残火の鳥は天高く、剣の墓標を知らしめす【03】
「刃金を穢せ、我が絶望──無明の
溶け落ちた天井から覗いた、火の粉が舞い散る黒天の空。数百体の金烏から、世界と己を呪い穢す呪詛じみた
「晶樹接続・還元解除
生死の円環は崩れ落ちた
騎士の誇り、忍びの忠義は打ち捨てられ、2羽の鴉は絡れ堕ちる」
金烏が持つ数百本の推定聖剣
これまで感じた、どの聖剣や魔剣とも違う濁った魔力。異様な雰囲気を醸し出しながら流れ落ちる力に、金烏の身体に埋め込まれたクリフォト結晶が共鳴する。
これまでの墜星と比較して、文字通り数百倍の力の共鳴。音叉のように広がった波動が、全ての金烏に共鳴したことによる暴力的なまでの停滞の強制。人も悪魔も時間も全て例外なく、抵抗すら許さず世界が静止した。
「千切られ堕ちた連理の翼、摂理を歪める
許さない、許さない、心に灯った憎悪の炎、この身を
砕け散るは世界の命運、異界が閉ざじた平和の幻想
勇ある者から命を散らし、無辜の民草が死に絶える地獄界が広がった!」
静止した世界の中、叩きつけるように吐き出されるのは憎悪の念。
その姿はあまりにも、かつての私そのもので。
頭より早く心が
どうしてお前らは、のうのうと生きている。
何で自分だけがこんな目に合っている。
今なお私の心にも燻り続ける、熾火のような恨み節。私と金烏の人生が違う以上細部は変わるだろうが、根幹となっているのは間違いなくそんな思い。自分も他者も拒絶して、自他全てを壊さんとする物だった。
「ああ、心優しき幼銀よ、どうか私を呼んで欲しい
我らは既に
此くして獣の星は地に堕ちる」
しかし、ここで口調ごと詠唱が切り替わった。
これまでの破滅を望む誰かから、何かを一念に思う狂信に近い別の祈りに。そして詠唱に含まれた
心で振るう聖剣で2つの心が見えた以上、示される答えはただ1つ。金烏は1人でも、どういう個体の分身でもない。異形の姿が示す通り、あれは2人の英雄が何かで無理矢理接続されている。
「劔の
瞬間、再度一変する詠唱の気配。
「朝日に飛び立ち世界を巡りて幾星霜、裁きの刻限が訪れた
2羽は砕かれ黄昏に、日と火の底より甦る」
呼び起こされるは、悪意に歪み反転した自縛と自己愛。何もかもに嫉妬を撒き散らしながら、未来も過去も焼き焦がす現在が来襲した。
どくん、どくんと脈打ち始める金烏の魔力。共鳴し、天井知らずに高まる力。滂沱の涙がごとく流れ続ける滝のような魔力が、やがて1つの大きなうねりを生み出していく。
「
残火の鳥よ
描き出されるのは精緻な紋様。
記録が確かであれば、数百人規模で行う超大規模の儀式魔法。
次元に、魂に干渉する魔法の極限。
考えてみれば当然の話だ。《
「黒き血潮に染まりし
金烏が詠唱を終えた瞬間、幻聴かはたまた本物か、世界に致命的にナニカが破綻する音が響き渡った。
天を覆い尽くした魔法陣を、遍く全てに見せつけながら。火の粉で作られた羽根が舞い散る世界に、異界へ繋がる光柱が屹立する。
「
爆誕した力の総量に、堪らず砕け散る停滞の縛鎖。
既に時間は正しい流れを取り戻し、私たちの身体を縛る力はなくなった。だが動けない、否、何をしたところでもう意味がない。既に術式は発動しているのだ。ハッキングすら間に合わない。
そんな私たちを睥睨しながら、掲げた細身のスリーハンデッドソードを金烏が振り下ろす。それはさながらオーケストラの指揮者のようにも、号令を下す騎士団長にも見えて。
「
言葉と共に光が爆発し、世界が暗転した。同時に発生した地面へと押さえつけられる強烈な圧力と、先程のカウンター時とも比べ物にならない程の激震。
「く、ぅ……!」
「何が……!?」
混乱とどよめきが広がるが、
「ようこそ、
金烏の宣誓と共に、全ての振動が消滅。重力が打ち消された浮遊感が纏わりつき、開けた視界が広がった。
しかし見えたのは自然豊かな獣人界でもなく、呪いに滅んだ魔界でもなく、嵐の壁に閉ざされた人間界でも、悪魔の蠢く空や海でもない。私たちが知るどんな風景ともかけ離れた、灰色の世界だった。
眼下に広がるは無惨に荒れ果て、ひび割れ、数多の
曇天の空には蒼色の結晶が時間に取り残されたように、散々と千切れながらも存在している。音もなく降り頻る灰も、所々空中で時間が止まったように固まっている。
降り積もる灰に埋もれるように存在するのは、透明なガラス、鉄筋、コンクリートにプラスチック。もう10年は見たことのない、魔法が存在しないことを前提に作られた技術の残骸。明らかな異文明の末路が、地平線の彼方まで延々と広がっていた。
「ここは、何だと当惑する」
さらに目を凝らせば、無数の
そして、眼下に倒れ朽ちた大きな赤と白の電波塔は。遠く潰された地平の向こう、地形が歪んでなお聳え立つ特徴的な形。曰く不死の山は、見間違えようもない。つまり、いま私達がいる場所は──
「東、京……?」
アインの疑問に思わず、当惑のまま言葉が溢れた。
正直、断言は出来ない。何せ私がこの世界を、日本を訪れたのは最低でも10年は昔の話。英雄戦争が末期化する前に数回、パパとママに連れられて来たきりなのだ。記憶も相当に曖昧だし、そも世界自体があまりにも変わり果ててしまっている。
私が知る地球という世界は、日本という国は、東京という都市は、こんな瓦礫の山じゃない。魔法という技術体系こそ存在しないが、代わりに科学が発展した高度な文明だった。
「そうね、銀灰の巫女。此処はかつて東京と呼ばれていた都市の成れの果て。憎き【悪魔】共に滅ぼされた世界の1つ、地球にあった我らの故郷」
炎の翼を羽撃かせ、剣を構えた金烏の群れが語る。黒金の瞳に映るのは郷愁か後悔か、折り重なり過ぎて私には分からないけれど。私たちへ向けるものとは別種の色が見て取れて。
「既得権益とくだらない見栄で、
それを塗り潰す程の、暗く澱んだ悪意が全てを覆い隠していた。
一体何が起きたのか?
私たちを、そこまで憎んでいる世界に連れ込んだのは何故か?
無数の浮かび上がった疑問を、刃と共に叩きつけようと一歩踏み込んで──突然、がくんと世界が揺れた。
「航行システムに不具合発生! 大気中の魔力含有量が1/10に減少してます。どうして!?」
「大陸艦隊及びユ=グ=エッダ、急速降下開始! 高度10000……9000……8000このままでは墜落します!?」
「ッ、機関最大! 無理でも無茶でも、なんとか持たせて下さい!」
悲鳴のようなミーニャ女王の叫びが響き、計器類が軒並みエラーとアラートを響かせる。自由落下の強烈な圧力は手遅れになる前に打ち消したが、艦の落下自体は止められない。
『仮想海の展開不全を確認、空間干渉が不完全と指摘します』
『了承、緊急着陸プロトコルに移行──失敗したと報告します』
『仕方があるまい。余の権限において、ビフレストを下方に集中展開! 軟着陸を実行せよ!』
錯綜する通信の中、こんなことが起きた理由が聞こえてきた。
こんな巨大な船を空へ浮かべる為のシステム、仮想海が十分に作動していない。大気中の魔力を利用して出力を賄う設計が災いしたのだろう。船の重量を支えるだけの浮力を確保出来ていないらしい。
「アヒムさん! エネルギー供給を兵装群から飛行システムとシールドユニットへ!」
『既にしている。だがこのまま迎撃を止めれば死人が出るぞ』
「当方達が出る!」
通信に割り込んでアインが叫んだ。
どうにも誘い出されているような気がしてならないが、私達が取れる手段は事実それしかない。墜落の阻止には関与できず、プログラムの書き換えもこの状況では混乱を招くだけ。ならば手隙である以上、今まさに此方へ急降下している金烏の迎撃こそが責務だろう。
「アインは直掩を、金烏は私が!」
金烏が溶断した天井の裂け目から飛び出したアインを追って、エターナルを順手に握り空へと飛び出した。
途端、殺到する数百では収まらない魔法の嵐。
ここまで迎撃兵装へ向けられていた攻撃だ。いまだに弾幕を貼り続けられているユ=グ=エッダと違い、ニライカナイの攻撃性は貧弱。そんな状況でも拮抗勝負を成り立たせていたアヒムさんを、防衛に回した代償がやってきた。
「でも、この程度!」
「屁でもないと否定する!」
刹那、煌めく銀の光条。アインが握る聖剣の銃口から
本来ならさほど意味がない筈の行動だが、光を浴びた魔法が次々とその場で暴発か消滅する。これぞ不死殺し改め、魔法殺し。
強い浄化を帯びたリィンの鱗を触媒とした、昨日手慰みに開発した大規模戦における手札の1つ。直撃させた魔法に対する魔力の供給をカットし自壊させる
「シッ──!」
急速に離れていく大陸艦隊を背に、更に空を踏み込み加速突撃。そうして私は、空を舞う無数の金烏の1人と肉薄した。
「存外素直なようで助かったわ、銀灰の巫女」
「熱烈なお誘いどうも、貴女の目的を答えてください」
「なんでも教えて貰えると思ったら大間違いよ」
「ならば言い方を変えます。答えろ、金烏」
光刃とスリーハンデッドとの鍔迫り合いの中、言葉とはタイミングをずらし刃を滑らせて玉兎の指を断つ。引こうとした金烏の動きを聖剣で一瞬だけ静止、テンポを崩して返す刀で腕を2本断ち切る──寸前、腕一本を犠牲に刃を受け止められた。流石にそこまで上手くはいかないか。
「決まっているわ。貴女も散々聞いてきたでしょう? 世界を救うことよ」
「そんな言葉の一点張りで伝わるか!」
結晶化し砕け散る中から再生した腕が、細身だが巨大な剣の柄を握る。そうして振われる3本腕で使う前提の巨大な刃。相対すらしたことない異形の武器だが、当たればひとたまりもないだろう。
「贖え、知れ、お前たちが闇に葬った英雄戦争を、その結末を身に刻み込め。そう言っている!」
風を切って長大な刃が乱舞する。見知らぬ武器、必死の一撃、僅かでも気を抜けば命を取られる筈、なのに……動きが読める。どうにも何か型のようなものが見て取れる。
「だったらどうして、滅んだ世界に私たちを追放した!」
「
わざと剣を受け、衝撃を流しつつ後方へ弾き飛ばされる。突けば情報を零す、そう確信しての煽りだったし期待通り情報は漏らしてくれた。
だが、出てきた情報の量が多過ぎる。
「ならば何故して、私とアインだけを引き摺り出した!」
息を整え再度突撃。段々と読み取れてきた金烏の剣に当たりをつけつつ、再び言葉を吐き出した。
「この期に及んで……ッ! 世界を救う鍵なのよ、貴方達は!」
「救世主なんか御免なんですよ!」
「この分からずやが、それしかもう手は残ってないんだ!」
再び、金烏と鍔迫り合った。
単純に防御が上手く、迂闊に刃を通せない。コロコロと口調は変わるが動きは一定、根底に騎士剣術の流れを感じさせる強い剣だ。だが、三次元戦闘を前提とした剣技でないのは明白。私だってそれなりに歴戦だ。そういった手合いの殺し方なら心得ている。
「ロクな説明もなしに、理解なんて出来るか!」
魔剣クラッシャーを起動しながら、空いている義手で鍔迫り合う光刃を裏側から打撃した。至極単純な邪剣、喧嘩殺法の崩し技。だがそういう物こそ、正統派には意外と効く。
「くっ──」
「私たちより強い癖に、なんだって出来た癖に、私たちにばかり背負わせて!」
金烏の剣がくの字に歪み、全身から結晶の破片が飛び散った。
「どこか遠くで、世界なんて勝手に救って、勝手に満足して下さいよ!」
逆手に持ち替えた光刃を縦横無尽に走らせる。聖剣による完璧以上に完璧な身体制御で、本来なら物理的にありえない挙動すら違って千々に金烏を切り刻む。不死殺しの力も載せて。
「迷惑なんですよ、何処までも!」
「
光の粒に変える金烏を吹き散らし、無傷の金烏が突撃してきた。振りかぶられたスリーハンデッドに、武術としての防御は間に合わない。
「チッ──!」
「こんな手段、取っている訳がないでしょうが!」
咄嗟に展開した防壁が僅かな拮抗の後、炎を纏った刃に貫かれた。だがその一瞬が稼げれば十分、エターナルを手放して両の掌に極低温の冷気を集中。柏手を打つような体制で、運動量ごと凍結させ炎剣を白刃取る。
「私たちじゃ、クリフォトの眷属じゃ███を殺せない! あの2柱を解放できない! ███・███と███・███を殺せるのは、貴方達しかいないのよ!」
言葉に聞き取れないノイズが混じった。金鳥が感情のままに叫ぶ、何かについての情報が一切伝わってこない。対策されたか、或いはそもそも認識出来ないのか。理解は出来ないが、理解した。
「あの人たちの眷属になった今、私達はもう神にはなれないのよ! だから『獣』は殺せなかった、助けられなかった!」
「神に──私たちから、
捻り上げ弾こうとした剣が、どういう訳か手元から消滅した。見れば、明らかにアイテムボックス系列のスキルから同形の剣が引き抜かれている。っ、やられた。自分がよくやる手なのに考慮の外だった。
「そうしなければ、世界が滅ぶ!」
「たった48日、愛する人と生きる理想すら許されない世界なら──」
手放していたエターナルを義足に引っ掛け金烏に投擲。問答無用で身体を突き破り停止。そこを起点として、魔剣マンチニールの能力を起動。金烏の体内から無数の宿木が剣山のように突き出して、その存在を消滅させた。
「
暴走する感情に任せて叫び、気配と音、姿をも消し迫っていたもう1人の金烏に拳を叩き込む──その寸前。カチリと、何か欠けていたパズルのピースが嵌まったような、巨大な機構を回す最後の歯車が嵌まったような、小さく、けれど致命的な音が聞こえた。
「あ、え……?」
不死殺しの殺人拳を受けて金烏が内側から爆散して消滅する。
だけど、そんなこともうどうでも良い。冷水を浴びせかけられたかのように、沸騰していた思考が冷えていく。同時に認識した。いま私は、致命的に言ってはならないことを口にしたと。
回収していたエターナルが、両足の義足が、聖剣が、どくんと強く脈打った。私の知らない何かが、術式……プログラムが走り、私たちの聖剣を書き換えていく。否、書き加えられていく。
「頃合いね」
聖剣を、聖剣たらしめる何かが。
自分の中に眠っている醜悪な何かと、向き合いさせられる為の何かが。
「次、貴方と相見えた時。その時こそ決着をつけましょう、銀灰の巫女」
全身を虫が這いずり回るような不快感と、見せつけられた私の内に封じ込めていたヘドロの様な本心に、ドラゴンにでも睨め付けられたような身体が固まった。
落ちていく、落ちていく、灰の空を。
そんな私を見て、満足そうに金烏は微笑み、血相を変えてアインが飛んできて────私は、意識を失った。
アヤメ 残り48日
アイン 残り62日
残存正規兵 約2,000人
残存人口 約500万人
感想と評価&コメントありがとうございます!
《神威抜刀 フツノミタマ》
一般的な人種族程度の大きさを持つ燃え盛る鳥、かつての時代不死鳥と呼ばれた魔物が核となっている聖剣。現存する本数が片手で数えられる程度の人間界型の魔剣と同種であり、人体と融合して完成する。
始まりの過ちは、結び付いた怠惰との縁を律し節制することで力に変えたこと。
次なる過ちは、全てを忘れることに甘んじて、捧げた忠義に尽くせなかったこと。
故にこそ嫉ましい程に黒き絶望の壁は聳え立ち、高く、遠く、無力に嘆く未来に結末した。
所有者 : 墜星・金烏
【能力】
基準値:B+ 限界値:EX
照準:EX 範囲:A 操作:C
維持:EX 強度:C
【詠唱】
刃金を穢せ、我が絶望──無明の
晶樹接続・還元解除
生死の円環は崩れ落ちた
騎士の誇り、忍びの忠義は打ち捨てられ、
千切られ堕ちた連理の翼、摂理を歪める
許さない、許さない、心に灯った憎悪の炎、この身を
砕け散るは世界の命運、異界が閉ざじた平和の幻想。
勇ある者から命を散らし、無辜の民草が死に絶える、地獄界が広がった
ああ、心優しき幼銀よ、どうか私を呼んで欲しい。
我らは既に
此くして獣の星は地に堕ちる
劔の
朝日に飛び立ち世界を巡りて幾星霜、裁きの刻限が訪れた
2羽は砕かれ黄昏に、日と火の底より甦る
残火の鳥よ
黒き血潮に染まりし
ー
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇700%
・生物特効400%
・悪魔特効1500%
②限界駆動
・空間支配による時空間停滞
・異世界転移能力
・自身の魂を分割することによる分身