銀灰の神楽   作:銀鈴

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いまは昔あるところに/Recollection【03】

 ジリ、と視界にノイズが走った。

 

 それたけで直前までの雰囲気は消し飛び、全員が各々の獲物を構えて背中合わせに陣を組む。アインは銃を、私は大鎌を、リィンは魔剣を。

 何せここは、閉ざされていた人間界。未開の廃都。何が起こるかまるで予想が付かない土地だ。そこで私たちの持つ耐性を突破して、謎のノイズが視界に走った。であれば、警戒する以外に対応はない。

 

「アイン、敵影は!?」

 

 視界にノイズが走る

 

「見かけられないと否定する!」

 

 視界にノイズが走る

 

「余の探知にもかからぬ!」

 

 視界にノイズが走る

 

 その瞬間、脳に直接何かを叩きつけられるような感覚が走り。私たちの中を、何かが駆け抜けていった。

 

 

 燃え盛る街が見えた。

 うずたかい死体の山が見えた。

 そして-…天を覆い地を埋め尽くす、悪魔の大軍勢が見えていた。

 高い城壁は死骸の山がスロープへと変わり意味をなさず。

 空を覆う結界はレイ級の絨毯爆撃に粉砕され。

 頼みの綱の冒険者も、刻一刻と命を散らし続けている。

 

『総員撤退! 現時点をもって大陸間連絡橋の防衛は中止、サーマスから撤退する!』

 

 剣を手にした老齢の女性が声を張り上げる。

 イオリ・キリノの命を代償に打たれた魔剣の威力は凄まじいの一言に尽きた。何せこれまで、対抗すら出来なかった悪魔と戦えている。

 

殿(しんがり)は僕ら騎士団が務めます! 冒険者の皆さんは、一般市民の警護と撤退を!』

 

 盾と鎧を身につけた、神聖さを感じる装備の青年が叫ぶ。

 だが、それだけだ。対抗出来るだけで、拮抗も逆転も起こせない。魔剣の内、試作型と名付けたコスト度外視のハイエンド。15振りあるうちの3振りを投入してなお、撤退することが席の山だった。

 

『ティア! 転移までの時間!』

『ん、まだ、無理。2分は、かかる!』

 

 8つの棺桶を翼のように背負い大鎌を構えた少女が悲鳴をあげ、虹色のグラデーションに包まれた少女が魔力を激らせる。

 軍人が死ぬ。冒険者が死ぬ。街人が死ぬ。魔剣の担い手が死ぬ。悪魔が死ぬ。死んでいく、何もかもが壊れていく。

 故にこそ、この戦争の行く末も見えて。

 

『私は死ねない、死にたくない!』

 

『あの子をひとりになんて絶対しない!』

 

『だから、お前たちが死ねぇッ!!』

 

 それでもと、死神のような少女が叫んでいた。未来に、過去に、そして現在に。

 それは前へ、前へ、前へ、前へと──

 何もかもを炉心に焚べて、世界を終わらせないと吼える無謀に見えて

 

 

 叩きつけられたのはモノトーンの衝撃から、辺りに漂う濃い緑の空気が私たちの意識が引き戻す。気がつけば私たちは、3方を向きながらへたり込むようにして座っていた。

 

「──今の、って」

 

 視界にかかるノイズはもう何処にもない。けれど確かに私たちが何かを見せられていたのは、逆立った私の尻尾の毛とリィンの鱗が示している。

 

「分からないと否定する」

「だが恐らく、この街の“過去の記憶”であろうな」

 

 呆然としながらも、リィンが呟いた言葉が多分正解だ。魔剣を持っている人影がいたから、時期としては英雄戦争の後期以降。内容からして、この街が放棄された時と見ていいだろう。

 

「金烏と、勇者と、死神に精霊。七英雄が揃い踏みだと認識する」

「この【終末】に真っ向から立ち向かえば、恐らく余らも……」

 

 ああなるのたろう。そんな予測を否定できないどころか、私は納得して受け入れてしまっていた。

 それくらい、最後のママの言葉が耳にこびりついている。死にたくないと未来に吼える言葉。死にたくないと過去を振り返る言葉。そんな今を貫き通さんと現在に叩きつけられた言葉。

 私には決して真似できそうにもない、正の方向へ進む希望のカタチ。正直言って、異常さすら感じる強い姿がそこにはあった。

 

「……のう、アヤメよ。いつかお前様は、“毎日母上は家に帰ってきていた”と言っておったと記憶しておるが」

「あんな場所から、帰ってきてくれてたんですね」

 

 単に死地に近い場所から、と言うだけの話じゃない。私が言いたいのは、もっと内的な心の部分。あんな気狂いに近い覚悟から、優しい平穏な母親のそれにどうやったら精神を切り替えられるのか。

 それがまるで理解ができない。スイッチのONとOFFの様な切り替え方に、薄ら寒いなにかすら覚えてしまう。

 戦場でのあり方と、日常でのあり方、自分自身それを切り替えながら生きているからこそ。より顕著に。

 

「ただ、どうしようもない話だと否定する」

「そう……ですね。今さらあんなものを見せられても、何も出来ません」

 

 如何なる理屈か、見ることが出来た過去の像。

 郷愁や考えることは思い起こされるも、基本的にそこ止まりだ。過去は過去。過ぎ去った時間の彼方には、私たちは干渉する術を持たない。

 或いは八岐やリィンであれば、過去を斬るなんて絶技もあるが……それもまた、斬るという一念のみ。現在に事実を反映するだけで、過去を改変する訳じゃない。

 

 しかし、それでもとIFを想像するのであれば。

 

「──でももしも、英雄戦争が起きていなかったら」

 

 眼前に広がる荒廃した世界と、苛烈な過去の残滓に触れて。

 そんな空虚な夢想が、思わず脳裏をよぎった。

 英雄戦争が、或いはもっと根本的に悪魔という存在が現れなければ。一体この世界はどうなっていたのだろうと。

 

「なんて、考えちゃいますね」

「悪魔が現れず、戦争が起きなかった世界か……当方には想像すら出来ない」

「余も似た様なものだ。だがその平和な世界とやらでは、余という存在が産まれることはないであろうな」

「あっ」

 

 リィンの言葉に虚を突かれた。

 平和であるということは、大なり小なり諍いはあれど戦争は起きていないということ。つまり、それに伴う技術の発展すらも無かったことになる。

 であらば必定、冒険者型人造人間(エクスプローラー)なんて存在は根底から消え去ることになる。何せ彼ら彼女らは、魔剣同様対悪魔用決戦兵器の1種なのだから。

 

「その場合当方は……一応、生存はしている筈だと推測する。アルブレヒト・スノードロップであれば、性格も違うだろう」

「私とスラムに落ち延びないで、ずっと家族と育ってたら……多分、こんな性格にはなってなかったでしょうね」

 

 そしてそんな私では、旅に憧れることはないだろう。

 結論として、この場の3人は誰もが平和な世界ではあり得なかった存在で。余程の偶然でもなければ、出会うことすら無かった関係になる。

 

「本来成し得ぬ奇跡と言えば聞こえは良いが、余としてはごめん被る。己の生を呪ったことはあれど、出会いを呪ったことは一度もない故な」

「同じくです。リィンやアインと出会ったことは、無かったことにしたくはないですもん」

「当方も同意する。死を逃れられぬのならば、どちらかを選ぶなど考えるまでもない」

 

 というより、それ以前の話でも1つ大問題が存在する。

 

「ここまで言ってなんですが。そもそも、争いのない世界で生きる自分なんて想像できませんでしたし」

 

 所謂、物語で見るような平和な日常。

 戦争は基本闇に沈み、表だった戦いは、政争を除けば魔物との生存競争しかない世界。そこを生きる自分の姿を、私は想像出来なかった。

 さっき挙げたIFの自分がいい例だ。

 馴染まない。違和感の塊で、世界の異物感を拭えない。

 小さな頃から習慣づいた“常に戦闘の起きる可能性”を胸に生きること。いつ戦闘が起きても、どんな反応であれ即応できる備え。この時代を生きるのには必須な心構えが邪魔をする。

 (いくさ)(あらそ)いを隣人とするコレは、きっと平和な世界から見れば異常な狂った精神で。それでも、私という存在の根幹を成す一要因だ。

 

「戦争というファクターを抜いた当方たちなど、必然それは別人だと断定する」

「そう産まれ、育ったものであるからなぁ……戦場(いくさば)の煽りを忘れたことなど、余ですら片時もあらぬ」

 

 そうだと同意しかけた瞬間、殆ど忘れかけていた瞬間を思い出し言葉が止まった。そして、僅かに言い淀んだ隙をリィン程の強者が見逃すはずもない。ニヤリといやらしい笑顔を浮かべて、こちらを肘で小突きながら言う。

 

「んん? アヤメは一時であろうと、忘れられたことがあるとな。教えよ、どうせこの場には余とアインしかおらぬのだ。隠し立てする理由もあるまいて」

「ぐぬ……」

 

 正直、あまり言いたくはない。

 これは自らの恥を晒すようなものだし、アインにも飛び火する。だがまあ、ここに降りて来た当初の目的は心ゆくまで遊ぶこと。そういった猥談も、青春の一部になるのだと納得して。

 

「ほれほれ、言ってみせよ」

「……じゃあ、言いますけど。ぶっちゃけ、アインとエッチなことしてる最中は殆ど忘れてましたね」

「ごふっ!?」

 

 アインの尊厳を犠牲に、青春を召喚した。

 余裕ぶっていたアインが咽せている。やった。

 

「ほうほう。情を交わしている最中の生物は、用を足している時と同様に仕留めやすいと聞いておったが……真であったか」

「自分のことで手一杯だったのと、大体アインのことしか見てませんでしたもん」

 

 多分、警戒度は普段の1割を切っていたと思う。魔法なんて使ってられなかったし、何よりそんな……その、うん。アレだ。それ以外見ていたくなかったというか、自分だけを見ていて欲しかったというか。なんともまあ、我ながら乙女チックな思いだが。

 

「それで実際、どうであったのだ? 余とて生物学上は女である故、ぜひ聞かせて欲しいのだが」

「……見ての通り私って小さいじゃないですか」

「うむ」

「それだと、大変なんだなぁって」

 

 面くらった様にアインが慌てているけど、大体女子の猥談なんてこんなもんだ。……いや、大丈夫な筈だ。冒険者ギルドで女性が集まってる卓も、男を品定めしてる人が多かったし。

 

「それで、気持ち良かったりはしたのか?」

「ええっと、はい。好きな人とですし」

「ふむ。余も、死ぬ前に処女を捨てておくのもありであろうか」

「私も昔はそう思って──ん゛ぃッ!?」

 

 言葉を続ける寸前、尻尾に感じた感触に変な声が出た。ピンと伸びた身体で何事かと振り返れば、どうやら本気の隠密も併用したらしいアインの姿。そして私は、自慢の尻尾の根元という弱点を鷲掴みにされていた。

 

「ええと、あの、アイン? 尻尾、は、ァッ、ん、離して、くだ、さい……」

「そうアヤメが言いふらすのであれば、当方も事細かにアヤメの様子を語る準備はできている」

「ゃ、め……」

 

 尻尾は本当にダメなのだ。バランサーであるせいか敏感で。などと思っている間も、揉まれ、扱かれ、強く握られ。変な声を堪えるので精一杯になっていく。こんな時でも、警戒は7割を保てていると言えば異常さも分かりやすいか。

 

「のう、アインよ。そこまで旺盛であるのなら、余とも1発やらぬか?」

「リィン!?」

 

 そして、とんでもない爆弾が投げ込まれた。

 

「いやな、冷静に考えても見よ。余が抱かれるとして、立場と戦闘力という問題があるのでな……?」

 

 まず第1候補として挙げられるのは魔王国の民の筈だが。

 

「艦長のタツミヤは残念ながら、どうにも獣にしか興奮できぬタチであるようで論の外。スマイヤーは亡き妻に操を立てておる。なれば獣王国の民となろうが、ケラウノスは政治的に論外。セプテントリオとやらは違うであろう? かと言って有象無象では、余がそちらを壊しかねん」

 

 なるほど道理だ。

 

「という訳でな。余を貫くのであれば、お前様しかおらぬのだ。アイン・ティアードロップ」

 

 どうする? とでも言いたげに、胸元を下げてアインを誘惑していた。うっすらと浮いた鎖骨と真っ白なうなじ、私と違って傷跡のない肌が見える。自分の肌を恥じるわけではないが、羨ましい。

 

「当方、は……」

「私は嫌ですけど、アインがシたいならいいですよ。リィン相手ですし」

 

 荒い息を整えつつ、まあリィンならとGoサインを出す。

 

「断る、と否定する。当方が知る女性は、生涯アヤメだけでいい」

「あいわかった。愛されておるなぁ、アヤメよ」

 

 そうして馬鹿みたいな話をしていれば、空気も元に戻るというもので。モノトーンの衝撃を強く引き摺りながらも、無断で行った街の散策は大成功に終わったのだった。

 

 

 翌日、ミーニャ女王から予想通り私たち3人へ雷が落ちた後。

 私とアインは、揃ってユ=グ=エッダの格納庫へと足を向けていた。その目的は言うまでもなく、魔剣レギオンαの改造。明日の出発を控えている中、旅装と日程調整によって今日ようやく受領することになっていた。

 

『さて、よく来たわね2人とも。既に大まかな改造は済ませてあるわ」

 

 格納庫にて私たちを待っていたのは、指揮官機を駆るアカネさんだった。

 しかし持っている獲物は本来の武器ではなく、多種多様な工具の数々。どうやら私たちに先駆けて、目の前に在る1輌を改造してくれていたらしい。

 

「ありがとうございます。それで、今のところどんな感じになってますか?」

『まずは要望通りに複座式に。前が近接戦闘面、後が火器管制面を担当できるようになっているわ』

 

 その他の面でも、色々と強化をしてくれていたらしい。1次複製機であるがオリジナルの8割近い出力を確保できるように。自己再生機能の強化に、センサー面の特化強化。

 

『オンリーワン、まあflagshipモデルとでも名付けましょうか。細かいチューニングはしていないから、そこは今からお任せするわ』

「改造、感謝する」

『別に構わないわ、仕事だし。それにあなた達の愛機を手に掛けられるなら、そうね。光栄よ』

 

 そう言って微笑み、アカネさんは手を振って倉庫を後にした。旧都サーマスの探索も並行していると言うし、相当に忙しいのだろう。そんな中で完成させてくれたこと、感謝の念に耐えない。

 

「さて、まずは軽く慣らしで運転しましょうか」

「認識した。アヤメが前、当方が後ろで良いだろうか?」

「前後入れ替えも試しておきましょう。何が役に立つか分かりません」

 

 何せ恐らく、私たちが人生の最後まで共にする魔剣の機体だ。出来る限り慣れて、使いこなせるようにしておきたい。魔力を食わせれば再生する都合上、メンテナンス性より性能も追求したいし。

 

 近距離兵装──機体全面のスラッシャー2振り。

 中距離兵装──重機関銃と光刃。

 長距離兵装──130mm主砲とピアッシャー。

 近距離防御兵装──クラッシャーの振動結界。

 全距離防御兵装──ディフェンダー2振り。

 

 以上に加えて、私たちの魔剣による後付け兵装と、レギオンα[flagship]による複製・指揮能力。

 人型を捨て去ることで得た、汎用的な殺戮性能。同時起動は1振りのみという、魔剣の制約すらも破った多脚戦車。到底1人では扱いきれない多機能も、2人であれば問題ない。

 

 私の魔剣の奥底で眠るレギオンβ、半人戦闘機もその点では似たようなものだが……終の魔剣にしては悪くない。きっと、これならまだ戦える。

 

「ねぇ、アイン」

「うむ?」

「もし、私たちが勇者を何とかして。それでもまだ、生きていられる時間があったら。最後に1回、デートしませんか?」

 

 数時間かけてレギオンαを乗り回し、魔法による補強を重ね、チューニングを済ませたインターバル。したたる汗を拭きながら、私はそんな言葉を投げかけた。

 

「肯定する。だが、どうして今そんなことを聞くのかと疑問する」

「だって明日からは、ずっと強行軍です。だからきっと、こんな日常のことを考える余裕がなくなっちゃいます」

 

 昨日、下の街で見たような過去の再生。それもきっと起きるに違いない、そんな予感がある。困難と、戦闘と、殺し合いと、刃金(はがね)しか残らない世界が待っている。

 

「その前に、予定だけでも。日常に戻ってくる楔が欲しいなって」

「認識した。ならばド派手に、最後の日常を満喫しようと提案する」

「いいですね、それ。お金にも糸目をつけないで、明日のことも考えないで」

 

 楽しいお祭りのように1日を過ごすのだ。

 きっとそれは、キラキラしていて、楽しくて、忘れられない最後の思い出になってくれる。だから、

 

「……絶対、帰ってきましょうね」

「当たり前だと、再認識する」

 

 言葉を最後に、魔剣のチューニングが終了する。

 

 

 

 

 そうして、翌朝。

 

 生存の見込みが極めて低い、最後の墜星との対決に向けた旅が始まった。

 




アヤメ   残り23日
アイン   残り37日
残存正規兵 約2,000人
残存人口  約280万人

猥談は細部が違うだけで8割実話だったりします

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