弾丸が金烏の額を撃ち抜かれ、金烏の活動が止まり始める。
思考は未だ正常。けれど急速にその身体の結晶化と崩壊が進んでいく。脚が砕け、腕が割れ、撃ち抜かれた胴にヒビが入る。そこから砕けた結晶が光の粒子に分解されながら天へと昇っていく筈が、金烏の身体は灰に変わって散り始める。
「……」
明らかに本来の使用とは異なる消失。金烏は何も言わず、相対したアインを見ていた。刻一刻と、背負わされた破滅が自分の身体を蝕み、そんな物を使わせてしまった相手を。あの人の娘が選んだ、終にして対の相方を。
「これなら、きっと大丈夫ね」
未練はない。そもそも当人ですらない紛い物なのだから、己がそんな想いを抱くことすら不適当。しかしそれでも、最後に願いを抱くことが許されるなら。
「でも、やっぱり最後まで戦えないのは、悔しいなぁ……」
掠れた小さなその声は、アインにしか届かない。その真意は、誰も覚えていない何処かの勇者の独白は届かない。そうして最後の金烏、その片割れは灰へと変わった。その背にあった聖剣である、一対の炎翼を残して。
そんな決着の銃声から少し時間は遡り、金烏とアヤメが激突した戦場。しかしその展開は、あまりにも一方的な物だった。
◇
使ってはいけないと知っていたのに、切らざるを得なかった《幻想世界》という鬼札。案の定それは暴発して、望んでもいない呪いと破滅を撒き散らした。
前に調べた通り、止めることは出来そうもない。だというのに、不思議と思考は落ち着いていた。
私の背中には呪いがあった。恨みがあった。妬みがあった。
アインの背中にも呪いがあった。殺意があった。憎しみがあった。
きっとそのままであれば、魔法に塗り潰され取り殺されるような虚ろと闇が。咄嗟にアインがアンクレットの通信を開いてくれなければ、その優しい光で繋ぎ止めてくれなければ、私はそこに墜ちていたと思う。
「……素晴らしいわ。もっともソレが、私達の望みに能うかは分からないけれど」
だけど私は、ここにいる。
まだ
「そうですか」
心を閉じる。
心を凍らせる。
心を透明にする。
2度と乗せられまいと、昔のように。
深呼吸を1つ。それで理性は澄み切った。
「だったらその身で味わってみてください、鳥頭」
「言うじゃない、成りたての癖に」
金烏の拡げる幻想世界を、私の幻想世界で塗り潰す。
未だに感覚頼りの使い方で、出力調整も最大か最小か程度にしか調節出来ない。ただそれでも“この力をどう使えばいいのか”と“使い続けたら何に成り果てるのか”だけは、理解できている。
「ふぅ……」
状況をまずは整理しよう。
金烏が私たちを斬ったのは時間停止。それは既に私の幻想世界で封じている。ただその発動にかなり寿命が持っていかれた。聖剣を使い長くは戦えない。
アインは何故かいるもう1体の金烏と抗戦中。救援の見込みはなし。大陸艦隊でみんな手一杯。総論、随分と久し振りな気がするけど、私単独でやるしかない。
「あんな啖呵を切って、そちらからは仕掛けてこないのかしら?」
姿勢は低く、低く、獣のように。魔剣を握る右手を背後に、空を踏み締め金烏を睨む。これから始めるのは戦いじゃなくて殺し合いだ。金烏の事情なんて知らない。もう知ろうともしない。考えない。
言葉は不要、だが開戦前に一言だけ宣言しよう。愛が重い銀狼族、その番に手を出したらどうなるか。
「──殺す」
それを知らしめよう。
踏み込みと同時、まずは歩法で幻惑をかける。
獣人の古武術をベースに、人族の幻踏歩法、リィンから見様見真似で学んだ魔族の隠形。八岐には通じなかったが、3種族の技術を合わせた三位一体。
金烏の魔剣のような特別はない、純然たる技術による虚像の分身を生む技術の粋。相手からすればきっと、私の姿が4人程度にブレているはずだった。
「時代は変わったの、ね!」
感慨深いものを見たような目で、金烏が引き摺り出した愛剣を振り抜いた。各腕1本の系4撃、それは見事に分身を狙った軌道を描いている。ただし長大な間合いが間合い、恐らく2振りは私にも届いてしまう。だが、
「ぬるい剣ですね」
その太刀筋は、リィンより鋭くミーニャ女王以下。八岐やアヒムさんに到底及ぶものではなく、それくらいならどうとでも出来る。
迫る振り下ろしの1刀目、真っ直ぐで良い太刀筋。相変わらず騎士剣術じみた動き、それはもう知っている。相手に手応えを与えぬように刃を合わせる。そのまま鞘の凹凸と魔剣の動きで絡めとり、合気の要領で吹き飛ばす。
続く掬い上げる2撃目。こっちは対応する必要もない。受け流し吹き飛ばした1刀目が間もなく激突する。長い獲物で4刀流なんてするからだ。
「ッ、この!」
だが守りと継戦という点では、金烏が一歩先を行っていたらしい。動揺しながらも2刀を手放し、両腕をクロスした防御体勢に金烏が入る。短剣では腕を貫けない。懐に入り込むことも、手放した2刀と未だ健在な2刀が邪魔をする。道が絶たれてしまった。
まあ、関係ないが。
「シィッ!」
右手で握ったエターナルの片割れを、ガードを固めている両腕目掛けて投擲した。聖剣による補助で爆発的に加速した愛剣は、寸分の狂いもなく金烏の両腕に直撃。発生している光刃が装甲と身体を貫いて──しかし不自然に勢いが殺され停止する。
聖剣による干渉をし続けているのに動かない辺り、恐らく金烏の幻想世界。聖剣の出力にも抵抗出来るのか。それと流石にこういった扱いに関しては、向こうに一日の長があるらしい。
だから、そんな事実は無視してもう一歩踏み込んだ。
「なっ──」
金烏が瞠目する。
自殺行為だと言いたいのだろう。未だ私と金烏の間には数歩分の距離があり、それは私ではなく金烏の間合いなのだから。
だが金烏も忘れている。
そう誘導した手前なんだが、私の剣を迂闊に受ければどうなるかを。それに私が剣士なんかではないことを。
結果として、この世界に飛ばされた際の焼き増しが目の前にあった。
ルンペルシュテルツヒェンに拡大された魔剣チョークの窒息能力が、世界を停滞させる金烏を停止させて磔にする。次いでマンチニールの能力で、魔剣を起点に植物の蔓が噴出。金烏の身体に根を張りながら、全身を絡め取り拘束していく。
「焼き払──」
「クラック」
拘束を外そうと紡がれた金烏の魔法を破壊。
その一手で、私は金烏の懐に潜り込んだ。
「フッ!」
そのまま抜き手を一閃。先程の金烏を真似て幻想世界を纏わせつつ、鎧ごと穿ち金烏の心臓を掴み取る。確かに拍動するそれを引き摺り出し、逆の手で魔剣も回収しつつサマーソルト。硬い義足で顎を穿ち、一旦距離を取る。
「それにしても、人王妃メリッサと忍びの勇者の複製体……ですか」
呪術の応用で、ありったけの不死殺しと幻想世界を叩き込みつつ呟いた。アインが看破したその答えは、きっと正しい。そんな根拠も不明な確信がある。
しかし同時に、道理で見覚えがない筈だとも納得した。
私の知る人王妃メリッサという人物は、しわくちゃのお婆ちゃんの印象が強い。もう忘れかけた朧げな記憶だけど、よくお菓子をくれた気がする。
そしてもう1人、忍びの勇者は心当たりこそあるが名前は知らない。今にして思えばスーツであろう黒服をいつも身に纏い、お母さんに執拗なアタックを掛けていた女の人。私に人族の体術を教えてくれた、一応師匠にあたる人。
その2人の姿と金烏の姿は、悲しいくらい似ても似つかない。私の知る人王妃とは剣も違うし、忍びの勇者とは歩法も違う。思い返せば、何処となく名残りの様な物は無くもない。
「灰は灰に、塵は塵に。話すことはありません」
本人達だろうが、本人じゃなかろうが殺す。その思いに曇りはなく、一切の変わりもない。
ぐしゃりと水っぽい音を立てて、抉り取った心臓を握り潰す。それで終わりだった。
視界の先、急速に金烏の結晶化と崩壊が進んでいく。心臓を中心に身体がひび割れ、腕が砕け、足が結晶化し、燃え尽きたように灰へと変わっていく。不死殺しによる撃破とは違う、物悲しさを覚える滅び。
「………………」
薄汚い私の剣は依然冴え渡り、末期の言葉すら許さず金烏を消滅させた。
「アヤメ! こちらは大丈夫……だったのだなと、認識する」
そうして数秒もしないうちに、アインが同じ高度にまで戻ってきてくれた。視た限り、なんとか致命傷の手当ても間に合ったらしい。どんよりとした気持ちを抱えながらも、ホッと1つ息を吐く。
「なんとか、そっちこそ大丈夫でしたか?」
「肯定する。良き先達だった」
「ですか」
アインが片手で握る金烏の聖剣と思しき炎の鳥、アレは確か……不死鳥と言うのだったか。グッタリとしているが、確保することが出来たらしい。
「さて、これからどうしましょうか。この魔法、使わなければ死んでいたのは間違いないですが……私、止め方が分かりません」
「何を悩んでいるのかと疑問する」
一度ポンと手を叩き、気分を切り替え次の話題へ──移ろうとした瞬間だった。真っ直ぐと、真剣な目でアインが私を見ていた。このままにはさせないと言うかのように。
「……お手上げです。アインには、なんでもお見通しですね」
「単純に、アンクレットの通信を繋ぎっぱなしだからだと否定する」
「あっ」
言われて初めて、念話の機能を使ったままだと思い出した。これじゃあ思考がダダ漏れだ、何かを隠し通せる筈もない。そしてそんなことに気づかないくらい、昔の戦い方は私自身を追い詰めていたらしい。
「言っておくが、この《幻想世界》はアヤメのモノでも、当方のモノでもない。
「それは……そう、ですけど」
ジッと、決勝片が纏わりつく自らの掌を見る。確かにそれも気にしてはいたが、思うところがあるのはそれだけじゃない。寧ろ、もう片方の方が本命の悩みだ。
「悩みがあるなら、当方にも背負わせて欲しい」
「……やっぱり、敵いませんね」
惚れた弱みなのか何なのか。やはりどうにも、アインには勝てそうもない。だから、止められない幻想の拡大を眺めつつ、静かに私は口を開いた。
「アインは七英雄、若しくは大罪人の名前、全員言えますか?」
「肯定する」
医神 クラネル・レイカー
人王 アルディート・ガラント
人王妃 メリッサ・ガラント
勇者
精霊 ティア・クラフト
剣聖 ロイド・キリノ
死神 イオリ・キリノ
アインが語ったのは、この世界に生きる誰もが知る7人の名前。英雄とも、大罪人とも呼ばれる過去の偉人たちにして、私の実の家族を中心とした人の輪。私の師匠たち。
「それじゃあ、これまで戦わされてきた墜星。全部、言えます?」
「ッ! 肯定す、る……」
そこで、アインは私が何を言いたいのか感づいたらしい。どうしてこれまで気付かなかったのか、不思議なくらい簡単な相関に。
これまで私達が刃を交え、殺してきた墜星は、八岐・玉兎・金烏の3人。そこへお義母さんが名乗った泡影という名前を含めると、先程の図はこう変化する。
医神 クラネル・レイカー →玉兎
人王 アルディート・ガラント →八岐
人王妃 メリッサ・ガラント →金烏
勇者 タクミ・テンジョウイン →??
精霊 ティア・クラフト →泡影
剣聖 ロイド・キリノ →??
死神 イオリ・キリノ →??
つまり、墜星とはかつて死した七英雄だ。
八岐が語っていた墜星は、例外らしい泡影を除いて八岐・金烏・玉兎・勇者の4体。勇者という字面からして、最後の墜星が誰であるかも明白だ。ママの同期である地球から召喚された勇者、天上院 匠その人以外に考えられない。
「きっと気づけたのは、墜星を3/4も倒したからなんでしょうね。認識阻害、機能しなくなっちゃってます」
これまで墜星の状態を暴こうと考えを巡らせた時は、割れるような激痛と重要な部分に霞が掛かったかのように思考がまとまらなかった。けれどもう、その兆候が見られない。完全に魔法が機能を停止している。
だがら気づいた。気付いてしまった。
分かりたくなかったのに、分かってしまった。
「ねぇ、アイン。私、パパとママも殺さなきゃいけないのかなぁ……」
震えた声。口調すら、取り繕えなかった。
ボロボロと堰を切ったように涙が溢れる。止められない。
あんまりだ、こんなのってあんまりだ。涙で声が詰まって、言葉にならない。私はただ幸せに死ねれば、それでよかったのに。
「当方には、分からないと否定する。だが、だから……泣いても良い場所くらいしか、当方は提供出来ない」
いつもの様に優しく抱き止められた腕の中、年甲斐もなく泣き続けるしか出来ない。もうずっとずっと、心が限界だった。ずっと心を守ってきた、虚飾の鎧が剥がれてしまった。
「戦いたくない」
「うん」
でも世界がそれを許さない。
「殺したくない」
「うん」
でも世界がそれを許さない。
「痛いのはもう嫌」
「うん」
でも世界がそれを許さない。
そんな我儘が許されないくらい、世界はとっくに追い詰められて。私たちも強くなってしまって。止められないところまで、来てしまっていた。
それならいっそ、案の定
そんな、破滅的思考が脳裏をよぎった瞬間だった。
『────────ッ!!』
アインが確保していた金烏の聖剣、不死鳥が叫んだ。人の耳にも、獣人の耳にも聞こえない、可聴域を遥かに超えた高音で。
刹那、大爆発を起こす魔力の波濤。金烏があまりにも弱かったのはこのせいかと疑いたくなるほど、莫大な魔力が不死鳥から放出される。
「な──ッ!?」
物理的な圧力すら発生させた魔力の嵐は私たちを弾き飛ばし、不死鳥を中心に埒外に巨大なサイズの魔法陣を描き始める。
無理矢理、意識を千切るようにして戦闘用へ思考を切り替える。心がぐちゃぐちゃで、多分ロクに正常な判断は下せない。それでも、魔法の判別は出来る。死にたくない。こんなところで死にたくない。だから必死に、魔法陣に手を伸ばそうとして──
「……大規模、転移?」
想定もしていなかった大魔法に、介入が失敗する。儀式が必要なクラスの魔法に干渉するには、全然力が足りていない。防げない。
幻想世界の領域を越えて、広く、広く、瞬く間に魔法陣は広がって──光が爆発し、世界が暗転した。
「掴まれ!」
「く、ぅ……」
アインにしがみつく中、地面へと押さえつけられる強烈な圧力が発生する。不死鳥を中心に激震する世界、つまりこれは禁呪の《異世界転移》!
一体どんな世界に私たちを飛ばす気なのか、離されまいとしながら考えを巡らせた次瞬、見慣れた黒い空を見た。
レイ級の悪魔に天を覆われた暗い世界。
【
何の目論見か、私達は故郷の世界へと戻され────
「…………ぇ?」
「な………」
世界を切り裂かれるような衝撃に、意識を刈り取られた。
◇
「彼女たちが戻ってきたということは、貴女たちも逝きましたか」
人間界、最早本来の名で呼ぶ事を躊躇われるほど変質した王城にて。忘れ去られた玉座に座った人影が、空を見上げながら言葉を溢した。
「お疲れ様でした、騎士団長。それと、僕の最後の友人。いつかまた、輪廻の果てで」
白目が黒に、黒目が蒼に変色した青年姿の墜星・勇者。漸くこの時が来たかと、立ち上がり、己の聖剣を腰溜めに構えた。
見透し、見据える先は嵐の壁を越えた空。たった今、この世界へ戻ってきたばかりの大陸艦隊ニライカナイ、魔王国第3首都ユ=グ=エッダ。そして、魔法を止められず呪いと破滅を振り撒く“神”に成りかけている、この世界を
「それにしても、大きくなったなぁ……アヤメちゃん。それに、強くもなった」
これならきっと、██を殺せる。
だけど未だ自分の幻想世界じゃないのはダメだ。そんな背負っただけの力じゃ、最後の神にも終末の獣にも届かない。
「だけどその力を使うのは、今じゃない。破滅の黎明には、まだ少し早い」
淡い期待を呑み込んで、死せる墓守りが剣を握る。
ならばもう、邪魔はさせない。
「力を借ります、古き魔王よ。
一切の混じり合いを許さぬ『分断』の世界が、勇者の聖剣に凝縮される。その余波で、真っ二つに分かれる人間界を守る嵐の壁。白の半球。そうして透視ではなく肉眼で、狙うべき目標を確認して。
「武技ーー
周囲の
「さあ、もう乗り越える壁は僕だけだ。来るがいいさ、世界の生き残り達。この世界を乗せた方舟ごと」
そう誰に届くわけでもない言葉を呟いて、勇者は玉座に腰を下ろす。星辰が揃う時はきた。世界が終わるまで、あと僅か。
◇
【旧世界の情報にアクセスしますか?】
【Y/N】
・
・
・
【Y/█】
【聖剣情報の閲覧を開始します】
システム正常作動を確認
天地失墜を確認
フェイルオーバーシステムの作動を確認
個体名:メリッサ・ガラントの消滅を確認
個体名:スズカ・ヒイラギの消滅を確認
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世界分別法則『幻想世界・黒白二剣』は以前展開中です
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