ここで、ある男の話をしよう。
たった1人に報いる為に全てを投げ打ち奔走し、しかして何1つとしてその手に掴むことは出来ずに散った男。
これは天上院 匠という、運命に翻弄され続けた男の物語だ。
かつて彼は、2000年代日本において何処にでも居るような学生だった。
成績は平凡、運動神経はそれなりに、娯楽作品が好きで、そんなありふれた高校生。特別なことといえば、女性と見紛う程の容姿を持つ彼と同性の友人がいたこと。そして彼は親友に、少なからず想いを向けていたこと。
そんないかにも娯楽本の主人公のような環境にあった彼に、転換点が訪れたのは高校1年生の夏前だった。
運命の歯車が回った転換点の名は、
彼のいた教室内の人を全て巻き込んで、彼はアヴルムと呼ばれる異世界に召喚された。……たった1人、女神によって奪われた親友を除いて。
「どうにか、しなきゃ」
彼らを呼び出した人間界の王国が欲していたのは『勇者』と呼ばれる存在。当時はいがみ合い、殺しあっていた獣人、魔族に対するリーサル・ウェポン。
そして当然、運命が選んだのは彼だった。
何せ彼は、彼の親友は、揃ってカミサマのお気に入り。初めから主役足り得る条件は整っていたのだから。
第38代召喚勇者筆頭 天上院 匠
肩書きを付け足されて、彼は否応がなく戦火に巻き込まれていく。英雄戦争なんかよりもずっと前。当時は名前すらなく、今は記録にも残っていない戦乱に。
対し彼の親友は、神に名を奪われ、身体を作り替えられ、心を弄られ、全く異なる人間へと作り替えられていた。銀の髪に蒼い瞳、幼く未成熟な小さな身体へ。
斯くして彼とかつて彼の親友だった少女は、始まりの共闘以降、何度も何度もすれ違うことになる。
彼は少女がかつての親友であることに気付けず。
彼女は彼が変わらず親友であるが故にひた隠し。
もたつく合間に、勇者が内部分裂を引き起こす。彼が率いる、少なくとも正気を保ち続けてこれた一派。彼とは異なる対抗馬が率いた、欲望を解放した一派へと。
そして大陸間に跨る大戦争の引き金を引いたのは、欲望を抑えきれぬ一派だった。
お巫山戯で行った、召喚された勇者が持つチート由来の他国の王女を暗殺する遊び。現在における獣王、9歳という幼き時分のミーニャを。勇者本人が知ることはなかったが、その際に王女を護衛していたのは彼の親友だった。
そして護衛の彼女は致命傷を負い、彼はそれを知ることなく、始まった戦争が分断を加速していく──最中。運命に愛された彼に、再び苦難が舞い込んでくる。
発生したのは、彼が率いていなかった勇者の派閥による内乱。
現代においては“残影”という形でしか残っていない、大罪スキルと呼ばれた闇と混乱の噴出。
まるで玉兎の幻夢境のように、大陸全土が混乱と洗脳により壊れていく。初めは40人いた彼の同胞のうち、このとき残っていたのは僅か17名。幼き時代の墜星・金烏の片割れ……柊 鈴華を相棒に、彼は若き墜星・八岐……アルディート・ガラントの元に身を寄せる。
続いた数ヶ月の
お互いに見知らぬパートナーを隣に連れて。
お互いに即座に判別できない程、共に傷つき変わり果て。
新たな関係を紡ぎながら。
「守らなければ」
故にこそ、勇者が抱いたのはそんなありきたりな思いだった。
自分はもう同じ人を殺しすぎた。血に塗れたこの手では、誰かを救うことは出来ない。それでも親友には、幸せになってほしい。そんな青臭い理想論。
並の人間であれば重さに潰れてしまうが、運命は彼を手放さない。
果てに、彼は落ちた神を殺すという偉業を成し遂げた。
それぞれが未来にて
幼銀の死神と呼ばれる親友
翡翠の剣聖と呼ばれる少年
墜星・泡影に至るティア・クラフト
墜星・八岐に至るアルディート・ガラント
墜星・勇者に至る彼自身
以上たった5人の少数精鋭で、いつか墜星・金烏と呼ばれることになる、彼のパートナーであった柊 鈴華。当時から八岐のパートナーであった騎士団長を踏み越えて。
斯くして彼の運命の第1部は幕を下ろした。
彼を待っていたのは平凡で平坦な優しい日常。
命を落としたり行方不明となっていた者を除いた、約30名を連れての地球への帰還。異世界で鍛え上げた能力を剥奪されなかった彼は、順風満帆な人生を送る……ことは、出来なかった。
何せ彼は、運命のお気に入り。
巻き込まれる問題には事欠かず、かつての相棒であった未来の金烏と国から国へ転々とすることになる。
異世界よりも酷い戦争を見た。
異世界よりも醜い差別を見た。
異世界よりも悍しい病を見た。
異世界よりも残酷な世界を見た。
それでもなお、異世界よりも幸福であり続ける文明の社会を勇者は見続けた。
そして、放浪の果てに勃発した3度目の世界大戦。
頭がおかしくなった大国同士の騒乱に巻き込まれて、焼け野原と瓦礫の山が広がる小国。鉄が蹂躙する地獄の中で、無辜の少女と母親が
助ける者は誰もいない。
当然だ。人が戦車に勝てるはずが無いのだから。
せめてと母親が子供を抱きしめる姿に、否を吼えることが出来たのは勇者だけ。
時代遅れの剣と鎧を身に纏い、彼は瞬く間に戦場を制圧する。
だが結局、既に脚を吹き飛ばされていた母親を救うことは出来なかった。助けることが出来たのは、遠い青春時代を思い出させる銀髪碧眼の少女1人。
「ありがとうございます、勇者さま……」
其処からの数ヶ月は、勇者の人生にとって最も幸せな時期だったと言えよう。
男女の関係にはあらずとも、長く連れ添った勇者と金烏の間に出来た仮初の小さな家族。荒れ狂う世界の戦禍を避け、優しい日常を過ごした蜜月の日々。
よって、その思想は変質を遂げる。
『守りたい』でありながら『助けたい』に。
『守護』でしかなかったものが『共存』に。
『争い』を前提とした願いから『平和』に。
そうして、彼が30代に差し掛かった頃。
役者は揃ったと言わんばかりに、物語の第2部が幕を挙げる。
「タク、柊さん……君たちの力を、借りに来た」
ようやく馴染みかけた平和の世界に、全てを終わらせる異世界からの使者がやってきた。憔悴しきった、幼き銀の古い親友が。
始まったのは知っての通り、救いなく終わった【英雄戦争】。
それに勇者達が参戦したのは、はじめての親友の到来から実に1年後。日本という国が根底から崩壊した《メイジ》《デストロイ》級の出現による大惨敗。そこで、愛娘を失ってからになる。
「泣かない、で……お父さん、お母さん」
破砕された多脚戦車のコクピットで、血溜まりに沈みながら語る少女の声に、勇者と金烏は揃って首を横に振る。
異世界の魔法を以ってしても、少女の絶命は必死。守ると誓ったのに、平和に生きると誓ったのに、また僕/私は救えなかった。涙を流す勇者の頬に、血まみれの小さな手が添えられる。
「行って、あげて。きっとあの人なら、世界を救えるんでしょう?」
涙を拭うその手は既に冷たく、震えていて。
「やっちゃえ、パパ。
最後に、優しく微笑んで。握った手を天に掲げ少女は逝った。
段々と冷たくなっていく亡骸を胸に抱きながら、涙を流して勇者は叫ぶ。
「神でも悪魔でも、何だっていい。どうして何も、誰も救わない!」
近寄ってきた《デストロイ級》を、何の変哲もない鉄剣で両断しながら勇者は吼える。
「どうして、どうして世界はこんなにも救われない!」
運命が促した覚醒に、最後の勇者が目を覚ます。
「だったらもう──いい、僕が殺す。僕が生かす。僕が遍く全てを救う!」
清濁全てを併せ呑んで、耐えきれなかった勇者は光に進み続ける。
胸に刻んだ思いは2つ。
1つは生前交わした、娘との約束を果たすこと。
もう1つは死後誓った、こんな形でも世界を存続させた親友を、結晶樹へと成り果てた彼女を救うこと。
記憶が壊れ混ざり歪んだ金烏と違い、勇者は全てを覚えている。
「随分と、お変わりになりましたね。勇者」
違いを胸に、今も勇者は戦っていた。
「僅かに遅れましたが、約束通り。
獣人界第9代国王サトウ・
轟いた獣の咆哮は、最後の欠片が揃った証。
微笑みを浮かべて、勇者は剣を胸に掲げる。己の内側に、巨大な4つの幻想を飲み込んで。
◇
「やあ。いつかの前線ぶりだね、ミーニャ女王。僕の記憶が正しければ、貴方の精霊は亡くなっていた筈だけれど。それに貴方の行動は、掲げる獣の法則とも異なる」
「ええ、我が半身は浜に散りました。私自身のルールにも反しているでしょう」
銀灰色にノイズが走る世界の中、ひび割れた巨剣を片手に血染めの獣が勇者の前に屹立する。
「ですが、娘同然の子を。親友の忘れ形見を、そして得難き友を助けることに……特段、理由は要らないでしょう」
引かず、媚びず、顧みず。威風堂々とした様子で、ミーニャ女王が答える。それは積み重なる呪いすら跳ね除けてしまいそうな、あまりにも眩しい輝きだった。
「全く、本当に……頑固者な父親そっくりだよ。貴方も」
「その憎まれ口も、この世界ではもう褒め言葉ですよ」
「……それもそうだね」
張り詰めた気配の中、当たり前のように2人が談笑する。そのことにどこか、恐ろしい冷たさを感じつつ。どうにか、暴走する幻想世界の手綱を探す。
あのまま幻想世界を使わなければ、死んでいたことには間違いない。だがここで制御が出来なければ、それはまた死を意味するのだ。
「それじゃあ」
「ええ」
その為のヒントは既に、悔しいことに勇者から受け取っている。
確固とした己を持つこと。
本来、幻想世界を使うために必要な条件を満たすこと。
背負ってしまった呪いではなく。私自身の思いを込めた幻想で、今ある呪滅を塗り潰すこと。それが私たちの助かる、唯一の手段に他ならない。
「「第二ラウンドを始めましょう」」
そしてその方法も、言葉にしてしまえば簡単な話でしかない。
“自分”を見つめ直すこと。
見たくないような自分まで、己と認め受け入れること。
──例えその結果、命と同価値に大切な誓いを汚すことになろうとも。だから。
「覚えてますか、この前のこと」
たった一撃で力を使い果たした私達には混ざれない、物理限界すら無視した絶戦の最中。リィンに守られながら、私はアインに問いかけた。
「いつの話だと疑問する」
「金烏を倒して、気絶する前のことです」
それは私が吐き出した中で、最大級の弱音の話。アインにだけ、包み隠さず明かした私の本音。ただの弱い女の子でしかなかった、アヤメ・キリノの本性。
「肯定する」
つまり私は認めたくなかっただけで、勇者の問うた『私は誰か』という問題の答えを持っている。持っていたのだ、ずっと。ずっと。あの時から。
「よかった……」
ホッと、1つ息を吐く。
「ねぇ、アイン」
「なんだ、と疑問する」
「今から私、最低なことを言います」
だからこそ、覚悟を決める。
「怒って、喧嘩して。それでも、仲直りしてくれますか?」
「肯定する。だから、言ってほしい」
今日の死か、明日の死か、選ぶことはもう辞める。
「やっぱり
戦いは嫌いだ。殺すのは嫌だ。痛いのは嫌だ。ずっと心が叫んでいた思いに目を向ける。それだけで理解できてしまう、なんてことはない、簡単な話だった。
「ずっと、覚悟はしてきたのに。やだ。嫌だ。アインと一緒がいい。生きていたいよ……」
死にたくない。
そんな思いを隠すために、ずっと心に仮面を付けていた。
アヤメ・キリノも、アヤ・ティアードロップも、アイリス・エターナルも、何も変わらない。区別なんて、最初からする必要がなかった。
『私』は全てをひっくるめて『私』でしかない。
ただ死というものに怯えている、子供でしかなかったのだから。
「よく、言ってくれたと称賛する」
抱きしめられて、涙があふれる。
アインと一緒にいることで再生し始めていた、擦り減った人間性が泣いていた。
「……アヤメから、その言葉を聞けてよかった」
そして、需要なことがある。
私が暴露した『生きたい』という願いをアインが認めたことで、それ以前の私たちの『共に生き抜き、死にたい』という願いは破綻する。故に──
「太陽が……割れておる」
幻聴かはたまた本物か、世界に致命的にナニカが破綻する音が響き渡った。空に浮かぶ銀天の太陽を、真っ二つに割る亀裂が生まれた。
それが示す答えは1つ。私たちの幻想世界を支えていた出力
「怒らないんですか?」
「肯定する。辛いことは辛いと、頼ってくれるだけ当方は嬉しい」
割れたガラスのように銀灰の世界が崩れていく。
義足の魔剣が起動を止め、握るエターナルが動きを止め、アインの聖剣も力を失っていく。そんな戦場におけるお終いの中で、2人だけの世界に浸り言葉を紡いでいく。
「もっとはやく、言えれば良かったです」
「同意する。もっと当方のことを、頼ってくれて良かった」
戦場の苛烈さはミーニャ女王が加わったことで増している。
物理限界をぶち破る王剣が荒ぶり、絶死の聖域からは極光斬が乱れ舞い、こともなげに勇者はそれと張り合っている。
「アイン、やれますか?」
「肯定する。必要な数値は、既に揃っている」
激戦をBGM、あの時の逆回しのように問いかける。
「アヤメこそ、やれるのかと疑問する」
「当然です。ここを切り抜けないと、アインと明日を迎えられない。私は、アインと未来を生きたいから!」
ならば、是非もなし。ひしと抱き合った姿のまま──
「認識した。一緒に、未来を征こう」
「不束者ですが」
刹那、再び同調を始める私たちの魔力。
全てのデータはこの手の中に。
2人で描いた夢想の形を、無数の想いを弾に込め、改めて今ここに。
「「
出力される結果はきっと変わらない。けれどそこまでに至る過程は、別物に変わって結実させる為に──
「「
いつか紡いだ奇跡と同じ、
「神剣模倣・調律開始」
今度の起動は急拵えにあらず。
これまで4人の墜星と戦い、悪魔を討ち滅ぼし、私たちの聖剣が持つ不安定さも欠陥も洗い出されている。
だからこそ、私が調律し在るべき姿、夢想に描いた無双の形へ打ち直す。
「灰燼灼界、絶凍氷界、無限炉心
呪滅の終末を踏み超えて、三位一体、光差す道となれ」
聖剣の崩壊はもう始まらない。呪滅の世界すら受け入れて、限りなく停止に近い停滞の縛鎖が、この場にいる全員を絡め取った。
「虚無より光は生まれ、光は無限を生み、無限の光は世界を照らす
艱難辛苦を跳ね除けて、祈りの塔は
「我が身の縛鎖は破却した、刃金の
果てなき未来に祝福を!」
魔剣の詠唱とは、基本的に担い手の心情を反映するもの。静止した世界の中、死を選ぶのではなく、生を選ぶために。変わった願いで祈りを綴る。
「「我らが誓いを今ここに」」
ひび割れ、欠けていた銀天の太陽が空へと昇る。
ただただ苛烈でしかなかったその輝きを、苛烈でありながら道行を照らす暖かさも併せ持って。
「たった一輪、世界に咲いた希望の花よ、どうか共に歩ませて欲しい。貴女が何より大切だから!」
「是非もなし。遥かなる未来の果てまで、親愛なるあなたへ希望の花束を」
その思いだけは、あの頃と変わらずに。
「「禊祓え誓いの聖剣、我らの未来を拓くため ー
完全な起動が成った聖剣が、私たちを繋ぐ不可視の
「「
聖剣、再起動。
爆誕した力の総量に、堪らず停滞の縛鎖が砕け散った。
たかだか積み重なっただけの呪いに、私たち2人の想いが負けるはずがない。
涙を拭い、互いの聖剣を手に。
完全に制御した銀天の太陽の下、呪滅の銀灰が舞う世界に私たちは降り立った。