銀灰の神楽   作:銀鈴

183 / 224
残火の鳥は天高く、剣の墓標を知らしめす【終】

 地球という異世界の新聞に、私たちの世界における英雄という存在しない筈の人物たちの姿。

 きっと地球の人たちにとって、私たちの使う魔法や魔剣といった物は異質に映ったのだろう。報道がされていたのは信憑性の怪しい一社のみ。名を名乗ることも状況説明すらママ達はしなかったのか、書いてある内容はデタラメだ。スーパーヒーロー、魔法少女、某国の生体兵器、書きたい放題書いてある。

 だがそれでも、きっとこれは真実だ。そんな確信めいた直感があった。だからこそ早く次の話が見たいと、ページを捲ろうとして──

 

「ここで終わり……ですか」

「肯定する。西暦2X55年(倖安元年)4月8日(火曜日)以降の記事は、他新聞社の物も存在していない」

 

 その日を境にして、新聞は終わっていた。

 これ以降の記録が残っていないのか、或いはそもそも発行されていなかったのか。それとも発行できなかったのかは分からない。だが現実として、これ以上の情報を新聞から得ることは不可能だった。

 

 確かに悪魔に関しての情報は十分……いや、十二分以上に集まった。真実かどうか精査する必要があるとはいえ、そこに嘘はないのだし。

 それに、薄らとだが分かったこともある。金烏が語っていた、神に成った私たちに滅ぼさせようとしている存在。十中八九それはあの『獣』だろう。あの時見た玉兎の記憶が真であるなら、あの獣は今もどこかで生きている。死んでいないのだから。

 

「残念ですけど……非常に残念ですけど、仕方がないですかね。これだけ残ってたのだって、きっと奇跡ですし」

「肯定する。失われていない知識、それだけで十分な収穫だと認識する」

 

 だが、そんなことよりもだ。

 これまで多くの記録が失われたことで、ずっと謎とされていた英雄戦争の最終幕。それが漸く顔を出したのだ。誰にも語られず、一切の記録がなく、未知に閉ざされていた7英雄の活躍とその敵が。

 

 知識とは、即ち力だ。

 

 出来ればもっと知りたかった。墜星の計画通り進んだ場合、敵対するであろう獣について知っておきたかった。──いや、それもあるけど本音はもっと単純か。我ながらかなり幼稚というか、情けない話になるが……

 

「知りたかったな。パパとママのこと」

 

 多分本音は、そんな程度の細やかな思いだ。

 口調を整えることすらできなかったのがいい証拠。本音を見栄で隠せていない。

 私の両親を含む七英雄の扱いは、当時を知る人達を除いた世間一般にとっては大罪人だ。痕跡は踏み潰され、功績はすり替えられ、徹底的にその尊厳を凌辱されてきた。

 

 だから何も、もう残っていない。

 

 娘である私にして、両親の姿も声も数年分の薄らいだ記憶と、お義母さんが話してくれた話でしか知らない。覚えていない。確かにそこには、日常の記憶があった筈なのに。

 7英雄が死んだのは6年も昔の話。

 たかが6年だが、されど6年だ。

 過去は遠く霞がかって、覚えている声すらもう正しいのか分からない。

 

「アヤメ……」

「大丈夫です。諦めるのは、慣れてますから」

 

 無意識に、首から下げたロケットを握りしめていた。

 ここ収めてある写真が、唯一残った家族の証明。イオリ・キリノとロイド・キリノという人が、ティア・クラフトという精霊がこの世にいた証拠。そして私が、2人の娘アヤメ・キリノという証だ。

 これ以上は望まない。望めない。何も変わらずそれだけでいいのだ。ずっとそうしてきたように、我慢すれば。

 

「諦める必要はないと否定する。ここにはもう、弱みを見せても漬け込むような輩はいない」

「です、か」

 

 そんな私の心を読んだように、背後からアインに抱き止められた。

 以降の言葉はない。ただその代わりに暖かさがある。逃がさないと言うような、独りにしないと言うような、そんな心地よい絆の檻が。

 思わずそんな大切で、かけがえの無い不自由に身体を擦り寄せようとして──

 

『こら、そこ。この前も言った気がするけれど、すぐにイチャつかないの』

 

 邪魔が入った。

 

「いいじゃないですか、後1ヶ月くらいの命なんですから。人生楽しんだ者勝ちっても言いますし」

『時間と節度を守ってイチャつきなさいって言ってるのよ』

「常時ユビキタスは携帯している以上、普段の屋中と現状に差異はないと否定する」

『ああもう、ああ言えばこういう様になって』

 

 はぁ、と大きくアカネさんがため息を吐いた。

 

『おっ始めない限り気にしない何でもいいわ、もう。仕事はキッチリしてくれてるし』

「話が早くて助かります」

『はいはい。ネットに残ってた最後の記録、共有するわよ』

 

 諦めた様に手をプラプラと振って、アカネさんが部屋の壁に映像を投影する。映し出されたのは、複数の言葉や写真が纏められた画像。120文字未満の短文が多く、一部は画像と数十秒の動画もある。

 だが何より驚いたのはその日付。新聞が途切れた4月8日を超えて、翌年まで続いている。推定終末を乗り越えた人類が、最後に残した言葉と声がそこにはあった。

 

「凡そどれも、戦勝について語っていると認識する」

「この何度も出てくるType:KingやらコードKが、多分あの獣を指してるんでしょう」

『人類連合の7割が壊滅、なんて悲惨なことも書いてあるけれどね』

 

 歓喜の声。悲観の声。悲喜こもごもな声。クレーム。賞賛。政治の批判。自己弁護に悪魔崇拝。取り止めもなく雑多で、ある意味地球人らしい言葉の数々。だがそのどれもが、終戦を寿いでいた。

 

「ただ現実は、玉兎の記憶からするに私たちの世界に戦場が移ったんでしょうね」

「当方の記憶領域には、その記憶は存在しない。撃墜され休眠時期に入っていたと推測する。アナリューゼ・アインスとしてはどうだ?」

『ダメね、覚えてないわ。私もユ=グ=エッダに逃げ込むまで、機体を使い捨てながら逃げてた弊害よね』

 

 そう言い切って、アカネさんの動きが止まった。きっと他の戦争帰りの人達に、当時の状況を聞きに行っているのだろう。信じて待つこと十数秒、戻ってきたらしいアカネさんが再び口を開いた。

 

『数人、当時の最前線組が教えてくれたわ。あの悪魔の王、当時から“獣”と呼んでいたあれとは1年間戦ったそうよ』

「となれば、大体時期も推定出来ますね」

『特に意味はないでしょうけどね』

 

 ならば英雄戦争が終結する前年だから……7年前。

 時間がズレてることは考えないとすれば、大体それくらい前の時期になるか。この地球が滅んだのは。

 

「翌日以降から、悪魔の出現について語られた物が減っていると断定する」

『おそらく、私たちの世界に戦力を集中させていたんでしょう。ナーハフート・アインス、貴方もそれくらいは覚えているでしょう?』

「肯定する。と言っても、当方が知るのは末期戦だが」

 

 2人がそんな話をしている間にも、無数の呟きが流れていく。徐々に戻りゆく平和、消えた外敵、それにより訪れた平和な時間。地獄だったというこちらの世界とは違い、世界の傷は多いものの凄まじい速度で世界の復興が成されていた。

 

『ただ、問題は翌年よ』

 

 西暦2455年5月7日、その日のネットは一色に染まっていた。

 即ち──太平洋上に存在する悪魔の大陸を起点に発生した、天を貫く巨大な柱。人工衛星からの観測によると、大気圏を覆い尽くし地球を包み込んだ異物。私たちの世界の住人なら、語らずともそれがどんな物か分かるだろう。

 

「クリフォト……いえ、こちらの世界だとセフィロトでしたっけ」

『金烏曰くそうらしいわね。一体何が違うのやらは、私には分からないけれど』

「同じくです。確かこっちの世界の魔術書で、生命と死を象徴していたと思いますが……」

 

 正直なところ、かなり記憶は曖昧だ。リュートさんが何故、アレをクリフォトと名付けたのかも分からない程に。そして真意を知る者も、もういない。

 

「それで結局、どうしてこんな世界になっているのかと疑問する」

『もう少し進めれば分かるわよ。ほら』

 

 記憶の海にダイブしかけている私を尻目に、どんどんと画像が流れていく。そうして辿り着いた2455年8月7日、地球最後の日。各国の残存ミサイルを使い、天を覆う結晶を打ち砕き世界を取り戻す。そんな作戦が発令されていた。

 作戦は勿論成功。天を覆っていた一部の結晶樹の枝が脱落、崩壊し宇宙への道が取り戻された。結果、砕けた枝の隙間から、を切ったように世界へ無数の悪魔が流出。地上へと泥の様に降り注ぎ、数時間も経たない内に地球という星は悪魔に飲み込まれていった。

 

「どう思います?」

「どう、とは何かと疑問する」

「似てないかって言ったんです。私たちの世界に起きた【終末(アティエル)】と」

 

 天に穴が開くと言う状況も、桁違いの数、悪魔が湧き出てくると言う結果も同様。何かここから、今の私たちにも応用出来る何かを探そうとして。

 

『多分、因果が逆ね。私たちの世界で起きた【終末】がこっちの世界に似てるのではなくて、こっちの世界で起きた【終末】が私たちの世界にも起きたんだわ』

「認識した。その心は」

『じゃなきゃ大陸艦隊なんて物、用意しようって発想すら起きないわよ普通』

 

 言われてみれば確かにそうだ。そもそも大陸を浮かべるなんて常軌を逸した発想だし、気にしていなかったが船体には機械文明的機構も多い。対策として用意したと考える方が自然か。

 

『以上でサルベージした記録は全部。私たちの世界でクリフォトが発生したのと同時にセフィロトが発生したとすると、6年前にこの世界は滅んだことになるわね』

 

 悪魔が発見されてから9年。悪魔の大侵攻が起きてから4年。【終末】が起きてから半日程度。それがこの世界が持ち堪えることが出来た時間だったらしい。

 

「それならもう、随分と昔の話になっちゃいますが……手は合わせておきましょう。こっちの宗教に合わせて」

『仏教でしたっけ? 面白いわよね、人以外の信仰を想定していなくて』

「つくづく当方達とは価値観の違う、異世界なのだなぁと感嘆する」

 

 こちらの世界で起きた【終末】の最中、発信された言葉の種類は多くない。「たすけて」「死にたくない」それが大半だ。それを無碍に出来る程、人の心を捨てたつもりはない。

 

『さて、落ち着いたところで2人には次の仕事よ』

「はいはい」

『どっちでもいいから預けてる私の機体を出しなさい』

「認識した」

 

 そう言ってアインが取り出した機体に、先程まで作業をしていたアカネさんの機体からコードが伸びる。接続された機体の目が光り、その光の中に0と1が点滅する。

 アップデートか、あるいは有線でのデータ転送か。どちらにせよ何か嫌な予感がしてならない。

 

『まずはここまでの報酬として、100冊くらいサルベージした地球文明の魔導書をあげるわ。確か貴方、未知の魔法を集めてたわよね?』

「異なる魔法文化体系の書が100冊……!? いいんですか、そんな太っ腹な」

 

 最後まで読む時間があるかは分からないが、何よりも嬉しい報酬だった。これならもしかしたら、炎と金属以外に私が使える魔法があるかもしれない。邪道ではなく正道で。

 

『ええ、貴方にも益はあるけど次の仕事だもの』

「認識した。詳細を要求する」

『目的は、この低魔力環境下でも使える魔法の解明。最終的には船全体の消費魔力の削減ね』

 

 それならなるほど、悪い話じゃない。要はこちら側の魔法を習得して解明しろという話だ。戦力は魔剣レギオンで賄えても、船が飛べなくては意味がない。

 

『一応こちらで、機械式の転送装置は3つ見つけて解析中なの。ただ使える手札は2個3個とあった方がいいじゃない?』

「道理だと納得する」

『ふふ、それにしても、ネット回線が生きてるって便利ね』

 

 二の矢、三の矢を用意しておくのはどんな時でも変わらない。私自身の興味もあるし、早速取り掛からせて貰う。

 だがそれにしても、インターネットに接続してからアカネさんの活躍が凄まじい。曰く、大体10倍くらい効率が上がり、まだまだ改善の余地もあるとか。末恐ろしいにも程がある。こういうのをなんて言うんだったか……竜に翼を得たるが如し?

 

『さて、後はシステムの解析を進め──タツミヤ?』

 

 まるで水を得た魚のようだったアカネさんの動きが不意に止まった。私たちに内容は聞こえないけど、察するにタツミヤさんからの連絡か。あの人も日本語が分かる数少ない1人だし、別の所で協力していたのだろう。

 

『そう……そう。確実なのね? ええ、分かったわ。2人に伝えた後、報告は私から』

「何かあったみたいですけど、何が?」

『ええ……良い報告と悪い報告があるわ。どちらから先に聞きたいかしら?』

 

 躊躇いがちで、困った様な顔だった。

 その何とも言い難い雰囲気には覚えがある。これまで何度か見た、知らなくてもいいことを知ってしまった人間の顔。蟻の機体であってもそれは変わらないらしい。

 

「当然、良い方から聞きたいと返答する」

『了解よ。なら簡潔に、転移装置の解析が完了したわ。大規模転移魔法と同じように多量の電気エネルギーが必要だけど、1週間あれば問題なく溜まるわ』

 

 常温核融合炉なる物がまだ稼働しているらしい。核と聞くと汚染が怖いが、最悪ディーアボロスを持ったリィンに浄化して貰えば何とかなるはずだ。

 

「それじゃあ、悪い報告は?」

『結論だけ言うわ。私たちが殺してきた【悪魔】の正体ね、アレ人間だったわ』

「そうですか。それで何か問題でも?」

『さっきまでタツミヤに遺伝子分析を──って、驚かないのね』

「だって別に……ねぇ、アイン」

「当方もアヤメも、そもそも同じ人間が敵だったと否定する」

 

 何せ私もアインも、元人柱で人身御供のスケープゴートだ。知らずのうちに同じ人間を殺していた罪悪感はあるが、そも【悪魔】も【人】も変わらず敵だったのだ。思うところは、そんなにない。

 

『気を使った私が馬鹿みたいじゃない、もう』

「私たち以外には、気を使った方がいいと思いますけどね」

「肯定する。当方達が異常であると自認している」

『そうよねぇ……困った話だわ』

 

 詳しく話を聞けば、私たちの世界での“人族”と悪魔のレッサー級の遺伝子が、99%一致したらしい。収斂進化とか塩基配列とかよく分からない単語はあったが、大まかに訳すると【悪魔】は何らかの人体実験の産物らしい。

 

『過酷な環境に適応するためか、戦闘力を追い求めてか。手法は不明だけど、人為的なことはたしかなようよ』

「この情報が漏れたら、下からの突き上げ以前に士気の低下が怖いですね」

『何せ今の時代、人と殺し合いをした経験を持つ者が少な過ぎるものね』

「戦争帰りの連中にも、脱落者が出ると推定する」

 

 何せ私がいい例だ。優しい世界に浸かりきっていたせいで、人の首を1つ刎ねただけで暫く首が狙えなくなった。だというのに、いきなり過去からそんな事実が追いついてきたら……心の弱った人がどうなるか、想像に難くない。

 

『タツミヤを含めた私たち4人で、箝口令を敷くのが最善かしら』

「ここまで誰も気付かなかった事を鑑みるに、黙ってればバレることもないでしょうしね」

「ミーニャ女王は兎も角、リィンには響きそうだと提言する」

 

 どうせ知っても何も変わらない真実だ。下手に影響を出すよりは、闇に葬ってしてしまった方がいい。そんな怪しい算段を立てながら、ゆっくりと時間は過ぎていった。

 

 

 同刻。

 大陸艦隊ニライカナイおよびユ=グ=エッダ墜落地点から、北北西に数十キロ。かつて学校の校舎であったと思しき場所の屋上にて。

 閉じていた炎翼が開かれた。

 

「さあ、済度の証を建てなさい。我らが銀灰の巫女」

 

 その身を蝕む不死殺しは依然健在。弱まるどころか、寧ろ侵蝕を進めてすらいる。だが既に、この身は血の通わぬ死人の(からだ)。あと1度戦うくらいならば、砕ける前に成し遂げられる。ツギハギだらけ、パッチワークな我が身でも。

 

「我らが絶望(ユメ)を、祓う為に」

 

 そうして再び、残火の金烏は飛び立った。

 魔剣の墓標が突き立つ世界の空に。




アヤメ   残り45日
アイン   残り59日
残存正規兵 約2,000人
残存人口  約500万人

Q.なんでネットが残ってるの?
A.知らん(なんかある)

Q.銀灰の作中って今何年?
A.西暦2461年(推定)

Q.映像記録ないの?
A.動画投稿サイトは全滅してるのでSNSの1分くらいのだけ

Q.軍の行動記録とか……
A.映像はない。

感想評価&コメント是非していってください!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。