銀灰の神楽   作:銀鈴

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白き墨【01】

 ゴロゴロと、青空を隠す黒い雲が音を立てた。加えて風向きが変わり空気が冷たくなり、鼻には微かに雨の匂いが届いて来ている。

 

「雨宿りできそうな場所ないし……ちょっと、不味いかも」

 

 空飛ぶ箒に乗り、帽子を抑えて私は呟いた。

 

 アマルさんたちと別れてからはや1週間。数個の街を経由して旅をしている私だったけど、案の定魔剣に関しての情報は今のところ得られていなかった。アヤメに関する悪い情報は、嫌という程届いてくるけど。

 

「街か村か、せめて雨宿りできる場所があればいいんだけど……」

 

 そう言いつつ魔力の消費量を上げて、箒の飛行速度を引き上げた。冷たい風を切り裂いて飛ぶ中回りを見渡すけど、どこを向いてもだだっ広い平野で背の高い木1つ存在しない。低い木とか草むらとから見かけるけど、雨宿りと考えると少し心許ない。

 一応ボードの後継機であるこの箒でも、シールドを張って雨の中でも濡れずに飛行することは出来る。でもあれって、すごく疲れるからやりたくないんだよなぁ……

 因みに最悪の場合、魔物に襲われること覚悟でシェルターを作ることになる。雨が過ぎ去るまでの間でも、それはちょっとだけ不安だった。

 

「んー……ほぇ?」

 

 なんて考えながら飛翔すること数分、プツンとなにかを突き破った様な不思議な音が聞こえた。同時に、眼下に街が出現する。

 小規模ではあるがしっかりとした建物が点在し、街全体は外敵避けの柵で囲われている。道路は綺麗に整備されており、子供たちが走り回る姿も見える。そんな、突然現れた以外異常のない、普通の街がそこにはあった。

 

「どうしよ」

 

 街の上空を飛行しながら私は考える。

 こんなクソ怪しい街に降りて雨宿りするより、疲れるの承知で地図にある街に飛んで行った方がいいのではと。

 ても同時にこうも思う。わざわざそんな苦行みたいなことするより、一晩くらいここに泊まっても問題なんてないでしょと。

 

「あー、なんかお姉ちゃんが飛んでるー!」

 

 悩んでるうちに聞こえたのは、そんな子供の声だった。慌てて下を見てみると、小さな男の子が私を指差している。しかも、なんか物凄くキラキラとした目で。

 

「ほんとだ! かっけー!」

「かわいー!」

 

 しかもその声に釣られて、何人もの子供が顔を出してきた。小さな男の子や女の子がぞろぞろと、どこに隠れてたのかびっくりするくらい。しかも、とてとてという表現しか出来ない足取りで私を追いかけてきて……あ、転んだ。泣き出しちゃった。あー……釣られて何人も泣き出しちゃった。

 

「これは、降りるしかない、かなぁ」

 

 街の上を飛行してること自体、実は褒められた行動じゃないし。そのことを謝るついでに、転んじゃった子たちの親御さんにも謝っておこう。

 不安感を大義名分で塗り潰して、箒を減速しつつ高度を下げる。大体20mの高さから半分くらいまで高度を落とし、魔力を流すのを切り箒を仕舞いつつ飛び降りる。

 

「よっと」

 

 魔剣を握りつつ飛び降りたのは、世間体を気にして村の外。無事に着地して、コートの下の魔剣から手を離す。そして風圧で乱れた髪と服を直していると、わーと大きな声が聞こえて来た。

 

 村の方を見ると、入り口と思われる場所からは沢山の子供が。異様なほど種族に統一感のない()()()()()()()走ってこちらへ向かって来ていた。その数、ざっと数えて十数人。

 

「すとぉーーーっぷ!!」

 

 そんな数に揉みくちゃにされたらたまらないと、私は声を張り上げた。それと同時に魔剣を握り、ちょっとだけ怖がらせるような気配を込めて。そう、言ったのだが……

 

「きゃっ」

 

 子供の波は、そんなことでは止まらなかった。私よりは背が低い子供たちが、目を輝かせ暑苦しいくらいに揉みくちゃにしてくる。

 

「ねえねえ、お姉ちゃんどこから来たの?」

「髪きれー!」

「コートかっけー!」

 

 そんなことを言いながら、こっちの都合なんて御構い無しにあちこち触ってくる。よじ登ってくる。咄嗟に魔剣は仕舞ったものの、危なっかしいったらありゃしない。

 

「ペンダントもきれー!」

「それはお姉ちゃんの大切なものだから、触らないで欲しいな」

「はーい!」

 

 背中によじ登って来ていた女の子は、一応それで引き下がってくれた。変装用のペンダントだから、首から外されると本当に困る。それでいて相手は子供だから、迂闊に力を頼れないし……ああ面倒くさい。

 

「ええー、いいじゃんかよー!」

「触るなって言ったよね?」

 

 敵対したくはないし、本当なら穏便に済ませてたかったんだけど……ペンダントをひっ摑んだ男の子がいたせいで、そうはいかなくなった。思わず、いつもはしつこい相手にしかやらない様な雰囲気を、殺気と言ってもいいそれをぶつけてしまった。

 

「ぅ、え、ふぇぇぇぇぇ!!!」

 

 当然、名も知らぬ男の子は大号泣を始めてしまった。しかもそれにつられて数名の子が泣き出し、もう私では収集がつけられない。ああもう、私が悪いんだけど面倒くさいなぁもう!!

 

「はぁ……」

 

 しかも子供の涙に引き寄せられたかの様に、雨がザーザーと降り始めた。一応トタン屋根を作ったから、雨にあたることはないけど……

 

「降りたの、間違いだったかなぁ」

 

 深いため息を吐きながら、泣き止むことのない子供たちの声に包まれる。泣きたいのは私だよ……遠い目で、そんなことを思っていた時のことだった。

 

「はーい、みんな? こっち向いて」

 

 トタン屋根に雨が打ち付ける音の中、そんな女性の声が聞こえた。子供たちと一緒にそっちを向けば、そこにいたのは長身の柔らかい雰囲気を纏う女性だった。

 耳からして猫系の獣人。茶色いふわふわとした髪の毛で、琥珀色の目をしている。あと胸がおっきい。ゆったりとした服装の端々と足元が濡れているので、慌てて走って来たと思われる。

 

 そしてみんなの注意がそのお姉さんに向いた直後、見えない何かが体を通り抜けていった感覚が齎された。同時に、少し荒れていた心が凪いだように静まっていく。

 

「よく出来ました。それじゃあみんな、傘を差して帰りましょうね!」

 

 そして、私の持つものと同じ収納系のスキルから傘を取り出して、子供達に一人一人手渡していく。すると、傘を差した子供たちはわーっと雨が降りしきる中村の中へと駆け出していった。

 

「ちゃんとみんなで、お風呂入るのよー!」

 

 呆然とそれを見送る私の隣で、お姉さんはそう子供達に呼びかけていた。詳しい事情は分からないけど、この人があの子達をまとめる立ち位置なのは分かった。

 

「ほら、貴方も来て。あの子達が戻ってくるのを考えて、お風呂は沸かしてあるの。増えたのは予想外だったけど、私が背中流してあげるわ」

「いえ、魔法で身なりは整えてるので。それよりも、お騒がせして申し訳ありません」

 

 申し出は断りつつ頭を下げた。お風呂はペンダントをつけていられないから、本当に鬼門なのだ。王都から入ってないし、正直入りたいけど遠慮しておく。

 ……一応言っておくと、お風呂なんてそもそも大きな街で公衆浴場があるかないかって感じだから。普通、宿屋さんに泊まってもお湯しかくれないから。それに、ちゃんと魔法とかで臭わないように気をつけてるから!

 

「あら? 遠慮しないでも良いのよ?」

「いえ。そもそも、初対面の人に無防備な姿を晒せるほど、私楽天家じゃないので」

「あら……あら?」

 

 心底不思議そうな顔をされたけど、私こそ不思議だ。どうして初対面の相手に、そこまで信じてもらえると思っているのだろうか。

 

「もしかして貴方、外から来た子なのかしら……?」

「外って、あの……なんというか、結界みたいなもののですか?」

「ええ。私の精霊が張ってるものよ。ということは、本当に外から来たのね」

 

 そう言うと、お姉さんは私のことをジロジロと観察しだした。鑑定系のスキルは使われてないとはいえ、正直あんまり良い気持ちではない。

 

「あの……そろそろ良いですか?」

「ごめんなさい。でも、ここに入れたってことは大丈夫よ。貴方の気が済むまで、ゆっくり休んで行って下さいな?」

 

 そう言ってお姉さんは、私も入る大きさの傘を広げ、私の手を引いて歩きだした。有無を言わせないような感じではあるけど、私の手を握る手は優しく、子供たちが懐いているのがよく分かる感じがした。

 

「あの、名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「私の名前はクハク。クハク・ノクカーバンよ。良ければ、クハクって呼んでくださいな。それと、そんな堅苦しい言葉じゃなくて良いわよ」

 

 その名乗りを聞いて、ちょっとだけ驚いた。自分の姓を名乗ることができるというのは、それなりの立場があるということだから。

 

「いえ、私はこっちの方が話しやすいので。でも、姓があるってことは……」

「そうね、一応私は元貴族よ。父が戦争の時に活躍してくれたから。とっくに家なんてなくなってるから、気にしないでいいわ。

 それと、人が名乗ったのだから名乗るべきじゃないかしら?」

 

 あっと気付かされた思いだった。疑念と考え事ばかりで、礼儀を忘れていた。ちゃんと気を付けていたはずなのに、私としたことが。

 

「すみません。私はアヤっていいます。一応、冒険者です」

「そう、アヤちゃんって言うのね。よく、ここにたどり着いてくれたわ」

 

 次の瞬間、手が離され優しく頭を撫でられた。ちょっと、訳がわからない。なんで私が撫でられているのだろうか。

 

「あの結界を抜けて来られたんだから、事情は聞かないわ。でも、私はどこまでもアヤちゃんの味方だってことは覚えておいてほしいな」

「えっと、話が見えないんですけど……」

 

 と言うよりは、ここまで優しくされると気持ちが悪い。街から感じた不気味さも合わせて、どこまでも不気味に思えてしまう。一応街に入りはしたけど、変な回答とかされたら即座に逃げ出す。それくらいの警戒をするには、十分過ぎる。

 

「そうね……長くなるから、私の家で話しましょう?」

「まあ、わかりました」

 

 正直相手のホームグラウンドに入るのは嫌だけど、そうしないと話が聞けそうにもないから諦める。

 そうして案内されたのは、小さいけれどしっかりとした作りの家。我が家と違って靴のまま過ごすみたいだけど、それ以外は至って普通の家だった。

 

「さ、座って頂戴」

 

 頷いてテーブルに着き、とりあえず何も仕掛けられていないことを確認する。臆病になるくらいで丁度良いというか、それでもきっと足りない気がする。

 

「何か飲みたいものが有れば作るわよ?」

「いえ、今はそれよりさっきの話の続きが聞きたいです」

「つれないわね……」

 

 お風呂なんて贅沢を我慢した以上、今更飲み物を我慢するくらいどうってことない。身体が冷えてるから、あったかいものは飲みたいけど。

 

「まず、何が聞きたいのかしら?」

「えっと……それじゃあ、あの結界について。近付くまで街があるなんて分からなかったんですけど、どんな効果なんですか?」

「簡単に言えば、大人の拒絶よ」

 

 さも何でもないように言われたその言葉に、私はこの前立ち寄った街で見た依頼を思い出した。

 確か依頼名は『神隠しにあった息子の捜索』。依頼主は貴族の人で、報酬は惜しまないから居なくなった息子を探して欲しいって内容だ筈だ。それと確か、貴族の中で似たような事件がいくつかあるからその捜索もしてくれたら、報酬を上乗せするとも。

 私を含めて誰も受けようとしてなかったけど、もしかしてそれは──

 

「それって、つまり……この街には、あの子達とクハクさんしか人はいないって事ですか?」

「えぇ、ここは薄汚い大人からは絶対に見つからない、私とあの子達だけの楽園よ」

 

 笑顔でそう告げたクハクさんが、私にはどうしようもなく怖くなった。安易に2つを結びつけてる私が問題なのかもしれないけど、そうじゃなければ、つまりはそういうことになる。

 

「ありがとう、ございました」

 

 てもきっと、隠されていることがある。『ここに入れたから大丈夫。気が済むまで休んでいい。無条件に味方する』そんなことを言うのなら、もう1段階選別みたいなのがある筈だ。

 

「とりあえず、雨が止むまではお邪魔させてもらいます」

「ええ、歓迎するわ」

 

 だからあんまり安心できる場所ではないけど、一応は招かれた場所だ。雨宿りがてら一旦休憩して、雨が止んだら出て行こう。食事とかは……毒とか入ってないよう気をつければいっか。ママのゲテモノ食いに付き合わされて色々な毒には耐性がついてるけど、気をつけるに越したことはない。

 

「お金はとらないから、二階の部屋を自由に使って頂戴。掃除はしてるから、きっと綺麗な筈よ」

「それなら、ありがたく。今日は疲れたので、一休みさせてもらいます」

 

 ちょっと怖いけど、逆に言えば今感じる危険はそれだけだ。魔剣の気配も、逃げないといけない謎の視線も感じない。そして何より、子供たちもここにいて嫌だという気配は感じなかった。だったら私も、ここのことは記憶に留めるだけにしておこう。

 

 何せこのことは、今のところ私に害はないから。困るとすれば依頼を出してた貴族と、似たような被害に遭ってる貴族だけだけど……なんとなく、首を突っ込んだら面倒くさい政争に巻き込まれそうな気がするし。

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