私たちが山を降り始めたのは、予定していた通り2日後の朝だった。アウルさんを先頭に、しきりに構ってくるアマルさんと軽く話しつつの下山は結構な重労働だったと記憶してる。
そう、アマルさんは私にしきりに構ってくるくらい元気だったのだ。奇妙なことに暴走していた時の記憶は、悪い夢でも観ていたかのように、夢から覚めたように、アマルさんの中から消えて無くなっていた。
「これが、ユメウツツってことなのかな……」
「うん? どうかしたの、アヤちゃん?」
「ううん、何でもないよ」
そんなことを思っている私たちは、すでに街まで降りて宿を取っていた。一応お代は折半して2部屋。私とアマルさん、アウルさんで分けている。今更だけど、まあ当たり前だよね。
「それよりも、本当に旅のお話とかないのかしら?」
「まだ始めたばっかりだから、こればっかりはないかなぁ」
「残念だわ……」
残念そうにしているアマルさんを見ると申し訳なくなるけど、話せるようなことなんて本当にないのだ。王都の話は出来ないし、ユメウツツについても忘れていてもらった方がきっと良いから。
「それより、私は明日早いから寝ないとなんですけど……」
「私はもっとお話ししたいのだわ!」
グイっと詰め寄ってくるアマルさんに、私は引きつったような笑みを浮かべることしかできなかった。押しが強い……というか、こんな状況で私は明日出発なんて出来るのだろうか。
そんなことを思っていたら、思わず欠伸が出てしまった。道中は箒の試運転も兼ねて乗ったままだったとはいえ、戦闘もこなしたし思ってた以上に疲れてるらしい。頑張って鍛えないとなぁ。
「そう、よね……ごめんなさい。私がはしゃぎ過ぎていたわ」
「いえいえ、あんまり気にしてませんよ」
迂闊に私がそんな態度を取ったせいか、アマルさんを遠慮させてしまった。体調とか予定とかを考えると嬉しいことだけど、ちょっとだけ罪悪感を感じる。
「本当に、明日行ってしまうの?」
冷めてしまった部屋の空気にどうしようか困っていると、寂しそうな声でアマルさんが呟いた。
「まあ、そうですね。私が本来受けてる依頼、なるべく早くって頼まれてますし」
あくまで私の所感であって、正式な命令じゃないけど。けれど早くした方が良いっていうのは、あの夢を見てから私の中にどこか留まり続けていた。本当は寝ている場合じゃないとすら思うけど、それくらいは我慢できるし分別だってつく。
「そう、なのね。よく分からないまま助けてもらって、初めての友達になってくれたのに、何にも私は返せてないわ……」
「いいえ、私はもう十分すぎるほどの物を貰ってますよ」
友達、って言っていいのかは分からない。それでも私にとっては、初めての同世代の友人なのかもしれない。許されるなら、初めての友達って呼びたい。それに魔剣もあるから、私は十分以上にお返しは貰っているのだ。
「それにまあ、もう2度と会えないわけでもないですし。多分ギルドに私宛てで連絡したら反応出来ると思うよ?」
「むぅ……」
「私についてくると危険がいっぱいだし、やっぱり一緒はダメだよ」
どう考えても、私は危険な目に合うのが決まってる。その時私は、アマルさんを助けることなんて出来ない。例え魔剣があっても、私が守れる命は私のもの1つだけだ。だって私は、どうしようもなく弱いから。
「だから早めに寝させてほしいかな」
「分かったわ……でも、お手紙を出したら返事して欲しいのだわ」
「それくらいなら、お安い御用ですよ」
「約束よ!」
返事をして、指切りをする。ゆーびきーりげーんまーんってアレだ。
私の色々やってきた手と違って、本当に華奢で壊れてしまいそうな手。結んだ小指に力を込めたら、簡単に折れてしまいそうなほど細く繊細な指。それが心配になってきちゃうけど、私と違ってアウルさんという頼れる兄がいるから、きっと大丈夫なはずだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
そう言って私たちは、ランプを消し其々のベッドにはいった。眠りに入る直前、見覚えのある淡い光が舞っていたような気がする。それならきっと、今日はグッスリ眠れるように願っておこう。
◇
「箒よし、服よし、装備よし」
翌日の朝。私は1人、街の外へ開かれた門の近くにいた。
腰には魔剣を佩き、ママのお下がりの長いコートを羽織り、日差しよけにそこら辺のお店で買ったつばの広い魔女帽子を被る。そして昨日試運転した移動用の足となる箒を持てば、少しはおしゃれにまとまった旅装となる。
「天気もいいし、旅に出るにはいい感じかな」
空は晴れ渡っていて、雨が降る気配も今のところない。食料も1ヶ月分くらいは貯蓄してるし、最悪遭難しても問題ないだろう。
因みにもう既に宿屋でお別れは済んだから、2人の見送りはない。それは私の望んだことで、だからたった1人でここに立っている。
「次の目的地は……どうだろ」
昨日1日を使って調べた結果、私が居るここは獣人界の最東端に位置している。つまり、戦争時の激戦区だった場所からは最も離れている場所だ。行方不明になっている魔剣の分布は、主に激戦区だった場所に集中してるため頑張ってそちらまで行かねばならない。
かつて人間界へ繋がる橋が架かっていた大陸最西端。
今も魔界へ繋がる橋が半分ほど架かる大陸最北端。
そして、進行してきた悪魔が最初にたどり着く大陸北西。
因みに、王都があるのは大陸中央から南に少し行った場所だ。そう考えると、カンザキ邸にあったあの魔法陣は途轍もない距離を飛ばしたものである。
そんなことを考えながら門を潜り、魔力を込めて起動した箒に横乗りする。昨日跨ってみたけど、あれは地獄だったからもう2度とやりたくない。速度出す必要がある場合なら別だけど。
「西で行方不明の魔剣は数本。探しながら行くけど、何本見つかるかな」
気持ちの良い風を受け進みつつ私は呟いた。運良くなのか魔剣に導かれてから、ユメウツツを見つけ手に入れることができた。
でも次からは、こんなに上手く行くだなんて考えない方がいいと思う。噂とかギルドとか色々使って自分で調べて、交渉するなり奪い取るなりして手に入れなければいけない。そんな気がする。
「でも、魔剣の情報が見つかるまでは……旅、楽しんじゃおっかな」
やらないといけないこと……カッコよく言うなら使命は大切だけど、趣味というか夢を叶えたってバチは当たらないと思う。
身バレすることの恐怖
隠し事をしている後ろめたさ
魔剣を集める使命の必要性
集めないと死ぬという死の核心
冒険につきまとう死の予感
2億という馬鹿げた懸賞金の重さ
その他にも色々大きく重すぎるものが沢山、私の背には背負わされているのだ。今でこそ、
だからこそ、少しくらいは羽目を外そう。誤魔化して、逃げて、その先に何かを果たすために。
「良い天気だし、風もいい気持ち」
そんな自己肯定をしていると、ちょっとだけ気分も軽くなった。そうなると何だか少しだけ楽しくなって、気がついたら鼻歌を歌っていた。
「♪〜♪〜」
アップテンポな曲にノッて足をパタパタさせながら、箒の速度をちょっとだけあげた。ああ、この歌は何だったっけ。確かママが、凄く楽しそうに歌っていた気がする。
まあ、今が楽しいからいっか。
次に目指すのは、とりあえず大きな街。そこで新聞なりギルドなりを使って、魔剣とかの情報を集めていこう。実際に動くのは、それからできっと大丈夫だ。
そうして私は、鼻歌を歌いながら箒に乗って道無き道を進んで行くのだった。
◇
「行ったみたいだな」
真紅の髪をたなびかせ、箒に乗って飛んで行った恩人の姿を見送り、銀狼族の青年は呟いた。その傍らには、紫の宝石と牙のような意匠のネックレスをかけた白い銀狼の少女がいた。
「寂しいのだわ……」
「まあ、そういうな。あいつにだって、やることがあるんだからさ」
青年が少女……妹の頭を軽く撫でてそう言った。数少ない飛び去った真紅の少女の正体を知る青年は、少女が自分たちと旅をすることを断った理由が本人以外で唯一分かっていた。
無鉄砲かと思ったら臆病で、見ず知らずの人を信用するくらい優しいのに敵には容赦がない。そんな獣人から見れば矛盾の塊みたいな、とても子供っぽい少女のことだ。真実を知る者から逃げるのと、厄介ごとから妹を遠ざけることが理由だろう。
「さ、俺たちも行くぞ」
そんなかもしれない真実は隠したまま、銀狼の青年は妹の手を引いて歩き出した。少女が向かったのとは、反対側の門に向けて。
「ね、お兄ちゃん。これからどこ行くの?」
とてとてと覚束ない足取りで歩く妹が、興味深げに兄に問いかけた。
「そうだな……海、とかどうだ? 確か昔、行ってみたいって言ってただろ?」
「覚えててくれたの?」
「ああ、今まで何もしてやれなかったが、これでも兄ちゃんだからな」
そう言い返す青年の顔には、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。同じように、妹も花が咲くような笑みを浮かべていた。
「それじゃあね! 私、砂がいっぱいあるって砂漠とか、氷に包まれた銀世界とか、色々見てみたいわ!」
「ああ。アイツのお陰で、金も十分以上にあるからな」
そう言って青年がポンと叩いた財布からは、金属がぶつかり合う音が聞こえた。最終的に回収することになった純オリハルコンは、3人で当分しても相応以上のお金になったのだ。具体的には、質素に生活すれば1年は暮らせるくらいに。
「それじゃあそれじゃあ、美味しいものとか可愛いお洋服とかも、好きに買ってもいいのかしら!?」
「考えて使えよ? 金ってのは、そう簡単に稼げるもんじゃねえんだ」
「わかってるわ! あ、おじさんそのお肉1つくださいな!」
忠告した直後に、いい匂いを漂わせている屋台に走っていった妹に兄は頭を抱えた。
「まあ、偶には悪くない」
幼少期からあの村のあの場所に、ずっと軟禁されていたのを考えるとそう思えた。寧ろはしゃいで目一杯楽しんでくれる方が嬉しい。何故なら、自分はその為に今まで努力を重ねてきたのだから。
「すまない、もう一本追加で頼む」
「はいよ!」
「あら、お兄ちゃんも食べたかったの?」
「偶にはな」
笑顔でパタパタとはしゃぐ妹を見ているだけで、努力が報われた実感が湧いてくる。同時に最後に手を貸してくれた、あの少女の顔も。
「まあ、多分大丈夫だろ」
「お兄ちゃん、何か言った?」
「なんでもない、気にするな」
噂に聞いていた『残忍にして冷酷、人を人とも思っていないような考えをし、目的のためなら手段を選ばない悪魔』なんてイメージとは全く違う、寧ろ正反対なただの幼い女の子。その小さな背中に背負わされたモノに思いを馳せ──すぐに、そんな考えを振り払った。