「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
紡がれた詠唱は、私のものともリュートさんのものとも違う気配を纏っていた。
感じる思いは後ろ向き、今を生きることの否定。
出来ることならば私だってそうしたい、ただただ堕ちていく先のない願い。
感じるのは少しの羨望と、悲しみと後悔。
希望の未来を掴むための力が、明日に繋がる今を否定する為に使われていく。
「彼岸と此岸、狭間で迷いし旅人よ。夢幻の住人が、汝の手を引き迎えよう
ここで汝が視るものは、全て現世に持ち出されん。予言をもたらし、汝の生は祝福される」
同時に、跳ね上がる存在感と魔力に怖気が走った。
私が握るエターナルは現状なんの特別な能力もない魔剣だ。
Ⅰ型の魔剣すら収納していない以上、光の刃を生み出すこともなければ、特殊な能力すら存在していない。
使える能力は基礎的な能力倍化だけ。小細工は用意してるけど、実際に対峙すると足が震えてきた。
「されど私欲で振るうのならば、致命の破滅を齎そう
それこそが夢通路の代償なり」
ユメウツツの格はリュートさんの持つドヴラクルと同じⅡ型。
魔剣としての最大出力もブレこそあるが高位に位置している。
つまり街1つを制圧してあまりある出力から、夢という何が起こるのか分からない物が飛び出してくるのだ。
故に警戒をするに越したことはない。ないが……微睡むその声音には、既に嫌な予感しか感じない。
そしてその予感は、数瞬後に現実として顕現することになる。
「
地面が割れた。
私を中心にして放射状に、なんの予兆もなく深い深い谷が顕現する。しかも何故か隣にいたはずのアウルさんには影響がなく、私だけが谷底へ向かって落ちていく。
「──!」
私に向けて何かを叫ぶ、アウルさんの声は何故か聞こえない。
滅茶苦茶だ。あり得ない。通りが通っていない。
それこそまるで、微睡んだ頭で見る夢のように。
これこそが、この理不尽こそが魔剣だった。
「ッ!」
などと考えている暇もない。
なにせ谷の奥深くに見えるのは、赤くドロリとした粘性の物体。溶岩。幾らなんでも、それに飲み込まれたら命はない。
だからこそ、これ以上の追撃がない間に風の魔法陣を形成。吹き飛ぶように地割れから脱出する。
『あら……』
エコーが掛かったような声音が、耳元で落胆する。
ぐにゃりと視界が歪む。眠気が襲う。頭が、考えが、まとまらな……
「気を引き締めろ!」
眠りかけていた思考が、弦音と激励に叩き起こされた。
見れば魔法と弓をアマルさんに向け、1発たりとも届かない中アウルさんが奮戦していた。
遠距離攻撃を防ぐ謎の夢に舌打ちしつつ、嫌な予感に空を見上げた。
そこに出現していたのは巨大な暗雲。自然界ではあり得ない量の放電がそこでは起きていて、落雷まではあと何秒もないだろう。
『殺され、たくは、ないの……死んで?』
まるで別人のような声で、アマルさんが告げる。
「避雷針!」
本当にある雷避けの魔法ではなく、物理的に落雷の誘導を敢行する。
私の魔法の使い方では使用するのに時間も出力も足りやしない。だから、科学由来の誘導法で時間を稼ぐ。
避雷針の役割は、雷を誘引して地面に流してアースすること。だからこれできっと、少しは────直後、考えに反して雷は
「──!?」
目の前が真っ白になった。
全身が焼けているのか、尋常じゃなく熱く痛い。
でも、それを感じるってことは死んではいない。
まだ生きてる。死に損なってる。それなら、それなら、逃げないと本当に死んでしまう。
「あ、く……」
鼻に付く空気が焼け焦げた臭い。
そして自分が、生き物が焼け焦げた臭い。
全身の痺れが酷い。痛みで思考は散々に散っている。
それでも、やらないと。逃げて、体勢を整えて、せめて剣を手放させて。どうにかして、アウルさんの声を届かせないと。
それくらい、英雄の娘なら出来て当然だろう?
そう自分に言い聞かせて、ボロボロの身体のまま立ち上がった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
滅茶苦茶に魔力を消費して、回復系の魔法陣を無数に形成。
たった一度の使用で自壊していくそれらを無視して、地面に足を叩きつけた。
反動で砲弾のように飛び出した私に、なんだかよく分からないものが押し寄せてくる。
蛇のように蠢く炎。雨のように降り注ぐ光。虹のように煌めく風。宝石のように硬い水。虫のように動き回る宝石。
おとぎ話か夢の中にしか存在しない、あり得ない物質や現象群。それらが殺到して、私を強かにを痛めつけてくる。
『来な……いで……!』
「その程度!」
痛い。血が出ている。辞めたい。
けれど、駄目だ。
大体の傷は魔法があれば傷も残らず治ってくれる。
身体を貫通するレベルの大怪我になると話は別だけど、この状況、そうなったらもう負けである以上気にしない。
そこまでしなきゃ、私に出来ることはない。
もう破れかぶれだけど、そうやって無茶でもしないと、また目の前で人が死ぬ。
『嫌ぁ……!』
「シッ!」
自分の中の迷いごと、魔剣を振るって邪魔するものを斬り裂いていく。
蛇のように蠢く炎は、水と氷の魔法を纏わせて。
雨のように降り注ぐ光は、贈る予定の魔導具と同じ魔法で軽減して突き抜けて。
宝石のように硬い水は、全開の炎を纏わせて。
虫のように動き回る宝石は、魔剣を叩きつけ跳ね返して。
何か1つ動く度に、傷が生まれて血が流れる。
けれど足は止めない。
少しずつでもいい、一歩ずつでもいい。着実に、空を飛ぶアマルさんとの距離を詰めていく。
対するあちらは、動きながら夢を現実化して近づけさせないスタイル。なるほど、空を飛べない私にはとても効果的だ。
でも、それくらいの不利、捩じ伏せられずして何が英雄の娘か。
何が魔剣を回収するだ。
何が守るとほざくのか。
私は突き進むしか出来ないのだから、そうする以外ないだろう。
「《鍛冶魔法》!」
そして何より、空は飛べなくても空に跳ぶことは私にもできる。
形成したのは数個の魔法陣。行うのは姿勢制御と暴風の噴射による大跳躍。
己の軽い身体を風に乗せ、空の世界へと足を踏み入れる。
広がる視界。
森と薙ぎ倒された木々、青空、そして私を見上げる2人の姿。
矢を無駄とみて魔法に専念するアウルさん、私の動きについて来れていないアマルさん。
薄々気づいてはいたけれど、やはり魔剣を持ってるとはいえ一般人。この殺し合いの中で致命的な隙を晒していて──
「もらった!」
『来ないで……!』
アマルさんに狙いをつけ飛びかかった瞬間……突如、前触れもなく空と大地が反転した。
正確には、そう勘違いする勢いで地面に叩きつけられていた。
例えるなら、重力が一気に数十倍になったような急加速。
そんな私の予想を裏付けるように、息をするのも辛いくらいの重さで地面に押さえつけられた。
『消え……て!』
更に動けない私の耳に、地鳴りのような音が届き始める。加えて、粘性のある液体が流動するような音も。
これは、マズい。
今のところ、アウルさん“だけ”は巻き込まないように力を使ってるから、平気とは思うけど……私の予想が確かならば、これを使わせるのは危な過ぎる。
兄を自分の手で殺したりなんてしたら、きっとアマルさんは戻ってくることができなくなる。
「アウルさん、逃げて!」
警告した直後、私に掛かっていた重さが消えた。
代わりに感じるのは、どうしようもない落下の感覚。どうやらまた地面が割れたらしい。
けれど今回は、墜落だけ終わらないことは分かっている。
故にどうにか割れた地面の壁を蹴り、噴出口から距離を取ろうとして──間に合わなかった。
ドン、と響いた爆発音。
気がついたときには、左の脚が激痛と灼熱の感覚に包まれていた。
「い゛ぁぁぁぁッ!!???」
弾き飛ばされる中確認すれば、被害は甚大だった。
溶岩の爆発的噴出に飲み込まれた私の左脚は、最早生き物のパーツとしての体を成していない。黒く焦げ付き、変な方向に折れ曲がり、無惨なまでに壊れている。
その悍ましい光景を見た直後、受け身も取れず地面に叩きつけられた。歯を食いしばり左足を全力で治癒しつつ、私はゴロゴロと転がって
地面の裂け目から溢れ出すマグマ。同時に噴出する炎。煙。岩。雷。それは小規模ではあるが、火山の噴火という自然の暴威の再現に違いなかった。こんなものを即座に使えるようになっている辺り、魔剣との親和性が最高潮に達しているのが分かってしまった。
「く、ぅ、ぁ……」
そんな考えを押し流すように、激痛が押し寄せて来る。よく分からない声が口から漏れる。流れる涙が止まらない。生命線たる魔剣だけは意地で手放してないけど、このままじゃ時間の問題だ。
『終わり……!』
そんな私に向けて、容赦なく暴走するアマルさんが追撃を放ってきた。パキパキと乾いた割れる音と共に、私の四肢が凍結した。そして、動けなくなった私に向けて氷山のような大氷塊が落下してくる。
「燃えて!」
今放てる最高火力の炎をぶつけてみたけど、曲がりなりにも魔剣が生んだ氷。その程度では、表面が少し溶けるくらいの効果しかなかった。万全の状態の炎なら違かったかもしれないけど、そんなのはもうたらればの話でしかない。
死
そのイメージが、頭の中を駆け巡る。
死にたくない
そんな願望が、心の底から湧き出て来る。
そんな中、世界が異様にゆっくりになったような気がした。ああそっか、これが走馬灯ってやつなのかな。なんて思い、目を瞑りかけた時のことだった。
「あれだけ威勢良く言っておいて、ここで諦めるのか?」
そんな、男の人の声が聞こえた。
「違う……」
「だが、もう諦めているんじゃないのか?」
「そんなわけ、ない!」
声を張り上げた。私は死にたくないし、ここで旅を終わらせるつもりもない! だって私は、まだ何も知らないし何も得ていない! こんなところで死んだら、誰に対しても申し訳が立たない!
「そうか。なら、俺も命を張れる。
精霊術《氷解》」
術の宣言の直後、全ての氷が溶け落ちた。私の四肢を拘束していたものも、降ってきていた大氷塊も。全てが水となって溶け落ちていく。
そしてそれは再凍結し、私の隣に立つ人の近くで大きな狼の形を象った。光を通し、まるで銀色に輝いているような大狼を。
「『男には、負けると分かっていても戦わねばならない時がある』死んだ親父が言ってた言葉だが、俺にとっては今がきっとそうなんだろう。妹を助けるのに、兄が怯えて縮こまってるなんてあり得ないもんな。況してや、自分のより下の女のガキ1人に任せたなんて、耄碌してたとしか思えねえ」
それは、事前に建てた作戦とは全く違う行動。でも間違いなく、起死回生の一手になったもの。
「さあ、立てよSランク。こんな戦い、とっとと終わらすぞ」
挑発的な笑みを浮かべこちらに手を差し伸べるアウルさんは、どこか不思議と頼っても良い……なんというか、兄みたいな雰囲気を醸し出していた。
「言われなくても」
心を奮い立たせ、精一杯の反論を返して立ち上がる。裸足になってしまった左足に合わせて、右の靴も収納して高さを合わせる。ちょっと痛いけれど、下手に靴を変えるよりよっぽど良い。
震える左足を押さえ込んで、魔剣を構えて並び立つ。今はアマルさんの攻撃は不思議と行われてないけれど、きっとこれで私達は両方攻撃対象になった。だからこそ、チャンスはもう残り少ない。
「さっきから試してみて分かったが、精霊込みで考えても俺じゃアマル自身は止められない。だが、あいつが魔剣で生んだものなら干渉できなくもない」
「らしいですね。それで、どうするんです?」
特に氷なら、今みたいに無効化するくらいは余裕と思われる。資料でしか魔剣を知らなかったからこその盲点というか、精霊の底力を見た感じだ。
「1度だけ、何もかもを凍らせる。だから、氷の中を走れるか?」
「やってやりますよ。これでも1/4は、銀狼ですからね」
そして、そこまでお膳立てされたのなら私もやり切らねばならない。魔剣の奪取、そして収納。そこまですれば、アマルさんと魔剣とのリンクは途絶えるか弱まるはず。
そしたら、本来の作戦通り気付け薬とアウルさんの声で目を覚まさせる。完璧とは言い難いけど、悪くはない作戦だと思う。
「分かった。背中は任せろ、行け!」
「了解です、よ!」
そうして私が走り出すと同時に、攻撃が再開された。幻想的なそれらを再び魔剣で撃ち落としつつ、全速力で疾走する。
「ふ█ぐ██、む██うな█、く█ぅ█う、るる██、 う████る、ふたぐん」
夢を見ているようなアマルさんの口から、気味の悪い発音の言葉が紡がれた。それに合わせて周囲から、瘴気としか言いようのない気体が溢れ出る。さらにそれに呼応して、気色の悪い触手が地面を突き破って暴れ出す。
「やぁっ!!」
無尽に溢れる触手の群れは、私だけを徹底して狙ってくる。まるで過去に、何か恨みでも買ったかのように。もちろん私にはそんな覚えはないから、気色の悪いそれを心を無にして斬り刻んで行く。
「精霊術《氷河転身》」
そんな中背後から、術の宣言と共に莫大な魔力の波動を感じた。
転身とは、精霊を自分の身に降ろして莫大な力を得る術技。確か相当に難易度が高いって話だったけど、背後から感じる力は莫大ながら雪山のように静かで凪いでいる。
「
直後、その全てが解放されて、緑生い茂る村は一瞬のうちに変貌した。
地面が凍り、建物が凍り、触手が凍り、攻撃が凍り、それらを伝って空中にいるアマルさんまでもが凍りついた。更には雪までもが降り始め、氷の間を走る私の顔に張り付いて、その冷たさを嫌という程に伝えてくる。
『冷たいのは、嫌……!』
案の定アマルさん自身の凍結はすぐに破られてしまったけど、その数瞬が詰められない筈の距離を消してくれた。
「獲った」
真下から飛び上がり、エターナルの峰側でアマルさんの手首を打撃する。骨を砕く嫌な感触と音が手に伝わり、握られていたユメウツツが手から離れる。
「エターナル!」
間髪入れず、ユメウツツをエターナルの能力で内部に納刀した。ブツリと何かを断ち切ったような音が聞こえ、糸が切れたようにアマルさんが落下を始めた。
「マズっ」
慌てて落下速度を落とすため魔法陣を形成しようとして、氷がアマルさんを受け止めたのを見て中断した。安心してそのまま着地し、エターナルを納刀。そのままスキルに収納して、念のため二重にユメウツツを封印しておく。
そういえば、気付け玉とか用意したけど、使わなかったなぁ……そんなことを思いながら、一息ついた瞬間だった。
「えっ……?」
踏み出そうとした足が、カクンと折れた。上手く力が入らず、氷の大地に私は崩れ落ちる。同時に襲い来る疲労感と倦怠感に、魔剣の反動だと当たりをつけた。事前の予想通り身動きが取れない。
「あー……」
それでも魔法はギリギリ使えるみたいで。疲労回復と傷の回復を兼ねた魔法陣を、重いけど身体の上に乗せる。とりあえずそれを起動したところで、プツリと私の意識は途切れたのだった。
ああ、でも。最後に見えた、銀世界で妹をお姫様抱っこしてるアウルさんは、綺麗でなんか、かっこよかったなぁ……
《Ⅱ型魔剣・ユメウツツ》
淡く透き通った、薄い刀身が虹色に揺らめく魔剣。形状は片刃の短剣状であるが、殺傷能力は極めて低い。刃の根元には一対の蝶に似た羽の飾りがあり、そこから舞う魔力の光は非常に神秘的なものとなっている。
所持者 : アマル
【能力】
基準値 : E 限界値 : C〜A+
照準 : C 範囲 : C〜A+ 操作 : E
維持 : A 強度 : E
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
彼岸と此岸、狭間で迷いし旅人よ
夢幻の住人が、汝の手を引き迎えよう
ここで汝が視るものは、全て現世に持ち出されん
予言をもたらし、汝の生は祝福される
されど私欲で振るうのならば
致命の破滅を齎そう
それこそが夢通路の代償なり
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇75%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・体力の先払い・吸収による活動時間無限化
・所持者の見たい夢を現実化する
・所持期間が長ければ長いほど、夢が実現する範囲は大きくなる
感想がログインユーザー専用になってたことに、前話を投稿してようやく気づいた作者。設定変えました。