銀灰の神楽   作:銀鈴

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魔を断つ剣、勇なる心、受け継ぐべき最後の光/The Brave【07】

「どうして、お前がここにいる。

 ボレアス・セプテントリオ!」

 

 氷で編まれた孔雀羽根を背に、無双を夢見た夢想の男がそこに居た。

 黒からオレンジ、先の方は青っぽい黒にグラデーションのように変化するセミロングのウルフカット。左頬に刻まれた毒々しい刺青。羽織ったファーコートと、展開された凍てつく空色のグリーヴはその正体を如実に表している。

 

「どうしたもこうしたもねェよ。なぁ、善人崩れの悪役さんよ」

 

 勇者の問いかけに、裂けたような笑みを浮かべてセプテントリオが答えた。誰がどう見ても充溢した戦意にしかし、勇者は疑問が尽きない。

 確かに数日前から彼の行方は分からなくなっていた。

 暴風貪団という組織自体が人間界に溶け消えていた。

 だが、いや、だからこそ。

 

「お前に、この戦いに割り込む理由はない筈だ」

「ハッ、かの七英雄ともあろうお方が、よもや痴呆を患ってあらせられたとはなァ?」

「貴様……!」

 

 高すぎる魔力出力に伴う、物理的な圧力を持った勇者の威圧。それをそよ風のように受け流し、何でもない事のようにセプテントリオが言葉を続ける。

 

「理由なんぞ、初めに言ったじゃねえか。暴風貪団(おれたち)はあくまで傭兵。金払いの良いお得意様に、死んでもらっちゃあ困る訳だ。おお我らが雇い主よ、死んでしまうとは情けないってな」

 

 あまりにもわざとらしい、大仰な身振り手振りを加えて朗々と言葉が続けられた。これっぽっちの本心も含まれていない、殆ど劇か何かのような言葉が。

 本来であればこんな相手、勇者からすれば敵でもない。黄金光を一振り放てば、歯牙にも掛けず討ち果たせるだろう。だが何か、何かがおかしい。確信めいた予感が、その剣を動かさせない。

 

「……」

 

 必然、高まる警戒に言葉が消える。

 無言で、鋭く、何時なにをされても反応出来るように。人間らしく臆病に、けれど何処までも効率的に。

 そんな勇者という名乗りに反した惰弱極まる態度に、心底軽蔑の目を向けながらセプテントリオが言葉を続ける。

 

「おいおい、自分の仕掛けた会話にも乗れねえのかよ。悪役ぶりたいなら、その程度の余裕は持っていて然るべきだぜ? (はな)()え」

「……僕にはもう、花なんて必要ない」

「手前じゃねえ、手前に挑んだ奴等に捧ぐ華を持てつってんだ」

 

 一歩一歩、薄氷の空を踏みしめて。あと数歩で勇者の間合いという場所にまで接近して、嘲るようにしてセプテントリオが言う。

 

「己を悪役と任ずるならば、敗者は切り捨て勝者は言祝げ。そうでなけりゃ手前の理想は、そこらの山賊と何も変わらんゴミに成り下がる。悪党の基本だろうが」

「黙れ」

 

 時間稼ぎのつもりなら邪魔だと、勇者の剣が一閃する。

 不用意に近づいていた目障りな男(セプテントリオ)を斬り裂くべく、瞬きより早く間合いを詰め、必殺の黄金剣を解き放とうとし……

 

「ま、そんなのは正直どうでもいい話か」

 

 振り切る前に、甲高い金属音が絶凍の空に木霊した。

 空色のグリーヴから展開された凍てつく猛禽の氷爪。それが勇者の魔剣を、何の苦もなく受け止めていた。

 獣王や獣人界最強とさえ渡り合った剛剣をだ。そして異常はそれだけに留まらない。掴み取られた勇者の剣から、黄金光が消えていく。Ⅱ型魔剣ハボクックにそんな能力は無いはずなのに、力が収奪され吸収されていく。

 

「俺の目的はハナっから手前だ、墜星・勇者」

「何を……」

「一度、当人の口から聞きたくてな。

 どんなもんよ、世界を滅ぼした気分ってのは」

 

 咄嗟に剣を引こうとした勇者を、逆にセプテントリオが引き寄せた。

 本来あり得ないはずの拮抗した力関係。そのままギシリと、噛み合った氷爪と魔剣を軋ませて。互いの額をぶつかるような距離で、あり得ないはずの問答が再開する。

 

「世界を滅ぼしたのは僕ら墜星じゃない。【悪魔】だ」

「おおそうだな、そこは否定しねえ。こんな世界になった直接的な原因は【悪魔】ども、そんなことは重々承知だ。だからこそ、戦後世界の動きってやつが皆目分からない」

 

 飄々とした態度を取っていたセプテントリオの表情から、ストンと軽薄さが抜け落ちる。代わりにその顔に浮かんだのは疑問と苛立ち。真実に大凡のアタリを付けながらも、理解ができないと言っていた。

 

「冒険者や軍人が、己を磨くことを辞めたのはいつからだ?

 大概の貴族どもが、権力争いと金儲けに腐心し始めたのは何時からだ?

 獣人が野生の誇りを捨て、能力に媚びへつらうようになったのはいつからだ?」

 

 それは国という組織の内部に存在しなかった、傭兵団暴風貪団(ボレアス)の首領だからこそ気づき得た話。基本的に傍観者であり観客であった者だからこそ見えた、時代が切り替わった瞬間。

 

「末期戦時は違う、骨のある奴らがごまんと居た。

 戦争終結時も違う、悲観にくれちゃいたが光る者は数知れず居た。

 それが明確に変化したのは、手前ら墜星が活動を始めた頃──つまり、クリフォトとかいうふざけた結晶樹が生えてからだ」

 

 そう、そこが世界が切り替わった明確な分岐点。

 ステータスの表記が旧時代から切り替わり、悪魔が封印され、空を結晶の天蓋が覆い、戦争の爪痕残る世界が停滞し澱み始めたゼロ地点。

 まるでこれまであった世界が、誰かの何かを望む思いに塗り潰されたような急すぎる変化。そんな自分の世界(ルール)を敷くような魔法が、この世界には1つだけ存在する。

 

「……」

 

 勇者からの反論はない。故に自らの予測が真実を突いていたことを確信し、落胆とともにセプテントリオが言葉を続けた。

 

「一括りにするにはどうにも出力と規模が違いすぎるが、性質は幻想世界そのものだ。既存の命名に合わせて例えるなら、差し詰め『停滞』の幻想世界ってところか」

 

 ボレアス・セプテントリオという男は世界を嫌っている。

 人々が誇りを失い、営みを忘れ、子供が笑えない現在を唾棄すべき地獄と見限っている。

 ボレアス・セプテントリオという男は世界を好んでいる。

 人々が誇りを持ち、歩みを進め、子供が笑える過去を心の底からそうあるべきと言祝いでいる。

 

「さあ、ダンマリ決め込んでねえで答えてみろや」

 

 故にこそ、遂に相見えた怨敵の1人に問わずにいられない。

 

 一体どうして、そんな世界を滅ぼす幻想で世界を染め上げたのかと。

 実際に醜く腐り果てたこの現在を見て、一体何を思っているのかと。

 

「──僕は」

 

 言葉を受けて、勇者が輝く魔剣を振りかぶる。

 

「あの時の選択に後悔はない。こんな世界でも、続いてくれて良かったと思ってるよ。それはきっと墜星の誰もが、そしてあの人だってそう思っている」

「そうかい」

 

 言葉を受けて、氷で編まれた孔雀羽根が軋む。

 

「だから──」

「ならば──」

「「手前(おまえ)()の敵だ!!」」

 

 かくして、戦端は開かれた。

 両者とも敵と定めた相手に、容赦をするような性質(たち)ではない。そして本来であれば戦力差は歴然だ。

 無限の出力を誇る聖剣、永劫聖衰ヤマトテンジョウ。

 絶凍の空に染める魔剣、Ⅱ型魔剣()()バボクック。

 いかな改造、いかな進化した魔剣とはいえ、あくまで比類するのは試作型。その上をゆく聖剣には及ぶべくもない。

 

「ここはお前の舞台じゃない。光に消えろ、セプテントリオッ!」

 

 三度放たれる黄金の大斬撃。予測無効化の必殺が、凍てつく空の主に襲いかかる。

 無限のエネルギーを1度に、無尽蔵に放出する勇者の最大火力。黄金と蒼光の瀑布の破壊力は健在。数瞬前のような減衰を起こさず、災害じみた破壊の奔流が凍てつく空を焼き尽くす。

 それは展開された氷河の壁を、瞬く間に融解させ貫通。セプテントリオの皮膚を蒸発させ、肉を焼き切り、骨にまで到達する。

 

「予測が出来ねえのは厄介だが、そいつは効かねえなァッ!」

 

 だが、直後に勇者は戦慄をもって次瞬を迎えることになった。

 振り抜いた輝きの中心から、セプテントリオが飛来したのだ。両腕を失い、顔面を焼き焦がし、背負った氷の孔雀羽と主武器である脚部だけは全くの無傷で。

 無限の出力? 破壊の嵐? 経験予測を断ち切る刃?

 そんなもので、絶凍の主は止まらない。

 

「正気じゃない……」

「ありがとよ、褒め言葉だ!」

 

 勇者の悲鳴に哄笑を返しつつ、どうしたその程度かと猛禽の氷爪が振われた。

 強く、速く、鋭く重い、腕で振るう剣とは違う烈爪の一撃。その威力が、あまりに強大過ぎた。

 

「ッ……!」

 

 受け止めた人理剣が悲鳴をあげる。絶滅剣に刻まれた傷跡が、獣王剣に打ち据えられたダメージが、ここにきて事故修復の速度を上回った。キン、と耳に届いた金属の破断音は幻聴にあらず。

 最後に残った人間界の試作型魔剣、人理剣アーメンテースの崩壊はすぐそこにまで迫っていた。

 

「そらよォッ!」

 

 当然、そんな隙を見逃す男はここに居ない。セプテントリオの蹴撃の鋭さが変わる。勇者本人を打ち据えるものから、その手に握る人理剣を破砕する方向に。

 そんな変化に、勇者も対応を変えざるを得ない。剛の剣から柔の剣に、攻めから守りに。必然、それは人理剣のメリットを打ち消すことに変わってしまう。

 

 経験則に基づく次手の推測の無効化。

 

 それはあくまで、担い手が攻めや反撃を行うときにこそ真価を発揮する力だ。予測不可能な守りは厄介ではあるが、所詮は厄介止まりでしかない。何せ主導権がない、現にセプテントリオがそれを証明してる。

 

「おいおい、どうしたよ七英雄! 謳われた実力は偽物か?」

 

 氷爪乱舞、凍てつく吹雪は止まらない。

 刃と爪を交わす度に、墜星・勇者という存在が削れていく。魔剣が凍てつき、エネルギー体が砕かれ、無限の出力に不安定さが増していく。

 対してセプテントリオの存在感は刻一刻と増していく。魔剣が吼え、蒼く煌めく氷河が空に撒き散らされ、出力が天井知らずに上がっていく。

 

 ……蒼く煌めく氷河?

 

「吸収の秘呪と、大罪の残影の合わせ技か!」

 

 たった1つの要素から、勇者の記憶と経験が真実を導き出した。

 ボレアス・セプテントリオ。猛禽系獣人と吸血系魔族のハーフにして、魔族の秘奥である秘呪を受け継いだイレギュラー。受け継いだ秘呪は、エネルギーの吸収保存。

 

「ご名答だ、血命簒奪(サングィース)!」

 

 開帳された真実に、もう隠すまでもないとエネルギーの簒奪が加速した。

 幾ら無限の力を奪っても、本来であれば出力が間に合わない。同じ水量を源泉としても、水道の蛇口とダムの放水穴では水量が変わるように。

 だがそれを、大罪スキルの残影が補っている。

 魔王リィンが持つ嫉妬、色欲、暴食、強欲、怠惰。アヤメが背負った憤怒といった、大罪の残影群。その中で行方知れずとなっていた傲慢の残影。勇者の握る聖剣に溶け消えた物の影は、影であるからこそ本物と変わらぬ力を発揮する。

 

「ぜぁぁぁッ!」

 

 技の名前を叫ぶ余裕もなく解き放った、不完全な次元操りし破邪の琴弓(ディ・フェイルノート)。対象の内部から斬撃を発生させる必中の刃が、一瞬だけセプテントリオの動きを止める。

 

「ッ……、っ、理解は、した!」

 

 無限に続く吹雪の中から脱出し、息を荒らげながら勇者が告げた。

 なるほど、それなら全ての理屈が通る。

 己のエネルギー源は聖剣だが、セプテントリオのエネルギー源は墜星・勇者。その点のみが異なって、出力方法も光と氷で別物だ。そして恐らく、生身であるセプテントリオの身体には尋常ならざる負荷が掛かり続けている。

 だがそこに目を瞑れば、完成するのは人の身でありながら墜星と化した人造星だ。加えて論ずるまでもなく、この手の連中にとって痛みは何の障害にもなりはしない。

 

「だが、対応出来なきゃ意味が()え!」

 

 即ち眼前で氷爪を振るう存在は──墜星である自分と渡り合える、不死身(どうるい)の怪物だ。

 

「っ、ぐ、が、ぁぁッ」

 

 事態の正しい認識を得たと同時、五指を開いた爪撃とでも言うべき一撃が勇者へ飛来した。

 慮外の一撃に対応が間に合わない。喪失させた筈のあり得ない部位からの襲撃。認識が切り替わったばかりの頭が、常識的にあり得ない反撃に困惑している。理解した筈なのに。知っているのに。墜星という己の同族であれば、四肢の再生なんてことは児戯にも等しいことだと。

 故に、反応が間に合わない。

 この攻撃を受けてはいけないという直感に、身体が付いてきていない。間に合ったのは、辛うじて人理剣を割り込ませ直撃を避けることだけ。だがそれも、セプテントリオの誘導だと理解して。

 

「凍てつきな」

 

 インパクトの刹那、勇者の全身が凍結した。

 人理剣を起点として、分厚い氷塊が全てを覆い尽くしていく。実体を持つ魔剣も、実体を持たない勇者の腕も、その中間にある勇者の身体も、一切の区別なく。

 

 それは生前の玉兎が至り、軍事顧問として教育していた氷結の極致。非実体と実体を揺らめくという精霊すら凍てつかせる絶対零度。燃え盛る炎を燃えたまま氷に捕らえ、そのまま砕き壊せるという物理法則を無視した魔法の絶技。

 

 幻想世界とは方向の違う、第3の不死殺し。

 

 氷を通し歪んだ視界の向こう側。当然のように()()()()()()()()セプテントリオが、己を破砕する氷爪による蹴撃を放つ姿が見えて。

 

「舐 め る な ァ !」

「マジか、お前」

 

 反骨心をバネに、またも勇者が覚醒した。

 瞬時に融解する身体を覆う氷の牢獄。たかだか絶技の1つや2つで、やられてなぞやるものかと。轟く気合の咆哮が、限界を超えて行動を割り込ませた。

 氷爪にエネルギーを簒奪されながらも、エネルギー体と化した腕が蹴撃を掴み取る。侵食する筈の氷結を出力の増したスパークで溶かし砕き、あろうことかセプテントリオに逆侵攻を開始する。

 

「チィッ!」

 

 そうなれば、被害を被るのはセプテントリオだ。例え墜星と同条件に成り果てようと、生身の身体では限界がある。ほんの僅か、瞬きするに満たない刹那。肉体の反射が、蹴撃の威力を僅かに緩めてしまう。

 

「潰れろ!」

 

 その隙に、掴み取ったセプテントリオを勇者が叩き付けた。

 本来障害物など存在しない筈の空に武技で生み出した、蒼く煌めくエネルギーの盾へ。

 

「ご、が、ぁ……」

 

 響く鈍い肉が潰れ、骨を粉砕する殴打の異音。

 当然それは、一撃だけでは終わらない。何度も、何度も、執拗に。墜星ですら殺せるように、加減も余裕も一切なく。無数に展開した武技の壁が赤く染まるほど、人造星を叩き付ける。

 

「捉え……た、ぞォ!」

「がッ……な……?」

 

 そうして続いた数十度の殴打の果て。

 直上、突如飛来した銀灰色が勇者の身体を貫いた。杭のように突き刺さり、呪滅の特性を発揮するそれは光の槍。滅びの中和に動きを止めて勇者の腕から、変わらぬ歓喜の笑みを浮かべてセプテントリオが脱出する。

 

「いいねェ、こいつは悪くない」

 

 無論それはアヤメやアインの放った魔法──()()()()

 勇者に撃墜された4人は等しく、未だ戦闘に耐え得る状況にはない。暴風貪団(ボレアス)の後方支援部隊が回収し、最低限の治療という名の拘束を受けている最中なのだから。

 

「探し当てるのには苦労したが、お陰で大体掴めたぜ。墜星には効くんだろう、この《幻想世界(ファンタズマ)》ってやつが」

 

 ならば一体、銀灰の幻想は何処から来たのか。

 その答えは単純。これまで勇者に対してばら撒き、当たることのなかった不発弾。遥か彼方を飛翔していたソレを、凍結させ引き寄せたというだけの話だ。尤もそれを出来るという事実が、異常そのものであるのだが。

 

「散々いたぶってくれたお返しだ」

 

 唾の混じった血を吐き出し、勇者から簒奪した黄金と蒼光に包まれて。至死の傷を癒したセプテントリオの周囲に、無数の幻想が浮かび上がる。幾多の夢想が満ちていく。

 銀灰色の魔弾が、青白い絶滅の残滓が、何もない筈の空間が、獣の顎門にも似た氷の礫が。その数は4を越え、10を越え、100を超えてもなお増加が止まらない。

 

 何せ、幻想世界はあくまで魔法の一種。

 

 ならば魔法を凍らせコントロールを簒奪する魔剣であるハボクックに操れない道理はなく。

 

「手前に挑んだ連中のフルコース、もう一度食らっときなァ!」

 

 幻想の氷嵐が、凍てつく空を蹂躙する────

 

装填(Loading)──《幻想世界・黒白二剣》」

 

 刹那に。

 

「我が刃は聖なる(つるぎ)なり。

 我が前に在るモノは全てが邪悪なり。

 聖剣執行ーー次元操りし破邪の聖剣(ディ・ガランティン)!」

 

 黒白2色に世界が染め上げられ、古き聖剣が解き放たれた。

 




アヤメ   残り12日
アイン   残り25日
残存正規兵 約2,000人
残存人口  約280万人

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