思えば、ここ最近の私は弛んでいたのかもしれない。
魔剣の整備は過剰労働で地獄じみていたけど、どこか人に教えるのは楽しかった。
大陸艦隊のシステム構築も、自分の手で1つ1つ全てを作り上げていくのは楽しかった。
昨日の悪魔との戦闘も、死にかけはしたが鬱憤を吐き出すには丁度いい捌け口だった。
総じて、珍しく充実していた日々だったのは間違いない。
お陰でほんの少しずつ、私は変わっていた。
例えば、これまで野生動物のソレに近かった睡眠サイクルが、僅かだか深く人らしい眠りに近づいていたとか。
例えば、これまで何とも思わなかった花壇に咲いた花に、綺麗やかわいいと思えるようになっていたとか。
例えば、忙しい仕事の合間を縫って、古い友人に新しく買う服の相談をしていたりとか。
少しずつ、本当に少しずつだけど、変わることが出来ていた。“
同時にリィン曰く『私くらいの年頃の女子であれば享受して然るべき』らしい“普通の女の子”としてありふれた幸福。そんなものに目を向けられるほどに、不思議と心の余裕があった。
きっと、それが間違いだった。
だからこそ、常であれば喜ぶべきそれは、最悪のタイミングで、致命的な隙として発現することになったのだ。
《EMERGENCY! EMERGENCY!》
《シールドシステム崩壊! 再展開不能!》
結果として──
《撃墜艦との運航連結解除、パージします》
《WARNING! WARNING!》
《当該艦の乗員避難が終了していません》
《コマンド介入──強制実行します》
私達は全てに、出遅れた。
《──ザ、ザザッきて──ザ──》
《みんな──きて────い》
《誰か──起きて────》
《襲撃────ザザッ、ブツッ》
私の意識を覚醒させたのは、あり得ない筈の衝撃と鳴り響いた警報音。そしてスピーカーから響いた、助けを求める誰かの声だった。
最悪だ。私の眠りはかなり浅いタイプだった筈なのに、疲れからか安心からか少し深く眠ってしまっていたらしい。よりにもよって、こんな時に。
「──ッ!?」
覚醒の為の魔法を私とアインに打ち込みつつ、即座に衣装を普段着から戦闘装束へ。倒れこむように寝ていたベッドから跳ね起きつつ、魔剣を握り詠唱を開始する。
まだ覚めていない脳じゃ、まともに事情の認識ができない。
ただそれでも、わかることが1つ。
夜明けと共に【悪魔】共が攻めてきた。
こんなこと、異例も異例な特例だ。何せこれまでの悪魔という存在は、戦術の「せ」の字すら存在しない攻め方しかしてこなかった。こんな原始的ながらも、戦術なんていう物を行使してくることはなかった。大凡の個体は日が出ている内は活発で、日が沈めば鎮まり眠るという人に近い傾向にあった。
だからこそ私は“そういう状況”を想定してシステムを組んだし、リィンやミーニャ女王も“そういう状況”を前提とした体制を敷いていた。
「何事かと困惑す──いや、認識した!」
「悪魔が、攻めてきました!」
だからこその、隙を突かれた。
極めて古典的で、それこそ私ですら知っているような戦術。原始的かつ対策も容易だが、今のような特定状況下であれば現代戦においても極めて有効的な効果を生む作戦。
その名を……払暁攻撃
その意味合いは至極単純。
夜明けと共に敵を奇襲するという、ただそれだけの作戦だ。ただそれだけの作戦である、の、に…………
「──ュッ」
「こ、れは……」
充てがわれていた貴賓室を飛び出した先、そこから見えたのは地獄だった。
煌々と、赤々と、黒々と、街が燃えていた。
大陸艦隊ニライカナイ旗艦、獣王国首都シヤルフの街が、燃えていた。
貴族街も、商店も、武具店も、魔法店も、食品店も、何もかも平等に燃えていた。
ゲタゲタと人を縦に引き裂きながら笑う、人間のような《レッサー級》が。
首級とでも言いたいのか無数の触手の先に数多の人を首吊りにした、蠍のような《ソルジャー級》が。
尾の触手で未だ泣き叫ぶ人を絡めとり痛ぶるように少しずつ削り食らう、獣のような《ビースト級》が。
街の至る所に面白半分で魔法を放ち、炙り出した人間を苦しめるために呪いを撒き散らす《メイジ級》が。
黒い津波となって、虐殺の波濤で街を飲み込んでいた。
「こんなの……」
どうすれば、の言葉は飲み込んだ。否、飲み込まざるを得なかった。
何せ
家の燃える音、悪魔の嗤う声、血の滴る音、小さな子供が泣き叫ぶ悲鳴、親が上げる絶望の声、
全部、全部全部全部全部全部全部全部全部、聖剣が拡張した聴覚が拾い集めてしまった。
「うぶ……おぇ……」
思わず口を押さえようとしたけれど、間に合わなかった。
立っていることができずに膝が崩れ落ち、びちゃびちゃびちゃと競り上がってきた物を床に撒き散らした。何も入っていない胃から逆流したそれは、嗅ぎ慣れたツンと鼻につく臭いがした。
過剰なまでの悪意と呪いと暴力に晒されて、乗り越えられたと思っていた最悪がフラッシュバックする。“普通の女の子”だった私が、“今の私”に変わり果てた過程の全て、心の奥底に封じていた記憶がひっくり返された。
「アヤメッ!?」
「だいじょ、ぶ、です……」
だけど同時に、完全起動した聖剣のお陰で思考がユビキタスに接続される。魔剣に刻まれた術式全てを瞬間的に把握できる頭脳が10機、その全てを使えば一時的に私を抑え込むなんて造作もない。
そうして取り戻した僅かな正気があるうちに、スキル内部から引き摺り出したのは片手で撃ち込むタイプの注射器。保存魔法を掛けてもらってあった
「ッ、はぁっ、はァッ、はぁ……」
段々と、フラッシュバックが収まり普段の思考が戻ってくる。
当時の鎮静剤が残ってて本当に良かった。お陰でちゃんと、まだ戦える。
「今のは何かと、疑問する」
「フラッシュバックの、鎮静剤です」
まあそんなものは名ばかりで、違法薬物のカクテルだが。こんな物でもなければ効かない体質なのだから、特に気にしないで欲しい。
鼻に残っていた胃液を息で飛ばしつつ、我ながら幽鬼のような足取りで立ち上がる。副作用で頭がふわふわしているし、異様に頭は冴え、なんでも出来そうな全能感まで溢れてきた。多分何かのタガが外れてしまったのだろう。あまり良くないのは理解しているが、まあ背に腹はかえられまい。
「そんなことどうでも……よくは、ないですが」
アインとの約束を思い返して、言葉尻が萎む。身体に染み付いた癖で即座に打ち込んでしまったけど、実質的にこれはアインとの約束を破った形だ。なんというか、とても申し訳ない。
「それよりも、今はこっちが先です」
昔と変わらぬ抜刀をした剣先で示した先、空から踊り込んできた悪魔を睨み付ける。メイジ級1、ビースト級5、レイ級5、レッサー級2、この王城の高層にまで、もうそれだけの敵が侵入していた。
「アインは最初にレイ級を、他は私がやります」
「認識した。だが……」
「忘れたんですか? これでも私、対人最強の看板を下ろしたつもりはありませんよ」
意識を、研ぎ澄ませる。
義手と展開した魔剣の防御フィールドを前に、右手はスラッシャーの光刃を宿した魔剣を逆手持ちに。色々と、生身の身体は失ってしまったけど──
「認識した。ならば、任せる」
「任されます」
今のうちに少し暴れないと、私が私に戻れなくなる。
「──参る」
一歩目で、私は50mは離れていた悪魔の一団に肉薄していた。
聖剣による補助を経て、無駄を完全に削ぎ落とした古の流派の奥伝。名前などとうに忘れた走の技術が、恥ずかしながら魔剣の補助を経て完成させて動作する。
「2つ」
そのまま縦横無尽に光の逆手を振るい、一呼吸も使わずにレッサー級を塵にする。名前など元からない
「4つ」
そしてこの2つの流派は、動きを止めないという点で共通する。
剣を振り抜いた勢いのまま手の内で刃を返し投擲、《ビースト級》を1体撃破。ここでようやく一息つきつつ、地を縮める速さで近場の悪魔へ接敵。クラッシャーの能力を込めた拳で殴り、内側から爆散させる。
2秒。ここで漸く息を入れ、悪魔が惨殺に気が付いた。
レイ級が一斉にエネルギーのチャージを始め、ビースト級が尾の触手を動かし、メイジ級が魔法を練り始める。
「7つ」
魔法はハッキングで単純に破壊。爆散させたビースト級の残骸を足に引っ掛け蹴り飛ばし、魔剣ユビキタスの能力を行使して残骸を当てたビースト級を痛みで狂わせ発狂死させる。
並行して生成していた鋼針を両手で投擲し残り2体の動きを止めつつ、聖剣の能力で手元に短剣を帰還。あとはピアッシャーの光槍でビースト級を焼き、次の標的をメイジ級へと変える。
「12」
ここまできて漸くアインが放った弾丸が追いつき、5体のレイ級を撃ち抜き爆散させた。破壊力不足から自棄気味に作った炸裂弾だったけど、思ったよりも効果的らしい。
「っと」
怒り狂ったメイジ級が解き放った無数の魔法群を、左腕の防御フィールドで受け止める。防御特化のⅠ型魔剣とⅡ型魔剣1つずつの組み合わせ、いかな最上位の魔法でも敗れるものではない。そもそも──
「13」
今更その程度、効くようなものでもない。ハッキングで魔法を分解、そのまま光刃を翻し輪切りにする。一拍遅れて噴出する悪魔の血、これで終わり。大分暴れ足りないが、とりあえず目の前にいた悪魔は掃討した。
「……鈍りましたね」
八岐と戦って以来、ロクな超近接戦をしてこなかった影響だろう。組手だけでは限界があったのか? 技術が見る影もなく鈍っている。聖剣の補助が無ければあの程度の動きもままならないなんて、師匠が知ったらどう思うやら。ああ、お義母さんにも怒られる。
「さて、次に行きま──」
意識の集中を解く。
まあ鈍りに関しては後悔してももう遅い。何せお義母さんと暮らすようになってからあまり懐かしい鉄錆の臭いに包まれながら、アインに笑顔で手を差し出し何せここはもう戦場なのだ、正確には古戦場だが。遺品をひとつ拾ったら次の遺品を拾いに行かないといけその間に今回みたいな悪魔の襲撃があったら長くは保たないだって死んだみんなあの時となりにいたあの子がレッサー級魔法敵殺さなきゃ殺される置いてかれたデストロ位級飛んでる腕黒い空白い波大地が敵が来る割れた炉心が融解した結晶憑きが来る逃げなきゃ死ぬ助けけけけ
「あ、ぇ……?」
しこうが、まとまらない。
視界が歪む。ぐにゃぐにゃ、ぐちゃぐちゃ、きもちがわるくて、まず、これ、副作用、ひど──くろいの。殺さなきゃ。1匹も残さない。こんなせかいになっちゃった、ばぱも、ままも、こいつらのせいで、死ね、死ね、死ね、死んでしまえ。滅んでしまえ、何もかも。
違う、そうじゃない。
今の私はもう、世界全てを恨んでなんかいない。
「ごめんなさいアイン、私に浄化魔法を」
「認識した」
歯を食いしばり耐えながら、なんとか手繰り寄せた正気でアインにお願いする。疑うことなく即座に飛んできた最上級の魔法のお陰で、段々と副作用の波も引いていく。
「ふぅ……」
やっぱり薬をキメるなら、自分の手製で作りたてじゃないとまずかった。フラッシュバックで心が壊れるのも不味いが、その前に薬でおかしくなっちゃ世話がない。
「もしや、何らかの副作用があったのかと確認する」
「ええ、まあ。消費期限は大切ですね」
そう言いながらスキルに腕を突っ込み、片っ端から古い薬を投げ捨てていく。耐えられる範囲の筈で作った薬の副作用でああなるなら、最近のもの以外は捨てた方が良さそうだ。
序でに通路を塞ぐ悪魔の死骸ごと、ばら撒いた薬は焼却処分しておく。一般人が摂取すると、間違いなく急性中毒死するような代物だし。
「色々と言いたいことはあると思いますが、先ずは司令室へ急ぎましょう」
「認識した。説教は後回しにしよう」
怒られることが確定した未来に若干嫌気が差しつつも、自業自得かと諦め剣を構えた。再び飛来した悪魔を斬滅しながら、目指す先は司令室。
戦場としては最後方である王城にまで攻め込まれているという現状、最前線がどうなっているのかなんて考えたくもないが……それを考えるのが、後方と指揮の役割だ。いやでもやるしかあるまいて。
「突っ切りましょう」
「了解した」
下着まで悪魔の血でぐっしょり濡れた装束のまま、血の臭いを引き連れて次の集団に突撃する。そうして歩みを進めていけば、数分もしないうちに玉座の間までたどり着いた。
硬く閉ざされた扉の前には無数の血痕と悪魔の残骸、そしてⅠ型魔剣を構えた一団が陣取っている。良かった、まだ司令室は陥落していなかったらしい。
「すみません、遅れました!」
「代わりに道中の悪魔は可能な限り殲滅してきたと報告する」
「助かる! こっちもそろそろキツくなってきてたんだ」
「悪りぃなお姫様、そっちは殆ど寝てねぇだろうに!」
何故ここにまで来ているギルドの連中とハイタッチしつつ、扉の前で一旦停止。扉を開けてもらうまでの間に、地面に継続的な癒しと治癒の効果がある魔法陣を刻んでおく。
「治癒の陣、魔力を流せば起動します。有効活用してくださいね」
「助かりますが、いいんですかい? こんな堂々と」
「適当に誤魔化しといてくれると助かります」
扉も開きつつある以上、小声でそっと耳打ちするにとどめる。しかしガタイは大きいし、獣人らしく耳は頭の頂点だしで遠い。アインに持ち上げて貰わないと届かないとは。
「姫さん、Ⅰ型魔剣余ってないか? あと2本ありゃあ、ここの全員に行き渡るんだが」
「要望は?」
「ピアッシャーとディフェンダーのどっちかを」
「両方あります、持ってけドロボー!」
「ひゅーッ、太っ腹ぁ!」
「ところがどっこい、最近レーションしか食べれなくなったのでガリガリですー」
あっかんべーと舌を出しつつ、まだ手元にあった魔剣を2つ投げ渡す。ディフェンダーで守りの陣を敷いて、ピアッシャーやスラッシャーで攻撃を行えば拠点防衛はやり易いのだろう。私は経験したことないが。
「ああ、そうそう姫さんと旦那。言い忘れていやしたが、そのカッコは何とかした方がいいですぜ」
「俺たちは見慣れてるからいいんだが、中の連中は卒倒するぞ?」
そう言われて自分の格好を見直せば、頭の天辺から爪先まで悪魔の返り血で真紅に染まっている。長い付き合いの
そんな辻斬りのように動いていた私と違い、アインはあまり血を被っていない。たがそれでも斬った悪魔の数が数だ。胸元辺りまでは完全に血の色に染まっており、顔や腕などにも飛び散った血痕が色濃く残っている。
「水も滴るいい男に、水も滴るいい女ってか!」
「どっちもまだガキ過ぎんだろ、まだお姫様15じゃねぇか」
「そもそも水じゃなくて血だったか!」
「紅の女王もこれじゃあ型なしだわな!」
こんな状況でも変わらない連中の笑い声に元来た道へ視線を送れば、ご丁寧に延々と続く2種類の血の足跡。悪魔に追いかけてくれと言っているような……いや、この連中が文句を言わないってことは、少なくとも不利になる要素ではないのか。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」
しかしそんな思考に沈み、すっかり身体に馴染んだ色に忘れていたことに気がついた時には既に遅し。完全に開いた司令室の中から、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。