「ふぅ……大体、こんな感じですか」
アカネさんの襲来から数時間。私たちは病院のあった中央2番艦ではなく、武装開発区も兼ねる中央3番艦へ移動し、リィンがあてがってくれた広場にいた。
お互いに刃は潰した実剣を使い、久し振りに燃え上がった
「はぁッ……はぁ……はぁっ……!」
お互いに滴るほど汗はかいているし、疲労困憊なのも間違いない。だが息が上がり大の字に倒れ込むアインと、まだ息を整えて立っていられる私をみれば、その勝敗は一目瞭然という他にない。
「何というか、真っ当に人として強い剣でした。私と同様冒険者の技術が根底にあるのに、全く違った方向に輝く剣。血の滲むような研鑽も伝わってきました」
「それをっ、全て片腕でいなしておいて、何を言うのかと、否定する……!」
「専門性の違いですよ。アインのは自分より巨大な相手と戦うための、謂わば悪魔狩りの剣。私のは効率よく人を殺すための、人殺しの剣。こと対人戦なら、滅多なことでは負ける理由がないと自認してます」
これまて墜星と言う死なない相手以外には使うことすら出来なかった殺し打ちが、遺憾ながら使えるまでに戻ったのだ。実質隻腕とはいえ、これでもかつて対人最強と歌われた身。滅多なことすら起こさないよう、徹底的に立ち回らせてもらった。
とは言っても、何発かはマトモに攻撃を受けてしまった。何箇所かは骨が折れているし、剛剣を捌き続けていた右手は握力が消えかけている。
「ポーション飲みます?」
「肯定、する……」
私にしては比較的軽症で終わったと感じながら、念のため調合しておいたポーションの蓋を開ける。チャポンと容器の中で踊る透き通った緑の液体を、一息に半分くらいまで飲み干した。
少し、苦い。お茶のような風味の底に、これまで自作品の中からは感じなかった味を感じる。このところ戦いばかりだったからか、どうやら腕が落ちたらしい。傷が癒えるシュワシュワとした感覚からして、効果が確かなのは幸いか。
「ん」
「感謝する」
そんなことを思いつつ隣に座り込み、残った半分を起き上がったアインに手渡した。魔法と違って遅効性だけど、これなら休憩している間に骨折くらいまでなら治るだろう。
「それにしても、半精霊になった影響が"目"以外にもあるとは思いませんでした」
「肯定する。当方の全能力が増していたこともそうだが……」
「まさか、でしたよね」
模擬戦を経て判明した半精霊、及びその契約者としての性質は以下の通り。
私とアインに共通している変化が
・魔力の流れが見える目の共有
・お互いの位置がなんとなく分かる探知能力
アインにのみあった変化が
・私の能力が一部加算されることによる強化
私にのみあった変化が
・来ている物ごと身体が半分透ける、アインの周りでのみ微妙に浮く、アインに呼ばれるとその近くに転移できるetc……と言った、正しく精霊というべき性質の獲得
それで気を失う前と何が変わるのかと言えば、特に何も変わることはない。アインは単純に強くなっただけで、私は少し便利な能力が増えただけの微々たる変化だ。けれど、きっと何か良いことに繋がるような、そんな気がした。
「まさかついでですが、手合わせして、自分の作った武器を使って欲しいなんて久しぶりに思いました」
「……初めてではないのかと、嫉妬する」
「私だって、それなりに色んな人を見てきましたから。特にアヤとして冒険者をやってきた時には」
初めてこの人に武器を使って欲しいと思ったのは、獣人界に降りた時に再会した蛇腹剣使いの鳥系獣人。その次が今は亡き銃撃もできる大槍使いの蛇系獣人。最後に運び屋、といっても彼に対して提供したのは術式だけど。
こうして、落ち着いて思い返すことができるようになった今考えると、みんなとても面白く優しい人達だった。まあ高ランクの冒険者自体、大抵お酒を奢ればそんな感じの連中だった気もするけど。
「そういった当方の知らないアヤメも、知っていきたいと思案する」
「いいですね、私もアインの話は聞きたいです。でも残り2ヶ月しか生きてられないから、ちょっと話しきれないかも」
言いつつアインに寄り掛かろうとして、お互い汗で酷く濡れていることを思い出し中断した。戦闘中とかなら気にもならないが、年頃の乙女としてそれは良くない。例えそれがアイン相手であっても。
「肯定する。当方が言って良い言葉かは不明だが、お互い数奇な道を歩み過ぎている」
「違いないですね」
自然と、笑いが溢れた。少しだけ似ていて、しかし致命的に違くて、それでも同じような地獄の道。きっと話し始めたら止まらない、瞼の裏にそんな光景が浮かんでくる。
「ところで、アヤメは今日これ以降の予定はあるのかと疑問する」
「このクールダウンが終わったら、義手を作っちゃおうかと。最後に暴風貪団を動かした時に約束した仕事もあることですし」
どうせ7日間も寝たきりだった以上、模擬戦はともかく食事は固形物を入れない方がいいだろう。ただでさえ私の場合、毒とケラウノスによる汚染で内臓機能が……あぁ、そろそろオムツも必要か。買っておこう。
「それは……素人意見だが、まだ早いのではないかと具申する」
「案外そうでもないですよ。このアインとの模擬戦で負荷のかかるパーツは分かりますし、戦闘中に次元系の風化魔法と闇の重力系で過負荷をかけ続けてたので。きっといいデータが取れます」
折角アカネさんにユビキタスを12機分も貰っているのだ。全てをフル活用して、やれるだけの完成度と素材で仕上げようと思う。
「認識、した。それならば仕方ないと哀感する」
「こっちこそごめんなさい。今の私って、消化にいいものしか食べられなさそうですし」
お昼は適当にこれで済ますと、まだ手持ちに残っていた軍用レーションを引っ張り出した。腹持ちがいい癖に消化し易い完全栄養食、今の私にこれ以上相応しい食べ物はない。
「どこぞの貴族の家に収められていた魔導具と魔法書が、闇市の形式で売られていたのだが」
「さ、休憩は終わりです準備して下さい今すぐ行きますよ案内して下さい早くほら」
だがそんな場合じゃないことも、往々にして起きるということで。
少ない魔力を振り絞り魔法を連続行使。汗を飛ばし、臭いを消し、髪は面倒なので後ろで一纏めに。身体に重くのしかかる疲労は気合で我慢し、人様の前でも見苦しくない格好へ。そうして私は、アインに手を差し出した。
「認識した。アヤメなら乗ってくれると思っていた」
「はは……でも、アインはいいんですか? 一緒に見ててもそこまで面白くなくないです?」
「否定する。人気はなかったが、面白い食材の出店があった。過去に引きずられているのか、当方はそちらが気になって仕方がない」
「ゲテモノですか、折角ですし私も食べましょう」
「身体の調子は良いのかと閉口する」
「最悪、魔剣を握ります」
ああでも、その前にギルドでお金下ろして来ないとまずいか。私があの時から今も持っている全財産、白金貨6枚は使うことができないのだ。手持ちに金貨すらない以上、闇市で割高な買い物をするには懐があまりに寂しい。
リィン曰く魔王国、獣王国からの報酬金があるらしいから、そこまでお金に困るということはなさそうだけど、なんて。
もうずっと感じられなかったように感じる、荒みながらも暖かく優しい空気に包まれて。私たちは闇市へ向けて歩き出した。
◇
貨幣処理ではなく手形処理でしか見たことのない金額が振り込まれていた口座に驚きつつも、必要分だけ下ろして闇市を楽しむこと数時間。とっぷりと日が暮れ夜の帳が下りた頃、私達は訓練場に隣接した建物に戻ってきていた。
「結局、お腹いっぱいまで食べちゃいましたね」
「肯定する。このご時世に、竜の舌なんて高級品を売る屋台が悪い」
そう、結局私はレーションをメインにしつつも、屋台料理を満喫してしまった。正直なところ、明日以降のお腹の調子が心配でならない。
「当方は楽しく満喫した。だがアヤメは、それだけしか買わなくて良かったのかと疑問する」
「ええ、めぼしい物はありませんでしたし、私はこれだけで」
言いながら、一つ結びにした髪に挿してある髪飾りを優しく叩く。数年前の理論と変わらず見た目だけ違う貴族の魔導具でも、既知の情報が記された書物でもなんでもない、ただの道具。白い一輪の花で飾られた綺麗な簪。これだけで私は十分だった。
「この花は確か……獣人界の山、その奥にあるという霊峰にのみ咲く花だと記憶している」
「名前を『落雪花』。不吉な花の代名詞ですけど、ママが好きだったんですよ、これ」
首が落ちるように花が落ちて、雪が降ったみたいに花弁を散らす生態からそんな扱いをされている花だ。だけど死ぬまで大鎌を振り回して敵の首を刎ねていたママは、だいぶ気に入っていた。こっそり私を、この花の花畑に連れて行ってくれるくらいには。
「認識した。ならばきっと、良い花なのだろうと推察する」
「いえ、これ毒草なので……根・茎・花・花粉どれを取っても麻痺性の結構危なめの毒が。花言葉も『儚さ』『夢の終わり』『悲嘆の涙』とかそんな感じですし」
「とんだ花だったと否定する」
「でも美味しいですよ、可食部は茎だけですけど」
「何とも言えない花だと肯定する」
昔耐性をつける為に食べさせられて、息が出来ないくらいまで全身が麻痺したが。今となっては美味しく食べられるのだし、あまり気にしていない。
「と、そんなこと話してる間に完成しましたね。これが錬金術師の秘奥、哲学者の剣こと魔力炉心です」
「既に3つも携帯している時点で、秘奥もなにも無いのではと唖然とする」
「これでも私、一応最高位の錬金術師なので」
確か年に作って良い炉心の数は1個と協会に指定されてたけど、破門されてるから別にいいか。私が死んでも、リィンに全部移譲すればいいだけの話だし。
「ともかく、これで義手の素材は全て揃いました。手伝ってくれてありがとうございます」
「問題はないと否定する。だがその前に、少し素材について説明をして貰ってもいいだろうか? なんと言えばいいのか、余りに見慣れぬ物が多い」
「それくらいなら幾らでも」
アインが私を立ててくれているのか、純粋に気になっているのかは分からない。けれど知って貰っていた方が、何かの役に立つことがあるかもしれない。そう思いながら、1つ目の素材を指差した。
「これはさっきも言った通り魔力炉心。掌部分の核パーツにする予定で、義手の動力源です」
「認識している」
「こっちは私の魔剣、エターナル・ツヴァイの左刃と封印鞘。本当は溶かして整形したいですが、そうすると聖剣との同調も崩れちゃうので、鞘だけ後で変えて内部フレームにします」
「正気ではないと、いや、それ以前にそんなことをしていいのかと疑問する」
2つ目の素材の時点でアインからストップが入った。自分のⅡ型魔剣を素材にして義手にするなんて、とても正気での行動とは思えない。そう思われるのは不思議じゃないし、セプテントリオさんの持つ人間界型の融合魔剣を見なければこんな発想は私にもなかった。だが──
「いいんです。だってもう、私は左手で剣を握れませんから。すべて他人に劣る身として小手先の技術で頑張って来ましたが……そこまで繊細な小細工は、義手じゃどうにもなりませんし」
結局私の剣は、何処まで行っても人殺しの剣。なのに人を圧倒も出来ないし、墜星のような超越者相手にはそもそも届かない。所詮は2流……と言うとアインを貶すことになるから言わないが、まあお似合いの末路だろう。
「……そうか」
「そんなものです」
その分何があろうと、鍛冶作業に支障が出ないまでの完成度には持っていくが。あとは剣を捨てる分、十全以上に格闘戦を出来るようにも。
「話を戻して、この素材は
「やはり……使わないと駄目なのだろうか?」
「これのあるなしで、完成度がかなり変わるので」
取り出した透き通る深紅をミスリル色が縁取った正八面体の結晶に、アインの視線が注がれる。一辺2cmくらいしかないが、多分なんとかなるだろう。
「鋼材は自前で用意するとして、最後がこれです。細菌型汎用多脚ゴーレム《T4R》、端的に言ってナノマシンになりますね」
「認識できない。待って欲しい」
絶縁性の容器の中、どぽんと音を立てる黒い液体にアインからストップが入った。だが言われてみれば、この危険物を取り扱うのは久し振りだ。少し取り扱いを練習しておくべきか。
「何故そんな、ナノマシンなどという空想上の産物があるのかと否定する」
「昔ママが作ったそうです。50年ものになるんでしょうか……?」
言いつつ、魔力を通して容器の中で液体を操ってみる。操作センスが無く単分子ブレードとかいう刀の整形は出来ないしけど、問題なく擬似神経系としては使えそうだ。
「生成直後の金属から魔力を抜くのに丁度いいんですよ。あと魔力に反応して操作出来るので、駆動系のワイヤー代わりに」
「当方からはもう、何も言うまい……」
何故か呆れられてしまった。使い方を間違えると魔力を食い尽くされて死ぬ程度のリスクしかないのに。だがそれはそれ、これからはこれからだ。
「魔物素材はベルト部分の竜革を除いて、格が合う物がないので諦めまして。素材の紹介も終わったことですし、手早く作っていきましょう」
義足を作った時と違い、義手の素材は私の魔剣と私の生み出す素材のみ。余計な反発やこうなりたいという素材の意思に引っ張られることはない。
それこそが作り手としての醍醐味ではあるけど、もう1日だって無駄にしたくない。アインと過ごす時間を削りたくないのだ。
「当方に何か、出来ることはあるか?」
「危ないので私にもっと密着するか、もっと離れるかのどちらかを。不足の事態に備えていて欲しいので」
「認識した」
提案してすぐ、私の後ろに控えるような位置にアインが移動した。これまで仕事に関しては誠実だった筈なんだけど、信用はして貰えてないらしい。……ああ、理解した。アインの前で仕事をした時って、結構な頻度でそのまま倒れてるからそのせいか。
「エターナル、
魔剣を起動した途端、つぶさに映し出される魔力の流れ。それに感謝しつつ、今朝受け取った指揮官機を起動。かつて受け取った連絡特化型、演算特化型を並列接続し、私自身の演算能力を跳ね上げる。
「まずは、今付けてる義手の解析鑑定。及び改良案の策定とシミュレーションを開始」
全体の損傷率──表示
劣化部位測定──完了
事前データとの比較──終了
必要強度計算──終了
シミュレーション開始──終了
素材の選定開始──完了
改良型義手の設計図を展開。
「完了。続いてパーツ整形開始」
まず最初に魔剣の封印鞘を前腕部の核パーツとするように組み替え。ただ限界駆動中に抜刀したら、組み替えるまでに命を喰らい尽くされるので先ずは形だけ。数ミリ単位で軽量化の魔法陣を彫りつつ作成し、ナノマシン液体内部に放り込んで魔力抜き。
次に炉心と掌部分も同じように魔法陣を刻みながら、手指はより正確に、前腕部の装甲も同様に、内部フレームも作成後魔力抜き。金属パーツはこれで終了。
「完了。アタッチメント部分は──いえ、どうせなら腕ごと改造しますか」
「待って欲しいと嘆願する。アヤメ、何をするつもりだ?」
「肘を切開して骨に色々埋め込んで、義手と体を接続できるようにします。脚の時と同じですね」
「認識した。どうせアヤメはそうすると思っていた、殺菌魔法の展開と回復魔法を待機させる」
「ありがとうございます」
感謝しながら左腕に麻酔を注射。軽く叩いて感覚が消えたのを確認し、右手の魔剣でザックリと斬り裂く。麻痺した傷口から見えるのは筋肉のピンク、血の赤、骨の白。感覚が戻る前に魔法で生成した金属で蓋をするようにアタッチメントを接続整形。合図をすれば即座にアインの回復魔法が飛んできて、肉体から鋼へとグラデーションのように接合部が変わっていく。
「これでよし、と。多分長くなるので、アインは寝ててもいいですよ」
「不服ながら、認識した。眠りはしないが、休ませてもらう」
魔剣を使いながら出来る作業はここまでなので、一旦限界駆動を解除。背中にアインの体温を感じながら、封印鞘を新しく組み直す。ぬるりと光を反射する水底の様に昏くて青い呪いの左刃、それを新たな鞘に納刀して封印。邪魔な柄を分解して──
「あれ?」
そこに見えた物に、私は首を傾げた。
本来魔剣を構成するパーツは3つ。核となる青いクリフォト結晶、外装となる刃金、個人に合わせて調整する外装部分から成る。それは私が見てきたどの魔剣にも共通していた
「結晶が、
「む、ぅ?」
まるで私の色に染まったみたいだと、口にしかけて言葉が止まった。否、止められた。
一瞬だけ感じた異様な気配。灼けつくような、粘つくような、しかしそれを抑え込んでいるような、吐き気を催す気持ちの悪い視線。その先を口にするなと言わんばかりに、間違いなくそれに邪魔された。
「どうかしたのかと、……する」
「い、え、なんでも。本当に、何でもないです」
「ならば良いと、考える」
同時にフラッシュバックした『 』の記憶。何も覚えていない記憶が、何も思い出せないまま浮かび上がってきて、そのまま思考が塗り潰される。
何かを忘れている、思い出さなければいけないが、思い出してはいけない。何せこれを思い出したが最後、きっと私は──私は?
「ッ、つぅ……ダメ、ですね。ちゃんと明日、アインに相談しましょう」
過去に触れようとした瞬間発生する頭痛に、一旦思考を打ち切った。
これは多分、一人で抱え込んではいけない問題だ。直接の敵意を感じない以上、今は義手を完成させることが最優先。そもそも相談できるのかを含め気になることは多いが、改めて組み立て意識を作業へ向け直す。
そうしてエターナルを起動し直し、作り手としての世界に没入する直前。ガァガァと、嗄れた鳥の声を聞いた気がした。