浴びるように強いお酒を飲んで、全員が珍しく酔っ払って眠った翌朝。帰る予定だった我が家ではなく、お酒を飲んでいた筈のカウンターで私は目を覚ました。
同時に感じたのは、店内に満ちる鼻が曲がりそうなほどに濃い酒精の香り。お酒代で白金貨が1枚飛ぶ恐ろしさを感じつつ、店内を消臭し清掃。序でに仕入に口利きして貰えるよう商業系のギルドに向け一筆認めておいた。
「まさか、消臭魔法が通用しないとは思わなかったと否定する」
「魔法醸造、製造過程で魔法を使うせいか弱い魔力は弾いちゃうんですよね」
「それは最早、魔法薬や高位のポーションと同じでは?」
「まさにその製造方法です。さっきまでいたお店のマスターさんに依頼されて、工場を一緒に見に行ったので確かかと」
しかし、楽しい時間は瞬く間に過ぎるもの。
懐かしい空気と別れ、朝日を浴びながら私たちはスラム方面へ向かっていた。理由は無論、今日の仕事のため。そして目指す先は当然──冒険者ギルドに他ならない。
「認識した。だが、王命よりもこちらを優先して良いのかと疑問する」
「大陸艦隊のシステム回りの諸々なんて、1日じゃ到底終わらない話ですからね。
何せ既に8日ほど契約から報酬支払いまで待たせている。情状酌量は欲しいが、まあそれはそれでこれはこれ。酒場から会うというルートが使えなかった以上、直接ギルドの方から正式な雇い主である『運び屋』と接触するしかない。
たで、日数が日数だ。多めに予算は確保したとはいえ、場合によっては何か考えなければいけないだろう。そう覚悟してギルドの扉を開いた、の、だが──
「ちっくしょう負けたぁ!」
「俺の夕飯代……てめぇ炎金の、そんな半端な格好してんじゃねえよ!」
「心地よいのう、心地よいのう? 敗者の悲鳴、負け犬の遠吠え、情けなくて気持よいのぅ!!」
「「テンメェ殺す!」」
私たちを出迎えたのは、悲鳴と、歓声と、煽り散らかす無数の声。あまりにも懐かしい、獣人界の空気がギルド内部では荒れ狂っていた。
「……ははっ」
一瞬それに気圧されかけるも、ギルド内を見回しすぐに理由を見つけ出した。普段なら何かしらの依頼票が貼り付けられているボード部分、そこに賭けの内容とオッズがデカデカと貼り付けられている。曰く──
「アヤが次にギルドを訪れる際の、服装ギャンブル……? ドレスか、クソダサ服か、戦闘装束か、オシャレだけしてるか……?」
「ああもう、ここの連中は……!」
アインが呟いた賭けの内容に、私は頭を抱えた。確かに現役で冒険者してた時は、私もお酒を飲みながら似たようなことをしていた記憶はある。だけどまさか、賭けの対象とされる側になるなんて。
あとオッズも気に入らない。1番人気が戦闘装束、2番人気がクソダサ服なのはいいけど、オシャレが大穴ってなんだ大穴って。私だって女の子なんだぞ。
「いよっ、公爵令嬢!」
「魔王国最高位技官!」
「万年金床ぺったんこ!」
「最後のは誰ですか、ブチ転がしますよ!!?」
だけどやはり、此処はあまりにも身に馴染んだ懐かしい空気で。確固とした殺意を持って、郷愁に溢れた喧騒に足を踏み込んだ。私の好きな獣人界というものを、アインにも知ってもらいたくて。きゅっと握った手を引いて。
「炎金の、噂に聞いたんだがあんたが王都を救ったんだってな。後で酒奢らせてくれ!」
「バッカお前、貴き公爵令嬢サマがこんな場末の酒場になんかもう来るかよ」
「こ こ は 冒 険 者 ギ ル ド で あ っ て、酒 場 で は な い の で す が ???」
「でも受け取りますよ、冷えたエール1つ! 支払いはそこの奴に!」
何故か知らないが、軒並み高ランクの知り合いがギルドには集結していた。いま雑にお酒を奢ってくれた人は確かAランク、ほぼほぼ最高位の人だ。あっ、受付嬢さんに投げ飛ばされた。
「よっ、炎金。アンタにゃ随分と稼がせてもらった、ありがとな。尤も、アンタのお貴族サマ姿が見れねぇのは残念だったがな!」
「おっほっほ、宜しくければ私の持ち得る全ての権力を以ってして断罪してあげても良くってよ?」
「ブッヒャヒャヒャ、似合ってねぇ!!」
「自覚はあります。それよりも、胴元なら分け前!」
「ほらよ、持ってけ!」
どうやら胴元をしていたらしいこの人も、確か最後に会った時はBですぐにAランクになるだろうとか噂されてた人だ。ピンと指で弾かれ飛んできたのは大銀貨、大分儲かったらしい。
「
「相変わらず、貴方は何を言ってるのか全然わかりませんね」
「切れ味っ!?」
そして挙げ句の果てに、山脈を越え人間界に近い位置に居たはずのSランクの同僚までギルドにいた。二つ名は†入りだったことしか覚えてないが間違いない。大半の冒険者が何故か王都に戻ってきている。
しかし、そんな珍しいことに対する考えを巡らせる、なんて悠長なことは出来そうにもなかった。何せ、こんな真っ昼間から酒盛りをしている場所に、特大のネタである私たちが転がり込んできたのだ。必然──
「あー、お貴族様にまで成り上がった我らが同胞に〜?」
「「「「「乾杯!!」」」」」
ワチャワチャと人の波に飲み込まれ、揉みくちゃにされながら酒の肴にされるのだった。誰がということもなく音頭を取り、木製のジョッキが打つかりあう音が響く。
昨日とはまた違う獣の狂騒に、珍しくアインが目を白黒とさせている。その珍しさと陽気な空気に当てられて、思わず心の底から笑顔が溢れた。などと思っていれば、何処からか魔法制御でサーブされたエールが一杯、一息に飲み干して投げ返しておく。何も変わらない荒くれ者たちの日常、だけどやはり──
「ちょっと、人が減りましたね」
「ああ、悪魔に殺されたのも居るが……何人かは、泥から帰って来れなくてな。炎金、元凶と戦ったんだろ? 何すりゃあんなになるんだ」
「禁呪ですよ、【現実改変】の改悪版。対抗するために私も何個か禁呪使って、お陰で腕がこのざまです」
「全く、ふてぇ野郎もいたもんだ」
「女郎でしたね」
「なら野郎どもにはいい死神だったな! 献杯だ!」
ポツと呟いた言葉に、喧騒の中から言葉が来て、言葉を返して。気がつけば情報交換が終わっている。余りにも懐かしい冒険者コミュニケーションと豪快な考え方に、耐え切れずため息が出た。悪くはないのだが、とても良くない。
いつまでも心地よい空間に浸っていたい気持ちはあるが、このままでは私たちがここにきた本来の目的を果たせない。仕方がなくアインを連れて人混みから脱出し、ギルドの受付カウンターの内側に着地した。
「ふぅ……やっと切り抜けられた。アインは大丈夫です?」
「否定、する。
「私含め、みんな獣人ですからね」
軽くブラックジョークを返しつつ、勝手にカウンター内へ侵入したので受付嬢さんに頭を下げる。しかし、やっぱり王都の人は美人だ。その方が野郎どものやる気が上がるからなのだが、よく考えられたシステムだと思う。
「さて、本当ならさっさと『運び屋』に会って話を通したいんですが……」
「『運び屋』様なら、あと1時間後に転移での帰還予定です。そ れ よ り も──」
そうはいかないのが現実であった。アインも言った通り、
具体的には、今の私とアインのやりとりをみて何かを察して、私の肩をガッチリホールドして逃さないようにするくらいには。目が、目だけが爛々と輝いている。
「私の記憶が確かなら、貴女が……炎金の打ち手が、こういう風に誰かと一緒にいるなんてあり得ない。それも異性を嫌っていたあなたが、こんなに楽しげに男の子と笑ってるなんて……まさか!?」
「あ、私この前も一緒に談話スペースに入るのみたっスよ!」
「遂に貴女にも春が来たのね! お姉さん、嬉しいわぁ……」
物理的に払い除けられるか否かと問われれば、確かにそれはできる。だが決してそうしてはいけない
「いえ、彼氏ではありませんよ?」
「あら……」
だが、そもそも隠すつもりもなし。人の噂は75日というが、その頃には私もアインも死んでいる。ならばいっそ、有終の美を飾るどデカい花火をぶち上げよう。そう冒険者の心を思い出しながら決意し、未だグッタリしているアインを抱き寄せキスをした。
「私の旦那です」
「へ?」
「だから、私の夫です。愛する伴侶ですよ」
何故か昨日も見たような凍りついた表情で、見知った受付嬢の人は固まっていた。そして気がつけば、あれだけ騒がしかった筈のギルド自体が静まり返っていた。加えて、視線が全て私に向いている。
「それ、本当なの……? 出会いは……?」
「当方が違法な奴隷商に捕まっていたところを、アヤに助けてもらった。それから、色々とあっていまに至ると報告する」
「うそ、娯楽小説の始まりみたいな素敵な出逢い……!?」
「今思えばそうですね。本当は、運ばれているアインを見つけてビビッと来たからですけど」
「一目惚れじゃないっスか!」
これが『女3人寄らば姦しい』とかいう地球の諺の現場なのだろうか。そう思うくらい、グイグイと受付嬢さん達は食いついてきた。あの時から考えると、本当によくアインと結婚まで辿り着いたなぁと思う。
そして、こんな会話が静まり返ったギルドで行われているのだ。噂好きにして宴好きな野郎連中にも、宴会の中ですら聴き分けられた会話が聞こえない筈がなく。
「嘘だろ……あの、男嫌いのアヤが?」
「整備の時は距離が近い癖に、普段はそっけないツンデレのアヤが!?」
「ガリガリで小さい所為で庇護欲がヤバかったアイツが!?」
「俺たち王都ギルド本部の最高ランク紅一点が!?」
「あの良い意味でも悪い意味でもパーティークラッシャーが!?」
なんか、知らない渾名が沢山聞こえてきた。私、そんな風に思われてたのか。少しショックなような、いつもの悪ふざけなような。
「嘘、でしょう。妹みたいに思ってた子に、私、女として負けて……婚期……」
「ああ、その反応はもう昨日見たのでいいです」
「くっ、相変わらず辛辣ね。ところで貴方、名前は?」
膝から崩れ落ちた受付嬢さんが、その打ちひしがれた状態のままアインに問いかけた。そしてそのまま、もう1人が自然にアインをカウンターの上に乗るよう誘導する。
「いいんですか?」
「いいっスよ。別にどうせ、暫く依頼も来やしませんし」
また新たな疑問が出てきたが、やはり状況がそれを考えることを許してくれない。誘導に従って、ついでに私もカウンターの上に登る。
「当方はアイン・ティアードロップ、短い間だがよろしく頼む」
今度は昨日名乗ったスノードロップではなく、ティアードロップ姓でアインが自己紹介をした。その同じ名前であるということに、心の中が温かいもので溢れて。完璧にカーテシーを決めたあと、柄にもない柔らかな笑みが溢れた──刹那。
ギルドに、悲鳴と歓声が爆発した。
先程の宴会もかくやな勢いで、声が重なり溢れかえる。同時に祝杯だと言わんばかりにお酒が飛び、誰がやったのか魔法花火や私たちをデコレーションする人、教会を召喚しようとする人まで現れ始めた。そして同時に、野次も飛び始める。
「結婚したなら指輪見せてー!」
「残念ながら、ご覧の通り左手は吹き飛んじゃいまして。揃いのアンクレットはしてますよ、足も両方ないですが!」
「手前! ウチのお
「残念ながら、もう何度も泣かせてしまったと否定する」
「つまりもうやったのか!」
「そこ、セクハラですよ!? いや、アレは夢でリアルではしてませんし……」
そうして始まった暴走は、目的だった『
◇
「と、まあそんなこんながありまして」
あの騒ぎから数時間。私たちはギルドを離れスラムの奥の奥、傭兵団『
「なるほどなァ。まさか天下のアヤメ・キリノと、我らがアグレッサーが結婚とはねぇ。いやはやめでたい、焚きつけた甲斐があったってもんだ」
仄暗い雰囲気の中であろうが、世間話に興じる姿は異様にすら見えるだろう。だけど、この場の中心に居るのは私とセプテントリオさんだ。お互いの出方を探っているのであって、決して遊んでいる訳ではない。
そして有難いことに、あまり怒ってはいないらしかった。今後の私達の態度にもよるだろうが、まだ話し合いが出来る程度で留まってくれている。
「そういや片腕を落としたらしいが、腕の方は落ちてねぇんだろうな?」
「この通り、義手を生やしたので。なのでまずは、きっちりケジメを付けましょう」
「そうだな、俺らを使ったんだ。耳揃えて代金は払って貰わねェとな」
あの時私が担保にしたのは、白金貨6枚と戦後の魔剣整備代を無料にすること。だけどかなり待たせてしまった以上、それを額面通りに支払っても正当な報酬には届かない。
「まずは迷惑料込みで、白金貨8枚です」
「あいよ、受け取った。出来る奴だとは思ってたが、心底嬉しいぜ」
「それはどうも」
「で、随分と手慣れてるようだが、俺ら以外の傭兵団でも雇ったことがあるのか?」
「昔、数回だけ。最前線だったので生存率は酷いものでしたが」
あの当時、私がお金を稼ぐためにやっていたのは戦場跡からの遺品回収。基本的にお義母さんの介護で王都を離れられなかった私だけど、それでもお金が足りないときにはそういう遠征に出ていた。
誰もやりたがらない仕事なお陰で、実入りが相当良かったのだ。悪魔が相当数出現する都合上死亡率は高く、死体が放置されてる所為で衛生状態も悪い。さっきのギルドとは違う、冒険者の負の面と言うべきか。私のダーティーな伝手もここが基盤の物が多い。
「そうかい。魔剣の修復に関してはいつから出来る」
「今すぐにでも。いつ終わるかは、数とⅡ型との相性次第ですが。場所は?」
「ビジネスってのはこうでなきゃな。隣の倉庫だ、Ⅰ型を積んである」
元々獣王国の軍属ということもあるのだろうけど、そういう風に分けて保管してくれているのは助かる。剣の山から一々掘り出して修復するなんて、時間の無駄が過ぎる。
「数は?」
「破損中の物も含めれば、大体500くらいか。出来ないとは言わせねぇ」
「500ですか……半日くらい貰います」
フラットな状態に初期化するならともかく、その人の癖が残る魔剣を調整するなら私でもそれくらいは欲しい。破損中の物を分別・修復するのは昨日もやったから、案外何とでもなるのは理解したが。
さあ、昨日今日とはしゃいだ分、しっかりと槌を握ろう。
誠心誠意、とことん丁寧に。そして影打ちなる魔剣を弄るという、個人的な目論見も果たす為に。