「先程は報告していなかったが、現状当方達は聖剣による戦闘能力を実質的に失っていると報告する。可能であれば、魔剣レギオンαの機体を受領したい」
「通常駆動から限界駆動に持っていこうとすると、幻想世界が暴走するみたいでして。
──不死殺しが、撃てません」
明かした現実に、空気が静まり返った。
当然だ。何せたった今ミーニャ女王が話していた強襲計画は、墜星を撃破できるという事が前提の話。作戦の核たる不死殺しが使えないとなれば、作戦は前提から崩壊してしまう。
『……そう、ですか。一応原因と、直せるかを聞いても?』
「ええ。原因は《幻想世界》による過負荷。修復は……先に私たちの寿命が尽きるかと」
ミーニャ女王の言葉に頷き言葉を返す。
私とアインの聖剣は、複数の魔剣を無理矢理まとめ上げて調律することで作り上げた歪な物だった。ガラス細工やステンドガラス、噛み合ったパズルと言ってもいい。
聖剣を握り、使うだけなら問題ない。格下や同格の力とぶつかり合うのもいい。その程度じゃ壊れないように作ってあった。だが担い手である私たちが《幻想世界》なんて、聖剣に比するような出力の魔法を使ったら。あまつさえ、同質の魔法とぶつけ合ったらどうなるか?
そんなこと、わざわざ語るまでもない。
砕けてバラバラ、2度と元には戻せない。
「だがアヤメよ。お前様もアインも同行したいと言っておったが?」
「肯定する。切札にはなれないが、街で余生を謳歌するよりは役立つと推察した」
「実際に見てもらった方が早いです。リィン、ちょっと危ないので下がってて下さい」
「うむ」
何も刃の届く範囲にはないことを確認して、愛剣を抜刀。Ⅰ型のスラッシャーを装填し光刃を発生させた。光刃の色は本来の淡い蒼から、鈍い銀灰色に変色している。そう、私たちを象徴するような色に。
「私とアインが使えてしまった世界の性質は『呪い』と『破滅』。その性質が光刃に反映されてるので……斬った場所は呪われて、銀色の灰に変わります。少なくとも金烏は、そこから再生は出来ていませんでした」
「当方の銃撃においても、同様の効果はあると補足する」
不死殺しが完全には効かなかった金烏に届き、遂には滅ぼした焼滅現象。流石に出力の低下は否めないが、同質の力である以上、同じ墜星である勇者にも有効なはずだ。
『分かりました。御二人が全力で戦える時間は、大体どれくらいか分かりますか?』
「前衛を張るなら、最長でも30分くらいしか保たないかと」
「当方もさして変わらないと認識している」
今までは体力と魔力を未来から前借りするという限界駆動の基本システムによって、消耗を気にすることなく戦えていた。でも限界駆動ができない以上、無尽蔵のリソースは無くもう長くは戦えない。致命傷を負っても首さえ繋がっていれば……なんて、無茶と無謀も封じられた。
総合的に見て、今の私とアインは弱兵の類だろう。だが強者を殺し得る弱兵だ。
戦場では真っ先に狙われるけど勇者からすれば邪魔な存在で、気を配らなければならない存在になる。1対多の戦場において、それは確かな痛手となる。
『……旅装を整えるまで、まだ数日かかります。その間にもし体調不良を起こしたり、気が変わったなら言って下さい』
「分かってます。戦えない事態になったら大人しくしてますよ。何せもう、そんなに時間も残ってませんから」
幻想世界を使う際の代償なのか、或いは反動だったのかは分からない。だが実際に金烏との戦闘中に、私とアインの命は共に大きく溢れ落ちた。もはや何が起きてもおかしくない。
『……リィン、2人のことをお願いします』
「あいわかった。こちらの艦隊であれば、不粋な輩には関わらせぬ」
私たちをジッと見つめた後、絞り出すようにミーニャ女王がそう言い通信が途切れた。そこまで獣人界は──いや、そういう所だったか。本当にもう、あちらの艦隊には足を踏み入れない方が良いのかもしれない。
出来れば最後に、知り合いに挨拶くらいはしたかったのだが。なんてどうしようもない事を考えていた時だった。大きくため息を吐き、身体を伸ばしているリィンが問いかけた。
「そういえばこの前余が聞いた時は、まだ2人とも2ヶ月は時間があったではないか。戦えば命を削るとは聞いておったが……もう、ないのか?」
「肯定する。当方はあと900時間ほどで活動を停止する」
アインは私よりだいぶ長生き出来るらしい。嬉しいやら悲しいやら、なんとも言えない。これがもっと短い時間しか残っていなかったら、いっそ淫蕩に耽ったりするのも悪くはなかったと思うが……まあ、戦えるならそうしたい。
「私は……概算ですけど、600時間を切っているかと。戦えばまた削れるので、参考にしかなりませんが」
「そうであるか。だから余としては、本音を言えばお前様たちには戦って欲しくないのだがの」
リィンの言葉に黙って首を横に振る。私はもう、ずっと人に怯えて隠れながら生きているのは嫌だ。お義母さんといた時はそれでもよかったけど……今からそんな生活に戻るくらいなら、何にも縛られずに行く死出の旅の方がずっと良い。
「アインはどう思っておるのだ?」
「最愛の妻の最後の旅に、同行しない夫などいないと否定する」
「むぅ、それはそうであるだろうが。余が聞きたいのは、そういうことではなくての」
「個人的な目的なら、当方は──人間界を、死ぬ前に見てみたいからと表明する」
違う、そうじゃないと困り顔でリィンが言った言葉に、少し考えるようにしてアインが答えた。
「余の記憶によれば、エクスプローラーは戦域を問わずに従軍していたと思うのだが」
「肯定する。だが当方は、基本的に獣人界が主戦場であり、偶に魔界で戦った程度だ。故に人間界に足を踏み入れたことはなかった」
「むぅ、であるか。余もそうではあるが」
私としては予想外の言葉だったが、リィンは渋々ながら納得したらしい。しかし人間界か……
「アヤメは来たことはあるのかと疑問する」
「10年以上……というか英雄戦争の前になら何回か。パパの、父方の実家がありましたし」
確か場所は、さっきミーニャ女王が中継地点として挙げていたエモフという街だった筈だ。だが兎角10年以上前で、私が4〜5歳頃に数回来てからそれっきり。地球でもそうだったけど、記憶はとうに曖昧だ。
「お爺ちゃんは強い剣士で、お婆ちゃんは風属性を軸にした魔法使いだったと聞いてます。そして戦争が始まって比較的初期の頃、老齢が祟って戦死したとも」
「……済まないと謝罪する」
「いえ、気にしないでください。声も顔も覚えてない人のこと、ですから」
事実上そうで僅かに過ごした記憶があるだけで、心象的には殆ど他人事に近い。少し物悲しさはあるけれど、どう頑張ってもそこ止まりだ。
そうして若干、変な空気になってしまった部屋の中。
ボンと手を叩く音が響いた。
「あまり余は暗い雰囲気は好かぬ! アヤメ、アイン、お前様達はこれから予定はあるか?」
「予定なんて何も。目が覚めて、現状確認をしている時に呼ばれたので」
「当方にも何もないと否定する」
「ならば、少し余に付き合ってもらおうか!」
少し前までの顔と雰囲気からは打って変わって、明るい声音でリィンが言う。アインと顔を見合わせるが、特に断る理由もないかと頷いた。
「構いませんが、付き合うって何にです?」
「詳しくは考えておらぬが、一度思いっきり遊びたいと常々思っておってな。それにじゃ」
「当方たちは問題ないが、リィンの仕事はどうするのかと疑問する」
楽しそうに語るリィンに水を差すようだが、至極真っ当な疑問がアインから飛んだ。療養と準備以外することのない私たちと違って、リィンは魔王としてかなり多忙な筈。だと言うのに遊ぶのはその、国の方は大丈夫なのだろうか。
「このままでは余が過労死しそうであったのでな。法律を改正して、魔王という役職の法律的権力を全て無に帰した。政治的な部分は残っておるが……いわば、象徴魔王制とでも言おうか。日本の政治資料は実に役に立った」
確かに日本にも、そういう王様……皇がいた気がするが、絶対に過労死が成立理由ではなかったと思う。まあ、リィンが満足そうだしいいか。
「そういうことなら……そうですね、目一杯遊びましょうか。でも私、もう殆どご飯とかは食べられないんですが……」
「そもそも、遊ぶとは何をどうすればいいのか分からないと疑問する」
「うむ、言っておきながら余も知らぬ」
生憎と私たちは全員、生まれから戦争世代。マトモな遊び方なんて知る由もなかった。昔、魔導書のついでに読んでいた娯楽本に、学校帰りのなんとかかんとかは書いてあった筈だが……誰もちゃんとした教育期間に通ったことないんじゃなかろうか、このメンツ。
「故に憧れておったのだ。気のおけぬ親友と馬鹿みたいに遊んで、疲れ果てて寝るような、楽しい時間とやらを」
「確か、'“青春”なる概念だと認識する」
「そう言われると、確かに憧れる気持ちもわかります」
私も戦友以外で友と呼べる相手は、それこそ片手で数えられる程度しかいない。アヤメ・キリノとしてはリィンだけだ。気のおけない友達と、楽しく騒いで、疲れ果てて寝る……確かに、憧れだ。
「それで、何をするんです?」
詳しくは考えていないと言っていたが、それは逆説的に大まかには考えてあると言うことのはず。送信して疑問を投げれば、いい笑顔で言葉が返ってきた。
「余は稼働年齢6年、アヤメは15歳で、アインも同様。そんな年頃の少年少女が集まったならば、やるべきことは1つと決まっておる」
即ち、と一息おいて。
「大人の言う『やってはならぬ』を無視した大冒険、これしかあるまいて。後で共に、盛大に叱られようではないか」
「いいですね、ノりました。アインはどうします?」
「分かりきったことを、聞く必要はないと否定する」
返ってきたのはニヤリとした笑み。私たち3人は全員、なんやかんやでイオリ・キリノを始めとした英雄の血を継いでいる者。言葉はなくとも、心が通じ合っている気がした。
「行き先は?」
「決まっておろう。目標は艦隊下方、旧交易都市サーマス。探検かつ軽い掃除と洒落込もうぞ」
「認識した」
軽く拳を突き合わせて、私たち悪ガキ3人は勝手に艦隊を下船。自然に飲み込まれた人族の廃都に飛び込んで行ったのだった。
◇
そうして私たちが訪れたこの地には、降り立って初めてわかる形容しがたい雰囲気があった。
まずは建築様式が私たちの知る者ではない。地面を覆うのはアスファルト、建物の材質はコンクリートと鉄筋……いや、何かしらの魔法金属の合金か。
そんな地球現代的かと思えば、石や木をふんだんに使った獣人界式の建物や、大地を塗り潰すアスファルトの道の中心に地下へと続くゲートがある魔界式の建築も点在している。
「思ったより大分、文化と様式が混在してますね」
「うむ、恐らく交易都市というのが影響しておるのだろうな。地球では生きておった街すら見れなんだが、やはり異郷の街とはこうでなくてはな!」
「肯定する。だが、あまり逸れないようにして欲しい」
逸れてしまってから探すのは手間だとアインが言う。実際、廃都サーマスには、私やリィンならば覆い隠せてしまう丈の草が生い茂っている。折角の未知、探知魔法は最低限に済ましておきたい。
「むぅ。だが。あまりモタモタしておると、誰ぞに先を越されてしまうではないか」
頬を膨らましてリィンが言った通り、この時間が止まって過ぎ去ったような街には今、人の気配が薄くだが存在する。
先の会議でミーニャ女王の言っていた、民間の有志と依頼した冒険者による開拓事業。それが既に始まっているらしい。幸いまだ民間人と思しき人は見かけていないし、探知にも引っかかっていないが。
「だからこうして、草を刈りながら進んでるんじゃないですか」
ふぅ、と一息ついて、ここまで振るい続けてきた獲物を肩に担ぐ。その私の身長ほどもある金属塊の名前は大鎌。戦闘に使うほど精密な動作は出来なくなったが、ここまでの経験値が消える訳じゃない。それこそ、こうして道を切り拓くことが出来る程度には。
「いやぁ、久々に大鎌をブン回せて楽しいです」
「義手になってから満足に使えず、かなり残念がっていたと記憶している」
「言わないで下さいよ。恥ずかしいじゃないですか」
言いながら、再度全身を使い大鎌を大回転。速度は遅いながらも、独楽のように回るステップで斬撃を連続させていく。
刃が抜けた跡は私の膝くらいの高さで草を刈り取られ、馬車くらいなら通れそうな広さで道を切り拓かれる。これが意外と、やっていてとても楽しい。命を奪うために振るわない大鎌が、こんなに軽いなんて知らなかった…………まあ、小動物に昆虫、小さな魔物は巻き込んでいるが。
「のう、アヤメよ。その大鎌、本当に魔剣ではないのか……? 息も殆ど切らさず、普通に会話できるというのは怖いぞ」
「至って普通の、昔作った鍛造品の大鎌ですよっと。息と会話に関しては……戦闘に使ってた時は、魔法の詠唱を見せかけたり、口撃で相手の意識を逸らしたりしてましたから」
先ほどから改めて実感しているが、それはもう土台無理な話になってしまっているが。普段の戦闘用から作業用の義手に換装しているというのに、生身の時と比べて反応は鈍く感覚が淡い。昔なら多分もう2、3回り広い範囲を、足首くらいの範囲で刈り取れた筈だ。
「それによくもまあ、そんな下手物の長柄を使えるものだなぁと思ってな」
「私の持ってる数少ないママの形見なんですよ、この大鎌の技術って」
長剣でも大剣でもなく、かと言って長所を活かす短剣でもない。小兵が怪物を打ち倒すための、命を刈り取る物。晩年まで今の私より小さかったママから、受け継いだ大切な技だ。
「折角ですし、軽く演舞でもしましょうか?」
「うむ! 是非よろしく頼む!」
「了解です。それじゃあまずは、基本の型から──」
そんな風に、目を輝かせるリィンの前で楽しく大釜を振りつつ、視線を動かしてアインを見る。廃都に降りて来てから、アインの口数はあまり多くない。表情もそこまで動いていない。
けれど、つまらないのかと言えば確実に否だ。変化に気づくことが出来る人は少ないだろうが、ずっと視線が色々な方向に向いている。足取りも普段と比べて僅かに軽く、時折目を輝かせてすらいる。
よかった。私とリィンだけが楽しんでいるんじゃなくて、ちゃんとアインにも楽しんでもらえている。……と、目が合った。演舞にちゃんと集中しよう。
「アヤメよ! アヤメよ! もう一度、今のを見せてはくれぬか!?」
「今のって言うと……五線譜ノ型を一式ですかね。いいですよ!」
基本的な7つの動きを組み合わせることで、体力が続く限り攻撃を続けられる基本的な型だ。派生系も色々あるが、今にして思えば名前が大概音楽用語だったっけ。なんの疑いもなく使ってたけど、ママの趣味だったのかなぁ。
なんて考えながら、一通りの基本となる型を演じ終えた頃だった。切り拓いた緑の海の先、大きく開けた空間が姿を表した。
「む? 大きく開けたの。コロッセオか何かであろうか?」
「っ、はぁ……いい汗かきました……! って、確かに、大分広い場所ですね」
航空写真で見かけた、街にそれなりの数点在していた開けた場所。緑と自然に飲み込まれていない、かつての文明が跡地。どうやら私たちは、そのうちの1つに突き当たったらしい。
見た目は……何と言えばいいのだろうか。階段のように段々と下がっていく半円形のすり鉢の底に、大きな一段高くなった場所がある。そこには朽ちたと思われる建物が積み重なっている。けれど保存魔法が効いているのか、建造物が崩れている以外は埃すら積もっておらず綺麗なままだ。
「ね、アイン。アインはこれが何か分かります?」
「……肯定する。よもや、まだこんな場所が残っているとは」
「知っておるのか!?」
「当方の……否、アルブレヒトとしての記憶だが。この場所は、軍兵士慰労宴会場。堅苦しい名前だが……ああ、いや。これは言ってもいいものか……」
珍しくアインが目を逸らし、言い淀んでいた。多分、私たちに配慮してくれているんだろうけど、ここまで来てそれは無しだろう。
「知ってるなら、ちゃんと教えてくださいよ。余計気になっちゃうじゃないですか」
「……認識した。あくまで、当方は利用したことがないと弁明する」
そう一息おいて、アインが言葉を続ける。
「軍兵士慰労宴会場……一般的には、前線に送られる/送られてきた兵士を慰労する為に歌姫やアイドルなどが歌って踊り、兵士は酒宴をしながら戦争の興奮を冷ます場所だと記憶している」
「して、裏の意味とはなんであろうか?」
「……端的に言ってライブや宴会のあと、そういう行為をする場所でもあったと認識している。そういう接待を行うのはアイドルや歌姫ではなく、後方で待機している専門の団体であったが」
なるほど。そういう場所だったのか……ここは。私もリィンも一応女性、話すのを躊躇うのもさもありなん。現にリィンは顔を真っ赤にしているし。少し刺激が強かったのかもしれない。
「ふむ……それで、アインは好みの子とかいたんですか?」
「………………黙秘権を行使する」
「はっはっはっ、愛する妻の言葉が聞けぬと申すか」
「…………と、当方には、証言の自由を保証する権利が」
「ない! 王命である。余も興味があるのだ、混ぜよ!」
なんて、ふざけた会話をしている時だった。
ジリ、と視界にノイズが走った。