銀灰の神楽   作:銀鈴

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夢現つ【06】

 

「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為」

 

 紡がれた詠唱は、私のものともリュートさんのものとも違う気配を纏っていた。

 感じる思いは後ろ向き、今を生きることの否定。

 出来ることならば私だってそうしたい、ただただ堕ちていく先のない願い。

 感じるのは少しの羨望と、悲しみと後悔。

 希望の未来を掴むための力が、明日に繋がる今を否定する為に使われていく。

 

「彼岸と此岸、狭間で迷いし旅人よ。夢幻の住人が、汝の手を引き迎えよう

 ここで汝が視るものは、全て現世に持ち出されん。予言をもたらし、汝の生は祝福される」

 

 同時に、跳ね上がる存在感と魔力に怖気が走った。

 私が握るエターナルは現状なんの特別な能力もない魔剣だ。

 Ⅰ型の魔剣すら収納していない以上、光の刃を生み出すこともなければ、特殊な能力すら存在していない。

 使える能力は基礎的な能力倍化だけ。小細工は用意してるけど、実際に対峙すると足が震えてきた。

 

「されど私欲で振るうのならば、致命の破滅を齎そう

 それこそが夢通路の代償なり」

 

 ユメウツツの格はリュートさんの持つドヴラクルと同じⅡ型。

 魔剣としての最大出力もブレこそあるが高位に位置している。

 つまり街1つを制圧してあまりある出力から、夢という何が起こるのか分からない物が飛び出してくるのだ。

 故に警戒をするに越したことはない。ないが……微睡むその声音には、既に嫌な予感しか感じない。

 そしてその予感は、数瞬後に現実として顕現することになる。

 

限界駆動(Over Drive)──枕小路、夢に舞うは燐光鳥(ウツツノアラワシ・ユメノカヨイジ)

 

 地面が割れた。

 私を中心にして放射状に、なんの予兆もなく深い深い谷が顕現する。しかも何故か隣にいたはずのアウルさんには影響がなく、私だけが谷底へ向かって落ちていく。

 

「──!」

 

 私に向けて何かを叫ぶ、アウルさんの声は何故か聞こえない。

 滅茶苦茶だ。あり得ない。通りが通っていない。

 それこそまるで、微睡んだ頭で見る夢のように。

 これこそが、この理不尽こそが魔剣だった。

 

「ッ!」

 

 などと考えている暇もない。

 なにせ谷の奥深くに見えるのは、赤くドロリとした粘性の物体。溶岩。幾らなんでも、それに飲み込まれたら命はない。

 だからこそ、これ以上の追撃がない間に風の魔法陣を形成。吹き飛ぶように地割れから脱出する。

 

『あら……』

 

 エコーが掛かったような声音が、耳元で落胆する。

 ぐにゃりと視界が歪む。眠気が襲う。頭が、考えが、まとまらな……

 

「気を引き締めろ!」

 

 眠りかけていた思考が、弦音と激励に叩き起こされた。

 見れば魔法と弓をアマルさんに向け、1発たりとも届かない中アウルさんが奮戦していた。

 遠距離攻撃を防ぐ謎の夢に舌打ちしつつ、嫌な予感に空を見上げた。

 そこに出現していたのは巨大な暗雲。自然界ではあり得ない量の放電がそこでは起きていて、落雷まではあと何秒もないだろう。

 

『殺され、たくは、ないの……死んで?』

 

 まるで別人のような声で、アマルさんが告げる。

 

「避雷針!」

 

 本当にある雷避けの魔法ではなく、物理的に落雷の誘導を敢行する。

 私の魔法の使い方では使用するのに時間も出力も足りやしない。だから、科学由来の誘導法で時間を稼ぐ。

 避雷針の役割は、雷を誘引して地面に流してアースすること。だからこれできっと、少しは────直後、考えに反して雷は()()()()()()()私に直撃した。

 

「──!?」

 

 目の前が真っ白になった。

 全身が焼けているのか、尋常じゃなく熱く痛い。

 でも、それを感じるってことは死んではいない。

 まだ生きてる。死に損なってる。それなら、それなら、逃げないと本当に死んでしまう。

 

「あ、く……」

 

 鼻に付く空気が焼け焦げた臭い。

 そして自分が、生き物が焼け焦げた臭い。

 全身の痺れが酷い。痛みで思考は散々に散っている。

 それでも、やらないと。逃げて、体勢を整えて、せめて剣を手放させて。どうにかして、アウルさんの声を届かせないと。

 

 それくらい、英雄の娘なら出来て当然だろう?

 

 そう自分に言い聞かせて、ボロボロの身体のまま立ち上がった。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 滅茶苦茶に魔力を消費して、回復系の魔法陣を無数に形成。

 たった一度の使用で自壊していくそれらを無視して、地面に足を叩きつけた。

 反動で砲弾のように飛び出した私に、なんだかよく分からないものが押し寄せてくる。

 蛇のように蠢く炎。雨のように降り注ぐ光。虹のように煌めく風。宝石のように硬い水。虫のように動き回る宝石。

 おとぎ話か夢の中にしか存在しない、あり得ない物質や現象群。それらが殺到して、私を強かにを痛めつけてくる。

 

『来な……いで……!』

「その程度!」

 

 痛い。血が出ている。辞めたい。

 けれど、駄目だ。

 大体の傷は魔法があれば傷も残らず治ってくれる。

 身体を貫通するレベルの大怪我になると話は別だけど、この状況、そうなったらもう負けである以上気にしない。

 そこまでしなきゃ、私に出来ることはない。

 もう破れかぶれだけど、そうやって無茶でもしないと、また目の前で人が死ぬ。

 

『嫌ぁ……!』

「シッ!」

 

 自分の中の迷いごと、魔剣を振るって邪魔するものを斬り裂いていく。

 蛇のように蠢く炎は、水と氷の魔法を纏わせて。

 雨のように降り注ぐ光は、贈る予定の魔導具と同じ魔法で軽減して突き抜けて。

 宝石のように硬い水は、全開の炎を纏わせて。

 虫のように動き回る宝石は、魔剣を叩きつけ跳ね返して。

 

 何か1つ動く度に、傷が生まれて血が流れる。

 けれど足は止めない。

 少しずつでもいい、一歩ずつでもいい。着実に、空を飛ぶアマルさんとの距離を詰めていく。

 対するあちらは、動きながら夢を現実化して近づけさせないスタイル。なるほど、空を飛べない私にはとても効果的だ。

 

 でも、それくらいの不利、捩じ伏せられずして何が英雄の娘か。

 何が魔剣を回収するだ。

 何が守るとほざくのか。

 私は突き進むしか出来ないのだから、そうする以外ないだろう。

 

「《鍛冶魔法》!」

 

 そして何より、空は飛べなくても空に跳ぶことは私にもできる。

 形成したのは数個の魔法陣。行うのは姿勢制御と暴風の噴射による大跳躍。

 

 己の軽い身体を風に乗せ、空の世界へと足を踏み入れる。

 

 広がる視界。

 森と薙ぎ倒された木々、青空、そして私を見上げる2人の姿。

 矢を無駄とみて魔法に専念するアウルさん、私の動きについて来れていないアマルさん。

 薄々気づいてはいたけれど、やはり魔剣を持ってるとはいえ一般人。この殺し合いの中で致命的な隙を晒していて──

 

「もらった!」

『来ないで……!』

 

 アマルさんに狙いをつけ飛びかかった瞬間……突如、前触れもなく空と大地が反転した。

 正確には、そう勘違いする勢いで地面に叩きつけられていた。

 例えるなら、重力が一気に数十倍になったような急加速。

 そんな私の予想を裏付けるように、息をするのも辛いくらいの重さで地面に押さえつけられた。

 

『消え……て!』

 

 更に動けない私の耳に、地鳴りのような音が届き始める。加えて、粘性のある液体が流動するような音も。

 これは、マズい。

 今のところ、アウルさん“だけ”は巻き込まないように力を使ってるから、平気とは思うけど……私の予想が確かならば、これを使わせるのは危な過ぎる。

 兄を自分の手で殺したりなんてしたら、きっとアマルさんは戻ってくることができなくなる。

 

「アウルさん、逃げて!」

 

 警告した直後、私に掛かっていた重さが消えた。

 代わりに感じるのは、どうしようもない落下の感覚。どうやらまた地面が割れたらしい。

 けれど今回は、墜落だけ終わらないことは分かっている。

 故にどうにか割れた地面の壁を蹴り、噴出口から距離を取ろうとして──間に合わなかった。

 

 

 ドン、と響いた爆発音。

 

 気がついたときには、左の脚が激痛と灼熱の感覚に包まれていた。

 

「い゛ぁぁぁぁッ!!???」

 

 弾き飛ばされる中確認すれば、被害は甚大だった。

 溶岩の爆発的噴出に飲み込まれた私の左脚は、最早生き物のパーツとしての体を成していない。黒く焦げ付き、変な方向に折れ曲がり、無惨なまでに壊れている。

 その悍ましい光景を見た直後、受け身も取れず地面に叩きつけられた。歯を食いしばり左足を全力で治癒しつつ、私はゴロゴロと転がって()()()()()()()()()攻撃の余波から逃げ出す。

 

 地面の裂け目から溢れ出すマグマ。同時に噴出する炎。煙。岩。雷。それは小規模ではあるが、火山の噴火という自然の暴威の再現に違いなかった。こんなものを即座に使えるようになっている辺り、魔剣との親和性が最高潮に達しているのが分かってしまった。

 

「く、ぅ、ぁ……」

 

 そんな考えを押し流すように、激痛が押し寄せて来る。よく分からない声が口から漏れる。流れる涙が止まらない。生命線たる魔剣だけは意地で手放してないけど、このままじゃ時間の問題だ。

 

『終わり……!』

 

 そんな私に向けて、容赦なく暴走するアマルさんが追撃を放ってきた。パキパキと乾いた割れる音と共に、私の四肢が凍結した。そして、動けなくなった私に向けて氷山のような大氷塊が落下してくる。

 

「燃えて!」

 

 今放てる最高火力の炎をぶつけてみたけど、曲がりなりにも魔剣が生んだ氷。その程度では、表面が少し溶けるくらいの効果しかなかった。万全の状態の炎なら違かったかもしれないけど、そんなのはもうたらればの話でしかない。

 

 

 そのイメージが、頭の中を駆け巡る。

 死にたくない

 そんな願望が、心の底から湧き出て来る。

 

 そんな中、世界が異様にゆっくりになったような気がした。ああそっか、これが走馬灯ってやつなのかな。なんて思い、目を瞑りかけた時のことだった。

 

「あれだけ威勢良く言っておいて、ここで諦めるのか?」

 

 そんな、男の人の声が聞こえた。

 

「違う……」

「だが、もう諦めているんじゃないのか?」

「そんなわけ、ない!」

 

 声を張り上げた。私は死にたくないし、ここで旅を終わらせるつもりもない! だって私は、まだ何も知らないし何も得ていない! こんなところで死んだら、誰に対しても申し訳が立たない!

 

「そうか。なら、俺も命を張れる。

 精霊術《氷解》」

 

 術の宣言の直後、全ての氷が溶け落ちた。私の四肢を拘束していたものも、降ってきていた大氷塊も。全てが水となって溶け落ちていく。

 そしてそれは再凍結し、私の隣に立つ人の近くで大きな狼の形を象った。光を通し、まるで銀色に輝いているような大狼を。

 

「『男には、負けると分かっていても戦わねばならない時がある』死んだ親父が言ってた言葉だが、俺にとっては今がきっとそうなんだろう。妹を助けるのに、兄が怯えて縮こまってるなんてあり得ないもんな。況してや、自分のより下の女のガキ1人に任せたなんて、耄碌してたとしか思えねえ」

 

 それは、事前に建てた作戦とは全く違う行動。でも間違いなく、起死回生の一手になったもの。

 

「さあ、立てよSランク。こんな戦い、とっとと終わらすぞ」

 

 挑発的な笑みを浮かべこちらに手を差し伸べるアウルさんは、どこか不思議と頼っても良い……なんというか、兄みたいな雰囲気を醸し出していた。

 

「言われなくても」

 

 心を奮い立たせ、精一杯の反論を返して立ち上がる。裸足になってしまった左足に合わせて、右の靴も収納して高さを合わせる。ちょっと痛いけれど、下手に靴を変えるよりよっぽど良い。

 震える左足を押さえ込んで、魔剣を構えて並び立つ。今はアマルさんの攻撃は不思議と行われてないけれど、きっとこれで私達は両方攻撃対象になった。だからこそ、チャンスはもう残り少ない。

 

「さっきから試してみて分かったが、精霊込みで考えても俺じゃアマル自身は止められない。だが、あいつが魔剣で生んだものなら干渉できなくもない」

「らしいですね。それで、どうするんです?」

 

 特に氷なら、今みたいに無効化するくらいは余裕と思われる。資料でしか魔剣を知らなかったからこその盲点というか、精霊の底力を見た感じだ。

 

「1度だけ、何もかもを凍らせる。だから、氷の中を走れるか?」

「やってやりますよ。これでも1/4は、銀狼ですからね」

 

 そして、そこまでお膳立てされたのなら私もやり切らねばならない。魔剣の奪取、そして収納。そこまですれば、アマルさんと魔剣とのリンクは途絶えるか弱まるはず。

 そしたら、本来の作戦通り気付け薬とアウルさんの声で目を覚まさせる。完璧とは言い難いけど、悪くはない作戦だと思う。

 

「分かった。背中は任せろ、行け!」

「了解です、よ!」

 

 そうして私が走り出すと同時に、攻撃が再開された。幻想的なそれらを再び魔剣で撃ち落としつつ、全速力で疾走する。

 

「ふ█ぐ██、む██うな█、く█ぅ█う、るる██、 う████る、ふたぐん」

 

 夢を見ているようなアマルさんの口から、気味の悪い発音の言葉が紡がれた。それに合わせて周囲から、瘴気としか言いようのない気体が溢れ出る。さらにそれに呼応して、気色の悪い触手が地面を突き破って暴れ出す。

 

「やぁっ!!」

 

 無尽に溢れる触手の群れは、私だけを徹底して狙ってくる。まるで過去に、何か恨みでも買ったかのように。もちろん私にはそんな覚えはないから、気色の悪いそれを心を無にして斬り刻んで行く。

 

「精霊術《氷河転身》」

 

 そんな中背後から、術の宣言と共に莫大な魔力の波動を感じた。

 転身とは、精霊を自分の身に降ろして莫大な力を得る術技。確か相当に難易度が高いって話だったけど、背後から感じる力は莫大ながら雪山のように静かで凪いでいる。

 

氷河に堕ちろ(フェンリル)!」

 

 直後、その全てが解放されて、緑生い茂る村は一瞬のうちに変貌した。

 地面が凍り、建物が凍り、触手が凍り、攻撃が凍り、それらを伝って空中にいるアマルさんまでもが凍りついた。更には雪までもが降り始め、氷の間を走る私の顔に張り付いて、その冷たさを嫌という程に伝えてくる。

 

『冷たいのは、嫌……!』

 

 案の定アマルさん自身の凍結はすぐに破られてしまったけど、その数瞬が詰められない筈の距離を消してくれた。

 

「獲った」

 

 真下から飛び上がり、エターナルの峰側でアマルさんの手首を打撃する。骨を砕く嫌な感触と音が手に伝わり、握られていたユメウツツが手から離れる。

 

「エターナル!」

 

 間髪入れず、ユメウツツをエターナルの能力で内部に納刀した。ブツリと何かを断ち切ったような音が聞こえ、糸が切れたようにアマルさんが落下を始めた。

 

「マズっ」

 

 慌てて落下速度を落とすため魔法陣を形成しようとして、氷がアマルさんを受け止めたのを見て中断した。安心してそのまま着地し、エターナルを納刀。そのままスキルに収納して、念のため二重にユメウツツを封印しておく。

 そういえば、気付け玉とか用意したけど、使わなかったなぁ……そんなことを思いながら、一息ついた瞬間だった。

 

「えっ……?」

 

 踏み出そうとした足が、カクンと折れた。上手く力が入らず、氷の大地に私は崩れ落ちる。同時に襲い来る疲労感と倦怠感に、魔剣の反動だと当たりをつけた。事前の予想通り身動きが取れない。

 

「あー……」

 

 それでも魔法はギリギリ使えるみたいで。疲労回復と傷の回復を兼ねた魔法陣を、重いけど身体の上に乗せる。とりあえずそれを起動したところで、プツリと私の意識は途切れたのだった。

 

 ああ、でも。最後に見えた、銀世界で妹をお姫様抱っこしてるアウルさんは、綺麗でなんか、かっこよかったなぁ……




 《Ⅱ型魔剣・ユメウツツ》
 淡く透き通った、薄い刀身が虹色に揺らめく魔剣。形状は片刃の短剣状であるが、殺傷能力は極めて低い。刃の根元には一対の蝶に似た羽の飾りがあり、そこから舞う魔力の光は非常に神秘的なものとなっている。
 所持者 : アマル

【能力】
 基準値 : E 限界値 : C〜A+
 照準 : C 範囲 : C〜A+ 操作 : E
 維持 : A 強度 : E

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 彼岸と此岸、狭間で迷いし旅人よ
 夢幻の住人が、汝の手を引き迎えよう
 ここで汝が視るものは、全て現世に持ち出されん
 予言をもたらし、汝の生は祝福される
 されど私欲で振るうのならば
 致命の破滅を齎そう
 それこそが夢通路の代償なり
 限界駆動(Over Drive)──枕小路、夢に舞うは燐光鳥(ウツツノアラワシ・ユメノカヨイジ)

【効果】
 ①通常駆動
 ・自身のステータス上昇75%
 ・生物特効100%
 ・悪魔特効500%
 ②限界駆動
 ・体力の先払い・吸収による活動時間無限化
 ・所持者の見たい夢を現実化する
 ・所持期間が長ければ長いほど、夢が実現する範囲は大きくなる




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