義手は完璧に組み上がった。
炉心に燃料を焚べる必要こそあるがそれは設計通り。生身の時より五感は劣るが、それでも動作の精密性は即席義手とは比べ物にならない完成度を実現。その他諸々必要な能力とロケットパンチを組み込み、エターナルの左刃を内蔵した筋電/魔型の魔剣義手。義足とは別方向に完成しているそれを見て、感じてなお、私の気持ちは何処か晴れないままでいた。
「あの……アイン、ちょっといいですか?」
その原因は、考えるまでもなく昨晩のこと。
・
・空白のまま浮かび上がる謎の記憶
・直感になるが、新たな墜星が私に向けた視線
考えれば考えるほど、私1人で抱え込むには手に余る問題だった。昨日の夜は義手の完成を優先させたけど、またこれまでの墜星を相手した時のようになりたくはない。
「──と、大体そんなことがありまして。せめて情報だけは共有しておきたいなと」
だからこそ私は、全てを隠さずアインに話すことにした。何か妨害があることを前提に、昨晩と同じ条件を再現するようにして。だがそれでも話し切れてしまった。
「認識した。当方が微睡んでいる間に、よもやそんなことが。気付けなかったことを謝罪する」
「私の悪い癖です。一旦物を作り始めると、それ以外がどうでもよくなる。本当ならすぐにアインを起こして、何かするべきでした」
「否定する。恐らく当方を起こしても、その程度の時間しかないのであれば取り逃がしていた」
あくまで私の幻覚ではなかったという前提だが、ユ=グ=エッダに張り巡らされた警戒網は並大抵のものではない。それを潜り抜けて私を視たと言うのならば、何かしらの対処をしようにも間に合わなかった可能性の方が高い。
「この話を知っている人物は、当方の他にもいるのだろうか?」
「私とアインしか知りませ──ああ、いえ。リィンに報告する為にアカネさんに頼んだので、そっちの方には回っているかと」
「それならば、問題ないと肯定する。この問題は、当方たちの手に余る」
休む間もなく舞い込んで来た問題に、はぁ……と大きく溜息を吐いた。
この問題を無視してはいけないと本能が叫んでいるし、『 』の記憶は追おうとすれば以前として頭痛がする。だが結局のところ、影響はそういう私個人の問題に留まり実害はない。加えてたった2人では取れる対策がないというのも問題だった。
「やっぱり、リィンに手伝って貰うしかないみたいですね」
知識的にも、権力的にも。
「肯定する。だが獣王には連絡を取らなくて良いのか?」
「信用はしてますけど、リィン程信頼はしてませんから。あと単純に、連絡手段がありません」
アインの言葉に首を横に振った。確かに私はミーニャ女王に多大な恩があるし、背中を預けた戦友としての信用と信頼はある。だからこそ情報の共有はしておきたいと思うが、リィン経由でもいいかと諦めが着いてしまう。
もうずっと忘れていた……否、思い出さないようにしていた『大切な人』を失う感覚。リュートさんとレーナさんの死で突き付けられたソレは、ただでさえ臆病な私を完全に踏み込めなくしていた。
「認識した。ならリィンからの連絡が来るまで、当方にもその変質した魔剣の核を──」
と、アインが言いかけた瞬間だった。擦り切れたワンピースのポケットの内、連絡用に入れておいたユビキタスの機体が振動した。タイミングが悪いと言うべきか、リィンの対応が早いと喜ぶべきか。或いは『私は電話の交換手じゃない』と愚痴っていた、アカネさんの苦労を労わるべきか。
「ちょっと待ってください。もう通話が来たみたいです。出ても?」
「問題はないと首肯する」
そうこう迷っているうちに、ポケットの中からユビキタスの機体が這い出てきた。最近、通話のせいでネットワークに過負荷が掛かっているらしいし、早めに終わらせたいのだろう。
とはいえ位置が悪いので機体を指で掬い、通信画面が出ても問題ないようテーブルへ。瞬間、空中に投影される仮想ウィンドウ。疲れきった顔のリィンと積み上げられた書類の山が映し出され、完全に生気が抜けていた。
『あー、あー、通じておるかアヤメ、アイン?』
「リィンが死にそうな顔をしてること以外は問題なく」
「感度良好、通信状況に問題はないと肯定する」
『うむ、ならば良い。やはりまだ、この映像通信は慣れぬな。便利ではあるが、執務室から離れられなくなってしまった』
絶望を湛えた声で呟くリィンに、1週間も眠りこけていた私はかける言葉がなかった。獣人界に降りてからもそうだったが、王族や貴族特有の書類仕事は斯くも恐ろしい物なのか。
『さて……報告は受けておる。また墜星が出たと聞いたが、それは
「残念ながら断言は。何せ証拠は私の感覚だけ。アインに説明した時に昨晩と同条件を作ってみましたが、一切視線は向けられませんでしたから」
改めてアインに確認を取るが、首を横に振られてしまった。私の探知に反応なし、アインの警戒にも反応なし。であれば、それこそ私の感覚がおかしくなったと判断した方が合理的だ。
『だが、アヤメが感じたのは墜星の視線であったのであろう?』
「ええ、灼けつくような、粘つくような、しかしそれを抑え込んでいるような、吐き気を催す気持ちの悪い視線。あんな目を向けられる相手が、墜星以外にいるとは考えたくないですね」
「肯定する。墜星を相手にするだけで、当方もアヤメもキャパシティオーバーだ」
『余も、これ以上仕事を増やしとうない……おかしな話であるが、敵が墜星であることを望むわ』
掠れた笑顔のリィンを、笑い飛ばすことは出来なかった。今度、胃薬とか目薬、湿布とかその辺りを差し入れようと思う。それもとびきりに効果が優秀な薬を。
『いやはやしかし、本当にアヤメは問題に事欠かなぬなぁ!』
「ははは……千客万来ばっかりで嬉しいばかりですよ」
「肯定する。問題も同様に擦り寄ってくるのは勘弁して欲しいが」
強烈な皮肉と、嫌になる程積み重なった現実の吐露だった。
こちらは短い余生を平穏無事に暮らしたいだけだと言うのに。世界は獣人界とユ=グ=エッダのみとなり、そんな細やかな夢すら叶えられなくなってしまった。例え世界が残っていても、私は墜星に狙われるのだろうけど。
『して話は戻るが、墜星の視線の件は相分かった。他ならぬアヤメの
「いいんですか? そんなことして」
『構わぬ。余は忘れておらぬからな? アヤメがこう警戒を始めてすぐに八岐との戦闘が起きたこと。そして先の玉兎との戦いも、襲来の懸念を始めてすぐに起きたことを。どうせ何かは起きる。なれば手を打っておくに越したことはなかろうよ』
そのまるで疫病神のような扱いに言いたいことはあるけれど、事実である以上なにも否定することが出来なかった。
「認識した。当方達に、何か出来ることはあるか?」
『あくまで警備の問題であるからな……アヤメにはやって貰わねばならぬこともある以上、対策面では特に無い。それでも強いて言うならば、まずは戦力として動けるレベルまで回復して貰うことであろう』
「私がやるべきこと……暴風貪団への報酬支払いでしょうか?」
あの時私が持っていた全財産の支払いと魔剣の整備、交わした約束は果たさねばならない。仮にも元商売人として、信用と信頼に背くことは出来ない。
『まずはそれを優先してもらって構わぬ。だが余とミーニャから幾つか、依頼したいことがあるとは覚えておいてはくれぬか?』
「了解です。こっちが片付き次第、ユビキタス経由で連絡しますね」
『アカネにはまた負担をかけることになるが、頼むぞ』
言った瞬間、画面の向こうにいるリィンがユビキタスの機体に噛みつかれた。噛まれた指の痛みか反射的に動いた手が書類にぶつかって、倒れて、ああ、また山が連鎖して……
「大惨事になってますけど、大丈夫ですリィン……?」
『案ずるでない、致命傷じゃ……』
崩れた書類の山の底、机の下から大粒の涙を浮かべたリィンが這い上がって来た。手伝ってあげられたら良かったのだが、見える範囲にあるの魔王権限じゃなきゃ処理出来ないヤツだしなぁ。後で、体力回復系の薬を持って行こう。
『して、報告を受けた残り2つの話なのだが……手早く済ますぞ。まず記憶に関してだが、余にもどうしようもない』
「やっぱりですか」
『うむ。記憶の破壊や忘却、偽造に洗脳等であれば余の知識にも存在するのだが……』
「そんな便利な魔法があれば、当方の記憶を取り戻すことは容易だったと推定する」
『で、あるな』
戦争によって失伝したか、そもそも開発されていないのか。精霊術や秘呪、武技にも存在しないのか。定かではないが、記憶を呼び起こすなんて魔法が存在しないということが現実だった。
比較的落ち着いた状況の現在、そういう魔法の開発をやれないこともないだろうが……単純に知識不足に技術不足、研究者不足と三重苦に加えて時間もないとなれば絶望的だ。もっと現実的な問題解決に時間を使ったほうがいい。
「当方の時と同様、何かをきっかけに思い出すかもしれないと策励する」
「受け取っておきます。ですがこれも『今は打つ手がないので保留』とするしかなさそうですね」
『すまぬ。余も対処すべきだと直感してはおるのだが、いかんせん情報も人手も足りぬのでな……』
足元にあるかもしれない地雷より、目の前に迫る爆弾の方が優先度は遥かに上回る。至極当然の理屈だった。
『その代わりと言ってはなんだが、最後の魔剣の核に起きた異常について。これは2つほど、類例を聞いておる』
「過去にもあったんですか!?」
透き通った蒼色の結晶と同じく透き通った
『獣人界と魔界にそれぞれ1つ。写真のお陰で随分と類例を探しやすかった。まあ見つかった情報は、書物や記録データではなく口伝という形ではあったがな。無論、他言無用だぞ?』
どうやらその通りだったらしい。しかし口伝。つまりは形ある情報として残した場合、確実に何らかの不都合がある情報だ。とても、どこか嫌な予感がした。
「わかりました。聞かせて下さい」
『1つ目は獣王国の魔剣整備班に伝わっておった話だ。現役の班員ではなく戦死した先代の話だそうだが……どうやらイオリ・キリノのⅠ型魔剣作成に立ち会った技術者がいたらしい』
「信憑性は?」
『酒の席での話だったとのこと故、話半分が関の山であろうなぁ』
少なくとも10年近くは前の話で、戦後は大混乱と資料類の破棄が行われた時代だ。そう言った話は人の記憶の中、それこそ口伝のような形でなければ残りすらしなかったのだろう。
『原文ままで伝えるぞ。『あの人が魔剣を完成させる直前にな、手に持ってた透明な結晶に魔力を流したんだよ。したらばなんとびっくりオーロラみてぇに色が変わってな、うんともすんとも言わなかった魔剣が目を覚ましやがった。俺たち凡人には真似すらできなかった。今じゃ大罪人なんて言われちゃいるが、すげぇ人だよあの人は』との事だ』
「なるほど……」
つまり何らかの物体に魔力を流す加工をした結果、クリフォト結晶の色へ変化した……いや、そのものに変化したということか。読み取れる情報は極めて少ないが、それでも2つ理解できたことがある。
それは間違いなくママの仕業だということ。
そして絶対にマトモな手法を使っていないということ。
非常に興味はあるけれど、今は一旦置いておこう。ママと違って私は「伝聞だけで未知の技術を再現できる」なんて、イカれた能力を持っていないのだから。
『もう1つはアカネが古い機体からサルベージした情報だ。絶氷剣ニヴルヘイムの担い手と絶焦剣ムスペルヘイムの整備報告になる。余は読み方を知らぬが、アヤメであれば読めるのではないか?』
そう言ってリィンが画面に映し出したのは、所々情報が欠けてしまっている整備報告書。問題なく読むことはできるが、当然のように戦時中の方式で暗号化されている。
「最終出撃直前の整備記録、しかしこれは……あまり良くない状態だと否定する」
「アインも読めるんですか?」
「肯定する。これでも
思っていたよりも高かったアインの階級に驚きつつも、画面向こうにいるリィンにも分かるように報告書を読み上げていく。そうして分かった情報は、こちらも同様に2つ。
当時の絶望的な戦況と何もかもが不足した状況について。
最後の出撃直前、核である結晶体の色が汚染されたように黒く濁っていたこと。
補足として魔剣、担い手それぞれに過剰な負荷が掛かっていることが原因ではないか? との走り書きがあったものの、暴走して大陸が汚染された結末からして生かされることはなかったのだろう。
『何か手助けにはなったか、アヤメよ?』
「まだ、なんとも……」
魔剣を打つ際の話と、魔剣が担い手と暴走する直前の話。
魔剣として完成する変革と、魔剣が暴走するという変化。
魔剣の始まりと、魔剣の終わり。
結晶体の色が変わるという結果は似ていても、過程があまりにも違い過ぎる。同じどころかまるで正反対だ。そこに私の『いつの間にか変化していた』まで付け加えては、もう共通項すら辿れそうにない。
過去の技術者が記した『魔剣・担い手に掛かる過負荷』が原因説。
手掛かりと言える手掛かりがこれくらいしかない以上、ここを基準として考えるのが妥当だろう。しかしそれだと、私とアインの聖剣についても、ママのⅠ型作成にも説明はつかな──いや、待て、何か引っ掛かる。
「……あっ」
もうずっと遠くに思えるほど前、まだ私が魔界に行く前。いつだったか、ママが魔剣を打つ記憶を夢に見た。その時に私が感じたのは、魔剣の中心に存在するクリフォト結晶に覚えた感覚は、まるで
「何か思いついたのかと疑問する」
「ちょっと待って下さい。あと少しで何か、掴めそうな気が──」
魂、その単語で玉兎の言葉を思い出した。
◇
『聖剣って代物は、魔剣とは根本的に別もんだ。だからな、理屈じゃなくて心で振るえ。そうすれば、きっとアイツの下まで辿り着けるだろうよ』
◇
後半の方は未だに意味が分からないが、今大切なのは前半だ。
聖剣と魔剣は別物で、心で振るう物。だけど私とアインの魔剣は、魔剣から聖剣へと変質した。魂、染色、魔剣、担い手、過負荷、変質……ぐるぐると頭の中で回っていた単語が、ピタリと噛み合ったような気がした。
「つまり魔剣は、思い……魂? いえ、多分これは、願いとか欲望の方がふさわしいかも」
『出来れば、余にも分かるように話してくれると助かるのだが』
「ええと、はい。まだ例が3つしかありませんし、確実に断定は出来ないんですが……」
多分、これしか結論はないように思う。
「魔剣は担い手の魂と心の強さ。そして何かを渇望する願いの強さで、進化する武装ということになるの、かと……?」
そう考えると、全部の辻褄が合う。
ママのⅠ型魔剣については、小さな頃の私にすら焼き付いている異常なまでの鍛冶への執着。それに戦争というファクターを掛ければ説明が付く。
ムスペルヘイムとニヴルヘイムについては、精神や願いの全てが負の方向へと振り切れたと考えればいい。魔剣が最悪の方向に進化し、ひいては魔界全域を汚染する呪いになった……と考えられる。
最後に私とアインの聖剣について、これは考えるまでもない。未来で殺され、終わりを告げられ、それでも2人で生きて死にたい。最後まで幸せに生きていたい。魔剣を起動する時に猛っていた2人分の思いは、正の方向へ振り切れていた。
この条件に該当していても、何らおかしいことはない。
『なんと』
「それはつまり、魔剣はⅠ型からⅡ型、Ⅱ型から試作型、試作型から聖剣へと変化するのかと推察する」
「本当に、まだ仮説段階なので……断定は出来ません」
何より実例が少な過ぎる。内容的に実験のしようもないし、検証も出来そうにない。これでは所謂、机上の空論に他ならない。話を聞く限り、最初からママの心に染まっているⅠ型は無理だと思うが。
『待てアヤメよ。アインの言葉が真であるならば、余にも心当たりがある』
「心当たりですか?」
『アヤメは、影打ちという魔剣の区分を知っておるか? Ⅱ型魔剣でありながら、試作型に等しい出力を持つ魔剣の話だ』
そんな物は聞いたことがない。続きを促すように首を横に振った。
『アヤメが雇った
「Ⅱ型から試作型に変異しつつある、もしくは変異が完了した? どちらにせよ、それが本当なら」
「アヤメの仮説は正しかったと証明可能だ」
理論の証明としては稚拙だが、証拠は揃ったことになる。
Ⅱ型は試作型相当へ変異するし、試作型相当の魔剣は聖剣へと変異する。Ⅰ型は無理だという考えに則れば──と、思考を巡らせ始めた瞬間だった。
ガァと、嗄れた鴉の声が聞こえた。
聞き間違いではなく、はっきりと。
「「ッ!?」」
『ッ!!』
同時に私たち全員へと向けられた異様な気配。灼けつくような、粘つくような、しかしそれを抑え込んでいるような、吐き気を催す気持ちの悪い視線。
『昨晩アヤメが感じたというのは、これか!』
「リィンも分かるんですか!?」
『ここまでハッキリとしていれば余でも理解できる! だがそちらと同時だと? 墜星とは個人を指す名ではないのか!?』
と、リィンが叫んだ瞬間だった。
まるでスイッチが切り替わったかのように、こちらに向けられていた視線が消滅した。人間らしさしか感じない視線に対して、人間らしさを感じない突然過ぎる消失。そして私たちとリィンに同時に視線を向けるという、個人ではあり得ない状態。
「気味が悪いですね……」
「逆探知は失敗したと報告する。あと少しだったのだが、尻尾を切られた」
『ふむ……アカネの探索網に反応はない。ビフレストにも異常はないとのことだ。アヤメの言を借りるが、気味が悪い』
実際に視線が向けられていたのは僅か数秒。だというのに強烈な印象を残したソレが去った後には、何事もなかったかの様な気配だけが残されていた。