていた。だからこそ安心して待っていられた、のだが……
「そのことなんですけど、何かちょっと物足りなくありません?」
「否定はしない。だがそういう気分にはなれないと否定する……」
「それはわかってます」
私だってしたくない。
「だから、ちょっと模擬戦しませんか? 7日間も寝たきりで、かなり身体も鈍ってるでしょうし」
記憶を取り戻した時から、ずっとアインと戦ってみたいとは思っていたのだ。魔法使いではなく、歴戦の戦士の動きをするアインと。
「随分と物騒なデートになったと嘆息する。だがそれならば、望むところだ」
そういうことに相なった。