幼銀の世界は崩れ去る/Qliphoth【01】
絶望の戦場がそこには広がっていた。
開拓を始めたばかりだった旧都サーマスは、全域がクリフォトの結晶枝に押し潰され消滅。
帰るべき場所があった獣人界の大陸艦隊は、シヤルフの部分こそ残っているものの半数が撃沈。
その中で唯一健在であると言えるユ=グ=エッダも、新たに連結している山脈のユニットを含めた至る所から炎と黒煙を吐き出している。ビフレストの虹が見える以上、上陸はされてないだろうが……それでも風向きは良くない。
《まずは数を減らす、話はそっからだ。いいな手前ら!》
レイ級が放つ黒色の怪光線がす降り頻る空を、光を纏った鋼の翼が駆け抜ける。時折り飛ぶセプテントリオさんの指示は明確にして的確。本来得意とする戦場に水を得た魚のように、いや、翼を得た鳥のようにその戦術眼は冴え渡っている。
「アヤメ、光槍ミサイルの状況はと疑問する!」
「使用不可能まで300秒! 代わりに光刃のブレードは回復します!」
だが、多勢に無勢とはよく言ったもの。
既に私たちの小隊だけで撃墜したレイ級の数は500を超え、地上を埋め尽くす下級の悪魔に関しても同様だ。その他の隊に関しても殆ど撃墜数は変わらない、或いは上回っている所すらあるのに。数が、数がまるで減らない。
空を見上げれば結晶樹が崩れる雨の中を《レイ級》と《メイジ級》が際限なく飛び回り。
地上を見れば《レッサー級》と《ソルジャー級》が突き刺さった結晶樹を上り大陸艦隊への上陸を試み、魔法を使える《ビースト級》は固定砲台として私たち戦闘機へ対空砲火を続けている。
1対100や1,000どころじゃない、恐らく万単位で相手にして漸く抵抗になるかどうか。概算でそれ程までに、戦力のバランスは崩壊していた。
針鼠のように砲火の柱を放つユ=グ=エッダや、辛うじて残っている王都シヤルフを含めた、半数の大陸艦隊を含めてもそれは変わらない。圧倒的な数を前に、私たちはでも足も出ていなかった。
『──、────! 通信解析完了! そこの戦闘機群、繋がったわね!?』
そうして戸惑っている間に、ユビキタス経由の通信が無理矢理ねじ込まれた。言葉はノイズ混じりで、恐らく知ってる人じゃなければアカネさんと分からないくらいに不安定。だが、
『その空域から退避しなさい! 巻き込まれるわよ!』
何を伝えたいのか、それは明白だった。
通信の向こうから聞こえて来たのは、悲鳴と計器が吐くエラーの音。そして、高出力で稼働する錬金炉心の駆動音とカウントダウン。
加えて視界に映る、左右舷1番艦が割れるように展開していくユ=グ=エッダの姿。高速で飛行しながらも、無数の魔法陣が積み重なった
「全員、ユ=グ=エッダ周辺から退避! 戦略級魔法が来ます!」
通信回線をフルオープンにして、
『全艦相対位置固定、固定アンカー投錨!』
瞬間、高速で航行していたユ=グ=エッダから半透明の巨大な錨が射出された。それは地面に深く深く突き刺さり、船の軌道を大きく歪め──
『軌道修正完了、大投射カウントダウン! 3、2、1──』
弧を描くように地面を下に艦隊後方を空へ向けて船が、全長10キロ、幅6キロ、高さ2〜3キロの構造物群が直立を始める。
そして、その先端。展開した
『戦略級破壊魔法《
ノイズ混じりの言葉が轟き、一条の黒が解き放たれた。
反動や音もなければ、塗り潰すような黒以外に光もない、射線上にある全てを飲み込む破滅の闇にして牢獄。それは金烏へ向けた時と違い完璧に作用した。
定規を使った線のように、幅数キロの暗黒天体が大陸をなぞっていく。黒色に直撃した悪魔も、大地も、緑も全て飲み込み圧縮して、その存在が無に返っていく。それだけに留まらず、私たちを含めた宙域にあるありとあらゆる総てを吸い込みながら、戦略級魔法は止まらない。
直立した艦隊が空で白波を切り悪魔を轢殺しながら、逆回しのようにまた回転。吐き出される破壊が移動を始めた。大地を抉り、悪魔を殺し、遂にはその影響は海洋にまで及び始める。
水が蒸発する、悪魔が圧縮される、地平線という限界を目指し、何処までもどこまでも暗黒天体が伸びていく。
『減速完了まで3秒と報告します!』
『砲身の焼け付きまで15秒ほどと報告します!』
『艦相対位置固定魔法の臨界まで僅かと警告します!』
『限界までぶん回すわよ! アンカー
直前までと180度の無理矢理な方向転換をしたユ=グ=エッダの船体が、僅かに艦首を上げた状態で完全に減速停止。そこから片舷側から魔法の炎を噴出させて、再び艦隊が旋回を開始する。
《クッ、ハハハハハ! 無茶な操艦をなさる嬢ちゃんだ、気に入った!》
結果なにが起きるかは言うまでもない。
戦略級魔法による薙ぎ払いだ。
きっかり15秒で1回転。破壊の嵐が過ぎ去った後に残ったのは、刻まれた惨々たる傷跡だけだった。
底が見通せない深さに抉れた谷となってしまった大陸。
消滅の余波を受けて大渦と波で悪魔を飲み込む大海。
そして、丸く円形に抉り取られた悪魔の満ちる大空。
使えば容易く地形を変える。
戦略級の魔法が、術式ごと封印され闇に葬られていた理由をまざまざと見せつけて──それでもなお、悪魔の群れに風穴を開けるには至らない。
『砲身の冷却を開始すると申告します』
『船体の破損率上昇、無茶な旋回のせいだと推察します』
『再投射可能まで10分は必要だと伝達します!」
一連の砲撃で消し飛ばした悪魔の数は、どれだけ低く見積もっても数百から数千万単位。多く見積もれば、億という単位に届くかもしれない。だが、足りない。まるで全然、火力が足りていない。
『チッ、もう通信が…………そこの所属不明機群! こちらからの支援は出来ないわ! でも着艦の許可は出しま────』
そして、これまで盤石であったはずの広域通信のシステムがダウンした。複数の魔剣ユビキタスを経由する、安全回線である筈の通信がだ。その異常に意識を向けたいが……
「これだけやって、稼げるのは数分程度ですか!」
そうは問屋が卸してくれない。レギオンβのセンサーが拾った情報に、思わず舌打ちした。
谷には生死を問わず悪魔を含んだ海水が流れ込み始め、海から陸への戦力の補充を開始。そもそも海の大荒れ自体、数の暴力による魔法行使で既に沈静化されてしまった。空に浮かんだ円形の破壊痕も、着実に修復が始まっている。
その異常極まる補充速度は、概算だが10分に届かず補填を完了させるだろう。あまりにも馬鹿げた物量差、これでまだ敵の最大戦力である《デストロイ級》が後方支援しかしていないのだから堪らない。
《こちら獣王ミーニャ! 大陸艦隊、王都シヤルフ応答して下さい!》
だからこそ、生まれた僅かな隙にミーニャ女王が呼びかけた。王都シヤルフに存在する獣人界の王城、そこさえ確保できれば聖剣モチヅキによる衛星砲撃が可能になる。その威力は既に証明済、連射こそ出来ないが手札が増える。
《ッ……!》
しかし、その呼び掛けに返答はなし。
ビフレストの虹霓に包まれてはいるものの、不足の事態が起きているらしい。街が燃えているのは確認出来るが、その原因は如何とも知り難い。
「セプテントリオさん、私たちを王城へ!」
「獣人界の王城への運搬を希望する!」
ならば、突入する以外の選択肢は存在しなかった。
戦略拠点として重要という点だけじゃない。あんな街だが一応生まれ育った街だし、これでも思い入れがないわけではないのだ。むざむざ失いたくない知り合いもいる。だから。
《あいよ、依頼主殿。だがこれで依頼は満了だ、以降は好きに動かせて貰うぜ?》
「構いません。どうせこの状況じゃ、下手に暴れることは出来ませんでしょうし」
《全く、荒くれ者の使い方を心得てやがんなぁ!》
「こちとら
上機嫌に笑うセプテントリオさんをBGMに、アインと目くばせをし何時でも脱出できる準備を整える。
旋回中に視線を向けて視た限り、既に王都という都市艦を守る結界は消失。だが王城を守るものは残っていた。下手に壊して侵入出来ない以上、直接突入ではなく地上から徒歩で侵入せざるを得ない。
よって、合理的な考えとしてレギオンβに乗ったまま神風スタイルで突撃する。地表スレスレを飛行して、城門までに存在するだろう敵を轢殺しながら王城へ帰還するのだ。
《おいおい、市民の英雄サマともあろう炎金の打ち手がいいのか? そんな悪虐非道を!》
「……なんとなく、ですけど。嫌な予感がするんです」
遂に自分たちの側へ落ちたかと、機嫌よく笑っていた声が止まる。恐らくセプテントリオさんも、似たような嫌な気配を感じ取っているのだろう。
勘という物は、案外バカにならないものだ。意識的には見落としている真実を、過去の経験や記憶が“何かある”と教えてくれている場合が多い。私はそれを、これまでの戦いで嫌というほど実感して来た。
「多分、何かあります」
それに第一、打ち明けたこの作戦にミーニャ女王、アヒムさん、リィンの誰も反対をしていないのだ。私とは違い、真に超一流の戦闘者が反論しない。ならば始めから、最悪に備えておいた方がいいに決まっている。
《……了解だ。手前ら、下手こいて落とされんじゃねえぞ!》
そうして、光に加え氷を纏った戦闘機が私たちの前に出た。間違いなくセプテントリオさんの乗機、どうやら先導してくれるらしい。加えて機体のレーダーが、ミーニャ女王、リィン、アヒムさんの乗機が菱形の編隊に加わったことを伝えてきた。
《それではどうも、我ら
そんな巫山戯きった言葉の直後、急降下の軌道で私たちは王都シヤルフへと突入を開始する。風を切り、翼から白い雲を引きながら、黒い悪魔を轢き裂いて。
「アイン、何か異常は?」
「特に見当たらないと否定する」
しかしそれも、ビフレストの展開する虹の内側へ入るまで。虹霓の輪を境に、はたと悪魔の襲撃が停止する。
見知った安全圏。見慣れた平和。
《ハッ、炎金の。お前さんの勘が大正解だったみてえだぞ》
そして、直後にその感覚が真実であったことは証明された。
王城へ向かう一本道の大通りの終点、未だ冒険者連中が戦闘を行なっている場所。そこに、存在する筈のない生物を見た。
「ビフレストの内部なのに、どうして……!?」
黒い表皮を持った奇形の人型。
触手を背負ったサソリの化物。
大型の獣のような生命体。
即ち《レッサー》《ソルジャー》《ビースト》級の悪魔達が、存在できない筈のビフレストの結界内で冒険者達と殺し合っていた。
「上空だと認識する!」
疑問に答えるアインの言葉に上を見て、そこに理解不能な生物を見た。
そこに居たのは、一言で言えば竜だろう。
燃え落ちたような漆黒の甲殻を身に纏い、深紅1色の双眸で眼下に城を収めて飛ぶ生物を。6翼を羽ばたかせ、6足を蠢かし、節くれだった身体を持った数十メートルサイズのドラゴン。
普通ならばそれで終わり。だが反射で飛ばした鑑定スキルというシステムが、その正体を明確に示していた。
================================
悪魔[??????]
ーERRORー
システム対象外の生命体です
================================
鑑定不能。及び明確な悪魔という認定。
だけど私は、このドラゴンのような悪魔を知らなかった。どんな生命体で、どんな特徴を持っているか。完全不明。未確認。未知。初めて見る悪魔が、そこには存在していた。
『アヤメさん!』
『アヤメよ!』
「分かりません、あんな悪魔見たことありません!」
だから意見を求められても、普段のようには返せない。未知との遭遇に、好奇心と危機感が絡まり合って高まっていく。
強いて言えば、玉兎の記憶で見た悪魔の王。『獣』と呼ばれていた生命体、あれが一番近い。頭部も首も1つずつ、頭に角こそ持っておらず、呪いの気配も感じられない。
《残念ながら、俺も初めて見る獲物だ。大将はどうよ?》
『……こちらも同じくだ』
そして、セプテントリオさんとアヒムさんにも心当たりはないらしい。戦後育ちでもダメ、戦争帰りでもダメ、となればやはり完全に未知の存在と思った方が良さそうだ。
「当方は、どこかで見たことがあると否定する」
そう思っていた矢先、何かを思い出そうとしながらアインが呟いた。
「本当ですか?」
「肯定する。だが、刃を交えた訳ではない。つい最近、何処かで情報のみを認識した……筈だ。それも、間違いなくアヤメの隣でそれを見ていた」
通称『獣』と間違えているのか、なんて野暮なことは聞かない。そんな意味もない嘘をアインは言わないから。ならば、ならばと思考を巡らせて──────天啓のように、記憶が蘇った。
「思い、出した」
それは、地球の新聞から帰還の方法を探していた時。地球における悪魔侵攻の末期戦を報道していた記事。
◇
あと、アメリカ大陸とかいう場所で、悪魔を殲滅するために自国内で複数の核爆弾を起爆したらしい。結果、確認出来ていた《デストロイ級》の半数を道連れに、2度と足を踏み入れることのできない不毛の地になったとか。未確定な情報だけど、小さなドラゴンの群れもそこにはいたらしい。
◇
正しく目の前の生物を示すに相応しい言葉だ。
その他の情報に押し流されるようにして、ほんの僅かに存在していた記事。詳しい内容は殆ど覚えていないけど、そんか内容の新聞記事があったことは覚えている。確か、地球式の識別名は──
「type:Dragon、確か記事ではそんな名前だったような」
だがそれでも【悪魔】は【悪魔】でしかない筈だ。“悪魔を殺す”という明確な能力を持った試作型魔剣の領域内で、生存が赦される筈がない。
ならば、何故?
《突入中止だ! 総員散開、ブレスが来るぞ!》
思考を断ちきるような急旋回。アインの操舵で直進ルートを外れ、菱形の編隊を組んでいた私たちがバラバラになる。
直後、王都の大通りへ
燃えていく、私の育った街が。
燃えていく、私の生まれた街が。
燃えていく、燃えていく、燃えていく。
黒い炎が、人の築いた文明を呑み込んでいく。呑み込んでいく……?
「……まさか」
自分でしておいて不思議な、炎というモノに不自然な表現。だがそう感じ取ったのは事実であり、だからこそ。全ての不自然に筋道をつける答えに辿り着いた。
「突入は延期! アイン、1発軽く
「認識した! Fox One!」
それ以上の言葉は不要。チャージの終わっていた光槍によるミサイル弾が、アインのホーミングにより銀灰色に染まりながら飛翔する。
直撃コース。当たれば墜星にすら手傷を負わし得るそれは、稲妻のようにtype:Dragonと思しき悪魔に飛翔して────黒い炎が、銀灰色のミサイルを呑み込んだ。ミサイルの反応はそこでロスト、だがこれで全てが確定した。
「あのドラゴンっぽい悪魔は《幻想世界》持ちです! どんな世界かすら分からない残滓ですけど、間違いなく!」
試作型魔剣の生み出す悪魔が死滅する領域で生存を成し、私たちの幻想世界を焼き尽くす。そんな真似が出来るのは、
よりにもよって、そんな気持ちは拭えないが事実は事実だ。どうしようもない。群れと呼べるほどの数がいるだろうことが、たとえ既に示されていたとしても。
『ありがとうございます』
そんな私の言葉に、静かにミーニャ女王は頷いて。
『この時より、竜型悪魔を《ドラコー級》と命名! 最優先撃破目標と認定します!』
全員が癒えぬ傷を抱えたまま、新たな戦端が開かれた。