「刃金を穢せ、我が絶望──無明の
世界を塗り潰した絶死の聖域、何もかもを絶滅させる極光斬撃の光輝に呑まれた内側。本来であれば、生存など不可能な領域から高らかに。世界と己を呪い穢す聖なる剣の、呪詛に似た詠唱が響き渡った。
「晶樹接続・還元解除
生も死も既にここにはない
異界を渡り、享受尽くした甘美な平和
だが今一度、この身は貴女の盾となり、禍津を切り裂く刃とならん」
絶死の聖域すら侵食して、限りなく停止に近い停滞の縛鎖が、この場にいる全員を絡め取る。
凄烈な八岐の闘気とも、甘蕩な玉兎の香気とも、混濁した金烏の殺気とも異なる、清澄な勇者の覇気に乗せて。輝きの最中から誓いが為されていく。
「いつの日か、光の彼方に消えゆくまで
此くして勇なる星は地に堕ちる」
静止した世界の中、堂々と胸を張り、清らかに紡がれるのは純粋に誰かへ捧げる祈りの念。
「劔の
瞬間、一変する詠唱の気配。
「耐え忍んだ終わりの果てに、傲慢に、されど命に忠実に。回れ廻れよ円卓の星辰、逆巻く刻の内海より未来の王は蘇らん
善悪二元、彼岸此岸、七曜の光よ我に宿り、この手にもたらせ──世界を別つ力を」
呼び起こされる、誰よりも最後まで貫いた真なる勇者の心。世界の逆風に逆らい忍耐の果てに獲得してしまった、時代にそぐわぬ
ゆらり、ゆらりと蜃気楼めいて揺めき始める絶滅の光輝。ああ、喰われている。直感的にそう理解した。勇者の持つ聖剣の能力は分からないが、それでも金烏から感じたものより遥かに莫大な魔力量が、異常を克明に示していた。
「魔を断つ剣、勇なる心、最後の灯火は我にあり」
そんな私の感覚に応えるように、止まった時間の中で消滅していく絶滅光。光を飲み込み吸収して、最後の勇者が天昇する。
再臨した勇者は、見たことがない生き物に変貌していた。
その双眸に宿るのは半透明の蒼く揺らめくエネルギー。屍人の肌には過剰供給された魔力によるスパークが絶えず走っている。髪の毛も蒼く変色し、伸びたエネルギーのスパークが長髪のように揺れている。
だが何より特筆すべきはその手脚だ。何せ大地を踏みしめる足も、魔剣を握る腕も、その全てが人としての形を失っている。
蒼く煌めく光が腕や脚のような形をしているだけの不可能状態。光の中に鎧があり、光の先に聖剣があり、顔だけが実体を保っているのかそこに存在している。
「来たれ、白く輝く勝利の化身。新たな世界を拓くため ー
勇者が詠唱を終えた瞬間、幻聴かはたまた本物か、世界に致命的にナニカが破綻する音が響き渡った。それはきっと幻想世界が衝突した異音だった。
絶死の聖域が塗り潰される。喰らい貪られていく。墜星・勇者という形をした蒼光の化身が、己の世界を広げていく。勇者が信じる己の世界、
「
爆誕した力の総量に、堪らず砕け散る停滞の縛鎖。
既に私たちを縛る停滞は消え、絶滅と蒼救に塗り潰されてクリフォトの影響も消え去った。ならばもう、迷い揺らぐことはない。
「アイン!」
「アヤメ!」
言葉は同時、心を戦闘用に切り替えながらレギオンαを起動し搭乗。私の魔剣を介して擬似的な限界駆動状態にまで励起する。
「ここが終わりの始まり、運命の臨界点!
数多の歯車が導き出した、終局の特異点!
さあここに示せ、
運命しか背負えなかったこの
「是非もなし」
告げられた勇者の宣戦布告と、それに応えるアヒムさんの敵対宣言。そこから予想された結果に、直前まで行っていた
「
機体を跳ねさせ、魔剣を起動中のリィンを庇える位置に着地する。
脚部のパイルドライバーを床に撃ち、前腕のブレードも床に突き込み機体を固定。加えて2重のディフェンダーによる防御結界を展開し、更にその上から魔剣アヴァロンの拡散障壁を展開。
ああ、それでもまだ足りない。足りないがしかし、時間は止まってくれる筈もなく。
「武技ーー」
「臨界──」
「ーー
「──
閃光、そして激震。レギオンαのセンサーがホワイトアウトする一撃が眼前で炸裂した。
片や、絶死の聖域から放たれた青白い極大斬撃。掬い上げるような軌跡を描く、遍く生ある者を絶滅させる輝きの一閃。
片や、蒼救の宇宙から放たれた黄金の極大斬撃。振り下ろすようは軌跡を描く、まるで物語の勇者が振るう輝きの一閃。
共に馬鹿みたいな出力に裏打ちされた、常軌を逸した攻撃……否、破壊現象。帯びた性質こそ異なるものの、完全に同一の災害が眼前で吹き荒れていた。
「冗談であろう!?」
リィンの驚愕に然りと示すかのように、世界に異様な音が響き渡る。無理に言語化するならば、ガラス同士を擦り合わせた音から出来た雷鳴だろうか。例え複数の幻想世界を重ね合わせ、衝突させようとビクともしなかった空間そのものが──“世界”が、悲鳴をあげ絶叫していた。
「冗談だったら良かったんですけどね!」
「出力測定不能、センサー類は振り切れていると報告する!」
既にレギオンαに搭載されたセンサーは軒並み機能を停止。私個人での探知魔法も、魔力を見る眼も、揃って全てを黒に塗り潰されている。
計測不能。
測定不能。
理解不能。
機体を揺らす余波の激震と、猛り荒ぶる魔力の波動、聞こえてくる激音の3種のみが現状を知り得る全てだった。
「──流石は墜星と言うべきか」
「そちらこそ、流石は第一世代の生き残りですね」
そんな災害が吹き荒ぶこと数秒。お互いを消し飛ばさんと拮抗する黄金と青白が僅かにその勢いを緩めた。瞬間、2種の力の間にある空間が、限界を迎えたかの様に大爆発を引き起こした。
「く、ぅ……!」
「機体損壊率38%と報告する!」
ディフェンダーの結界は2枚とも紙屑のように破壊され、アヴァロンの防壁はなんとか耐え切ったものの機体は中破。リィンこそ庇えたものの、戦闘行為に大きく支障を残す結果になってしまった。
そして当然、そんな衝撃に廃城が耐えられるはずもない。
崩れていく、人族の王が座した玉座の間が。
壊れていく、絢爛豪華な天上の残骸が。
割れていく、荒れ果てた敷物の下にある石床が。
数メートルサイズの支柱や分厚い壁すら既に折れ砕け、かつての栄光が見るも無惨に砕けていく。目に見える範囲の、何もかも。
「ッ、でも今なら!」
既存の理論では説明も納得もできない超常現象。大爆発という結果を齎した力の激突。だが引き起こされた結果だけは、理解できずともそこにある。
爆風の煽りを受けて、勇者とアヒムさんはそれぞれ大きく弾かれた。既に両者とも見た限りは無傷。何事もないかのように、空中で体勢を整えてすらいる。が、その完了よりも私たちの介入の方が早い。
「
砕けた床に崩れたバランスを反射で保ち、前腕の重機関銃剣砲2丁で勇者を照準。トリガーを引いた。
ばら撒かれるのは毎分600発平均で打ちつける弾丸の雨。鉄と火薬が生み出す文明の暴風。鋼のカーテン。それがアインの手により必中の加護を得て、漏れ出る呪滅の幻想世界を纏い飛翔していく。
それは金烏によって証明された、墜星すら蝕む遅効毒。出力の低下こそあれ、喰らえば面倒な攻撃に変わりはない。故に一手、何らかのアクションを勇者に強制出来る。そんな狙いで撃ち込んだ毒の雨霰は──
「効かないよ、そんなもの」
目論見を外れ、何ひとつ勇者の気を引くことすらなかった。
必中の弾丸は、その名の通り全弾勇者へ命中している。
鎧も、生身も、聖剣も、四肢も、実体を保っているように見えた頭部でさえ関係ない。正面、死角、弱点転送。ありとあらゆる術を持って放つ弾丸は、何1つとして意味を成さない。
だが、お陰で勇者の聖剣の能力は理解した。
「認識も探知も振り切った超出力。アヒムさんにすら拮抗する、異常極まる魔力量!」
「そしてその性質は、実体と非実体の狭間で揺らめく魔力生命体! 精霊化かと認識する!」
判明してる事実を、崩落の激音の中でも伝わるように叫ぶ。
無尽蔵に湧き上がる力、獣人族の精霊術における奥義と酷似した在り方。ここまでに見せつけられた力はその2つ。
即ち勇者の聖剣とは──
「そう、僕の聖剣の能力は無限の魔力と、それに伴う擬似的な精霊化。あとは精々、人間界を覆う嵐の壁程度しかない」
あっさりと、よくぞ見抜いたと言わんばかりに勇者は答えた。
そんな事実にそっと舌打ちをする。聖剣の能力がたったそれだけであるならば、勇者は八岐と同タイプの墜星だ。
勇者の持つ聖剣はその極限出力を除き、はっきり言って大したことがない。
シャラソウジュの様に過去を書き換えることもなく、
モチヅキの様に世界を飲み込む禁呪や砲撃でもなく、
フツノミタマのように異世界転移や停滞も行わない。
逆に、アマノムラクモという
「この歳にもなって言うのは、気恥ずかしいものがあるけど…………僕は、強いよ」
それが示す答えは明白。
即ち、“純粋な剣技のみで過去を斬る”などという意味不明な現象を引き起こした八岐同様、勇者が技量の怪物であるという真実だった。
「武技ーー
現に、ほら。
瞬きをした僅か一瞬の間隙に、メインモニターの目前まで迫ってきて
一体いつの間に接近されたのか分からない。速度に認識が追いついていない。私のような軽装なら兎も角、何をどうすれば鎧姿という重装で崩落する瓦礫の中を駆け抜けられるのか。
「こ、のぉ!」
「衝撃破砕装甲セットアップ!」
思考より早く、反射で体が動いた。
フットペダルを利用し、空中歩行機能により崩落の中をバックステップ。左アームからは銃撃を継続させながらも、右の銃剣を勇者に突き出す。更にアインが近接防御兵装をセットアップを完了したが────ああ、駄目だ。
遅い、遅すぎる。
戦場のスピードに、レギオンα[flagship]という機体がついて行けていない!
「遅いよ」
左アームから放たれる弾幕を勇者は完全に無視。攻撃に入る瞬間だろうと弾丸をすり抜けさせながら、一瞬見惚れてしまったほど綺麗な太刀筋が一閃。黄金の残光を残し、突き出した右アームが根本から両断された。
そのまま黄金の太刀は前面のスクリーンに到達し、薄い装甲を突き破り機体内部に侵入する。煌めく剣先が迫り、あと10センチ、5センチ、3センチ……バックステップが間に合った。
「危、ないっ!」
急激に遠ざかる勇者の姿を、肉眼で私は視認する。
掬い上げるような勇者の1刀で、全面スクリーンは外界が見えるほど大きく切り裂かれていた。
ここで漸く、アインの起動していた近接防御兵装が起動。半壊した機体がなお機能を十全に発揮し、勇者を粉砕せんと空間を爆震させるが……
「やっぱり、効きませんよねその程度!」
瓦礫が砂状に分解される爆震の中、剣を構えた勇者は涼しい顔をして立っていた。
レギオンαに搭載されている衝撃粉砕装甲とはⅠ型魔剣クラッシャーを転用した物。そしてクラッシャーとはあくまで、振動破砕と衝撃の拡散によって対象を粉砕する魔剣だ。
「怪物……いや、これが勇者かと畏怖する」
つまり、
自分で言っていて頭がおかしくなりそうな話だけど、そうとしか表現できない現実が目の前にある。勇者が存在し、刃を一閃させた一角。振動破砕によって砂になる瓦礫の中、そこだけが一切の影響を受けていなかった。
「秘呪解放──
だがそんな異常を目前にしても、止まらない影が1つ。半壊したレギオンαの影から、呪い逆巻く銀河が雷光のように斬りかかった。
それは完全に魔剣を起動し終えたリィンの一刀。
「なるほど、このくらいか」
……だが、
「金烏か玉兎までなら、多分仕留められたと思うよ」
必殺であったはずの一撃は、何事もなかったかのように勇者の
「なっ──!?」
流石に無傷とはいかなかったのか、鎧自体に大きく傷もついている。だが、内側からディーアボロスの刃を押し除けるように。生き物の肌が再生するかのように、鎧が再生を始めていた。
「この程度じゃ、勇者の星は墜とせない」
その輝きに寸毫の曇りなし。
光と化した腕でリィンのことを掴み拘束しつつ、勇者はその手の聖剣に黄金光が収束させていく。既に私たちは手出しが出来ないほど遠い、悪夢のような光景が広がって……
「お返しだ」
「だが余とてッ!」
リィンが持つ龍尾が拘束する腕を叩き切り、反撃の瞬間を生み出した。
距離を斬り、天を斬り、地を斬った魔王の剣。ならば次に斬るものは、この“世界”に他ならない。そのもの赤黒い剣光が弧を描く。
「武技ーー
「秘剣抜刀──次元断!」
唸る剣閃、赤黒い魔力の残光。
爆発するように放出された黄金光は、先程の意趣返しと言わんばかりに、世界というテクスチャを斬る一刀に割断されていた。
崩落する城という風景に段差が生まれ、2つに裂いた写真のように世界が黄金光ごと真っ二つに斬り裂かれる。いつか、八岐が振るった絶剣のように。ならば、次に起こるのは……
「爆ぜよ!」
斬閃に重なっていた空間が、甚大な衝撃を撒き散らしながら崩壊した。
修復される世界のズレ、割断された世界と世界が引き起こす大地震。そこに何1つとして例外はなく、斬閃に重なっていた世界を崩落させていく。
だがいつか見た光景と、明確に異なる点がある。
それは遥か下方に見える地面。爆砕された王城から城下に至るまでに刻まれた斬撃痕、その部分部分が熱された鉄のような赤い光を帯びていた。
それを見た瞬間、大陸艦隊で見た地図のことが脳裏をよぎった。
曰く、人間界の王都は龍に守られる土地にある。
即ち、人間界の王都は火山地帯の中にあると。
次元震とはまた別に、大地を斬り裂いたことで本当に引き起こされた大地震。そんなものを龍が好むという火山地帯で引き起こした結果、何が起きるか。
「アイン、下方に防御を集中!!」
「認識した!!」
瞬間、斬撃痕をなぞる様に灼光が噴出した。
地下のマグマが反応して起きた連鎖的大噴火。あり得べからざる自然の暴威が、ありとあらゆる全てを崩壊させた。
嗚呼、だがしかし。
「やったか!」
「後ろですリィン!」
戦場は空へ、吹き飛ばされる様に移動した私たちの眼前。飛翔するリィンの背後に、黒い渦ようなものが発生していた。暗黒物質、そんな言葉が脳裏をよぎる。
「
「ちぃッ!」
予感を証明する様に、暗黒を突き破り出現する蒼光の身体。
「捉えたぞ」
遠雷のような声が響いた。
その正体は言わずもがな。瞬きする前には何もなかったはずの空間に、青白い極光の化身が現れていた。
「テレポー、テーション……!?」
「我が
キィンと鳴り響く感高い音は、私の脚を奪った時から変わりなく。
「墜ちろ──
神話の時代、天の神が振るう雷霆のように。
青白い極光が、黄金を飲み込んだ。