魔力や体力の使いすぎで倒れないようセーブしながら、それでも可能な限り作業を終わらせた翌日。予定通り魔王国ユ=グ=エッダは獣王国王都シヤルフに帰港し、数日間物資の積み込みとメンテナンスに入る運びとなった。
「しかし、たった1日で普及しましたね」
「肯定する。だが飛んでいるのは、
「私以外のテスターがアインだけでしたからね。出来る限りの改良はしましたが、適正みたいな物が出来ちゃったのかと」
王都に隣接する様に滞在するユ=グ=エッダと、自由自在に飛び回る小さな影を見上げてそんなことを呟いた。獣人界側では『鳥系獣人の特権たる空を侵すとは何事か』と一部貴族から猛反対が起きているらしいが、我ながら良い発明だったんじゃないかと思う。
「認識した。それで、
「まずは話に割り込まれても面倒なので、お家騒動から片付けに行こうかと」
そして当初の予定通り、私達も船を降りることになったのだ。ユ=グ=エッダにやり残した仕事はあるが、それよりも多くやるべきことが王都の方には残っている。1週間分のツケとは理解してるけど、早く休んでゆっくりしたい。
「了解した。まさか、あの人の置き土産がまさかこんなことになるとは」
「そうですよね……幾ら私の身分を保証、いえ補強ですか。その為の事とはいえ、手が早いというかなんというか」
それは昨日、壊れた魔剣を修復可能な物と不可能な物に分別している時に判明した事実だった。
カンザキ家の遺産相続関連において、どうして
アヤ・ティアードロップという一度は死亡したはずの冒険者の正統性を、国レベルで保証する為の行動だったらしいが、手続きが中途半端な状態で玉兎が襲来。相続権関連の特殊な手続きをしていた職員の人も亡くなったことで、通常の養子縁組として処理されてしまったとのこと。
「私が公爵令嬢とか、似合わないにも程がありますよ」
そんな人災で産まれてしまったのが、『公爵令嬢アヤ・カンザキ』という概念。もっと言うのであれば、存在しなかった筈の相続権を持った長女という存在が公爵家に産まれてしまったのだ。大問題である。
「ここで肯定しても否定しても、悲劇が生まれると推測する」
「よく分かってるじゃないですか。……あ、これ横暴な貴族っぽくないですか?」
「ただの面倒臭い女性だと否定する」
反論代わりにアインに1発蹴りを入れた。私は確かに重い面倒臭いタイプだと自覚しているけど、そういうのは表立って言うものじゃない。
「しかし貴族と面談するというのに、その格好で問題ないのかと疑問する」
「私、持ってる服が普段のボロと、数着の平服に戦闘装束、あと今は使えないドレスしかないので……」
その最後のドレスにしたって、ぶっちゃけた話『公爵令嬢』に相応しい物ではない。他国の重役として登城した時には問題なかったが、そこは貴族としての格やらなんやらが絡んでくる。
なので今回は、あくまで冒険者と公爵令嬢の折衷案。綺麗に髪は編み込んだが着ているのは戦闘装束。それも淑女らしくドレス風の追加パーツを取り付けた特別仕様だ。武装を隠すのに都合がいいとはいえ、丈が長めのスカートが邪魔で邪魔で仕方がない。
「下手に取り繕うくらいなら、元々持ってる武力と権力で押し潰そうかと思いまして」
殉職による2階級特進は取り消されたのでランクは元に戻ったが、それでも
「それは……随分と乱暴な結論だが、肯定する」
「アインもそう思ってくれますか。でも当然ですよね。こんな非常時に、雁首揃えて死体漁りをする連中なんですから」
まずはどんなご尊顔をしてあらせられるのか、拝見させて頂こうと思う。そんなことを考えながら、私は実家となってしまったカンザキ公爵邸の扉を叩いた。すると反応は早いもので、10秒も経たないうちに玄関の大扉が開かれた。
「おかえりなさいませお嬢様。我ら使用人一同、この時をお待ちしておりました」
「ええ、ありがとうございます執事長さん。本来なら
出来る限り丁寧に、可能な限り貴族の令嬢らしい動作を、かつて身体に叩き込まれた時のように自然にトレースする。こんな真面目な対応、気疲れするったらありゃしない。
「いえいえ、貴方様のことは我ら全員が幼き時分から知っております故。喜ぶことこそあれ、批難することなどありましょうか」
「身に余るご配慮をいただき、有り難い限りです。──なんですかアイン、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「アヤがアヤとして、そのような対応をしているのを見ると……極めて、異様に感じると否定する」
「まあ、普段こんなお貴族言葉は使いませんし」
チラリと執事長の人に目線を向ければ、特に問題はないから続けてくれって大丈夫とのこと。どうやらジーク兄ぃはまだ粘ってくれていたらしい。
「さて、面倒なのでこの話し方に戻します。現状は?」
「はっ。現状ジーク坊ちゃんが対応なされているのは『バイアロス』『セドヌーク』『イシスヌカ』『カーリケヒト』『ケリドヴァン』の5家となっております」
「聞いた事がない家名ですね。爵位とカンザキ家との関係、あと派閥まで分かれば有り難いのですが」
「派閥と爵位は前から保守派子爵、保守派男爵、中立派辺境伯、改革派伯爵、保守派男爵。関係性につきましては、カーリケヒト伯とは同派閥として、イシスヌカ辺境伯はリュート様が説得を行なっておりました。恐れながら、他3家は混乱に乗じた金庫漁りが目的かと」
「パーフェクトです。それなら話し合う必要があるのはその2家だけで良さそうですね」
とはいえ、実際に私が見て判断しなければならない点も多いだろう。事前情報として仕入れておくに越したことはないが、それを過信し過ぎるのも権謀術数に飲み込まれそうで良くない。
「その5家以外にはハイエナは?」
「既に排除しております」
「優秀ですね」
「光栄でございます」
となると今この屋敷にいるのは、本当に託しても問題ない相手とハイエナの2択になる。後は文官か武官かも見極めなければいけないし、ミーニャ女王に対する忠誠、あと品格やらなんやらも考慮しないといけないのか。
「となると善は急げです。案内を」
「承知いたしました、お嬢様」
「アインはエスコートをお願いします」
「認識した、お嬢様」
「遊ばないで下さいよ……」
とはいえこうして、リュートさんがいた時と変わらぬ笑い合える状況なのは、良い事なのだろう。ジーク兄ぃとの関係も悪くないに違いない。なればこそ、それくらいは微力を尽くして守りたい。
そんな決意をしながら歩くこと数分。屋敷の奥、上等な客間の前にまで案内して貰った。中から感じる気配は12、護衛の人達までいるらしい。
面倒臭いことになりそうだなぁと、ため息ひとつ。
それでもやるしかないと気合を入れて、豪奢な扉を開けて貰った。
「この度は大切な会合であるにも関わらず、遅参したことを平に謝罪いたします。ですがユ=グ=エッダの運航スケジュール及び検疫という、
退かず、必要以上に媚びず、胸を張って。カーテシーをし、笑顔を浮かべ丁重な言葉でまずは切り出した。ギョッとしている義兄を無視して、長卓に座っている人物達へ探りを入れる。
まず1人目、牛の獣人男性。私が背の低い女性と見てか私の服を見てか、それ以外かは知らないが侮蔑の視線を向けてきている。どうしよう、判別がつかない。
次に2人目、ぶくぶくに肥えた兎の獣人男性。わざと露出させている義手と義足、義耳を見て不快感を丸出しにしてる。戦場帰りの人達に待って、四肢の欠損はありふれた話だ。それをこんな目で見る以上、戦場帰りの公爵家の遺産は渡せない。
3人目、判別は出来ないけど猛禽系の鳥の獣人男性。私個人ではなく、私の作法に探りを入れてきている。問題なし。だが向こうからの心情はあまり良くなさそうだ。礼儀作法がなってないと判断されたっぽい。ぐうの音も出ない。
4人目、熊系の獣人。私のことを興味深そうに……いや、この視線は義体の方か。不躾にジロジロと淑女を睨め回すのはどうかと思うが、よく見たら顔見知りだ。昔ジャマダハルを作った依頼主で、冒険者の鍛冶師だというのに良く扱ってくれた。問題なし。
そして5人目、毛並みが茶色なので金狐じゃなく普通の狐獣人男性。視線から感じるのは猜疑と欺瞞、澱んだ魔力の流れに吐き気すら覚え──
「ハッ、あのような異族の船などに乗るからそうなるのだ!」
「そうですか。では何も理解していない貴方は、この国にとっても不要ですし発言権はありません」
余計なことを口走ったので、魔法で金属を生成して狐獣人の護衛ごと拘束。勿体無いが、座っていた椅子ごと諸々に金属の箱へ閉じ込めた。
「ケリドヴァン男爵はお帰りのようです。丁重に送り返して下さい」
「了解いたしました」
元からこの場にいた誰もが唖然とする中、執事の方が箱を部屋から担ぎ出していく。よし、これでまずは1人。ただその前に釈明しなければ。
「突然の不作法申し訳ありません。ですが皆々様も、この時世においてユ=グ=エッダを不要と断ずる愚か者は邪魔でございましょう? 誠に勝手ながら、法の権利に従い処断させていただきました」
つまり兎と牛の獣人に対して、余計なことを口走ったらこうするぞという警告。そして空を飛ぶ手段が鳥系獣人と消えかけの魔法が使える氏族しかいない獣人界において、遠方への物資輸送を担うユ=グ=エッダの価値を理解していない奴は不要という事実の確認強要。理解しているのならば私の行動に文句はつけるなよという脅しだ。
「ふざけるな! たかだか養子の公爵令嬢、それも義手や義足などという下賤な物を身に付けた傷物風情が──」
「そう下に見られるなんて屈辱ですわ。これでも
「なっ!?」
「どうやら私と義兄、そして公爵家がお嫌いなご様子。ここは身寄りなき私の義父とまでなって頂いた方の、弔いと継承の場。墓荒らしのハイエナが存在していい空間ではありません」
2人目の見せしめとして、兎の獣人も同じように拘束追放。ついでに牽制。ここまですれば、敵も味方も余計な言葉を口走ることはないだろう。私個人に対する評価は代償として支払うことになったが。
「余計な邪魔が入ってしまったので、改めまして。
お初にお目にかかります。冒険男爵アヤ・ティアードロップ改め、カンザキ公爵家養女となりましたアヤ・カンザキと申します。どうか我が義兄をよろしくお願い致します」
大仰な、けれど"らしい"動作で頭を下げて挨拶を仕切り直す。さあ、ここからが戦争だ。私には微塵も向いていないと再三言われている、言葉での闘争だ。もうジーク兄ぃに丸投げしたい。
「此方こそ、ご噂は兼ねがね耳にしておりましたアヤ殿。それとも魔王国最高位技官アイリス・エターナル女氏とお呼びすれば?」
「いいえ、イシスヌカ辺境伯。今この場にいる私は、あくまで公爵令嬢の身分ですので。その名は相応しくないかと」
態々姿や声まで変えていたのに見破られたことに驚きつつ、けれど決して表には出さないように言葉を返す。この場で一番立場が高い方から動いてくれたのは有り難いけど、その所為で面倒なしがらみの輪が広がっていくのを感じる。
「いやはや、美しゅうなりましたなアヤ殿」
「ありがとうございます、カーリケヒト伯爵。私の覚え違いでなければ、武器をお作りしたことがあったと思うのですが?」
「おや、覚えていて下さいましたか。今では前線に出ることは少なくなりましたが、愛用させて頂いておりますよ」
「それはそれは。これからもご愛顧のほどよろしくお願いします」
そして此方はかつての商売相手かつ、今後の商売相手として対応する。油断は出来ないが、それでも辺境伯相手よりは大分気が楽だ。などと考えながら、最後に残った牛の獣人へ探りを入れる。
すると、気配が変わっていた。此方を侮り嘲っていたものから、私を敵として認識した形に。これじゃあ、煽って揚げ足を取って排除といった手法は取れなさそうだ。
「しかしねぇ、今の強制退去は些か乱暴ではないかね? あれでは公爵家としての品位が疑われてもおかしくはないと思うが?」
「あら、いやですわバイアロス男爵。あの時の私はカンザキ公爵令嬢ではなく、ティアードロップ冒険子爵でしてよ?」
「詭弁ではないかね?」
「貴族とは、そういうものではなくて?」
「……貴殿を、所詮は女と侮っていたことを謝罪しよう」
「有り難く受け取りますわ」
厄介なことになった。この場にいる誰よりも弱いが故に舐められていたジーク兄ぃの代わりに、私が物理的な力を示して交渉のテーブルへ着くことはできた。だがそれは同時に、私が破滅的に不得意な貴族制が故の争いに首を突っ込んだと同義だ。相手は海千山千の高位貴族、容易く押し切られるに違いない。
「では、お
「あ、あぁ」
なので、少なくともこの5人相手にで絞り込むことが出来ているジーク兄ぃと執事長の人に丸投げすることにした。
私はあくまで用心棒……いや、それこそ一振りの剣のように在ればそれでいいのだ。
◇
そうして、地獄のような時間が過ぎること数時間。私たちが貴族としての役目から解放されたのは、日が沈みかけた黄昏時になってからだった。
「っ、くぁ〜……あんな無限に続く腹の探り合い、もう2度とごめんです」
「肯定する。見ているだけで、胃が取れそうな重圧だった。よくあんな連中と話し合いが出来たと称賛する……」
「一応、爵位持ちの家庭生まれで公爵家育ちなのは確かなので……」
序でに言えば、教育は地球からの転生者基準でして貰った。だからこそ、私はリュートさん達からは返しきれない程の恩がある。今回のことで、少しでもそれを返せただろうか。
「だが、本当に良かったのかと疑問する」
「何がです?」
「アヤメが引き継いだ権利は、余りにも少なすぎる」
「ああ、その話ですか。良いんですよ、私にはアレくらいで」
結局私は家督やら何やらの責任と権力を、受け継ぐことなく9割方ジーク兄ぃへ移譲した。手元に残っているのは『公爵令嬢』という肩書きと、カンザキ家及びその占有施設の利用許可、そして遺産として僅かに受け継いだ物品のみ。だが、それでも欲張り過ぎなくらいだ。
「だって考えてみて下さいよ。アヤ・ティアードロップはともかく、アヤ・カンザキにはびっくりするくらい利用価値がありません」
公爵家の長女ではあるが、余命2ヶ月で世継ぎは作れない。王の勅命を受けて各地を飛び回っている所為で社交会に出ることもない。突発的に家名を襲名したせいで派閥や交友関係もない。既に婚約者がおり、事実上でいえば既婚。家督は継いでおらず、コネはあるが国の王との関係なのでおいそれと利用できない。
養女になった理由が理由なので仕方ないのだが、金と権力、そしてコネと横の繋がりこそが重要な貴族社会において、私はゴブリンも驚くくらい無価値だ。
「否定する。当方にとってアヤメは、何者にも変えがたい宝石だ」
「あらあら、拗ねてしまってお可愛いこと。
「その口調は気味が悪いと否定する……」
「執事長さんと一緒になって揶揄ってきた仕返しです」
くるりとアインの方を向き、べーと舌を出す。ああ、やっぱり私には
「そういえば、当方達は何処へ向かっているのかと疑問する」
「当然我が家ですが、その前に。アインってお酒飲めます?」
「肯定するが……それにどんなの関係が?」
「こういう貴族関連の仕事をした後とかは、昔から気晴らしに飲むようにしてたんです。あと、いればですが明日のアポ取りですね」
なにせ、セプテントリオさんと初めて出会ったのが酒場だ。王都にはそれなりの数があるから確実とは言えないけど、自分が楽しむついでに会える可能性は低くない。
「認識した。当方も酔えないが、同行しよう」
「ありがとうございます。でも【状態変化無効】持ちでも酔えるお酒、一応あるんですよ?」
「……かつての
「世の中には、魔法醸造なるものがあるんですよね……」
無論、そんな劇物を取り扱ってるお店は多くない。多くないのだが──王都には、ある。私が冒険者時代に通っていたお店が。
「というわけで。お久しぶりです、マスター! お店やってますか?」
「ゲェッ、生きてやがったか炎金の! やっちゃいるが、人は減っちまったな」
何もないように見える路地へ入る道の、少し手前を魔法で隠蔽された扉を蹴り開け懐かしい空気へ、アインの手を引き足を踏み入れた。
仄暗い、寂れた雰囲気を漂わせる古風な酒場。そのカウンターの向こうにいるのは、ネズミの獣人風の馴染みの女性。確かハネオツパイとか自称してたっけ。
「で、今日はなんだよ。またお貴族様関連か?」
「なんと私が公爵令嬢になったんですが、それはそれとして」
言葉を一旦区切り、男勝りな友人に見せつけるようにアインの腕に抱き付いた。
「愛する伴侶に、私が好きだった獣人界を紹介したくて」
「どうしてアヤメの紹介する場所はこう、アンダーグラウンドな場所か多いのか……」
「そういう人生でしたので」
残念ながらセプテントリオさんはいなかったが、それならそれでゆっくり楽しむだけだ。さあ、我が懐かしき独り身の友人はどんな反応をしてくれるか、楽しみに目を向ければ──
「うそ、だろ……?」
手に持っていたグラスも落とし、涙を流して固まっていた。
「先を越され……? いや、そもそも炎金なんてちんちくりんが……? 待て待て待て、そもそも手前は何者だ!」
「当方はアイン・スノードロップ、紹介された通りアヤメの伴侶だ」
「よーし決めた、今日は店仕舞いだ。根掘り葉掘り手前らの話を聞かせやがれ!」
アインが偽名を名乗ったことに驚きつつも、獣人界に帰ってきたと感じる空気に包まれて、馴染みの場所で馴染みの人と騒げそうな気配が嬉しくて。
「ね、アイン。獣人界も、悪いことばかりじゃないでしょう?」
「ああ。悪くないと、肯定する」
緩やかに迫る終末を肌に感じつつも、懐かしい狂騒へ身を任せた。