セプテントリオさんとの即席コンビ。その相性はアインに次いで噛み合うのは明白だが、それでもなお勇者は強敵だ。
これまで何度か追い詰めて、恐らく切り札も複数枚切らせたというのに、未だ実力の底が見えないのが良い証拠。全くふざけたことに、“覚醒”としか言いようのない何かで見えていた筈の底を平気でぶち破ってくる。
「かっこよくキメましたが、何か手は残ってます?」
「いいや、さっき引き出したアレのお陰でぱぁだ」
だからこそ聞いてみたが、案の定手詰まりらしい。察するにダメになった手というのは、今も吹雪く幻想世界の残滓のことか。1発1発の威力は使い手本人には及ばずとも、数百数千の数を束ねることで墜星であっても撃破せしめる大殺界。
だが、大消滅は駄目だ。端的に言ってアレは、“世界”を滅ぼす類いの異常現象になる。なればこそ幻想“世界”では歯が立たない。相性があまりにも悪すぎる。食い破られ、無かったことにされてしまう。
「勇んで飛び出してきた以上、そっちに手はあるんだろうな?」
「残念ながら。大消滅は越えられません」
そして、私の持つ手札も同じ理由で使えない。
届けば効くことは保証出来るが、攻撃を届かせることが既に至難の技だ。加えてもし打撃に成功し、致命的な不死殺しや呪滅を打ち込んでも……恐らく覚醒して覆される。勇者ならそうすると確信できる。
「さて、最終確認だ炎金の……いや、アヤメ・キリノ。
打つ手なし、増援なし、勝ち目は砂粒1つ程度。
そんな相手に、普通の連中ならどう考える」
「逃げの一手しかないでしょうね」
爆炎の向こうから、冗談みたいに無傷の勇者が現れる。その手に握った魔剣に宿る暗黒は、擬似的な大消滅の再現現象。振るえば亡ぶ破滅の具現。
試作型魔剣の時点で大概だが、人類種は単独で災害に立ち向かえるように出来ていない。
「では、
「今回だけですよ。答えなんて、決まってるじゃないですか」
賛同はしない。だが理解も共感も、最初から私には出来ている。とっくに道は違えているけれど、それでも自分が同類だった自覚はあるから。
「「ぶっ潰す!!」」
宣言と同時、勇者に対し銀灰色の光槍が殺到した。それは遥か下方、ドラゴンマウスのペイントが施されたレギオンαからの砲撃。それを私とアインの幻想に染め上げたもの。
勿論こんな攻撃で揺らぐような勇者ではないが、打ち込む幻想は楔のように勇者に刺さる。中には実弾も混じり勇者に盾の展開を強要させた。塵も積もれば山となる、筈だ。
「さあ、正真正銘英雄との殺し合いだ。遅れるなよアヤメ・キリノ!」
「言われずとも!」
鉄風雷火が吹き荒ぶ中、私たちは疾走する。勇者の展開する盾を足場として、最も基本的で使い慣れた歩法を混ぜ込みながら。
そして私の拳をメインとした殺法も、セプテントリオさんの脚をメインとした殺法も、共に3種族が殺し合っていた時代の古式武術。地に足をつけ人型を相手にするなら、その真髄を発揮できる。
「今更、たった2人で!」
勇者の魔剣が風を切る。必殺の消滅が唸りを上げ、斬閃に沿って解放され──当たらない。相変わらず動きの予測は出来ず、掠っただけで即死しかねない破壊の尽くを躱しながら私たちは勇者に肉薄する。
理屈はなんてことはない。慣れた、それだけだ。如何に私が戦闘のセンスがないとはいえ、始めから動きを読めないのだと分かっていれば対応出来る。風の動きを、視線の向きを、そして勇者の意識を読めばいいだけのこと。
「ちと数は足りねえが、こちとら当世無双の四神が末裔だ!」
「そっちこそ、あんまり舐めないで欲しいですね!」
アヤメ・キリノとボレアス・セプテントリオが共闘したのはこの瞬間が最初で最後だ。だというのに長年連れ添った相手のように戦闘が噛み合う理由がそれだった。
敵地での生存と破壊を主とする白虎式生存殺法
敵の空を制圧し爆撃で破壊する朱雀式高空爆撃法
敵の戦列へ突撃する最も苛烈な青龍式戦槍舞術
戦列を組み敵軍を押し潰し進む玄武式重盾防衛術
かつて獣人界に存在していた、どれか1つだけでも強烈だが4種が揃うと無双と言われた古い武術。
獣王という最前線で刃を振るう戦王に追従した当代無双の護衛達。彼らの技術のうち私は白虎式を、セプテントリオさんは朱雀式を収めている。お互い己に合うようアレンジはしているが、その根底となる部分は変わらない。ならば合わせる程度、造作もない。
「また、懐かしいものを!」
何度目かの交錯に、苛立ち混じりに振るわれた勇者の剣。そこから大消滅の予兆が消滅した。
やはりいかな墜星、いかな勇者であろうと無制限に使える技ではなかったらしい。代わりに発生し始めた蒼混じりの黄金光も厄介だが、先程までとはその度合いが違う。
「
結果として生まれた、針の穴を通すような僅かな隙。そこに持ち得る最大限をぶち込んだ。
Ⅰ型以外では本来決して起こり得ない、同じ魔剣の複数振りによる限界駆動。二重に展開される同一能力。絶凍の空が更に凍てつき、寒天の空に銀天の太陽が浮かび上がる。降り頻るのはもはや雪に有らず、幻想の塊である銀の灰に置き換わる。
それに触れ、取り込んで、私の操る氷だけでなくセプテントリオさんの繰る氷までもが銀灰色に染まっていく。
「照準、拡散、凍てつけぇぇぇッ!!」
刹那、空間を占有する形で展開される氷河の輝き。最大出力で展開した氷の砲弾を計4つ、勇者とその周囲の空間に向けて射出した。正確にそして何処までも効率的に、勇者の振るう黄金斬が迎撃に走るが……それくらいならば問題ない。
「近接信管……!?」
勇者が撃墜しようとした氷の砲弾は、例外なく攻撃の直前に起爆する。原理としては勇者の言葉の通り、直撃はせずとも効果を及ぼす為に起爆しただけのこと。
加えて、砕け散った氷の破片を媒介に、勇者の存在する空間が凍結する。氷片から氷片に、灰から灰に侵食するように、瞬く間に氷が結びつき勇者を囲む牢獄を作り出す。
「でも、こんなただの氷程度で──」
「ならこいつでどうだ?」
当然のように呪氷の牢獄を粉砕した勇者に、大地を捲り上げるような氷河の波濤が直撃した。それは私の紛い物とは違う、本物の大氷結。冷徹な戦場を読む目が、不可避の一撃で勇者を呪氷へ封印する。
見れば分かる、魔法……いや精霊術による氷の極み。精霊すら凍てつかせる絶対零度。恐らくある種の不死殺し。即ち、
「二重の不死殺しだ。幾ら手前でも効くんじゃねえのか?!」
叫びと当時、振り上げる軌道で走る氷爪による蹴撃。勇者を妥当出来る数少ないタイミングに、合わせて私も愛剣を一閃。勇者の身体がある辺りでクロスするように、呪氷へ斬撃を叩き込んで────
「まだだァッ!」
覚醒。最後の墜星は、運命の勇者は止まらない。
氷爪が砕ける。光刃が割れる。分厚い呪氷の内側から発生した、蒼光・黄金・暗黒の3色入り混じった斬撃が反撃の刃として炸裂した。
熱感。そして宙に舞う2つの小さな物体。私の右腕前腕部と、セプテントリオさんの左足下腿部。全身からエネルギーの刃を発生させた勇者が、凍てつく嵐を切り裂いて蘇った。
「チィッ」
「だったらッ!」
切断面を凍結し、千切れ飛んだ右腕に噛み付いてスキルに収納。飛び散った自分の血に干渉し禁呪の魔法陣を無数に展開、勇者を包囲する。
凍てつき宙を舞う血染めの氷花は、銀灰のみならず青白や黄金すら取り込んで数を増大。100を超えた数を以って、獣の顎門のような花弁を勇者へ照準した。しかし、禁呪の引き金を引くは私に有らず。
「ぶっ放せ、アイン!」
遥か下方、地上にいる誰よりも頼れる相方の名を呼んだ。
「認識した!」
同時に、花の中心へ凝縮される膨大なエネルギー。次元の裂け目から間欠泉のように噴き出るエネルギーが、勇なる星を落とす為に収束されていく。
アインの干渉が確認できた時点で、私の手による術式と射出砲台のコントロールを完全放棄。その本領を発揮できるアインに……
「
エネルギー臨界、解放。
勇者を取り囲む全方位から、神をも穿つ光輝の柱が殺到した。
当然の如くその半数は回避され、既に3機の砲台が撃墜される。だが僅か3機、それ以降は撃墜数が伸びていかない。何故ならば、砲台の移動速度は雷速だ。ハボクックの能力で浮遊し、ペルケレの能力で加速した禁呪は止まらない。
「クハッ、そんな絆を見せつけられりゃ、俺も黙ってらんねえなァッ!」
そんな反撃に呼応して、恍惚とした笑みを浮かべながらセプテントリオさんも魔剣の出力を跳ね上げる。思いだけで誰もが覚醒出来るはずもなし、そんな理屈を蹴り飛ばして不条理がそこに顕現した。
セプテントリオさんに付き従うように5振りの氷刃が出現する。
1つは私の幻想と変わらぬ濃さを誇る銀灰色のレイピア。
1つは獣の牙を無数に取り付けた野生の気配を放つ
1つは命を刈り取る形と気配を放つ逆巻く銀河のような大鎌。
1つは勇者の幻想をそのまま閉じ込めたような蒼光の騎士剣。
1つは殆ど暴走しているような気配を放つ黒白の片刃剣。
それは全て、本物の幻想世界と遜色ない濃度の力に満ちていて。
「受け取って下さい!」
攻撃へ移る寸前、そんな声と共に私へ向けて大きな物体が飛来した。
「ッ、これって」
それは刃渡り2mを超える巨大な剣。十字架のような鍔と柄、無骨なボルトで留められた柄尻、そして何より特徴的な金色の刃は見間違えようもない。
絶滅剣ティタノマキア、獣人界最強アヒム・ロイス・ケラウノスの愛剣が私の手元に存在していた。意図は明白、アヒムさんの今戦闘からの完全離脱と、私に使えという以外に存在しない。
思いはここに受け取った、ならば躊躇う理由は何処にも有らず──
「
告げる宣誓、義手の内側に仕込まれた愛剣の基部にある6連装のリボルバー式弾倉が回転した。装填された弾丸の色は、寒気のするような青白色。最強が担う絶滅の幻想を、この一時だけ借り受ける。
「天地を揺らし、神をも喰らえ!」
禁呪のエネルギーが収束する。
「いい加減に、」
幻想の氷刃が加速を開始する。
「灰燼滅却!」
掲げた義手に、絶死の聖域が顕現する。
「だがそんな大火力、今の僕に当てられるとでも──」
「余を忘れてはおらぬか?
3方向からの必殺に、勇者はまるで時間が止まったかのように静止した。その原因は、言うまでもなく復活を果たしたリィン。握る聖剣から、放射状に広がる青い波動。いつか私が悪魔に、アインが八岐に使ったそれに触れた瞬間、勇者の全てが停滞する。
「主砲、照準完了しました」
加えて、更に1つ。
嵐に覆われた空を越え、天を覆うクリフォトの枝葉すら越えた先から。異様に輝く
「禁呪解放、《
「沈んじまいなァッ!」
「──
「
これを以って全身全霊、後先すらもう考えない最大火力。墜星・勇者という存在に、過剰極まる力が解き放たれた。
◇
……よって、墜星・勇者の敗北がここに確定する。
これまで幾度もまだ、まだだと繰り返してきた覚醒による限界突破も、力の総量に差があり過ぎて間に合わない。
そして実を言えば、現時点で既に勇者はアヤメとアインを資格ありと認めている。認めてしまっている。
勇者の原動力は2つの誓い。親友たちを救う資格ありと認めた時点で、勇者の出力はガタ落ちだ。誓いの片方が欠けたいま、数瞬前までの不条理は発現できない。
勇者の総身が砕けていく。
勇者の身体が消えていく。
光の中に溶けていく。
だけど。そう、だがしかし。
胸にはまだ1つ、何よりも大切な想いが残っている。命よりも大切だった娘との、
「大丈夫、僕はまだ戦える」
勇者は静かに、たった1つの思いを言葉にする。
「だって僕は、無敵の勇者なんだから」
こんな時こそ、雄々しく吼えて諦めない。
逆転してこそ勇者だからと。決意を胸に、一度きりの大暴走を開始する。
限界なんてない、現実だって踏み超える、そして最後は必ず勝つ。それが最後に、娘と親友に捧げる輝きだと確信して。
「
パキン
目が眩むような笑顔で全てを踏み越え、勇者が最後の覚醒を果たした。
◇
「武技ーー
──爆散。
考えるまでもなく、
理解不能、まるで意味が分からない。
あんな世界を砕くような現象の中で、如何して勇者が無傷でいられたのか理解出来ない。したくない。
「……はは、ここで終わりかぁ」
しかし、そんな私の予想に反して。
笑顔を浮かべたまま、勇者は動きを止めていた。
「剣が折れたら……うん、如何しようも無いや」
落ち着いてその姿を見れば、原因は明白。
勇者がその手に握る愛剣、人理剣アーメンテース。振り抜かれたそれが、刀身の半ばから折れていた。
考えてみれば当然の話だ。
恐らく、勇者は無限に覚醒できるのだろう。勇者の身体である聖剣もその限界突破についていけるのだろう。
だがその愛剣は、試作型魔剣:人理剣アーメンテースはただの魔剣だ。希少な素材をふんだんに使い、人外の巧みさで陣を刻んだだけの決戦兵装。ただの物質。
聖剣では、ない。
ならば必然、限界が存在する。
そんな当たり前の話だった。
恐らく決め手となったのは、アヒムさんが刻んだ一文字の斬撃。その後の戦闘による負荷が、その斬痕から魔剣全体を崩壊させた。
「終わ、り……?」
「うん、決着だよ。よくぞ僕を、墜星・勇者を打倒した」
鬼気迫るような覇気すら消え失せて、勇者の身体が人のそれに戻っていく。崩壊する人理剣の
勇者は完全にその戦意を喪失させて、穏やかな表情で死へ向かって急速に進み初めていた。全身が急速に結晶化し、剥がれ落ちるように崩壊が進んでいく。墜星の終わり。3度看取ってきた以上、それは見間違えようがない。
「勝者の証だ、プレゼントするよ」
呆然とする私に向けて、緩い軌道で勇者が折れた人理剣を投げ渡してきた。反射的に受け取り切断面を見るが、これなら打ち直し自体は出来なくもないだろう。
「チッ、終いか。勝ち逃げなんて詰まらねえマネしやがって」
「僕としても、もう一踏ん張りはしたかったんだけど流石にね」
「ケッ」
そんな態度の勇者に、不貞腐れたようにセプテントリオさんが告げる。命を削りあうような接戦が、突然終わってしまったのだ。だからその気持ちは、理解出来なくもない。
「だけど、ここが終わり? 馬鹿を言うなよボレアス・セプテントリオ。墜星を倒すことが終わりじゃない。僕らを斃してからが、全ての始まりだ」
崩壊のただ中にありながら、ハッキリとした言葉で勇者が告げる。まだ終わっていないと。ここからが本番なのだと。
「後の世界を、僕の親友を頼むよ」
それはつまり、私を神にするということが目的ではなかった……いや、目的の一部でしかなかったことを明言したと同義で。
「もうすぐ【
あまりにもあっさりと、勇者の全身に亀裂が走る。
「けどまあ、なんだ。僕を倒せたんだ、君たち5人がいればなんとかなるさ」
死者はこの世に存在し得ない。だというのに留まっていた、覚醒なんて道理を無視することを続けた代償とでも言うかの如く。そうして、砕ける寸前。
「僕も、やっとそっちにいくよ鈴華、愛理。久し振りに、2人の料理とか、食べたいなぁ……」
誰とも知れない相手に言葉を残して、勇者の身体は砕け散った。
その場に残ったのは、蒼く輝く光の球体のみ。それは吸い込まれるように私の義手へ、義手の内部にあるエターナルに吸い込まれて。
世界が、激震した。