いまは昔あるところに/Recollection【01】
気がつけば、私
何もかもが白く、どこまでも続いてそうな異空間に、私とアインは立っていた。
見渡す周りに屹立するのは、伽藍どうな骨組みだけの建造物。地球でいうビルに近い、鍛冶師の端くれとしての勘が『武器庫』か『陳列棚』と判断するもの。
遠くに見えるのは、今はもう珍しい魔物の素材が管理されているらしき、ガラスのように透明な建造物群。
さらにその奥に見えるのは、生態系がメチャクチャな、多分伐採して素材にすることを前提とした森と草原が。
近くには大きな崖と滝、そこに連なる川があり、巨大な金属のインゴットで出来た三角錐の建造物がある。
その近くには砂地が広がり、無数の巨大な錬金炉心が鎮座している。冷却のためか近くには吹雪の山が鎮座し、その奥には異常な天候がそこだけ切り取られたのように存在する。
「ここ、は……?」
「一体、何処なのかと疑問する」
未知の異界で逸れないようアインと手を繋ぐ。何を言わずとも、互いが互いを本物だと確信出来ているからこそ。理解できない現象に、けれど何処か懐かしく思える光景に、奇妙な感覚だけがあった。
「アヤメ、あれを……」
そうして、アインが指さした空……空でいいのだろうか。真っ白な天には、太陽があった。蒼々と輝く、空を貫いた穴のような燦然と光り輝く発光体が。莫大な量の魔力を垂れ流す、天体というべきものが。
その他にも空には、赤、青、藍、緑、黄、闇色……数え切れないほどの、直径1キロ程のカラフルな水球群。その中には、何やら生き物が生存する水球もあって。
「……綺麗」
まるで、子供が集めたおもちゃ箱のような。
或いは、世界のミニチュアのような風景。
きっとこういうのを『もう1つの世界』と。
頭が理解するより早く、心がそう認識していた。
鳥が囀り、獣が唸り、魚が跳ね、柔らかい風が吹く。そんな平和で、ある意味は停滞した優しい世界に、一体私たちはどれだけ見惚れていたのだろうか。時間感覚も曖昧になって、よく分からない。
「そろそろ、動きますか」
「肯定する。あまり時間をかけるのは、きっと良くない」
頷きあい、繋いだ手を確かめながら歩き出す。
何せ私たちには、こんな場所を観光している猶予はない筈なのだ。何せ私たちの最後の記憶は、異世界転移直後に──状況的に考えて、何者かに撃墜された瞬間なのだから。
知りたいことが、知らなければならないことが沢山ある。私たちの幻想世界がどうなったのか。みんなは無事なのか。金烏は倒せたのか。そもそも、
そんな疑問に焦燥感を抱きつつ、優しい世界を歩いていた時だった。
懐かしい、そしてとても耳に馴染む音がした。
「今のって……」
「金属音だと認識する。当方の知る限り、戦闘音に近いが……」
「違います。これは、鍛冶の音です」
警戒するアインを他所に、久し振りに聞いた音に私の心は踊っていた。鍛造の音を聞けば分かる。この先にあるであろう鍛冶場の主は、私よりずっとずっと腕が立つ。熟練で、老練で、高みにいる存在。
「アイン!」
「はぁ……認識した。アヤメが行きたいのであれば、当方も同行する」
思わず手を繋ぐ最愛の人に呼びかければ、仕方がないといった様子で答えてくれた。
確かに知らなければならないことは沢山あるけれど、そんなことは後回しだ。だって、私を上回る技量の人なんて、一目でいいから会ってみたい。はやる気持ちを胸に、私は手を引いて駆け出して────
『……』
辿り着いた、熱風渦巻く鍛冶場の中で。それをみた。
『……』
黒い、黒い影法師。小さな小さな存在が、巨大な炉の前で鉄を打っていた。一打一打、狂信にも似た強い思いを刃金に込めて。その影は、剣を打っていた。
『……!』
しかしそれは数分もしないうちに終わり、影法師が私たちに気が付いた。
見つかった。
そのことに思わず愛剣を抜こうとし、アインも銃を構えようとする。しかしそれは、そもそも構える武器があるべき場所に存在しないことで失敗する。
『!』
そんな私たちを影法師は何とも思っていないようで。トテトテという擬音が似合いそうな歩きで、私たちの前にやってきた。
小さい、私よりも。私の身長が149cmだから、多分この影は130あるかないか。そして、髪の毛の長さと見た限りの骨格からして、恐らく女の子。何か、とても既視感があった。
「確認する。貴女は、言葉を交わすことが出来る存在だろうか?」
『──』
ぶんぶんと、影法師が首を横に振る。言葉を介しての意思疎通は出来ない、らしい。さて困った。ここが何処で何をする場所なのか、知っていそうな人はいるのに話を聞くことができない。
「どうしましょうか」
「分からないと認識する。本当に、今の当方達には分からないことが多過ぎる」
「ですよねぇ」
これはもう、どうしようもない。今気づいたばかりだが、どうやらこの場所では魔法も使うことができないらしい。となれば、もうやれることは殆どない。殺しの技なんて、役に立つ場所じゃないだろうし。
そんな風に思っている時だった。
目の前の影法師にくいくいと、小さな子が手を引くように服を引っ張られた。どうかしたのだろうかと少し屈み、目線を合わせる。
『──、─────』
するとその影が、先ほどまで打っていたらしい剣を私達に差し出してきた。見た限り、その意匠は2振りで完成する夫婦剣。自分を上回る名工の作品を貰えるのは、それはそれで嬉しいのだけど……
「あ……」
「これ、は」
そんな考えは、受け取った剣に触れた瞬間に霧散した。これまで感じていた、無視はできるが息が詰まるような感覚。それが、剣を手にした途端に晴れた。
『2人の魂は直して、止めておいたよ。でも、次《幻想世界》を使ったら壊れちゃう。だからもう、聖剣は使わないでね』
同時に、耳元でそんな懐かしい声が聞こえた気がして。
「ママ!」
先ほどまでの光景は夢だったかのように過ぎ去って。気が付けば、私は見慣れた天井へ手を伸ばしていた。
義耳を始めとした義体を再起動させつつ起き上がれば、そこは変わらず見慣れた病院の一室が広がっている。嗅ぎ慣れた薬品の匂いに、戦闘中ではない外の人の足運び。どうやら、私たちはあの後ユ=グ=エッダの方に拾われたらしい。
「夢……じゃ、ないですよね」
「肯定する。夢にしては、あまりにも記憶に残り過ぎている」
声に振り向けば、同じように寝かされていたらしいアインがそこにいた。最近増設してもらった時計を見るに、私たちが出撃してからおよそ半日。すっかり日が上っているはずの時刻と日付を、時計は示していた。
ならば、急ぐ必要もあまりない。念のためどんな夢だったか確認してみたけど、整合性があって同じ夢を見ていたのは確実。
「ならやっぱり、あれは……」
「私のママ、イオリ・キリノの筈です」
そう考えるのが、一番自然だった。影法師のような姿であった理由は分からないけれど。パパが居なかった理由も分からないけれど。それでも、きっと。
そうでなければ、納得の出来ないことが私たちの身には起きているのだから。
「何せ、私たちの《幻想世界》が消えてます。呪いと破滅を撒き散らす、祟り神にならないで」
「その上、当方達がアヤメとアインという個人で在れている。異常だと断定する」
知識としてだけ知っていた私より、実物に触れるどころか使ったこともあるアインからのお墨付きだ。
基本的に《幻想世界》の行き着く果ては神という存在だ。
そして一度そうなってしまえば、2度と元には戻れない。そのまま永劫、同種か自らの手で殺されぬ限り不朽不滅に君臨し続けることになる。
私たちの場合なら、それこそ『呪いと破滅』を司る祟り神として。こうして誰かと話したり、そもそも思考すら出来ない存在に果てていただろう。
「多分、最初に撃墜されたのとママの存在は別ですよね」
「推測だが同意する。当方達が受けた攻撃は、弓のような、剣のような……」
「私は、風の魔法に近い感じがしましたけど」
しかしどれにせよ、イオリ・キリノの手口じゃない。寧ろパパ……剣聖ロイドに近い手口だが、太刀筋と魔法の使い方がまるで違う。別人だ。
分かることが増えて、その倍くらい分からないことが増えた。全くもって、ままならない。
「……取り敢えず、今は戻って来れたことを喜びますか」
「肯定する。当方も少し、疲れた」
私はロクな食べ物を口に出来ないけど、それでもレーションくらいは食べられる。病室で食事なんてとは思うけど、最近はここと貴賓室にしか居なかったから実質自分の部屋だし。少しくらいは、許してくれるだろう。
そんな細やかな朝食兼祝勝会は、リィン達による事情聴取が始まるまで続いたのだった。相変わらず、軍用レーションは美味しくも不味くもない味だった。
◇
して、そんなこんなで事情聴取と情報の共有も終わり、ユ=グ=エッダ期間のブリッジにて。取り敢えず『安全』とだけ知らされていた、現状の説明に移る少し前。
『私たちの現状を話す前に、ひとつだけ。アヤメさんには伝えておかなければならないことがあります』
「はぁ」
そんな前置きがある時点で、大凡の内容は察することが出来る。故に問題は、竜が出るか蛇が出るか。出来ればあまり、大きな問題でなければ良いのだが……
『あの時、お二人の幻想世界を見た者の大半が、アヤ・ティアードロップがアヤメ・キリノであると認識しました。軍人には手を打ちましたが、勘づいた市民は少なからずいるでしょう。あまりもう、我が国には来ない方が良いかもしれません』
「そう、ですか」
残念なことに、問題は竜の方だったらしい。
そっか、遂にバレてしまったのか。残念だけど仕方ない。私の身代わりが斬られた断頭台、あそこで見た悪意が向けられるくらいなら……もう、いい。スラムには里帰りするかもしれないけど。
『あまり怒らないのですね』
「まあ、来るべき時が来てしまっただけですし」
しかし、だとすれば何かアクションを起こした方がいいだろうか。この状況で何も私が動かなければ、処刑までした王家の信頼が失墜する。流石にそれはいただけない。
『何か心配をしているようですが、わざわざそちらに動いてもらう必要はありませんよ。納得の出来ないという者も少なからずいましょうが……まあ、この後に及んで報道に踊らされたままの方は、生きてても資源の無駄です。説得は試みますが、ダメなら消えてもらいます』
「恐ろしいこと言うのう、獣王よ。余が見ぬ間に、なんぞ不愉快な出来事でもあったのか?」
『ええ。解決しましたけれど』
口ではそんな物騒な言葉を紡ぎながら、ミーニャ女王はびっくりするくらい満面の笑みを浮かべていた。この話にはきっと、触れない方が精神的に良い気がする。
『ではそろそろ、現状と今後の方針に移りましょうか』
ミーニャ女王がポンと小さく手を叩き、話が切り替わった。同時に映像通信の向こうで、
『まずは、御二人にも分かりやすいように結果だけ。この世界に戻ってきた直後、人間界内部からの攻撃がありました。先程聞いた限りだと、下手人は墜星・勇者とみて間違いないでしょう』
「その攻撃の際、人間界を覆う嵐の壁が一時的に割れたのだ。その隙に余らは人間界へと突入しておる」
ここまではいいですね?と促す言葉に首肯する。そこまではさっきの事情聴取で共有済み。知りたいのはその先にある。そんな私たちの様子を見て小さく頷き、ミーニャ女王が地図の一点を指差した。
『現状我々が位置しているのはここ、旧人獣大陸間連絡橋の玄関口であった交易都市サーマス近辺です。英雄戦争時に放棄されて久しい街ですが、拠点とするには十分でしょう』
「そういう結論と相なった。建造物の補修は必要であろうが、暮らすに特段の不自由はあるまいて」
今度は私たちの目の前にあるモニターに、一枚の航空写真が投影される。そこに映っているのは、廃墟であるのは一目で分かるかつては立派であっただろう街の姿だった。
今だその威容を保つ高い障壁。恐らく大砲などがあったであろう空白地点。そんな城砦にも似た壁に囲まれた街の中は、長年使われていなかった為か緑が繁茂している。建物は……何箇所か緑に穴が開くようなな形で残る場所以外は全滅している。だがその分、街の中心を貫く河川の水は遠目にも澄んでいて、生命の息吹をこれでもかと感じられる。
広大な土地だ。人族が再開発し暮らすのは厳しいだろう。
だけど私たちは獣人と魔族が主体で、他種族のハーフも多く抱えている集団だ。ならば確かに、特段の不自由はないように思える。
『両国を合わせ、我々の人口は凡そ280万人。とんだ小国となってしまいましたが……なんとか、辿り着けましたね』
「ここで終わり、とは行かぬのが難しいところであるがな」
そして私達がこれ以上、先に進む理由は──実質的に、これで無くなったと言える。無論このままという訳にはいかないが、
・安定して船を運航する体制を整える
・新たな安住の地を見つける
・それに伴う戦力の増強
という、当初設定していた3つの要件を全て満たすことが出来たのだ。それは喜ばしいことで、なればこそ聞かなければならないことがある。
「了解しました。それで、これから私達はどう動けば?」
「わざわざ当方達を相席させての会談、何か当方達を利用したいことかあると推測する」
これから、獣王国と魔王国という国家はどう動いていく予定なのか。国の舵取りという最も大切なことを問いかけた。
『まずは旧サーマスの復興と再開拓を。民間人の有志と冒険者に対して依頼という形で予定してますね』
「その間に余ら魔王国は、艦隊の修繕を予定しておる。向こうの世界で被った汚染のこともある、簡単に着陸は出来ぬからな」
『そしてアヤメさん、アインさん。御二人に改めて頼みたいことがあります』
画面越しだが、しっかりとこちらを見据えてミーニャ女王が言う。
『想定される墜星・勇者の襲撃に対して、御二人には先んじて動いて貰いたいと考えています。現在地である旧サーマスから、エモフの街を経由して、城塞都市リフンへ。そこからならば、王都スヴィエールへ直接転移が出来た筈です』
墜星に再び襲撃されるよりも早く、今度はこちらから墜星を襲撃し叩く。つまりミーニャ女王が言っているのはこういうことだった。
地図上をなぞった指の動きは、大都市を経由ながら城塞都市へ繋がる最短ルート。やけに整備されているあたり、交易路か軍事目的か。荒れてはいるだろうが、恐らく進みやすいことだろう。
「当方には、山脈越えを前提としているように認識できるのだが。相違はないだろうか?」
『いえ、山脈越えはしません。そのチュンパオ山脈ですが、戦時中に戦略魔法の直撃を受けて消滅していますから』
ミーニャ女王が訂正するように、山脈の一部を塗りつぶした。黒く塗られたのは地図上では数十キロ程度と思われる部分。ユ=グ=エッダに積んだ主砲が直撃した場合の被害想定と、恐ろしいくらい一致している。ゾッとしない話だ。
「それと、獣王国からはケラウノスが。魔王国からは余が同行する。少数精鋭の電源作戦を予定しておる。本来であればミーニャ女王を含めて万全の体制を取りたいが……」
『いま私という押さえつける蓋が無くなれば、獣王国がどう動くか予想もつきませんから。それに最悪、私単独であれば1時間で王都に着きます』
そういう話であれば、私達を含めて最大戦力の少数精鋭という事にも納得できる。勇者に見つかることは避けられないだろうが、それでも走り抜けることは可能な筈だ。
もしこのまま安静にしていられるならいいと、さっきは報告しなかったが……言わねばなるまい。
「先程は報告していなかったが、現状当方達は聖剣による戦闘能力を実質的に失っていると報告する。可能であれば、魔剣レギオンαの機体を受領したい」
「通常駆動から限界駆動に持っていこうとすると、幻想世界が暴走するみたいでして」
恐らくママの影法師があの空間で言っていた、聖剣を使ってはいけないという警告。それは“そもそも使えば人を辞める事になる”という形で実現する。
「──不死殺しが、撃てません」
願いと祈りの結晶は、呪いと破滅に凌辱されて。
私達を縛る鎖に変わっていた。