あれからリィンの愚痴を聞きつつ、ちょっとした宴会のような形になった翌朝。ユ=グ=エッダの貴賓室で目を覚ました私たちに、速報が飛び込んできた。
即ち、有益な情報の発見。具体的には『
『──ということで、数少ない現状を図り得る情報よ。タツミヤと私だけじゃ手が回らないの。是非、日本語が分かる貴方にも手伝って欲しいわ。アヤメ・キリノ……いえ、この場合は霧野 文目と言った方がいいかしら』
「普通にアヤメでいいです。もしそう呼びたいなら私もアカネ・ブラウ・スカイフォレストじゃなくて、んんっ、あーあー……『貴方のことは鈴森 朱音とお呼びすることになりますが、それでもよろしいでしょうか?』」
アインと並んでベッドに腰掛けたまま、対面するアカネさんに言葉を返す。途中で共通語から日本語に切り替えてみたが、やはりしっくりこない。
協力することに否はないがそれはそれ。なんというか気持ち悪いので、日本語って。古代魔法語とかで話している気分になる。
『……OK気持ちがよくわかったわ。お断りね、ノーセンキュー』
共通語と比べて発音も筆記も読解もあまりにも面倒くさいし、表現も迂遠だし、同音異義語が多過ぎる。それに加えなんなんだ3種類の文字を組み合わせて表現するのを前提に、複数の他言語の言葉も取り込んだ言葉が会話に出てくるって。正気じゃないだろう。
「リィンはアヤメ達が、何を話しているのか分かるかと疑問する」
「うむ? うむ。余はこれでも王として作られておるからな。所謂方言のような変形言葉でなければ問題ないぞ」
「では当方だけが理解出来ないのか……」
などと後ろで話している以上リィンも誘えばと思うが、昨日の愚痴から察するに書類が山のようにあるのだろう。きっと、こちらの処理に関わることが出来ない程に。
「あれ、でもアインも前分かるって言ってませんでしたっけ?」
「肯定する、読解はある程度可能だ。だがそこまで自然には話せないと否定する」
「七面倒くさい言語ですもんね」
実際、読めるだけで大した物だと思う。基本左から右に読む共通語が主流な現代で、時代や書き方次第で左から右、上から下、途中で文を巻き戻して読む、なんて意味不明な処理をする必要があったりもするのだし。
「それで、私たちは何処に行けばいいんですか?」
『ここで構わないわ。この機体の後部をそのまま、ワークスペースとして使って頂戴。その方が情報の共有・修正・吟味が楽だもの』
「……それもそうですね」
空中投影型のウィンドウが多数展開され、そこへ無数の情報が濁流のようにぶち撒けられた。あり過ぎる量は問題だが、確かにユビキタス・ネットワークの運用はこれが正解だろう。
3人寄らば文殊の知恵とは正に。人海戦術(個人)に集合知、組み合わせたそれは叡智に等しい。
「探している情報は?」
『悪魔に関する物を中心に、世界がどうなったのかを知りたいわ。ここが私の両親の故郷なら……地球なら、きっと私たちの世界に帰る方法があるはずだもの。あの金烏が持っていた聖剣以外で』
何せ私やアカネさんは、所謂転生者の2世というやつだ。私たちが存在するという事実が既に、何らかの世界を飛び越える術の存在を証明している。
だがそれ以前に、私もどうして世界がこんなになっているのかを知りたい思いはある。そういう意味では、ある種の渡りに船か。
「私自身1つは世界移動の魔法を知ってますし、恐らくあるかと。あの【終末】の中に帰っていいことがあるかは疑問ですが」
「肯定する。ともすれば、こちらの世界の方が環境がいい」
世界移動の魔法を使っていない理由は、単純に魔力次元があまりにも足りず使えないという点が大きい。だがアインの言葉もまた、偽らざる事実だった。
空は悪魔が覆い尽くし、大地は悪魔が埋め尽くし、襲撃が絶えず休む暇すらないというのに、市民からの突き上げは止まない地獄のような元の世界。それと今のどちらがマシかと問われれば、言わずもがなだろう。
『けれど、墜星が招いた世界よ。それに戦争を知れとご高説を垂れた以上、何かがない方がありえないわ』
「同感です」
金烏曰く、【終末】を祓えなかった末路。戦争の結末を見せる為に呼んだ世界がこの地球だ。その結果私たちを神にして、何かを殺させることを目的にして。
……だが、考えるにも情報が足りな過ぎる。分かるのは墜星が殺させようとしている対象が、恐らく神かそれに準ずる何かということだけ。出来ればそこら辺も探りたいが、まずは現状の把握からだ。一歩ずつ、少しずつ、私たちに出来ることはそれしかない。
「ところで、金烏は見つかりましたか?」
無数の情報から、アインと一緒に新聞を出版社ごとに分別。アインも日付は読めることが分かっているので、バックナンバーを揃えていく。順番ごとに追っていけば、少なからず分かることもあるだろう。
『いいえ、残念ながら。潜伏しやすそうな地下を重点的に探しているのだけど、馬鹿げた広さと枝分かれの多さでてんでダメね。出てくるのは悪魔とシェルターばかり、気が滅入ってくるわ』
「それは……ご愁傷様だと慰める」
『別に構わないわ。こうして情報も集められるし、この世界のコンピューターのお陰で私の演算速度も上がったもの』
などと世間話をしながら作業している内に、リィンは別のアカネさんにズルズルと引き摺られていった。悲しげな旋律の鼻歌をわざわざ念話で流していたけど、無視をしたのは許して欲しい。藪を突いて蛇を出したくはないのだ。
『さて……これで分別と順番は揃ったわね。それじゃあ私は、SNSとネットニュースのデータ分析に戻るわ。あとは適宜報告してちょうだい』
「了解です」
そうして作業すること凡そ1時間。全てが全て揃っている訳ではないのだろうが……合計3社、凡そ15年分の新聞が、私たちの目の前にはデータとして纏められていた。その中でも、最も古い新聞。その日付けは──
「西暦XX46年(嘉徳18年)6月16日(木曜日)の朝刊、ですか」
ただしこの新聞、データ自体が大きく欠けていて正確な西暦すらも読み取れない有様だった。その他の新聞と流し見した内容から察するに、多分西暦2000年代であることは推定出来るが……まあ、あまり当てにしない方がいいだろう。
頭の片隅にそんな考えを置きつつ、読むことすら非常面倒くさい言語を読み進めていく。
内容は至って普通というか、平和そのものだ。なんとかという政治家が何をした、五輪?なるスポーツらしきものの結果、白黒のクマみたいだが弱そうな生物が日本に来た云々に、テレビの番組表etc……なんというか、拍子抜けする程に何もない。平穏、平和、そう言って問題ないだろう内容がつらつらと書き連ねられていた。
「見つけたと報告する。恐らくコレは……」
そんな日常が崩れる片鱗を見せたのは、同年同月24日の朝刊だった。新聞の一面、大々的に特集されている記事に添付されている写真。それに写っているものは、私たちがよく知っている生命体だった。
「悪魔ですね。レッサー級とソルジャー級の」
千葉県沿岸部に謎の生物の死骸が漂着。某国の生物兵器か!?
新聞の一面にそんな見出しと共に、見慣れた悪魔の死骸が映し出されていた。他の会社の新聞も集めてみたが、大凡同じようなことが書かれている。読んでみた限り、日本生???とかいう組織で、分析にもかけられたらしい。組織名の後半は漢字が難しくて読めなかったが、曰く──
・既存の生物とは違う分類が不能な生命体
・表皮や体内から無数の未知の細菌を発見。未知の感染症の発生懸念。
・体表面は柔軟だが拳銃弾を弾く高度を持っている
・防刃性能も極めて高い
・新型の兵器に転用する可能性
・推定筋力は10cm鋼板を貫ける程度
・消化器官の内部には、人間だったと思しき肉片が存在
・その他要因から考え、捕食性の肉食生物であることを推定
・DNA解析とゲノム分析?の結果、霊長類の近縁種であることを推定
・生殖器は存在せず、単為生殖を行う可能性
・未知の変形特性を確認、ヒト型の死骸を複数体集めた研究所でサソリ型が合体するようにして発生したとの報告。死傷者多数
その日の夕刊までで、それだけの情報が上がっていた。私たちには分からない、否、多分失われてしまっていた情報の数々が。
「……怖い、ですね」
「肯定する」
確かに有用な情報だし、私たちが探していたものでもある。だけど、だからこそ、1日も経たずにそんなことまで調べ上げられてしまうことがとても恐ろしい。早過ぎるのだ、あまりにも。
「だが、情報自体は有用だと認識する」
「それは認めざるを得ませんが……それでも」
未知も、不明も、神秘も、何もかもが解明され解体され尽くしてしまうような形のない不安。全てのモノを既知へと降し、己が頂点にあろうとする傲慢。驕り。傲岸不遜。この世界の人間ではない者であるからか、そういうものが記事からチラついて仕方がない。
翌日も、翌々日もに繰り返される特集記事。
他国でも同じ生き物が打ち上がった話、
未知の病気が流行し、ワクチンが作られ、新たに兵器が開発され、破壊され、お金を湯水のように溶かしながら大量生産と大量消費が続いていく。やがて、悪魔の身体を利用した兵器と装備が生まれた。利権が生まれて、国と国とが利権を取り合って──12月14日の夕刊に、宣戦布告という文字が見えた。
「まったく、理解ができないと否定する。どうして、どうして悪魔の襲来が始まっているのに、人間同士で戦争なんて始めている」
「分かりませんよ、全然……」
47年に入ってからの新聞は、明らかにまともな雰囲気が消え失せていった。
戦局の報道、戦死者の数、第三次世界大戦とかいう文字、核兵器の使用、悪魔、死、戦争。今、こうしてアインと読んでいる異世界人の私でも分かる欺瞞報道。これまであったパンダとかいう生き物の話も、芸能人の話も、競馬とかいう賭けごとの話も段々消えて行って、戦争一色に染まっていく。
人が、人のように扱われないで死んでいく。消えていく。
1月の頃にはあった反戦・戦死者に対する追悼の報道が消えていく。戦況と数しか報道がされなくなっていく。3月には明らかに負けている戦局の場所が報道されなくなっていく。7月には勝てと、負けていないと、戦争へと駆り立てる言葉が増えていく。
「うっ……」
透けて見えた悪辣に、吐き気が込み上げてきた。
分かっているつもりで、全く私は分かっていなかった。ママの世界を。私たちのような魔法文明ではない世界を。科学と数の暴力から成り立つ世界を。私たちと違ってステータス画面なんてない筈なのに、全てを数値と金銭という
価値観が、壊れていく音がした。
私の知っている最悪の期間、戦後の獣人界でもここまで酷くはなかった。あれでも所詮は弱肉強食の延長線、理解が出来た。人の悪意というブレンドこそあれ、自然の流れに沿った形で全てがまだ巡っていた。
だけどこの世界は、違う。根本からして別物だ。人が人じゃない。全てを喰らい使い潰し消費しながら、前へ前へと進み続ける生命体に成り果てている。……気持ちが悪い。
「アヤメはもう、あまり読まない方が良いと提言する。これは、毒だ」
当然、読むのをやめるつもりはない。ので、お言葉に甘えて膝の上に座り直して問いかけた。
「アインは大丈夫なんですか?」
「肯定する。これでも
「……強いですね」
「こんなもの、成ってはならない強さだと否定する」
哀しそうな、或いは冷え切ったような目で、冷徹にアインが言葉を切り捨てる。
嗚呼きっと、神や魔法ですら地球人の手にかかれば消えてしまうのだろう。冷たく平らで確実に、手を触れることもせず遠くから全てを
『その程度の悪意でダメになるなら、ネットには触れない方がいいわね。こっちはもっと剥き出しの感情だから、慣れてないと心が壊れるわ』
「どれだけ酷いんですか、この世界は」
『どこまでもよ。良い人も当然いる、私みたいに比較的マシな人間もいる、貴方の母のような人もいる。けれどそれは、100億分の何人なんでしょうね』
その点、うちの世界は少しはマシだったのかもね。アカネさんはそう言い残して、私が見ている新聞よりも悪意の坩堝と化しているらしいネットに再び向き直る。そこにどんな情報があるのかは気になるけれど……もう、見たいとは思えなかった。
吐き気を催すそんな報道が変わったのは、翌年48年の6月。
太平洋の中心に、突如オーストラリア?並の大陸が出現。戦争をしていた各国に対して、無尽蔵とも見える数の《レッサー》《ソルジャー》《ビースト》《レイ》級の悪魔が、軍勢を成して襲いかかってきたらしい。
「正式名称Extraterrestrial Evil Life、略称
「だがそのせいで、動物保護団体なる連中が台頭している」
アインの示した通り、チラチラとそんな名前の組織が活動している話が増えてきた。曰く、E.E.Lが可哀想だと。乱獲をやめろ。また人類は1種類の動物を絶滅させるのか。………………何を言っているのだろうか、こいつらは? いや、だからこそ滅んだのか。地球は。
「こっちの国でも、王様は死んでいたのかと……この感情は、なんと言えばいいのだろうな」
「元号も然和に変わってますし間違いないかと。哀れみか、同情か、残念か……私も分かりません」
そして、無数の情報が上がっていき翌々年の50年。
この日本という国の……確か、最高司祭。神の血筋を古代から引き継ぎ続けてきた皇が、亡くなったという訃報が特集されていた。その原因は、《メイジ》《デストロイ》級の出現による大惨敗。多脚戦車や半人戦闘機、大戦艦などはこの時期に開発された物らしい。
あと、アメリカ大陸とかいう場所で、悪魔を殲滅するために自国内で複数の核爆弾を起爆したらしい。結果、確認出来ていた《デストロイ級》の半数を道連れに、2度と足を踏み入れることのできない不毛の地になったとか。未確定な情報だけど、小さなドラゴンの群れもそこにはいたらしい。
世界のトップに座する国が1つ陥落したことで、そこからはもう転がり落ちる岩の如しだった。
繰り返される敗戦報告。
同じように繰り返される欺瞞報道。
櫛の歯が抜けるように人が減り、軍が散り散りになり、民間人も死んでいく。その様は、いま正しく向こうの世界で起きている【
そんなことを思案しながら新しくページを捲り続け、たどり着いた再度の転換点。西暦2X55年(倖安元年)4月8日(火曜日)その日の記事を、目に入れた瞬間だった。
「──ッ!」
「ッ!」
私とアインは揃って息を呑んだ。
まず感じたのは凍りつくような恐怖だった。
私たちの知る写真とは比べ物にならないほど高精度な、現実をそのまま切り取ったような画像。その内容を簡潔に言い表すならば、決戦の
これは世界を滅ぼそうとする生物と、
それに抗えなかった者達との戦いだ。
「これ、は……」
「玉兎の記憶で見たものと、同一の生命体だと確信する」
7つの首、10の冠角、6対の翼、6本の脚に、6爪を持った黒き龍。
燃え落ちた炭のような極黒の鱗の奥に、熾火のように真紅の輝きを煌めかせる悪魔の
頭の先から尻尾の先までの全長は2000メートル程。同じ悪魔でも全長十数キロメートルはある【デストロイ級】には及ばないが、存在の桁が違う。写真越しですら積層された呪いが感じ取れた。
どの新聞を見ても描かれているのは、その『獣』が一方的にあらゆるものを殲滅している情景。
這いずり回る戦車を黒炎が焼き尽くし
空を舞う半人戦闘機を瘴気が落とし
ありとあらゆる兵器を竜鱗で阻み、翼で弾き、長い尾で撃墜している。
だがしかし、そんな絶望よりも何よりも目を引いたものがあった。たった1部、これまでの内容はデマや大嘘ばかりだった会社の新聞に、それは写っていた。
「ねぇアイン、これ……」
無数の戦闘機械と共に、7つの影が獣に立ち向かっていた。
8つの棺桶を背負い機械的な大鎌を振るう、銀の髪をたなびかせる幼い少女。
鋼の双翼を羽撃かせ双剣と義手を振るう、風のような緑髪の青年。
カメラのフィルムが感光することを恐れているように、虹色に画像が歪んだ幼い少女。
こちらの世界の意匠を持ち神聖さを放つ剣・盾・鎧を纏った、勇者という単語が似合う青年。
私の知る姿とは少し違うが、日本風の鎧を身に纏い大剣を振るう痩せた翁。
同様に痩せ細ってはいるものの、日本風の鎧を纏い長大な剣を振るう嫗と、炎の身体を持つ鳥。
そして最後に、嫌でも記憶にこびりついている白衣の女性。
本来この世界にいるはずがない、7英雄の姿がそこにはあった。