「リィン、使って下さい!」
聖剣を再起動した直後、アヤメがリィンにあるものを投げ渡した。
ティアさんの形見でもある、聖剣:輪廻転生シャラソウジュ。初めて魔王リィンが使った八岐との戦い以来、実戦には投入されて来なかった決戦兵装。
「うむ!」
おそらくだが、玉兎の時は渡す隙がなく、金烏の時は受け渡すには距離があり過ぎた。だが今回も総力戦。渡せるタイミングがあるならば、渡さない理由は存在しない。大体そう言ったところだろう。
「
そう考えている間に、邪魔をする間もなくリィンの詠唱が完成した。これで戦況は1対5、だがこんな状況であるのに不思議と全てが懐かしい。
人間界王都上空、遥か高みに存在する
聖剣と魔剣が合一した大鎌をあつらえたように振るう、親友の写身のような魔王。
銀天の太陽を背にし遂に覚醒を果たした、親友の置き土産たる娘と遠い血の息子。
物理限界という概念を平気でぶち破る、かつての面影を感じさせない獅子の女王。
触れれば墜星であろうと滅し得る絶死の極光を放つ、この世界における最強の男。
あの時の5人とは面子も違えば、立場や力の上限だって別物だ。
だけどやはり、姿は重なる。
自分たちが神を殺したあの時と。
「だったら尚更、負けられないね!」
彼女たちは、いつか必ず神を討ち救う。
世界に残った最後の神を。墜ちた星を眷属とした終神を。幼銀と翡翠の双子神を。
だからこそ、自分程度を乗り越えれずに何とする。
そんな有様では、僕が世界を救ってしまうぞ。
奮起する勇者の心に比例し、加速していく2種の剣の出力増大。それは既に墜星・勇者という存在を、内側から融解させながらも止まらない。勇者自身が止めることがない。
「言われずとも、貴方を討ちます」
言葉よりも早く、獣王の剛剣が襲来した。
墜星としての知覚をもってしても霞む剣をなんとかいなし、連撃に飲み込まれない様に後退。たったそれだけで、エネルギー化している筈の腕がビリビリとした衝撃に痺れる。
恐らく、あの剣をまともに受けたが最後。自分の握る人理剣アーメンテースであろうと、恐らく半ばからへし折れる。聖剣と魔剣の二重起動を、魔剣と地力のみで上回る異常に舌打ちを禁じ得ない。
「武器ーー
「それは見飽きたぞ、勇者」
ならばと黄金の斬撃を放とうとした勇者の前に、絶死の聖域が立ち塞がる。その手に握る絶滅剣の色は異常。収束、収束、収束、収束──極光が反転する。
「消し飛べ──
光を飲み込む暗黒色の極大斬撃が、数十の斬撃となって勇者の全身を黄金光ごと引き裂いた。
射程と攻撃範囲を捨てたことで得た連射性と破壊力は折り紙付き。エネルギー体を斬り裂き、聖なる鎧を斬り裂き、人理剣に大きな傷を刻みながら、全てを虚空へ追放せんと暗黒が唸りをあげる。
「まだ!」
が、しかし勇者は止まらない。
瞬時に引き上げた数倍の出力で、苦もなく暗黒の斬閃を破壊する。無限にエネルギーを飲み込む空間に6倍の無限を叩きつけて破壊するという、目で見ても文字にしても理解不能な暴走理論。
だが現実として、勇者は無傷でそこに居──
「──ッ!」
刹那、咆哮が直撃する。
空気の壁を平然と突き破り、音を超えた速さで飛来した剛剣が勇者を追撃した。
獣王とその懐刀の連携は言わずもがな完璧。黄金の英雄という最後の1人を失いつつも、魔剣という無限の継戦能力を前提に、相手が壊れるまで続く無限の進撃は止まらない。
「ッ、のぉ!」
勇者に連携を突き崩す以外の取れる手はなく、連携を崩すには大きな一撃を放つ必要がある。武技で透かすだけでは不足、黄金の極光斬でも不足。ならば──
「
己の知り得る最強の剣で突き崩すのみ。
距離を斬り、天を斬り、地を斬り、世界を斬った男が振るった、最後の一刀。同じ技量の怪物だからこそ魔剣から引き出せた、技量のみで過去を斬り裂く斬撃が獣王も、絶死の聖域も、奥に控えた銀天の太陽も斬り裂いて不発する。
「ヌルいぞ、勇者よ。我が父の斬撃は、斯様に軽いものではなかったぞ」
過去を斬り裂く斬撃を、過去を書き換える聖剣が迎撃した。リィンが振るう、
「ピアッシャー!」
「狙い撃つと申告する!」
動きの止まった勇者に対し、銀灰の嵐が迫る。
先程までより深い銀灰色に染まった光槍が、その鋭さを明らかに増した銃弾の雨が。墜星を蝕む毒の性質をそのままに殺到する。
「武器ーー
それを弾くのは、勇者がまだ人の身であった頃から愛用していた盾の技。その発展系。無限の出力を注ぎ込まれて、蒼く煌めくエネルギーの盾が銀灰の輝きと衝突する。
だが先程の絶滅剣との衝突とは違い、勇者の聖剣とアヤメたちの聖剣は相性が極めて悪い。何せアヤメたちの剣は元々、墜星を斃すことを目的に作られている。そこに攻撃的な幻想世界まで乗っている以上、数倍程度の出力差では跳ね返せない。
「このまま押し切ります!」
「認識している!」
だから当然、勇者の放つエネルギーの盾は削られていく。1発1発による影響は少なくとも、それが100、1,000、10,000と数が増えれば話は別。無限を蝕み呪い侵して、銀灰の滅びが勇者に浸透していく。
「それでも……僕はまだ、負けられないッ!!」
だからこそ。
当然とばかりに勇者は覚醒を果たした。
突如跳ね上がる出力上限。内部融解をさらに加速させながら、噴出した蒼いエネルギーが接近を試みた獣王と絶死の聖域も吹き飛ばす。
何せ勇者は今でも運命のお気に入り。
願えば叶う、ご都合主義の主人公のように。運良く、偶然、何故か、理由は何でもいい。そういう運命なのだからそう出来てしまう。
「
武技重奏ーー████!」
覚醒を果たした勇者が1人、エネルギーの奔流の中で言葉を紡ぐ。それは宣誓。かつての仲間達から力を借りる誓いの言葉。
背負った想いが言葉を重ね、重ねた言葉が音を黒く塗り潰す。まるで悪魔の放つ言葉のように意味を失った声は、それでも勇者が担う総意に他ならない。
そうして勇者が人理剣から引き出した武技、その数は数万を超える。
まるでリィンが纏う秘呪の渦巻く銀河のように。
まるで獣王が召喚している精霊の波濤のように。
勇者が人の磨いた技術を飲み込みその姿をブレさせた。
「その程度の変──か……?」
多少、動きに残像が増えた程度。見た目の変化といえばそれだけで、獣王剣にも真魔剣にも及ばない。及ばないのだが…………何故か。精霊による防御も、本人による防御も突き破って。勇者の剣が獣王に直撃していた。
「姫様!?」
幸い、獣王本人に致命的な傷はない。攻撃が当たったというだけで、威力自体に変化はないのだから。
ならば何故、これまでと違い攻撃が直撃したのか。その答えは勇者を見れば一目瞭然だった。
「武技ーー」
揺れている。揺らめいている。残像が、蜃気楼が揺れるように、勇者の周りで動いている。
故に、先が読めない。
勇者が次にどんな行動を取るのか、つい数瞬前までと違い何も予測が出来なくなっていた。
「ーー
正確に言えば、この場にいる誰もが勇者の動きは読める。次に行われるのが、収束されていく黄金光から攻撃だということもわかる。
だがその攻撃の方法が分からない。
今の勇者の動きから、行い得る武技による攻撃方法があり過ぎて。あまりにも、可能性を絞りきれないほど無数に予測が重なっていて。
「
どうしても、動作が2手3手遅れてしまう。
それは戦場において、あまりにもどうしようもない隙に変わる。
「
現に放たれる黄金の大斬撃に、絶対の聖域も銀天の太陽も追いつかない。どれだけ強力な力、技、エネルギーであろうと、あくまでその担い手はただの人。揺れれば、遅れるのだ。
“予測できる可能性”の増大。それが確実に、アヤメ達を追い詰める一助となっていた。武に疎い者や勘の鈍い相手には意味を成さない変化だが、そもそもそんな連中は勇者の前に立つことはできない。
故にそれは、あまりにも強烈に作用する。
「く、このぉ……!」
当たらない。
当たらない。
当たらない。
覚醒、としか言いようのない出力上昇の直後。勇者が新たに武技を使用した瞬間から、これまでは有効打になり得ていた銀灰色の嵐が、勇者に対し掠りもしない。
「チィッ!」
アヤメの剣技では勇者に届かない。
アインの射撃では勇者に届かない。
だがその性質上有効打になり得る。
故に勇者に直撃させるのではなく、狙って弾を放つことで勇者を動かしつつチャンスを伺う。そんな、これまで2人が取ってきた戦術が崩壊する。
無限に技の可能性を提示することによる、経験則に基づく次手の推測の無効化。
それはこと射撃戦という土俵に置いて、近距離戦よりも甚大な効力を発揮していた。
射撃というものは、基本的に未来を撃つことに等しい。
相手が右に動きそうだから、狙いを右に修正する。
相手が左に動きそうだから、狙いを左に修正する。
派生や変化こそ無数にあれど、相手に弾を当てる為の偏差射撃という技術は基本そういった行為の繰り返しだ。
「次から次へと、厄介な!」
しかし現在の勇者を照準した場合、その動きそうな方向という明確な指標が見つからない。
360度どの方向にも移動するように見えるし、一転攻撃に入る可能性もあり、逆に完全な防備を固める雰囲気も持ち、或いは遁走の準備を整えるようにも見えてしまう。
よって予測が封じられ、点で狙う射撃は勇者に通用しなくなった。面で撃てば当たるだろうが、有効打には程遠く前衛を張るアヒムの邪魔にしかならない。論外だ。
ならばとフリーになっている筈のリィンを頼ろうにも、そちらはそちらで動けない。
「過去の改編が、間に合わぬ……ッ!?」
墜星・八岐の“純粋な技量のみで過去を斬る”という絶技は確かに特別だ。だが別に、
明日の天気を占う技。今日の運勢を計る技。過去の記憶を覗き見る技。或いは直接的に過去を書き換えたり、行動を行なったことに改変する技も、あるかも知れない。
そしてリィンは、その全てを相殺しなければならない。
何せ、どんな技が飛んでくるのか分からないのだ。
片っ端から相殺しなければ、気がつけば死んでいたなんて事態すら引き起こしかねない。無論そんなことをすれば、
「改変ご苦労」
「しまっ──!?」
蒼か混じる黄金の極光斬が、容赦なくリィンを飲み込んだ。
「リィン!」
思わず叫んだアヤメの視線が向かう先、極光に押されて遥かな下方で爆発が起きる。安否は不明。魔剣を握っていれば死んではいない筈だが、それでも戦線離脱は免れない。
「アヤメ・キリノ。君にも、叫んでいる余裕なんてないと思うけど?」
「──ッ!」
殺気。
辛うじて野生の本能が慣らした警鐘に、アヤメが愛剣を掲げ──蒼光を放つ人理剣が、銀灰の光刃を粉砕して直撃した。
義手で受けたのが幸いし、被害は義手がひしゃげたのみ。あとは精々、全身の骨にヒビが入った程度。
「が、ぁ……!?」
「アイン・ティアードロップ。君もそうだよ、反応が遅い」
コンマ数秒最速のタイミングより遅れて発生した、銀灰に染まる光槍による呪滅の檻。それを出力任せに蒼光を放ち崩壊させ、
結果として、2人は揃って自然災害に飲み込まれた城下へ叩き落とされる。未だ赤々としたマグマが煮沸る地獄の熱界へ。
「──
「その技の破り方は、さっき見せて貰ったよ」
誤射の心配が消えたことで放たれた、加減なしの青白が描く極光斬。全身全霊の
それこそそう、勇者自身が語った通り。
アヒムがつい数瞬前に放った、
光を飲み込む暗黒色の極大斬撃が、数十の斬撃となってアヒムの全身を青白光ごと引き裂いた。
射程と攻撃範囲を捨てたことで得た連射性と破壊力は折り紙付き。絶滅剣に大きな傷を刻みながら、全てを虚空へ追放せんと暗黒が唸りをあげる。
「だが……まだ、だ!」
絶死の聖域には、瞬時に出力を引き上げる術はない。
だからこそと、気合と根性でアヒムは暗黒を突破する。
かつてセプテントリオに一杯食わされた、距離の歪曲による時間稼ぎ。それに対抗すべく復活させた、
「うん、そこに転移することは未来で見た」
転移し、魔剣を振りかぶった形のまま。アヒムの腹筋に、深々と勇者の魔剣が突き刺さる。
過去と未来の書き換えを阻止していたリィンは、既に戦線を離脱しているのだ。当然、勇者には未来が見える。過去も、現在も等しく見通す千里眼からは逃れられない。
「いくら貴方でも、心臓を断てば暫くは動けないでしょう」
残酷な宣告とともに、力の込められた魔剣が一閃。アヒムの身体を胸の半ばまで断ち切って、続く蹴りがその巨体を叩き落とす。
一騎当千。
現時点における世界最強を、勇者はたった1人で蹂躙し尽くした。
何処までも人族らしく。技を知り、受け止め、対抗策を作り出し、何処までも強欲に。
精霊術とかいう、精霊なんて生き物の都合に合わせた技なんて使わない。
秘呪とかいう、一子相伝でしか使えないクソみたいな派生の技は要らない。
必要なものは己が腕一本。何処までも、どこまでも、必要性さえあれば変化させ、磨き、技として成立させる。そうして生まれた技術体系は、さながら1本の
技の森を統べる技量の怪物に、獣の王も、絶死の聖域も、銀天の太陽も、転生の化身も届かない。
勇者の星は、天高く。
今も願いを胸に輝き続けていた。
「……こんな程度か、今の最強は。たかだか覚醒1回で、手も足も出なくなるなんて」
これじゃあ、望む域には到底及ばない。
そう落胆の言葉を続け、轟く雷鳴を背後に、見込みなしとトドメを刺しに回ろうとした────刹那。
「あァ、全くだ。どうにも俺の雇い主は、楽をさせちゃくれないらしい」
言葉と共に、空が凍りついた。
同時に、エネルギーを吸収され瞬く間に縮小していく勇者の幻想。蒼光と黄金の煌めきは減少し、絶凍に世界が彩られていく。
「どうして、お前がここにいる」
そんな御技を使える人物など、この時代にはただ1人。
「ボレアス・セプテントリオ!」
氷で編まれた孔雀羽根を背に、無双を夢見た夢想の男がそこに居た。