『どうやら向こう、動き始めたらしいわ』
同刻、大陸艦隊ニライカナイの司令室にて。
個人間の通信越しに2人の人物が言葉を交わしていた。
片や現獣王国の女王ミーニャ。
片や現魔王国の要であるアカネ。
両者が共に見据えるのは、無数の光点が蠢く1枚のモニター。数百を超える光点は全て、強襲を目指す4人の活動成果だ。即ち、魔剣レギオンαの複製機体、その動きに他ならない。
「ええ、そのようですね。識別コードも切っている以上、私達にもどれが彼女たちなのかは分かりませんが」
光点の動きは大凡4パターン。
直接エモフの街から王都を目指すもの。
逆にサーマスの方面へ引き返すもの。
エモフに残り開拓を進めるもの。
そして、リフンの街へ向かうもの。
総数290機という最大展開には届かない数が、無数に蠢き作戦を展開していた。加えてそのどれもが、本命と取れる動きと働きをしている。
『作戦として実行したのは強襲でも、タイミングまでは支持していないものね』
そう、別に最速で強襲を仕掛ける必要はないのだ。
ブラフの可能性が極めて高い王都へ直向する一団、直接転移を狙えるが待ち構えられる可能性の高いリフン行きの一団、そして最も現実的だが局面的にありえない開拓の一団。
たがアヤメ達は、別にどの選択肢を取っても良いのだ。そのどれもが本命になり得ることも、また事実なのだから。
墜星の肉体は不死身といえど、その精神は自分たちと同様。それはこれまでの3人が証明している。ならばこの状況、墜星にかかるストレスは相当のものになる。
必ず襲撃される、と
いつか襲撃される、は違うのだ。
「そちらの準備は?」
『問題ないわ。金烏には不覚を取ったけれど、それも既に対策済みよ』
そして作戦とは、2重3重に張り巡らせどう転んでも良いようにするもの。
無論、ミーニャ女王に対“人”の軍才は無い。否、それどころかこの時代に、そんな半世紀は前の才を持つ者それ自体存在しない。既に戦死しているか、居たとしても変わらぬ程度の才だろう。
故に、まず間違いなくこの作戦は穴だらけだ。
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、とでも言うべきか。或いは行き当たりばったりというべきか。足りぬ知識を振り絞り打った一手が故に、作戦は完全に現場主義。司令部の手から離れてしまっている。
『あとはコトが起きるまで、こちらはこちらの仕事をするまでね』
「帰る場所をなくしては、勝った意味がなくなりかねませんから」
既にコトの主導権は、実動している4人へ委ねられている。
なればこそ、2人がやるべきことは同様。勇者と同じストレスを受け戦に備えつつ、絶賛政変の最中にある2つの国を平定することに他ならない。
「ああ、そういえば。そちらの移民はどうなりました?」
『一部だけとはいえ、それなりね。私たち
獣人界と比べ比較的民度が高い魔界ですら、人間界に侵入後はその有様だった。
溜め込んでいた不満が暴発したと言っても過言ではないだろう。何せエクスプローラーとは、個々の好みで服装や装飾品こそ違うものの、同じ顔で同じ声をした6種類の人造人間でしかないのだから。
魔界に住む人は大別すれば3種。
エクスプローラー達と暮らすとを受け入れた戦争帰り、
産まれた時からエクスプローラー達がいた子ども世代、
そして、アヤメ・キリノを受け入れる障害でもあった悪意が停滞した世代。
今回の魔界において暴動を起こしかけたのは、ここまでなりを潜めていた最後の世代。旧都サーマスの開拓は、ある種の捌け口としても機能していた。
「正直、実は私も未だにエクスプローラーの方々には慣れていませんし。戦争と、経緯と、背景を全て知っている私ですらコレなのです。その思いを一概に否定できません」
『あの子から聞いているけれど、私達の同胞を殺して回ってたらしいものね。獣王国って』
「そうですね、事実です」
素直に頷いたミーニャ女王の言葉に、僅かに両国の司令室に緊張感が走った。
そう、本来であればこの2国が手を結ぶなんてあり得ないのだ。
何故ならばとは説明するまでもない。片や虐殺を行なった国で、片や虐殺された人種の国なのだ。
国の上層部や個人レベルでならばともかく、国と国という関係性が成り立たない。それでも協調出来ていたのは、あくまで【終末】という環境下にあった為。それ以前でも、国交再開直後ということで意思の統一が行われていなかったからに過ぎない。
「ですが、私たちとしても約束を果たしていただけ。死を望む者から手にかけていたことは、真実とだけ」
『だから此方としても、あまり深く追求出来ないのよね……』
何せその話題は、どちらの国にとっても突けば蛇が出る藪に等しい。政治的、世間的にタブーである七英雄に関して触れかねない。
「これから、衝突は増えそうですね」
『えぇ。折衝の必要性も上がりそうね』
だがそれもこれも、彼女たちが勇者の問題を解決してからの話。今は問題を捌け口へ流しつつ、戦への即応手段を掻き集め備えるしかない。
政治は回す、戦争の準備もする、双方が共に必須な今はそれ以外の余裕がない。
「……雨、降って来ましたね」
『そうね。嫌な結果に繋がらなければ良いのですけど』
近くて遠い苦難の未来は、まだ──
◇
大地を蹴り、空を踏みしめ、城壁を駆け上がる。
機械仕掛けの戦車としてはありえない軌道で空に飛び出した私たちは、再び滑空術式による飛行移動を開始した。
地表に痕跡を一切残さず、遠隔操作の陽動を行いつつ、一路リフンの街を目指して。
ただ午前と違うのは、時折獣が跳ねるように空を蹴り高さと速度を確保していること。そして──
「雨……ですか」
曇天であった空は更に暗く翳り、広がった重く分厚い雲から雨が降り始めていた。シトシトと決して強くはないが、止む様子は微塵も感じさせずに。
「正直、こんなにタイミング良く降り始めると、作為的な何かすら感じますね」
『実際のところ、どうなのだアヤメよ。此度は余には分からぬが、今も勇者の視線は?』
「ええ、今のところは」
リィンの問いかけに静かに頷いた。
エモフの街を出発してからここまで、1度も勇者の視線は私たちに向けられていない。ただ私には、それが本当に目を眩ませることに成功しているのか、それとも勇者があえて見逃しているのかを判別できない。
駆け抜ける眼下、緑野に生息しているらしき魔物には見つかっていない。出来れば同じように、勇者も誤魔化せていて欲しい。
そんな願望を胸に機体を駆り、進み続けること数時間。想定よりもかなり早く、レーダーが巨大な影を捉えた。
それは獣人界に存在していた世界樹には届かずとも、天を貫く巨大樹が群生する黒緑の森。
かつてリフンの街に隣接していたという【レナトークの森】、恐らくはその成れの果て。人の手から離れたことで暴走したのか、本来の姿を取り戻したのか。ミーニャ女王の地図に書いてあった範囲を越えて、侵食した自然の異界が顕現していた。
『これはまた……なんとも、凄まじい森であるな』
山中異界。ママの世界における諺らしいけれど、今ならその意味がよくわかる。幻想世界とはまた違った、圧倒的なまでの存在感。異界という言葉が意外相応しくない、“圧”とでも言うべきモノが、目の前の森からは発せられている。
「予想外……ですが、悪くはありませんね」
墜星が私に向ける視線は、これまでの例を考えるに物質による遮蔽は貫通する。だがそれでも1度見失った状況から森に紛れてしまえば、再度補足されるまでの時間は稼げる筈だ。
「記録より範囲は広くなっていますが、これから【レナトークの森】に侵入。恐らく
異論はあるか、確認の意味を兼ねて告げる。
『魔力は持つのか?』
「肯定する。当方とアヤメを合わせて、あと半日は動作可能だ」
『そうか、ならばいい』
そしてアインの言う通り、計算上私たちがこの機体を動かしていられる時間は約12時間。その時点で、戦闘を行うのに最低限必要な魔力量である4割を切るだろう。そうなった場合は、あと1泊してからの作戦実行になる。
だからこそ、取る進路は最速で森を突っ切る最短距離。林間を飛ぶのは自殺行為だが、跳ぶことは問題なく出来る。
4足歩行というメリットを最大限に活かし、人類の立つことができない大樹の表面や太い枝の裏など、全て利用し尽くして。3次元的な動きで加速しながら森を駆ける。
『のう、アヤメよ』
天地も左右も入れ替わりながら、まるで弾丸のように森を戦車で飛翔する中。ふとリィンが、真剣な様子で話しかけて来た。
『先程から見かける2足歩行の猪がおるであろう? 彼奴らは何じゃ?』
もしかしたら何か、術式に異常でも出たのか。そんな私の心配は杞憂だったらしい。
「ああ、アレですか。多分【オーク】系列の魔物ですね」
言いながら、少し速度を緩めてその存在を注視する。
大きさは2メートルから3メートル。全身が硬く短めの毛に覆われており、その頭はまさに猪そのもの。首は太く短く、手足はパンパンだ。指は5本、石製の穂先がある槍を構えている個体が多い。
生きている個体を見たのは今回が初めてだが、凡その特徴は一致。まず間違い無いとみて良いだろう。
「同種族内にメスかいないので、多種族の女を攫って犯して孕ませて繁殖するタイプの魔物と聞いてます。間違いなく産まれるのはオークになるんだとか。私が冒険者をしていた頃にはもう絶滅してましたけど、昔は女冒険者の敵だったらしいですよ」
そして何より、単純に戦士として強いのだろう。剣士と拳士としての直感が、アレはただのデブではないと言っている。
筋肉と脂肪の鎧に包まれた重戦士とでも言ったところか。多分、魔剣のない私からすれば相性が最悪な相手だ。短剣の刃は致命傷に届かず、打撃は脂肪に吸収される。遠距離から燃やすか、内側から焼き殺すことになるだろう。
『どうなっておるのだ、オークの遺伝子……』
「さぁ……?」
『需要がある話から知らんが、魔物の中ではかなり美味い方だな。戦争以前、演習で遭遇した際には好んで食べていた』
「それは当方にも覚えがあると認識する。可食部は少ないが、野生的な味だったと記憶している」
そんな事情があるから、オークは獣人界で絶滅していたのだろうか。先程から同じように見かける不味い魔物代表、ゴブリン系列と違って。そんな考えが頭をよぎった。
「どうせ時間はかかりませんし、リィンが気になるなら1匹くらい狩りますか?」
『いや……よい。何と言えば良いのか、生きておる姿を見てしまうとな。人型の存在を喰らうのは気分的にのぅ』
私には分からないけど、そういうものなのだろうか。出来れば伝説の遺失レシピ、オーク由来の媚薬だか精力剤だかを調合してみたかったのだが。時間がある訳でもなし、オークに手を出して見つかっては元も子もない。致し方ない、諦めるか。
「了解です。ならこのまま突っ切ります」
走行ペースを元の最高速に引き戻す。
設計時点での想定を遥かに超えた負荷に機体が軋み、悲鳴を上げながらも林間を跳び跳びに加速。地図上での最短ルートをなぞる様に、黒緑を縫って飛ぶ。
オークの集落があった。
薬草の群生地があった。
澄んだ小さな湖があった。
大きな蜘蛛の巣があった。
鷹の頭と翼を持った獅子の巣があった。
剣が突き立った名前の読めない墓標があった。
降り頻る雨に濡れる、白い小さな花の群生地があった。
人の手による介在が消えた世界には、私の知らない失われた自然が復活していた。ここでは間違いなく私たちこそが異物で、調和という言葉が浮かぶほど綺麗に。
そうして走るうちに、段々と視界にノイズが混じり──
◇
「あれ、なにここ……?」
映し出された過去の情景には、私の知る記憶よりも、これまで見せられてきた過去の記憶よりも幼い……そう、幼いとしか言いようのないママの姿があった。
「ってはい!?」
そして、
潤んだ目で足元に落ちていた紙を拾い、一通り目を通したのだろう。信じたくないとでもいうかの様に、過去のママはそれをビリビリに破り捨てる。
その後の足取りはまるで幽鬼のよう。ふらふらと頼りない足取りで歩きながらも、どうにか小さな湖に辿り着いていた。そのまま項垂れる様に水面を覗き込む。
「なに、この女の子。これが……僕?」
そんな、自分が女性ではないような言葉を呟いて──
──シーンが切り替わる
燃える建物の屋根を、爆発を利用しママは移動していた。
「予想はしてたけど、やっぱりファンタジー世界のオークってそういう事するんだね……」
視線の先、ボロ布をまとっただけの女の人が建物から救出されている。私やママくらいの幼い子。冒険者らしき女性。その姿は様々なれど、何をされていたのかは容易に想像がつく。
「っとと、アレはもしかして?」
何かに気がついた様な言葉の直後、視線の先にママは黒い肌のオークと、それから逃げる人を背負った黒髪の集団を捉えていた、
「ええと、オークキング!? なんでそんな奴にちょっかい出してるの
その集団の中に一人、私の知る顔があった。墜星・金烏によく似た顔。雰囲気を持つ人。名も知らぬ、忍びの勇者。
「ああもう、効くか分からないけど! 《マッドプール》《エアプレッシャー》《バインド》《チェーンバインド》《フレイムチェーン》!!」
そんな最中に、やたらめったらに魔法を使いながらママが突貫する。やめればいいものを、無理矢理に拘束したオークへ接近。
「ブモッ!?」
恐らくこの時点では格上であろうソイツの首を、ママの振るう大鎌は一刀両断に切り裂いていた。
「っく……」
その後も雑魚を魔法で散らし、一息ついた頃。同じ様に戦闘を続けていた勇者と呼ばれた集団が、ママに近づいて来ていた。
「助けてくれてありがとう。あのままじゃきっと全滅していたわ。私の名前は柊鈴華。いや、この世界だとスズカ・ヒイラギかな?」
ああ、あの人はそんな名前だったんだ。遅ればせながら知った、師匠の1人の名前に納得して──
──シーンが切り替わる
鉄塊のような剣を振るう巨大なオークと、見知らぬ姿の人が戦っていた。
「加勢します!」
「助かる!
一目でわかる、特別な人間の気配。聖なる何かに祝福された、としか言いようのない雰囲気。そんな人との共闘にママは挑んでいた。
そこから続く数分間の戦闘は、血と泥に塗れた死闘そのものだった。大鎌が振るわれ、大剣が薙ぎ払い、魔法が飛び交い、命が溢れていく。
「ね、ねえ天上院。その武器って、多分聖剣でしょ? 必殺技とかってあったりする? それが撃てればあの化け物を倒せる?」
死闘の果てに、追い詰められたのはママと勇者の2人組だった。
「ゲホッ、君は一体何なの? そんな極秘事項を知ってるし、それに……」
「今度余計な事言うと、口を縫い合わすよ! あの真っ赤なオークのレベルは86なんだよ!」
それは、
「君の言う通りコレは聖剣で、凄い力を持った必殺技もあるよ。魔物全般と、魔族に特効があるって話だから、当てられれば多分あの化け物も倒せるよ、けど……」
「けど? 早く言って!」
聖剣、という言葉と剣が持つという力に思考が止まった。
私たちの知る魔剣とは異なるはず。異なるはずなのに……その能力は、あまりにも魔剣のそれに酷似していた。
「力を溜めるのに1分くらいかかるし、溜めてる間は俺は動けなくなる。あ、1分っていうのは……」
「大丈夫、それだけ分かれば十分だよ。もう立てるよね? じゃあ今から溜め始めて欲しいな」
「でも、俺は動けなくなるから……」
「私が足止めしてくれば、万事解決でしょ?」
まるで、時偶アインが見せる背中のように。まるで男のように、人を庇って、想いを背負って雄々しく堂々と。笑顔を見せて、時間稼ぎをママは始めた。
死戦、熱戦、踊るような大鎌と小さな身体の向こう側。天上院と呼ばれた男の持つ
「私は、良いから! 早く撃って!!」
天上院がコクリと頷き叫ぶ!
「ガランッティィィンッ!!」
振り下ろされた
そうして、光の中にオークが消えていき──
◇
気が付けば、私達の目の前には街の入り口が鎮座していた。
想像通り緑と森に飲み込まれ、一目見ただけでは街と分からぬ程に変わり果てた高い城壁とそれに囲まれた場所が。
「……『ようこそ、城塞都市リフンへ』ですか」
『読めるのか、アヤメよ?』
「ええ、方言的筆記ですけど人族語なので」
共用語ではない、古い人族の言葉。それがこの場所が目的地であることを証明していた。
「それで、この街の何処に転移用の陣があるのかと疑問する」
『管理と連携の問題から、この街のギルド本部にあったとされている』
過去の事には、既に誰も触れることはない。
過去は過去。変えることのできない道の彼方でしかないのだから。
「了解です。……行きましょう、決着をつけに」
墜星でもある勇者が持っていた、私たちの知る意味とは違う聖剣。それが妙な、ほんの僅かな違和感を発するのを感じつつ。それでも、私たちは歩を進めた。