襲撃を知らせるサイレンの警報がユ=グ=エッダに響いたのは、夜も更けて眠りに入ろうとしていた時だった。
悪魔の大攻勢の時と同じ、人として警戒が薄くならざるを得ない意識の間隙。その隙を突かれた時に何が起きるか、それはこの艦隊に生きる誰もが身を以って知っている。
ならばそういった時間の守りが強化されるのは必然のこと。探索に出撃しておらず、船の整備も行っていない待機状態の魔剣機体群。そんな彼らによる早期警戒システムに、金烏は引っかかった。
金烏の視認から砲撃開始までに掛かった時間は20秒足らず。既に上がって来ていた情報のお陰で、私とアインが用意を整え出撃するのも1分と掛からなかった。
「これ、は……」
そうして昇った空から見えたのは、地獄のような……いや、そのものと言える戦場。私が知るものよりも遥かに凄惨な、血が少ないことだけが救いの屍山血河がそこには在った。
死骸はない、砕けた金烏の結晶は光の粒子に変わるから。
残骸はない、レギオンの機体は崩壊後に魔力へ還るから。
だから遺骸だけがそこにある。
打ち捨てられたように。誰にも見向きもされず、当然のように戦車に踏み潰され、金烏に焼かれた
「懐かしい地獄だと懐古する」
「アインは、知ってるんですね」
「肯定する。これより酷い場所が、かつての当方の居場所だった」
そんな、私に後悔をさせないような言葉に唇を噛み締める。
この惨状を生み出しているのは金烏でもあるが、私の打った魔剣が原因でもある。それだけは、そこだけは履き違えちゃいけない。刻め、そして背負え。何もかも。
「……金烏を討ちます。安全に私たちの世界へ帰る為にも」
故にこそ、選ぶのは撃破と撃滅。
だがそれはこの閉じた戦場において、決して容易ではない選択だ。何せこの戦場は完成している。この戦場に生身の人間が割り込む隙間はない。
私がそうあるように造ったレギオンαは空中戦を除き万能だ。
近距離はスラッシャーによる物理斬撃と、クラッシャーによる振動破砕で。中距離はスラッシャーの光刃と、重機関銃剣による制圧射撃で。遠距離〜超遠距離は主砲とピアッシャーで。防御はディフェンダーとそもそも持つ圧延装甲がある。
対する金烏も同様に万能手だ。
近距離は冗談みたいなスリーハンデットソードによる破壊力で。中距離は分からないが、羽撃きと脚力の合わせ技で爆発的に距離を詰められる。遠距離は先程から見えている雨のように降らせる炎の斬撃で。防御はそもそも不死身であるから、最低限で問題ない。
「だが、噛み合い過ぎていると躊躇する」
「ですね。生身の人間が割り込む隙がありません」
そこで問題となるのが私たちだ。
近距離はまあ、金烏程度であれば私が対応できる。中距離は魔法と射撃がある。だが長距離には切れる手札がなく、防御面にはそこそこ止まり。そして特記事項として不死殺し。
要素だけ見ればそれなり。実績もそこそこ。だが致命的に私たちは弱い。その原因は単純に経験不足だ。私の戦闘経験は多く見積もって10年、修羅場を潜るようなものは6年程度。アインだって英雄戦争の始まった時期からして、どんなに長くても15年が限界か。
だが墜星にもっと長い年月による研鑽があることは、剣を数回合わせれば明らかだし、ミーニャ女王もそうだ。アヒムさんに至っては別格。セプテントリオさんも熟練。リィンは基礎能力と吸収力が桁違いなので例外の外れ値。
基礎はある。だが積み重ねが足りていない。
私たちの弱さは、それに尽きる。
「しかも不死殺し、そこまで効いてなさそうなんですよね」
「そこは完全な誤算だと立腹する」
挙句、金烏とは相性までよろしくない。
以前の遭遇戦時、私たちは確かに不死殺しを金烏に撃ち込んだ。
だが実際、いま戦っている金烏はどうだ? 見て分かるほど再生は遅く、自爆なんて札も切っているが……不死身であることに変わりはない。
分身で散らしたのか、あるいは最初から散っているのか。どちらにせよ、不死殺しは100%の効果を発揮していない。そして現状から鑑みるに、これからもそこは変わらないだろう。
不死殺し。その効果を発揮させるには、何度も積み重ねてようやくか、或いは──
『Analyse01より、ハルペーおよびヴァジュラへ通達』
そう思考を巡らせていた時、耳に下げた機体からそんな個人用の通信が入った。
「コールサイン、決まったんですね」
「当方に関しては、アグレッサーの方が呼び慣れていると上申する」
『茶々入れないの。大鎌と金剛杵、どっちがどっちのコールサインかは分かるわよね』
そこについては言わずもがな。私がハルペーで、アインがヴァジュラなのだろうと分かる。どちらもママの……今私たちがいる地球の神話で、不死殺しの逸話がある武具の名前だ。
『兎も角、エクスプローラー部隊を筆頭にこれからはAnalyse01が指揮に入るわ。以降作戦行動中はそう呼ぶから、覚えておいて頂戴』
「了解しました」
「認識した」
信の置けるしっかりとした司令塔が入ることは良いことだ。一度戦い始めたら私たちは、どうあれ目の前の戦場だけしか見えなくなる。そこに戦場の全体を見れる存在が加わるのだ、悪いはずがない。
『最終目標は金烏の撃破、或いは撃退。少なくとも、艦隊が浮上するまではどうにか堪えて』
その言葉を最後に通信は一旦途絶。代わりにレギオンの指揮に入ったのか、明らかに動きが別物に切り替わった。“数”で“質”を覆し始め、瞬く間に金烏の分身体が撃破されていく。
『Analyse01よりハルペー、ヴァジュラへ通達。あと20秒後に、一時的に金烏の分身を全て破壊するわ。その名を示しなさい』
そうして僅か数十秒、金烏が大きく数を減じた時に通信が入った。同時に地図上に示される最後に残る金烏の位置。ありがたい、これで目標を間違わずに済む。
「射程内まで飛びます、転移を!」
「《
「《
「認識した」
先程言いかけた、不死殺しを万全にするそのもう1つの要件。それが整うような形に戦場が動いたのだ。むざむざ逃すヘマはしない。
『牽制射撃用意!』
『イトナミより残存全機へ。弾種:HEAT装填』
『『撃て!』』
「いま!」
「《静性転移》、実行する!」
鋼と火薬の暴威が最後の金烏を飲み込んだ直後、鉄風雷火の影に紛れるように私たちは転移を実行し────そこで、禁呪を解放する金烏を見た。
現在の大陸艦隊とユ=グ=エッダは節電ならぬ節魔運転。リィンとミーニャ女王が指揮に入ったが、そんな状況であの次元震を起こされては堪らない。今度こそ船が落ちる。
だが、それは既に見た。
「クラック」
本来予定していた不死殺しを中断。収縮する太陽の輝きに手を伸ばし魔力を侵蝕。構造を解析──終了。術式の全貌は把握した。
「禁呪というのは、使うことが禁忌とされているから禁呪なんです。だけど同時に有用であることは確かで、だからこそかつての時代には研究が重ねられた」
爆破事故の封じ込め術式を参考に、発散される力の方向を外から内へ書き換え。魔力の消費はどうしても嵩むが、多分これが一番早い。
「つまりですね……2度目はありません」
同時に術式が制御しきれなかった部分を、アインが聖剣で制御して指向性を再設定。目を見開いた金烏が内側から溶け落ちるのを見ながら、不死を穿つ刃を握り、筒先が照準する。
「アヤメ!」
ドロドロに誘拐した金烏だった物の中から、
ぎょろりとした目玉がひとつ。
目が合った。
「分かってます!」
私たちの不死殺しのプロセスは、墜星に繋がる魔力のラインを捉えそれを阻むことで成されている。
八岐の時は自分たちの演算力で抗うように、
玉兎の時は銃弾か斬撃を直撃させることで、
今回はそれが聖剣を解除しても続くように、
これまで墜星の不死身を阻んできた。
最初の反省を元に改良して、今のイメージは『楔を撃ち込みそれを以って流れを阻害する』ような形になった。故に恐らく金烏は被害を分散でき、そうさせない為に分身が1体もいない状況を生み出す必要があった。
そのうえで。
「シィッ!」
1発でダメなら2発。ダメ押しにもう1発だ。
アインの早撃ちを背景に空を蹴る。金烏の目玉が弾けた。不死殺しの弾丸の第1射。それが物理法則を歪めたうねる軌道で撃ち抜いていた。
ならばと続くように白刃一閃。金烏の右翼を斬り落とす。
そんな私の動きを妨害するように金烏の腕が動き、そのうち2つが肘の辺りで千切れ飛ぶ。
そのまま回転し、体勢を整えて返す刃で左翼を一閃。斬り離し、まだ残る脚部を遠心力の溜まった脚撃で蹴り砕く。
「合計6発の不死殺し、効果は覿面だと勧告する」
念には念を、さらに念を入れての6連撃。ガンガンと頭痛が鳴り始めるが、警戒は解かずに剣を握り締める。
金烏の不死は破壊した。手応えからしてそれは間違いない。それどころか本来生物が持つ魔力の流れまで粉砕した筈だ。
だが、だがそれでも。
墜星相手に油断なんてものは出来ない。
例え金烏の不死が剥がれていようとも。分身の姿は見えずとも。金烏の身体が、もはや人かアメーバか区別できないほどゲル状に融解していても。
そうして、過剰なまでの警戒をしていたから。
それに気づくことができた。
「と・き・よ・と・ま・れ」
急速再生した玉兎の唇が音はなくとも確実にそう動き、爆発的な魔力が放出され──
◇
玉兎の身体が急速に再生する。数少ない魔力を消費し無理矢理に、けれど迅速に。かつての愛剣のレプリカを数本使い潰し、使い切った魔剣はアインに向けて投擲。直撃が確定したルートで剣は静止する。新たな愛剣のレプリカを握り、その結果を見ることなく金烏は飛翔。そのまま無防備に停止するアヤメを袈裟斬りに一閃。胸当てが確かに刃を阻みながらも、最終的に防具ごと斬り裂き──そして、時は動き出す。
◇
「──ッ!?」
気が付いた瞬間には、激痛が走っていた。
見れば左肩口から右腰へ抜けるように、深い深い斬撃痕が刻まれている。一体いつ斬られたのか、どうして金烏の位置が変わっているのか、そしてその魔力を大幅に減退させているのか。そして『時よ止まれ』という言葉。
駆け巡った無数の思考は答えに辿り着く前に、焼けつくような傷口の熱と、思い出したかのように吹き出した鮮血に断ち切られた。
「カヒュッ──」
何かを口にしようとした喉から出たのは、血塊と掠れた空気の音だけ。どうして、と自分に探知の魔法を向けて……ああ、と得心のため息が心の中に木霊した。
両断されておらず、背骨と心臓はギリギリ無事。
私の状況はそれだけだ。
防具が多少は時間を稼いでくれたのか、あるいは金烏側のミスなのか。真偽は不明だが致命傷だ。輪切りにされていないのが奇跡と言えよう。魔剣か聖剣を握っていなかったら、即死と言い換えても過言じゃない。
私の身体は小さく、軽く、そして薄い。故に私は攻撃を受けてはいけない。これまで徹底してきた戦法の理由はこういうこと。
こんな状態でも首を飛ばされず、魔剣を限界駆動している限り担い手は死なない。だがその事実と、実際に動けるかどうかはまた別だ。現に右腕以外、私はもう動かせそうにもない。
「 」
いつの間に破壊されたのか通信は途絶。リィンならばこの即死に等しい傷を癒すことも出来るだろうけど、この痛覚が麻痺している数十秒の内に駆けつけることは不可能だ。端的に言って、詰みだ。私たちに生存の目はない。
ならばせめてと。血が溢れるばかりで声が出ない喉で、最後にアインを呼ぼうとして……し、て……
「ゴフッ……」
同じように、串刺しにされたアインの姿が映った。
長大なスリーハンデットソードが累計4本。喉仏、腹部、左肩、右足、抉るように突き刺さっている。そしてそのまま、自重を以って剣はズルリと動き。人体を半ばから断ち切るように落ち、鮮血に染まるアインも同様に墜落していく。
あたまが、まっしろになった。
ずっと、私とアインは一緒に死ぬものだと思っていた。
驕りでもなければ油断でもなく、ただ自然とそうあるものだと。いずれ死ぬことは確定事項でも、私より先にアインがいなくなるなんて考えたこともなかった。
「これで目覚めなければ……本当に、どうしようかしら」
爆散する無数のレギオンαを背景に、完全に無傷の金烏が呟いた。不死殺しは間違いなく効いていて、感じられていた莫大な魔力は大幅に減退している。だがそれでも、悪夢のような光景だった。
「ナーハフートを殺せば、きっと目覚めるのでしょうけど……」
だが考えてみれば当然、私だけを狙いアインを狙わないという理屈が通る筈もなし。目の前で、命が零れ落ちていく。
このまま感情に任せてはいけないと、理性が警告していた。
取り返しのつかない事になると、経験が吼えていた。
まだ助けられると、記憶が証明していた。
だけど。
そんなものを全て振り切って心が叫ぶ。
──アインのいない世界なんて滅んでしまえ。
「《
◇
言葉に、運命の輪が輪転する。
切なる願いの積層は、確かに彼女を守り封じる祈りの塔を築いていたが──それは砕かれた。
故にたった1人以外、止めることの叶わぬ終末装置が目を覚ます。
赫怒に燃え
未来の零落を吼えた銀狼が解き放たれた。
『エクスプローラー部隊、応答しなさい! 状況の報告を!』
「アヤさん! アインさん! 返事をして下さい!」
同時、大陸艦隊の司令室とユ=グ=エッダは大混乱に陥っていた。何せ自分たちの中でも最大戦力に近い存在が、敵を撃破した瞬間に致命傷を負い通信も切れたのだ。
だというのに、なぜか撃破したはずの金烏は無傷で君臨している。加えて僅か数秒足らずで、展開していた魔剣部隊も損耗率が9割を超えた。まるで理解が出来ない。
「生命反応消滅! 両名の識別が出来ません!!」
管制員の絶叫に、同時に理解させられる。
こんな理不尽の権化こそが墜星であったと。寧ろここまでの金烏が異常だったのだと。最高戦力を全て投げ打って漸く、拮抗出来るのが墜星であったと。
「くっ……こうなったら私も出撃します! せめて遺体だけでも──」
『やめよ獣王! あの空域に近付いてはならぬ、余やお前様であろうと死は免れぬぞ!!』
最早待ってなどいられないとミーニャ獣王が席を立ち、魔剣片手に飛び出そうとした瞬間だった。通信の向こう、リィンが静止を叫んだ。
「どうしてですか! これでも私は──」
『そういった問題ではあらぬ! あれは、今あの空域で起ころうとしているのは──』
リィンの言葉も半ばに、それは起きた。
アヤメ達が存在していた空域を起点に、物理的に目を潰すような銀の閃光が炸裂する。何か得体の知れない生き物の産声のような、或いは真夜中に起きる歪んだ夜明けのような
「ひ、昼間になった……」
「綺麗……」
それの真実を理解出来たのは、魔王リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルンただ1人。魔法が行き着く最果てを知る、アヤメ達を除く最後の1人だけ。
『アヤメの心象の現出であるぞ!!』
顕現した銀天の太陽を中心に、異常が無数に連鎖していく。
まず最初に異常を検知したのは艦隊が持つ各種センサー。銀の太陽が浮かぶ場所だけ、
最大出力で展開しているシールドが光に触れた部分から蒸発する。
検知される大気の成分が消滅する。
銀の灰が空を舞い、シールドを抜けて街に降り注ぐ。
重力値が異常域に振れ、魔力の反応すら消滅する。
これまで対策してきた何とも違う“終わり”。何もかも滅んでしまえという想いが世界を塗り潰して、ありとあらゆる総てが消え去った世界を創出し始めていく。
敢えてその現象を言語化するなら……滅びが、そこにはあった。