最初にアクシデントはあったものの、なんとか入室することができた司令室。定位置へと飛び込み、システムに接続して私が知ることができたのは……もう、致命的に
5重に展開して万全を期していた筈のシールドは崩壊。
レーダーはノイズが酷く掛かっているが、それでも理解出来るまで市街地に赤色が濃く入り込んでいる。
そもそも大陸艦隊ニライカナイの半数は、まるで巨人が穴でも開けたかのように区画ごと轟沈させられている。
反撃の手段? 馬鹿を言わないでほしい。7割の迎撃武装が潰されている。
逆襲を計る? もう正規の戦闘職種の人は5,000人を……ああ、駄目だ。今4,000人を切った。
魔剣を集めて何とかする? それだって無理だ。その集める魔剣自体もうかなり無くなった。
Ⅰ型魔剣4601振り中、1554振りが。
Ⅱ型魔剣295振り中、129振りが。
幸い試作型魔剣と仮称“影打ち”の反応は全て残っているが、既にそれだけの魔剣が反応をロストさせている。
残り3256振り、それが少なくともレーダーで確認できる魔剣の本数だ。元々5839振りあったはずなのにそれしか残って居らず、使える状態かもわからない。回収できるのかも不明なのだ。
全員が1,000体【悪魔】を倒したところでまるで足りない。むしろ大半がⅠ型魔剣である以上、すぐに時間制限が来て終わりだ。端的に言って自殺以外の何者にも……いや、自殺にすらならないだろう。
「どうしましょうねぇ、これ」
「取り敢えず俺は、出来るだけのことやってから死のうと思う」
道理で見知った地獄を見てきた連中以外も、こんなフワフワとした、或いはのらりくらりとした気分でいる訳だ。
何もかもが遅かった。
手遅れだった。
完全に、詰んでいた。
「は、はは……」
気の抜けた笑いが溢れる。
駄目だった。全然、駄目だった。足りていなかった。
立ち上げてシステムも、構築した防衛ラインも、張り巡らせていた策も、憎たらしいことに全て真正面から突破されていた。しかもシステムの履歴を見た限り、やられた事はなんて事はない物量と質量のゴリ押でしかない。
生き残っていたデストロイ級2体のうち片方が? もう片方の尾を掴み振り回す事で鎖分銅のような武器にして? エネルギーをチャージした振り回された方を犠牲覚悟で大陸艦隊のシールドにぶつける?
「アヤ、状況は……やはり駄目だろうか?」
「駄目で済みません。もう、終わってます。完全に負けの形で」
耐えられる訳がないだろうそんなもの。遠心力を桁違いに蓄え自分自身も魔力を持った数キロ単位の質量体とか、寧ろよく1度だけでも防ぎ切ってくれた。
その後は大凡、想定していたリスク通り。シールドを失った事で外の悪魔が大陸艦隊に流れ込み住民の虐殺を開始。生き残った最後のデストロイ級によって、子供が虫を潰すような感覚で艦隊の半数は轟沈。リィンとミーニャ女王が被害拡大前に討伐してくれたものの、敗北……いや、こんな状況もう壊走か壊滅と言った方が正確か。
「やられました。もう、打てる手すらありません」
元々が戦闘艦なだけあって、ユ=グ=エッダが小破で済んでいることだけが幸いか。一度舌打ちをしながら、リィンとミーニャ女王に通信を解放する。
「リィン! ミーニャ女王! 2人はいま何処ですか!?」
『遅かったではないか! 余はユ=グ=エッダにて戦闘中じゃ、こちらは既に手が離せぬぞ!』
『私は艦隊の外で、可能な限り悪魔を減らしています。しかし、貴方がもっと早く……』
「まだ私たち、1時間ちょっとしか寝てないんですけどね!」
「同意する」
ボヤきながらも最低限、航行するためのシステムを復旧させていく。最初にシールド、次に艦隊制御、その次にレーダー、残った迎撃武装の再起動と続けていく。
同時に魔剣アヴァロンの未来予測と、拡張した演算能力による戦局推定も同時進行。過労と過負荷で流れ出す鼻血を無視し、その中で最も人が死なないルートを探していく。
「ミーニャ女王、好き勝手やらせて貰います! 後で罰は幾らでも受けますから!」
『構わないわ。この状況を打開してくれるのなら、何をしても罰に問うこともしないと約束しましょう』
よし、これで言質は取れた。最善の方向へ進めるとしたら、それしか手段はないとはいえ私は許されないことをしなければならない。
「ユビキタス、全解放。回線フルオープン。アイン、前線の指示は任せます!」
「認識した。逃走か、抗戦か」
「逃走一択ですよ、じゃなきゃ全滅です」
魔剣による未来予知によれば、このまま私たちが逃亡した場合の全滅確率は75%。拡張した脳による未来予測演算でも、このまま抗戦した場合は100%全員が死に船も落ちると理解している。
「操艦担当! 無事な山と河川、食料生産系ブロックをリストアップして下さい!」
「了解!」
「防衛班はダメージが甚大な艦との連結を解除、旗艦:王都シヤルフの防衛に専念! ここが落とされたら、本当に詰みます!」
「イエッサー!」
何せ艦隊のシステムは全てここで集約制御しているのだ。ズボラと笑え、だけど私1人しか作業のできる者がいないのだから、その方が圧倒的に効率が良かったのだ。脆弱性を考えてもやらなければ、この瞬間にすら到達出来ていなかった。
「迎撃班は主砲を拡散モードで順次発射、手が空いてる人は操艦担当がリストアップした船を王都の近辺に移動! 元の獣人界の形なんて無視していいですから、とにかく水・食料生産区画と王都だけは守るように!」
私はお義母さんやママと違って、未来を見る力はない。だから徹底的に勘は鍛えたし、なんなら外付けの
「ッ、戦力が足りない……足りなさ過ぎる……」
王が2人、最強が1人、聖剣モチヅキによる拡散砲、魔剣を持った古参兵が数百と余名に、歴戦の傭兵団が1つ。そんな頼もしい筈の戦力が、事実圧倒的という言葉が似合う戦力が、それでも状況の要求値に届いていない。
私とアインが前線に出たところで焼け石に水でしかなく、こちらの増援は見込めないのに向こうの増援は尽きることがない。玉兎の言っていた【
この状況を、なんとかすることが出来る可能性。そんなものがあるとすれば──
「一芝居、打つしかなさそうですね。皆さん1つ、お付き合い下さい。ミーニャ女王は、公開処刑の手筈を整えて下さると助かります」
『待って下さい! 一体何を──』
「大陸艦隊の大半を囮にして、現在無事な王都周辺ブロックだけを接続解除。ユ=グ=エッダの同型艦として再編して、一気に人間界まで突き抜けます」
三十六計逃げるに如かずとはよく言ったものだ。正直もう、それしか私には思いつかない。
『待てアヤメよ、そのようなことをすれば民が離れるぞ。魔王国であった黄昏計画を忘れてか!?』
黄昏計画。必要最低限の人員と戦力だけを艦隊から切り離し、合流するという希望を持たせて戦わせ続け、本体であるユ=グ=エッダは敵群から逃げ切ったという過去2度に渡って行われた作戦。その直後の国は荒れに荒れたと、システム整備の時アカネさんから聞いている。
「問題ありません」
だからこそ、対策も用意する。
「私が大罪人の娘アヤメ・キリノとして演説して、ヘイトを全部集めます。アインの幻術魔法があれば、映像越しの一般人くらいなら騙せるでしょう」
だってほら、こんなにも都合がいい
『──ッ!? だが、だがそれでは!』
「だから後で、リィンは
だがそれは当然、
みんなが望む、殺してしまいたいクソビッチ。
大罪人の娘、悪魔の子供、アヤメ・キリノという偶像を。
『ですが、本人を連れてきて使うなんて真似は出来ませんよ!?』
「問題ありません。私なら……姉弟子の真似を出来ます。潜伏している場所から出て来るなら良し、出て来ないで闇に潜ってもそれはそれで構いません。行動は制限できます」
『ならば何故、余の持つ培養槽を望む。よもや冒険者型人造人間を斬首するとは言わぬであろうな!』
「錬金術と薬学で使っていた、人体実験用の肉人形を作ります。多少おめかしさせれば、姉弟子っぽくはなるでしょう。生体反応はしてくれますし」
元々アヤ・ティアードロップはそう言う設定の冒険者だった。だから提案するのはおかしくもないし、演じることが出来るのも自然だ。まあ尤も、私が私のことを語っているだけなので茶番以下だが。
「もし報復されたらどうする!」
「私が対応します。姉弟子のことを知ってる人は分かると思いますが、あの人は直接人は殺しに来ても悪魔を誘引するような人じゃないので」
もし私がこういう風に利用されたら、確実に犯人である私を殺しに行く。警備が厳しかったら闇に潜るだろうから、何ひとつ間違ったことは言っていないし嘘もついていない。
『……わかりました。全軍に通達、今の作戦には生涯の箝口令を敷きます。各人、助けたい者がいるならば、王都周辺まで連れて撤退するように!』
『余の魔法によって、作戦の内容を漏らせば死をもたらす呪いを行使した! 司令室の決意を無駄にするでないぞ!』
「司令室の人たちも、一芝居お付き合い下さい。恨むのならば、どうか私を。もうどうせ、2ヶ月と生きられない身ですから」
筋書きはありきたりで、役者も凡庸。面白いものですらなく、齎す結果は最悪一歩手前の歌劇。
「アヤ……本当に、大丈夫なのかと疑問する」
「多分寝れなくなるでしょうね……でも、やらない訳にはいきませんから」
胃が痛い。
だがそれでも、この状況を覆す唯一の手だ。
心が軋む。
やるしかない。
泣きそうだ。
「認識した。辛ければ、幾らでも当方を頼って欲しい」
「……えぇ」
そして、魔法がかかる。
「んん゛ッ、あー、あー。よし、声もそっくりですね」
これまでずっと隣にいてくれたアインだからこそ、寸分の狂いもなくアヤメ・キリノの幻を形成出来ていた。
「映像班、中継準備!」
「問題ありません! ですが少し良いでしょうか?」
「はい、えっと、何か問題が?」
「そんな、今にも泣きそうな顔では誰も信じません。辛いでしょうが、もっと悪辣な、如何にもな顔を使った方がよろしいかと」
言われて確認してみれば、これから大虐殺をするような人間の表情を私はしていなかった。辛さと、苦しさで、泣くのを必死に我慢している子供のような顔。なるほどこれじゃあ、本意を果たせそうもない。
「それじゃあ皆さん、何か演技指導とかありますか!?」
「じゃんじゃか汚い言葉も使いましょう! 我々獣人のことを獣畜生と罵ったりとか!」
「ジェスチャーで首を切るのもいいと思います!」
「アイン殿を縛り上げて、司令室を乗っ取った演出も加えると良いかと!」
そういう物なのか。偶像一本だけでは、憎しみの矛先を集中させるには足りないらしい。だがアドバイスはアドバイス、やれるだけの準備を施していく。
「今度こそ映像通信をお願いします、獣人界全土に!」
「了解! 放送開始まで3、2、1──」
◇
夜明け直前の悪魔の襲撃という未曾有の、どう考えても王城の警備が雑だったとしか思えない大事件。虐殺の炎が吹き荒れる地獄の底で耐えに耐えていた一般人にとって、その映像通信が繋がる音は希望だった。
やっと助かる、やっと救われる、こんなに遅いなんて何をしていたんだ。口々に呪詛を呟きながら、息を潜めて映像通信に目を向けて──
《やぁやぁ、意地汚く生き残っている獣畜生諸君。どうせ皆知っているだろうけど、改めて名乗らせて貰うよ。私の名前はアヤメ・キリノ、君たちの敵だ》
そこに映った大罪人の娘と
《いやはや、笑ってしまったよ。少し悪魔を手引きしただけで、ここまで簡単に憎たらしい王国が落ちたのだから。肝心の戦力も軒並み迎撃に出ているおかげで、ここの制圧は欠伸が出るほど簡単だったよ》
悪辣な笑みを浮かべて嘲笑する大罪人の娘に、誰もが顔を歪め罵りの言葉を吐き出す。責任を取れと、こんなことをして何をするつもりだと。今まで自分が必死に息を殺していたことも忘れ、背後に迫る悪魔の姿すら忘れて。
《責任を取れ? 何をしたいのか? 理由なんてある訳ないじゃないか。まだ9歳の子供を試し切りに使って、魔法の的当てに使って、服も食い物も街で生活する権利すら奪ったのはお前らじゃないか。今更タスケテー? ナニヲスルー? はっ、馬鹿らしい》
あからさまにこちらを煽る言葉の数々、それに耐えきれず1人が呪いの魔法を映像の向こうにいる怨敵に向けて解き放つ。
《チッ、話も聞けないのか獣畜生は。躾のなってない塵屑どもめ。だがまあ、いいか。生き残りをかけて殺し合わせようとでも思ってたが、やめた。恨むなら私に魔法を打ったバカを恨むことだな》
異常な心理と匿名性に甘えた結果は、言わずもがな。あっさりとカウンターを喰らい、全身から血を噴き出して男は死亡する。
《今から大陸艦隊のほぼ全てを排除して、悪魔の群れに放り出す。私が逃げ切るための体のいい囮だ。泣いて喜べ駄獣ども。私は優しいからな、紳士淑女だと自称する貴様らと違って、水も食い物も武器もそのままにしてあげよう》
尤も、生き残れるとは思ってないが? と笑いながら言葉が区切られる。そして腐り落ちても獣人は獣人、ここまで煽られて黙っていられる者はいない。だからこそ、王城を目指そうと立ち上がったのだが……
《ああ、言い忘れていた。私は物語の悪役のように優しくはないからね。この放送をしている時点で、艦隊の大多数は切除済みだ。残念だったね》
絶望に染まる思考の中、あまりにも小さくなってしまった獣人界にシールドが展開され、その姿もすぐに見えなくなる。航行用の光学迷彩術式、その真実を知る者は切り離された側にはいない。だがそれでも、心に残った柱をへし折るのには十分すぎる破壊力を持った光景だった。
《ふ、くく、出来ればこの目で見たかったよ。私をゴミのように扱ってきた獣畜生が、悉く絶望する顔をねぇ!》
『ようやく、辿り着きました!』
しかしそんな映像は、横合いから現れたミーニャ女王の拳によって集結する。諸悪の根源は殴り飛ばされ、希望の光が訪れる──かに、思えた。
『映像放送中断。艦隊の進路変更を!』
『……くく、無駄、無駄ぁ。この私の細工を突破するなら、それこそ我が母でもなければ不可能だ。最早異世界の文字を読める者もいない、こんな世界ではなぁ!』
映像が断ち切られ、黒い画面だけが放送に映し出される。それから響いてくるのは、悲鳴のような報告と航路変更が不可能だと言う事実だけ。何度も鈍い音で笑い声を掻き消されながら、それでも大罪人の娘は笑い続けていた。
放送が断ち切られる直前、語られたのは大罪人の娘は捕らえられた真実だけ。啜り泣くようなごめんなさいと言う言葉だけが、何度も何度も、何度も何度も何度もモニターから響き──最後には、維持できなくなった通信がプツンと途切れる。
『████?』『████████』『██!』
そうして切り離された艦隊に、わらわらと群がっていく無数の悪魔達。悪魔に打ち勝つことが出来る人物は少なくなかったが、争おうとする者は1人もいない。何せ彼らは、今も変わらず停滞の
抗うことができたのは、一部の獣と魔物が精々。だがそれも長く続くことはなく、分離から1時間。切り離された大陸艦隊、最盛期の凡そ半数に及ぶ船は全て轟沈した。
全ての元凶、大罪人アヤメ・キリノへの恨みと呪詛を撒き散らして。
◇
そんな、1から10まで茶番で構成された放送が完全に途切れた後。私の胸内に残っていたのは、虚しさと嫌悪感だけだった。途中から、思っていたことを吐き出していた。自分の醜い本心が腐汁のような心が溢れて止まらなかった。
果てに、なし得た正真正銘の復讐。復讐はスッキリするとか、自分の気持ちに整理がつけられるとか見聞きした覚えはあるけど……全然、そんなことはなかった。自分の汚い部分を直視してしまったのと、止まらない呪いの対処もあって、ただ純粋に──
「気持ち悪い」
よくやったという賛美の声も、まるで本物みたいだったと言う健闘の声も、大丈夫かという心配の声も届かない。気持ち悪い。気持ち悪い。ただただひたすらに、気持ちが悪い。ほんの少しでも、あんな言葉を吐き出して気持ち良くなっていた自分が気持ち悪い。吐き気がする。
「お、ぶぇ……」
アインが使ってくれた、幻術が解けたのが引き金だった。
今朝も吐いてしまったというのに、再び胃から迫り上がってきた物をビチャビチャと吐き散らす羽目になった。演出としてミーニャ女王に、司令室の端まで吹き飛ばされていたことが幸いした。ここなら幸い、そこまで強く迷惑をかけることはない。
自己嫌悪が、酷い。
私がここまで、全てを憎んでいるなんて思わなかった。恨んでいるなんて思わなかった。絶望して欲しいなんて、報いを受けて欲しいなんて、自分と同じ目にあって苦しみながら死んで欲しいなんて、思っているなんて知らなかった。
これじゃあ、同じ穴の狢じゃないか。
私が見殺しにした連中と、何も変わらない。
自覚してしまった暗く、醜い、薄汚い本心に。闇色に染まった自分の素顔に、それでもなお被害者面をして善人ぶろうとしている自分を、もうどうすればいいのかすらわからなかった。