銀灰の神楽   作:銀鈴

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残火の鳥は天高く、████を████す【05】

 『今日はゆっくりしていよう』などと宣言したのはいいものの、現実はそう甘くなく。悪魔の大攻勢を退けた夜、私はまだ司令室に釘付けにされていた。

 手を動かす速度は落とし聖剣の起動も解いているが、私以外には行えず技術の継承もままならない仕事だ。新兵とはいえ曲がりなりにも軍人にあんな事を言われるくらいなのだ。きっと街に降りたり城内を動くより、ここで仕事をしていた方が大分マシな筈である。

 

「んー……」

 

 人気(ひとけ)が少なくなり非常灯のみが光る艦隊司令室で、私は欠伸を噛み殺しながら伸びをした。なんやかんやで数時間座りっぱなし、集中も要する作業だったせいか煩いくらいに骨が鳴る。

 だが、まだもう少し。あと少しだけやればシステムのアップデートは終了する。そうすれば多分、私たちが居なくても艦隊が回るはずだ。

 

「お疲れ様だったと慰労する。温かいものを用意したが、飲めるだろうか?」

 

 そうしていざ、と心を決めた時だった。コトリと手元に小さな湯気を立たせたカップが置かれた。そうして何をと聞き返すよりも、ありがとうと言うよりも早くアインが隣に腰を下ろす。

 同時に展開される、少し前まで睡眠時には欠かさず展開していた音と侵入を遮断する結界。もう休憩しろと、そういう事らしい。

 

「ええ、多分まだ何とか」

「それなら良かったと安心する」

 

 最近食事を9割レーションに移行したせいでますます内臓は弱ってきているが、それでもじっくり煮込んだスープくらいまでなら問題ない。干し肉は一枚から一欠片までしか食べられなくなったが。

 

「ん、ホットミルク……それも、はちみつ入りですか」

「今年の初取れの蜜らしい。嫌だったろうかと疑問する」

「いいえ。あったかくて安心する味です。好きですよ、こういうの」

 

 一口含んだだけで分かる、甘いミルクと蜂蜜の香り。王城の備品だけあって、相当高級品を使っているらしい。心なしか飲んだだけで安心する。これは多分、アインが淹れてくれたからというのもあるけれど。

 

「いま何をしていたのか、聞いても問題ないだろうか?」

「今日の戦闘……とにかく練度も人数も足りてなかったので、色々なシステムの自動化を。今のところ迎撃砲にレーダーシステムと連動したオートを実装したのと、敵味方識別術式の精度を上げてみました」

 

 所謂、ゲーム感覚での戦闘というやつだ。

 盤上……この場合は魔法陣上に映し出された標的を触るだけで、自動で砲撃が行われて敵を撃破する。いち戦闘者としてそんな戦いに慣れて欲しくはないが、これが最も一般人だったヒトを戦わせるには速い方法とも理解している。

 実感も、達成感も、レベルという成果も、全て画面の向こう側。映像の先にだけある現実にしてしまえば、極論子供であろうと戦えてしまう。まあそんな事になるなら、国ごと滅びてしまえばいいと思うが。

 

「これで、今日みたいな人が減ってくれれば嬉しいんですが」

「当方の……アルブレヒトとしての知見から言わせてもらえば、難しいと推定する」

「ですよねぇ」

 

 結局のところ、冒険者や軍人と一般人にはそれくらいの隔たりがあるのは事実なのだ。私自身、つい最近までヒトに対して致命の一撃を与えられなくなっていた身だ。そのことは十分に理解している。

 

「他には……これは許可待ちですが、戦闘中は街としての機能を低下させてシールドの展開数を5枚まで増やせないか提案を出してます」

「デストロイ級かと推測する」

「ええ。実際に見たのが一度きり、文献頼りの情報じゃ甘過ぎました」

 

 2体の同時攻撃だったとはいえ、シールドが破られたのはシステム設計者である私の不備だ。参考文献が乏し過ぎるのはいつもの焚書と理解しているが……何をどうしたらそんな馬鹿げた真似が出来たのか、ほとほとに理解出来ない。情報こそ最大の武器だというのに。

 

「アヤメは悪くないと当方が保証する」

「……ありがとうございます」

 

 そんなことを考えていると、ぐいっと肩を抱き寄せられた。少し手が震えていたのがバレたらしい。少し躊躇ったけれど、流れのまま頭をアインに肩を乗せる。

 

 民間人の死者数138,547名

 軍人の死者数1359名

 冒険者の死者数23名

 撃沈艦2隻

 

 実感がないほど膨大な、数字でしか認識できない人数だ。

 艦隊内に悪魔が侵入した想定よりも、大幅に下回った被害数だ。

 だとしても、自分のミスで失われた命が『これ』と示された結果を直視するのは──重くて、辛い。どうしようもなく、立っていられなくなるくらいに。

 

「……」

 

 地の底から響く炉心の駆動音だけが、静かな司令室に響いていた。少しだけで、本当に少しだけでいい。こうして、誰にも見せられない顔をしていい時間が欲しかった。

 

「明日」

 

 一体どれくらいそうしていたか。ホットミルクを飲み干してしまった頃になって、ようやく私の口は動いてくれた。

 

「明日の朝イチで、リィンに届ける物があるんです」

「うむ」

「内容は『戦略級破壊魔法』の術式。こっちの大陸艦隊には、積める場所がないからって」

 

 今日【デストロイ級】と戦ってみて、痛感させられた。戦力が致命的に足りていない。きっとこのままでは、そう遠くないうちに私たちは悪魔に敗北する。

 何せデストロイ級を倒すことが出来るのは、現状リィンとミーニャ女王、アヒムさんの3人だけ。私たちは足止めが精々で、アヒムさんはあの規模の攻勢では城に釘付けで、セプテントリオさんにも首を横に振られた。

 だからこそ、解凍せざるを得ない。トリガーを引くだけで【デストロイ級】すら撃滅せしめたという破壊の力を。戦時中は極秘資料扱いで、戦後である今は禁呪に指定されている大魔法を。

 

「でもこの術式は……この魔法は、アインを一度殺した魔法です。だから、言っておきたくて」

 

 私だって鍛冶師と魔法使いの端くれだ。作られたものに罪はなく、全ては使う人の問題だと理解はしている。だがそれでも、そう簡単には割り切れない。

 少し前までの私なら、そんなことどうでもいいと無視していた。それどころか聖剣の出力に任せて魔法を使ってすらいたと思う。流石に複数人で行う儀式魔法だから、命を賭けなければ使えないが。

 

 だけどもう、そんな判断が出来ないくらいに私は弱くなった。

 

「当方は気にしていないと否定する。だから、アヤメが気に病む必要はない」

「でも……」

 

 と、思わず口籠もる。

 禁呪にされている術式には、それ相応の理由があるのだ。魂を削る、命を削る、現実に戻れないetc……そして今回の場合は『記録上、何よりも多く命を奪った術式』である点。

 

「恨まれるのは、確実だろうと推測する。侵攻する悪魔に対し、まだ戦闘中の軍人も、避難が間に合っていない民間人も巻き込み、対して効力のない殲滅を繰り返したのは当時の司令部だ。だか、人の恨みはそう簡単に変わらないと確信する」

「です、よね」

 

 使えば使うほど間違いなく、軍人から私達への信用はなくなり士気が下がる。対し世論からの期待値は上がり、必要な時以外でも使用を迫られることは増えるだろう。最悪の板挟みが出来上がりだ。

 

「だが、使わなければ艦隊は墜ちる。それを理解しているから、リィンへ渡すのだろう?」

「ええ。モチヅキの衛星砲撃も多用は出来ませんし」

 

 収束砲撃と拡散砲撃、そのどちらも威力は証明済だ。だが今度は威力が高過ぎる。宇宙(ソラ)から降り注ぐ光輝の柱は、天を覆うクリフォトの枝葉を破壊して地上に届く。それは何となくだが……非常に、良くないことに繋がる気がするのだ。

 

「ならば問題ないと肯定する。それにアヤメの味方は、もう当方だけではない。故にきっと大丈夫だと断定しよう」

 

 その言葉で、少しだけ心が軽くなった気がした。

 確かに私は誰かに頼らなければ立てないほど弱くなった。けど裏腹に、誰かを頼って寄り掛かることが出来るようになった……のかもしれない。アインやリィン以外の相手にも。

 

「なら、頼らせて貰いましょうかね」

「肯定する。きっとアヤメのこれまでは、無駄にはなっていない」

 

 そうだったならいいなぁと淡い願いを胸に、改めて調整用の魔法陣に手を伸ばした。

 

 

 翌日。最近少しずつ深くなってきた眠りから覚めて、私はアインと共に予定通りユ=グ=エッダへと足を運んだ。映像通信ネットワークは革命的な技術だけど、今回取り扱うのは特級の危険物。直接会って手渡しというのが、最大の安全策だった。

 

「はい、という訳で。しっかりとアヤ・ティアードロップが、魔王リィンへ術式を納品させていただきました。くれぐれも扱い方を誤らぬよう、注意してください」

「相分かった。魔王リィンは、アヤ・ティアードロップより術式を受領した。厳重な注意のもと扱うことを確約しようぞ」

「録音・録画完了、これで問題はないと認識する」

 

 アインがそう言って機材を止めると同時に、ぷはぁと私もリィンも大きく息を吐き出した。偽証がされない様に、そして万が一悪用された場合の責任の根拠として第三者が記録する映像だ。色々と面倒な基準をクリアするために、お互い相当気を張らざるを得なかった。

 

「無理を言って済まぬな、アヤメ、アイン。本来ならばこの様な魔法、封印しておかねばならぬというのに」

「こっちでも納得はしてます。昨日アインとも話し合いましたし」

 

 今この国のために戦っているのは、大半が戦争帰りの古参兵達だ。故に可能な限り使いたくないという結論は昨晩と変わらないが、そうは言っていられない事情が今朝になって浮上してきた。

 

「旅程が伸びるなら、そんなことも言ってられません」

「うぬ……よもや大戦中の影響がここまで残っておるとは、余も想定しておらなんだ」

 

 その問題というのは空域の空間異常。通過すればただでは済まない空間が、大陸艦隊の航空ルートに存在していることが判明したのだ。

 魔法の専門家として私とリィン、戦争の経験者として更に複数名が集まった緊急会議の結果、判明したのは戦争の爪痕だということ。人間界、獣人界、魔界の三大陸の中央……今はクリフォトが生える場所から侵攻してきた悪魔に対する古い防衛ライン。()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()が、生命を諸共に鏖す歪んだ空間として数十km単位でまだらに存在していた。

 

「リィンでも解呪出来ない空間だったんです。仕方ありませんよ」

「アヤメでも構造が理解出来ぬほど積層し歪んだ呪いなど、余であろうとどうにもならぬわ」

「当方達の聖剣であっても、干渉すら出来なかったと困惑する」

 

 大陸艦隊の航路変更限界まで猶予は60分。たったそれだけの時間しか実験は行えなかったが、それでも選択されたのは突破ではなく迂回だった。

 何せ試しにリィンが転移系の秘呪で捕獲していた悪魔を放り込んだ所、全身から血を噴き出し捩じ切られ絶滅。私の解析とハッキングは失敗し、アインによる干渉も抵抗。リィンの浄化とミーニャ女王の力技だけは効果があったものの、それも30秒ほどで修復される始末。

 結果として、最短距離であれば2日ほどで侵入できた人間界へのルートは、7日という3倍以上の日程に変更となってしまったのだ。

 

「ああ、そういえば。聖剣で思い出したのだがアヤメよ、少し余の魔剣について聞きたいのだが時間はあるか?」

「ええ、私は。アインは?」

「当方も問題ないと肯定する」

 

 さて後は帰って何をしようかと考えていた時、リィンがそんな言葉を口にした。もしや魔剣の不調だろうか? 最低でもこれから1週間、リィンに調子を崩されたら堪らない。私に何とか出来る範囲のことならいいのだけど。

 

「それで、聞きたいことって何でしょう?」

「それなのだがな……まずは持ってみてはくれぬか?」

「それは別に、構いませんけど……」

 

 改めて備え付けられた椅子に座り直し、リィンから真魔剣ディーアボロスを受け取る。解析系の魔法も掛けてみるが、疲労は残っているものの自己修復中で問題なし。酷使による多少のヘタりはありつつも、何も変わらないように見える。

 

「特に何も、おかしな点はないように見えますが。アインは何か分かります?」

「否定する。当方にも以前との違いは発見できない」

()()()、アヤメ達でもそう感じるのか」

 

 こちらの手にあるディーアボロスを眺めながら、少し落胆した様子でリィンは呟いた。ということは、少なくともリィンには何らかの変調が感じ取れている。そして間違いなくそれは、気のせいではないのだろう。

 

「感じた異常について教えてもらっても?」

「うむ。余の勘違いかもしれぬが……僅かではあるのだが、魔剣が重くなったように感じるのだ」

「重さ、ですか」

「無論魔法の計測は行っておるし、以前の記録と差がないことも把握済みだ」

「でも、納得出来ないと」

 

 私の疑問にリィンは静かに首肯した。念のため私も先程のデータと以前整備した時のデータを比較してみるが……質量、重量ともに変更なし。魔法陣にも、そう言った効果が発揮されるような変化は見て取れない。

 

「もしかしたら、背負うものが増えたが故の──って話かも知れませんね」

「で、あろうなぁ」

 

 何せ真魔剣ディーアボロスの能力に、そういった機能はない。人の思いを背負うのは、あくまで担う人の筈だから。

 

「少々シコリはあるが、納得は出来た。引き留めて済まぬな」

「……リィンの感覚で何ががあるのなら、きっとそっちの方が正しいです。私も完璧じゃないですから、何かあれば直ぐに連絡して下さいね」

「相分かった。いざという時に戦えぬとあっては、魔王として示しがつかぬからな」

 

 一抹の不安は消えないものの、これ以上なにか出来ることもなし。今後起こり得るかもしれない何かに対策だけして、一先ずヨシとする他ない。

 それで一応、リィンも納得してくれたのだろう。纏っていた空気が解け、完全にリラックスした様子に戻った。やっぱり魔王然とした様子は無理をしているのか、花畑に居た頃の様な素の笑顔を久しぶりに見た。

 

「──してアヤメ、アイン。もう1つだけ頼みたいことがあるのだが、良いかの?」

「肯定する。当方たちに出来ることであれば尽力しよう」

 

 先んじて返事をしたアインの言葉に私も強く頷いた。さっきも言った通り、別に急ぎの用事はあまりない。大切な友人にして義妹のお願いを聞くくらいの時間は、幾らでもある。

 

「余な、これでも最近、王として相当頑張っておるのだ。獣人界に来てからというもの、書類に書類に書類に会議……余はこんなにも胃を痛めてるというのに、誰も褒めてくれぬのだ」

 

 そう何が来てもいいように身構えていた所にぶつけられたのは、生気のない言葉で紡がれた愚痴だった。正真正銘リィンは一国の王、心休まる時間など無いに等しいのだろう。非常事態だし。

 憶測も混じったけど、大体分かった。疲れ切った様子のリィンを手招きし、隣に座ってもらう。本当は膝の上とかでもいいのだろうけど、私は義足だからダメだ。膝枕はまだ出来るからそれで許して欲しい。

 

「ア、アヤメよ。これは余も、少し恥ずかしいのだが……」

「よしよし、よく頑張りました。いきなり王様の仕事なんて、私にもアインにも出来ない大業ですよ」

「肯定する。当方は提出するレポートですら、未だに書式に慣れていない」

 

 せいぜい出来る限り、甘えてもらって褒めちぎろう。半ば無理やり膝枕に誘導しながら、生身の右手でリィンの頭を撫でる。思ったより角が痛いのは誤算だけど、これも悪くない。

 

「う、うぬぅ……」

「子守唄でも歌いましょうか?」

「……1時間後に、起こしてくりゃれ」

「分かりました。それじゃあ、ゆっくりおやすみなさい」

 

 私の髪にも負けず劣らずサラサラの髪を撫でながら、遥か昔に覚えた懐かしい歌を口ずさむ。近くではアインが何かの報告書を書き始め、少しすればリィンも静かな寝息を立て始めた。

 世界がこんなことにならずに、私やアインがもっと生きていられたのなら。いつの日か、こんな光景も────なんて、ありもしない幸せの幻が見えた気がした。

 

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 

 ーー月 XX日

 悪魔の大攻勢があった翌日。

 散発的な悪魔の襲撃はあったものの、アヤ・ティアードロップが改良した迎撃システムにより撃退。大陸艦隊の進路が変更された。

 重傷を負い治療中だった民間人43名が死亡。軍属の人間と冒険者を後回しにしてまで治療をしていたというのに、民間からの抗議のデモが発生した。

 

 

 ーー月 XY日

 悪魔の大攻勢があった翌々日。

 前日同様散発的な襲撃を撃退。デモの鎮静化に腐心する羽目になった。

 前日同様、入院していた民間人がまたも50余名死亡。軍人からも2名の命が失われた。

 

 

 △△月 01日

 悪魔の大攻勢から3日。

 月が変わり、例年であれば年の終わりに向けた動きが始まる日。日が昇ると同時に、第二次悪魔の大攻勢が起きた。

 ()()()()。古式ゆかしき、しかし極めて有用な()()により悪魔の大軍勢が侵攻。

 

 大陸艦隊ニライカナイは、

 その半数を撃墜された。

 

──名もなき兵士の手記より抜粋 




アヤメ   残り52日
アイン   残り66日
正規戦闘員 残り約8,600人

なおアヤメちゃんがなんの防御策も取らなかったり、対策が間に合わなかったりした場合、速攻で獣人界は滅亡して終わりです。連鎖的に魔界も落ちます。

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