01
夕焼けの茜が世界を照らす中、一定の間隔で金属を打つ音が響く。
その発生源は、古い日本家屋に似た住居に併設された、赤い炎が煌々と灯る炉が内部にある小屋。そこでとても小柄な少女が、汗だくになりながら行なっている『鍛冶』だった。
そう、鍛冶だ。
10代からその手前程度に見える少女とは、結びつくべくもない行為だ。しかしそんな常識など知ったものかと、真剣に、ただ真剣に少女は槌を振るう。目を保護するゴーグルを通し、己が前の金属と向かい合っている。
この行為は既に最終段階に入っていたようで、少女の身長ほどまで鍛え上げられ伸ばされた金属には、綺麗に刃が打ち出され終えている。
「ふっ」
そんな少女の声と共に、金属の棒……正確に言えば刀の原型であるそれを中心に、銀色の魔法陣が通り抜けた。
「冷却完了。細さは目標達成。ちゃんと反りもある。致命的な歪みもなし。お母さんのには届かないけど、中々良い感じ……かな」
魔法という力を通じて読み取った作品の状態に、満足そうに少女は頷いた。目指す頂は遥か遠くだが、自分のベストは尽くすことが出来た。そんな感じの表情だった。
「後は明日鑢がけして、焼き入れもあって……誕生日までに終わるかな?」
ひとり呟きながら、少女は刀を下ろして伸びをする。
作業を続けること、かれこれぶっ通しで数時間。魔法という超常の手助けがあるとは言え、少女の身には些か以上にキツイものがある。
ろくに取っていなかった水分を補給しつつ鍛冶場で休憩していると、ギィという木の軋む音と共に外へ繋がる扉が開かれた。
「アヤメ、ご飯できた。冷めないうちに来て」
そこから鍛冶場に入って来たのは、少女よりも年下に見える、幼女と言えそうな人物だった。金髪に見える虹色の髪という極めて異色な髪を膝丈まで伸ばした、紅と蒼のオッドアイを持つ幼女。
「分かったー」
杖を片手に突くその幼女に、アヤメと呼ばれた鍛冶を行なっていた少女が間延びした返事を返した。
「今いくよ、ティアお義母さん」
踵を返したティアと呼ばれた幼女に続く様に、アヤメが作業着などの装備を脱ぎながら鍛冶場を出る。
その途中、装備が消えたことで解放された長い髪が宙に踊った。
強く緑がかった銀……この世界でのミスリルという金属に酷似した色の、柔らかそうな髪の毛の束が、弾ける汗と共に解放された。紺碧の目に夕陽を受け、少し眩しそうにしながらアヤメはティアを追う。
「《クリーン》」
パタパタと幼女を追う中、アヤメの一言で魔法が起動する。
なんの派手さもない魔法だが、結果は明確に現れた。滝の様な汗が全て消え、服は乾燥し、代わりに微かな花の香りだけが残る。
名前の通り身体に清潔さを齎す、一般的な魔法だった。
「横着は良くない。あとで、ちゃんと洗濯する」
「分かってるって。でも今は、お腹空いてるから」
ぐぅとお腹を鳴らしながら、ティアの隣にアヤメが並ぶ。
お小言に悪びれもせず笑顔で並ぶその姿からは、とても幼くして両親を失ったことなど想像出来そうにもなかった。
「はぁ……ほんと、アヤメはマスターに……イオリに良く似てる」
「そうなの?」
「最後まで一緒にいた、私が言うから間違いない」
家に向かう僅かな道中、ため息を吐来ながらティアがそんなことを呟いた。アヤメとその亡き母とは、呆れるほどに良く似ているらしい。
「でも、お義母さんがママのこと話してくれるなんて珍しいね。何かあったの?」
「っ、なんでもない。ただの偶然」
首を傾げて言うアヤメに、息を詰まらせてティアが答えた。その如何にもな誤魔化し方に、アヤメは訝し気な目を向ける。
「でも、やっぱり何か隠してるでしょ」
「隠してない」
「隠してる」
「隠してない」
「むー……」
あまりにも頑ななその態度に、頬を膨らませてアヤメは抗議するがやはり話してはくれない。
「因みに、今日はハンバーグ」
「えっ、ほんと? やった!」
あからさまな話題の逸らし方だが、先程までの問題を忘れた様にアヤメのテンションが上がる。そしてそのまま杖ごと義母を抱き上げ、駆け足で家に向かっていく。
この斜陽の世界では珍しくなってしまった、ごくありふれていた筈の平和な日常。
けれど現実から目を逸らし続ける、ありふれてしまった日常。
そんかかつての世界の残滓を、天を覆う結晶樹が静かに見つめていた。
◇
突然だが私、アヤメ・キリノには両親がいない。
6年前、私がまだ9歳だった頃に、2人は逝ってしまった。
英雄と呼ばれていた2人は、世界の危機に立ち向かい……2度と帰ってくることはなかった。
世界が絶望で覆われた様に感じて、何も立ち行かなくなった当時の私。それを慰めてくれて、自分も日常生活を送るのにも支障をきたす程弱っているのに、今まで1人で育ててくれているのがお義母さん……ママの連れていた精霊のティアさんになる。
精霊というのは、この世界に存在する獣人という種族が専用の機器を介して契約する力ある存在で、獣のような姿からお義母さんのような人型の者までいるんだけど……今大事なのはそこじゃない。
大切なのは、総じて長命な精霊という存在は、情報をとても多く溜め込んでるということ。そして物を教えることが、あまり得意とは言えないこと。
いま言いたいことは、つまりだ。
「話、ちゃんと聞いてる?」
「ちゃんと聞いてるよ、ほら!」
勉強が、とてつもなく退屈だった。
首を傾げて問うお義母さんに、メモを取っていたノートを開いて見せつける。退屈であることと、必要であることは別問題だと割り切っている。
何せ小さな頃からいままで、そうやって物を教わってきたから。
多岐にわたる分野を習慣づけて、決して匙を投げないように。
ただそれでも、技術系のことを学ぶのとは違って……歴史の勉強はどうにも、眠くなってきてしまう。
「それじゃあ、今の世界の状況と成り立ち、述べて」
そんな私に疑いがちな目を向けてお義母さんが言った。
言われた内容は、ちょうど今日復習した範囲。しっかりと話を聞いていたなら、問題なく説明できるだろう部分。
明日以降の鍛冶に少し気を取られてたけど、ノートは取っていたし話もちゃんと聞いていた。説明は問題ない。
「えと……かつて世界は人間界・獣人界・魔界の3の大陸に分かれていて、それぞれ人族・獣人族・魔族が住んでいた。
だけど今、地上に住むことができるのは、私たちも住んでいる獣人界だけ」
3大陸と大別した3種族、世界はこの3要素を中心に回っていた。
「変化の理由は私が9歳の頃に終結した『英雄戦争』
その時に魔界は王様が力を暴走させて、地上は人が住めない汚染地帯になった。今はダンジョンって昔は呼ばれてた場所に細々と住んでいる。
人間界は戦争の少し後に滅んだけど原因は表向きには不明。何故か今は嵐に包まれてる危険地帯に。
獣人界も戦後に大地から謎の結晶が生えてきて、住める場所が大きく減った。こんな感じだったよね?」
「ん、正解。ちゃんと聞いてて偉い」
机の向かい側に座っていたお義母さんが、身を乗り出して私の頭を撫でてくれた。くすぐったいそれを甘んじて受けつつ、少しムッとして答える。
「私だってもう何日かで、背は低いけど15歳なんだよ?
いつまでもこう……頭をなでられるのは、ちょっと恥ずかしいんだけど」
身長は随分前に149cmで止まっちゃったけど、後数日で私だって15歳になる。大人の仲間入りだ。それなのに、ずっと小さな子供みたいに扱われるのは──ちょっとだけむず痒い。
「そう? 私は、いつまで経っても、こうされると嬉しい」
「それはお義母さんが特殊なんだよ、もー……」
心底不思議そうにそう言われてしまうと、私も何も言い返せない。
同じ歳の友達なんていないから判断もできないし。
そんなことを思っている内に、お義母さんは身を引いて椅子に座りなおした。少しずつ眠くなってくるような時間だけど、まだ授業は続くらしい。
「なら、序でにもう少しだけ。英雄戦争について、触りだけでいいから述べて」
「はーい」
僅かに微笑んでそう言ったお義母さんに返事をしつつ、どういう風に説明するかを考える。
こちらを学んだのは去年。お義母さんを含めた数少ない生き残った人たちから、直接話と経験を改めて聞いた。10年ほど続いた、短いけど世界を変えてしまった戦争のことを。
一から十まで説明するのは無理だし……触りだけなら、始まりと結果くらいでいいかな?
「戦争が始まったのは15年前。私が産まれた年。
3つの大陸の作る三角形の海域の中心に、突然よく分からない穴と小さな島が出現。そこから人も獣人も魔族も分け隔てなく殺す──ママ達が『悪魔』って名付けた化物が大量に現れ始めた……合ってる?」
「ん。続けて」
とりあえずはOKらしい。
どれだけ纏めて続けるかを考えているうちに、早く続きをと急かされる。やっぱり多少の経過も交えて続けよう。
「大きな衝動を繰り返して、何度も勝ち負けをしながら私たち……人族の連合軍は劣勢になっていった。
そんな中、最後にママ達が行った戦い……特攻作戦で、殆ど誰も帰って来れなかった代わりに、戦争は一応の終結になった」
その結果として、世界に新しいものが1つ生まれていることも忘れてはいけない。
「戦争の終わる時に、発生したのが
言いながら私は、開いている引き戸の向こうに広がる夜空を見上げる。
かつては飛行する生物のみの場所だった空には、今、淡い蒼色の結晶で作られた大樹が存在している。
結晶樹クリフォト
透き通る枝葉が世界の空を塞ぎ、日も月も問わず地上に降りる光を屈折させる謎の物体。
まだ空に何もなかった時間を知っているから、いつ見てもこの光景は神秘的だ。実害さえ考えなければ。
「正解。よく勉強してる」
「だーかーらー! あんまり頭撫でないでよもー」
口ではこう言ってるし、心情的にも本当ではある。けど実は頭を撫でられるのは嫌いじゃない。
やっぱり、安心するから。
パパもママも帰ってきてくれなかったけど、お義母さんはまだいてくれるんだって思えるから。
「ふふ、素直じゃない」
「うぅ……嘘じゃないもん!」
私を撫で回す手のひらを、感情任せの力任せではなく出来る限り優しく払う。
昔とは違い、今の……帰ってきてからのお義母さんはとても身体が弱い。
その原因は戦争での負傷。『ステータス』と言う自身の能力を可視化したものを比較すると、
その数値はは、まだ子供な私よりも遥かに下の……それどころか、小さな子供にも負けるような弱々しいものだ。
「ほら、ちゃんと私のこと、気遣ってくれてる」
そんなことを思い出している間に、ふわりと背後から手が回され優しく抱き締められた。
お義母さんの香りがして、特徴的なその髪が肩に掛かって。その暖かい雰囲気に呑まれ、直前までの考えはどこかへ行ってしまった。
「本当に、いい子に育ってくれた。
イオリもロイドも、あなたを置いて逝ってしまったのに。
私は精霊だから、ちゃんとお母さんが出来ていないのに」
「そんなこと、ないもん」
優しく語りかけるお義母さんの言葉に、首を振って私は否定する。
パパとママが帰ってこなくて、おかしくなりそうだった私を助けてくれたのはお義母さんだった。パパとママの話とか、料理とかを教えてくれたのだってそうだ。
「そう? なら私も、生き残ってきた甲斐がある」
顔は見えないけど、お義母さんが笑っているのは分かった。
一緒に笑おうとして、不意に何故か涙が出た。
安心しているからなのか、それともお義母さんがいなくなってしまうような感じがしたからなのか。分からないけど、なんだか悲しくなって涙が出たのは確かだった。
「やっぱり甘えん坊。辛かったら、泣いていい。私はまだ、死なないし、いなくならないから」
「……っ」
優しくそう言って、撫でてくれるお義母さんに、身体を反転させて抱きついた。そして顔を押し付けて、こんな気持ち何処かへ行ってしまえと泣き続ける。
嗚呼、やっぱり駄目だ。
今の私は弱い。弱くなった。ママとパパのことを、死んでしまって2度と帰ってこないことを思い出すと、心がぐちゃぐちゃになって感情が止められない。
「私も、分かってて酷いことを言わせた。ごめんね」
気を使ってくれたお義母さんの言葉に、また首を振って否定する。
だって、言ったのは自分だから。お義母さんに言っていいって言われただけで、自分をこんなにしてしまったのは自分だから。
「そう。でも、偶には一緒に寝る? 1人よりは、きっと楽」
「うん……」
戸惑いがちなお義母さんの言葉に、涙で震えて消え入りそうな声で返事をする。今1人で寝たら、きっと嫌な夢を見ることになっちゃうだろうから。
「それじゃあ、今日の勉強はここまで。早く布団敷いて、寝よう?」
「うん……!」
久し振りにお義母さんと一緒に寝たその夜は、パパやママと一緒に過ごした日々の、幸せな夢を見ることができた。
新作です。よろしくお願いします。
過去の拙作を読んでると、知ってるキャラクターも出てくるかもしれません。知らんけど。