銀灰の神楽   作:銀鈴

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幼銀の世界は崩れ去る/Qliphoth【02】

 戦況は悪い。

 それはビフレストによる結界に区切られた艦外だけではなく、私たちが飛ぶ王都シヤルフでも変わらない。

 王城の門には100体には届かない数だが悪魔が群がっており、Ⅰ型魔剣で武装した冒険者が応戦中。この時点で獣王国の正規軍は全滅か、壊滅に近い被害を受けていることが明白だ。

 そして新たに《ドラコー級》と命名された、頭から尻尾の先までを含め20mほどの竜型悪魔。私たちの駆る戦闘機(レギオンβ)と比較しても巨大なコイツが、目下最大の難関になる。

 

《で、どうするよ獣王サマ。こっちのまともな戦力は、アンタと魔王しかいねえ訳だが》

 

 何せ相手は、残滓としか呼べないモノであろうと幻想世界を展開しているのだ。

 畢竟、対抗できるのは同種同格の力だけ。幻想世界、試作型魔剣、或いはそれすら押し切れる技量のみとなる。

 だが私とアインの世界は迂闊に広げれば、あらゆるモノに悪影響を及ぼすからアウト。

 アヒムさんは動けず絶滅剣自体がまだ私の手の中にあるためアウト。

 試作型魔剣を持つセプテントリオさんは可能性があるが、先程までの勇者戦と違い幻想世界の残滓が使えない。

 レギオンβの担い手になった人物の手は、そもそも幻想世界なんて劇薬に対抗できる設計をしていないのでアウト。

 

 よって動けるのはミーニャ女王とリィンだけになる。

 

 だがミーニャ女王は片腕切断からの回復中であり、リィンも全身の傷を治療中で万全には程遠い。マトモな見知から判断すれば、未知の相手に対して戦闘を行なっていい状況ではない。

 

『どうするもこうするもありません』

 

 ──普通ならば。

 呆れたような言葉と共に、隣を飛ぶ戦闘機(レギオンβ)のキャノピーが弾け飛んだ。爆発するように外れ後方へ流れてゆくのは、緊急脱出の前段階。

 まさか、という半ば確信に似た直感の通り、圧倒的な闘気が吹き荒れた。その発生源は操縦席の後部から立ち上がった1つの影。

 白い糸に包まれた右腕をぶらんと下げ、利き腕ではない左腕に獣王剣を握った姿。仮にも女性のしてはいけない笑顔を浮かべたその姿は、正しく戦闘準備が完了したことを示していた。

 

「悪魔である以上、殺すだけです」

 

 通信越しではない肉声が届き、その姿が掻き消えた。

 悪魔に向かって飛び込んだと気付いたのは、蹴りの反動で墜落した戦闘機(レギオンβ)が地上へ突き刺さったことに気付いてから。いつもと変わらない、目にも映らない限界速…………いや、物理限界を破ることが出来ていない。

 

██(ナッ)!?」

 

 相変わらず、なぜが聞こえる悪魔の声。それが驚愕の音を溢して、それが《ドラコー級》の末期の言葉となった。

 確かに、物理限界という枷に囚われたミーニャ女王は本調子ではない。利き腕ではなく左腕のみで振るう剣も全力ではない。だが、だとしてもだ。

 

「少し、硬いですね。ですが!」

 

 大前提として、そもそも物理現象の限界に至っていることが異常なのだ。墜星のような極限の先にいたような相手ならともかく、たかだか悪魔程度に遅れなど取ろう筈もなかった。

 

 必然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一撃必殺、その言葉に偽りはなし。手負いの獣こそ最も警戒すべき、そんな言葉が脳裏をよぎった。

 

「あの勇者と比べれば、大したことありません」

 

 鮮血のシャワーを浴びながら、ミーニャ女王が地上へ墜落もかくやという勢いで飛び込んだ。

 目標は未だ城門にたむろする有象無象の悪魔達。《ドラコー級》を失ったからか、あるいは幻想世界による加護が消え失せたからか。虹霓の光を浴びて衰えた悪魔が、獣の王に刈り取られていく。それこそまるで、雑草をむしり取るような気楽さで。

 

《ヒュー、おっかねえ女王(ひと)だこと》

 

 その一方的な蹂躙劇にセプテントリオさんが軽口を飛ばしているが、逆に事態の深刻さはこれで明らかになった。

 何せ魔剣を握ったミーニャ女王は、物理の限界をひた走る怪物だ。だというのに魔剣を振り抜いた直後、手応えを感じたと言っていた。つまり最低でも、同等クラスの力がなければ《ドラコー級》に刃は通らない。

 

「通りで。正規軍が壊滅する訳です」

 

 冒険者はともかく、私の記憶にある限り獣人界の正規軍に己の限界に至った者(レベルシステムカンスト)はほぼいなかった。僅かにいた戦争帰りの(そういう)人たちは、数少ないⅡ型魔剣の保有者だ。生き残りは、恐らくそこだけだろう。

 

「……探知を完了したと報告する。貧民窟(スラム)には反応多数、だが王都近辺の生命反応は、門前の冒険者のみだ」

 

 そんな私の予感を裏付けるように、アインが静かに結果を告げた。貧民窟(じもと)の心配はしていなかったが、街への被害が予想以上に大きい。後は王城内にどれだけ残っているか、そんな規模の話になってしまっていた。

 

『そうか……我々の国は、滅んだのか』

 

 重苦しい言葉と頷き。だが、アヒムさんの言っていることは真実だった。ただでさえ消えかけていた獣人界──獣王国シヤルフは、これで1000年近い歴史に完全に幕を下ろした。

 領土もなく、領民もいない、王と僅かな騎士、逞しい貧民窟(スラム)の連中だけが残った国。そんなもの、終わりという言葉以外でどう表せようか。

 

 そしてその原因は、あの竜のような悪魔である《ドラコー級》に他ならない。

 

「アイン、あの悪魔を解剖します。まだ新鮮なうちに」

「認識した」

 

 これでもここは私の生まれ育った国と都市だ。少しだけ、ほんの少しだけだが腹が立つ。こんなことになるなら私が直接……いいや、やっぱりなんでもない。

 やるせない気持ちを振り切って、アインと一緒に戦闘機(レギオンβ)から緊急脱出。射出された操縦席シートがパラシュートを開くより早く、空を蹴って悪魔の死骸に飛んだ。

 

「変装はいいのかと疑問する!」

 

 アインの言葉に、静かに首を縦に振る。

 私をアヤメ・キリノからアヤ・T・カンザキに帰る魔法のペンダント。それはとうに勇者との戦いで壊れている。再起動が出来ないことも、修復出来ないクラスの破損であることも確認済み。ならばもう割り切ってしまう他ない。

 

「流石に今の私でも、アレは短時間じゃ作れません!」

 

 言いながら落下していく20mの巨体に到達、聖剣で自分の運動力を制御して着地。まだ暖かい鱗に左の義手を押し付け、Ⅱ型魔剣ハボクックの能力を起動した。

 

「それに今は、」

 

 この未知の幻想世界という、玉兎戦で思い知った危険物の処理が最優先だ。

 《ドラコー級》という悪魔が持っていた理不尽の根源、消えかけながらも未だそこに然りと存在する魔法。未知の幻想世界の残滓を凍結、コントロールを奪取にかかる。

 本家本元とは違い、ルンペルシュテルツヒェンによるブースト前提の、勇者の幻想世界による後押しもない力技も力技。このままでは攻撃に転用することも、分析の為に保存することも出来ないだろう。

 

「これを剣として打ち直す方が先です」

 

 しかしそれを解決する手段は、ずっと前から知っている。

 八岐のアマノムラクモや玉兎のモチヅキを始めとした聖剣。そしてセプテントリオさんのハボクックを始めとした高位の魔剣。“幻想世界を封じ込めた剣”と言って差し支えないそれらと、“実際に幻想世界を簒奪した技”を私は知っていて。誰よりも近くで見てきたから。

 

「認識した。だが──」

「皆まで言わないで下さい」

 

 過剰回転する思考回路。ユビキタスのバックアップがあって尚、鼻血が流れるような高速思考の中で、新たな剣を描いていく。消え去りかけている幻想の残滓を、固着させる(かたち)を紡いでいく。

 

「ここで鍛冶師(ほんしょく)の本懐を果たさずして何としますか!」

 

 受け継いだ技術と想い、その本領を発揮するなら今しかない。

 悪魔の身体から、黒く揺らめく霧のような剣状の何かを摘出。それを物理的にも氷結させながら、私の愛剣(エターナル)のように鋼の外殻で包み込む。

 

 幻想氷結、及び鋼殻による封印措置を実行。

 

 暴れ馬のような機械剣に銘を打ち込み、魔法ではなく物質として固着させる……と、言いたかったが、どうやらそう上手くは運んでくれないらしい。

 ぶわりと、握る剣から黒く揺らめく霧が噴出する。それは制御も封印も突破してきた幻想世界の断片。未知なる幻想。悪魔の死骸と共に落下する私を、噴出する闇が包み込んで────瞬間、私の意識は断絶した。

 

 

 まず最初に感じたのは飢えと渇き。

 そして終わることなき無限の殺し合い。

 ああ、足りない。足りない。何もかもが不足している。

 そんなこの悪魔のみならず、恐らく全ての悪魔が抱いている原風景。

 

 気が付けば私は、そんな世界を見下ろしていた。

 

「ここ、は」

 

 思わず言葉が溢れたが、理由から結果まで大凡の予測はつく。

 これまで私が魔剣を回収していた際に見ていた夢、或いは玉兎との戦いで見た過去。アレらと理屈は変わらない。

 強い思い。今回であれば幻想世界という、思念の極致に触れて引き摺り込まれた。

 

「──悪魔の世界、ですか」

 

 見えるものは僅か2つ。

 赤い、赤い血のような空。

 黒い、黒い汚泥のように世界に満ちる悪魔の群れ。

 それだけだ。

 

 この世界には、緑や青どころか、水や大地すら満足に存在していない。

 一目でそれを……この世界が、最早続くことのない“終わった”世界だということを理解させられた。

 

 だが何よりも悲惨なのは、そんな世界に【悪魔】が存在すること。

 正確に言うのであれば、地平線を埋め尽くしてなお有り余り、空を覆ってなお増殖を重ねる彼らが存在することだろう。

 

 下は《レッサー級》から上は《デストロイ級》まで。否、この群勢はそれだけに止まらない。私たちが一切知らない巨人型や樹木型、怪鳥のような姿もあれば、海月のような未知の種も存在している。

 ()()()()()()()()()殺し合い、喰らい、糧としながら上へ上へと歩みを止めていない。

 

 その癖、その進歩はイヤに効率的で排他的だった。

 

 下級の悪魔を喰らっても得られる力が少ないのだろう。同階級の悪魔でのみ殺し合いながら、下級の悪魔が自分たちの領域に踏み入れた途端に新芽を積むように喰らい潰している。

 進化の流れに乗れない悪魔は一度躓けば排除され、ある程度育ったところでまた餌として摘み取られる。

 他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。

 刹那の到達を求めて、次代が排除される負のスパイラル。

 

 前へ、前へ、前へ、前へ、歯車のように止まらずに。無限に時を刻みながら、凡ゆるモノを消費して進み続ける異形の世界。まるでそれは、血を吐きながら続ける悲しいマラソンのようで。

 

「これが、人類が果てる可能性の1つ……」

 

 だけどその在り方には、地球人類や私たちの世界の人類と重なる部分があるのもまた事実だった。

 “個”の強さで成り立っている私たちの世界はまだ類時点が少ないが、文献を見た限り“群”として強かった地球人類は悪魔とよく似ている。曰く99%の遺伝子が同一という話もあったが、さもありなんというやつだ。

 

 だが私たちとて、悪魔を否定しきることは出来ない。

 悪魔が人型から異形に変わっているのは、人型なんて自然界においては不都合極まりない形だから。

 有性生殖ではなく単為生殖に変わっており、成長速度が異常なことも、多分その方が大量生産が易いと判断されたから。

 同族から弱者を生み虐げながらも前進するのは、その方が効率的に精神の安定を保てるから。悪魔に保つべし精神があるのかは分からないが。

 

 そして穿った見方をすれば、

 1つ目は私やアインなどが義体を着けていることと。

 2つ目は絶滅しているが一部の特殊な魔族の生態と。

 3つ目は私やアインが陥れられた人身御供の状況と。

 さして、大きな違いは存在しない。

 

 それでも私たちの世界がここまで来れたのは、そんな在り方だけが存在する世界ではなかったから。多様な形態の生き方が許されていて、共存していたから。

 だからこそ政治や管理には疎い私でも理解できる。単一の在り方しか認められないこの世界に、未来はきっとない。例えるならば、剪定される直前の枯れた枝、或いは行き詰まりの袋小路か。

 

「でも、だからこそ」

 

 悪魔は次元を越えてまで、別の世界に攻め入るのだろう。

 足りないから。飢えているから。消費できるものがないから。

 そうまでして進み続ける理由は、私には分からない。もしかしたら悪魔に成り果てた彼らでさえ分からないのかも知れない。何を話しているのか言葉は理解できるけれど、そこから知性や理性を感じ取れたことはないし。

 

 だが、そうであろうという確信だけは胸にある。

 

 数多の魔剣を見て、

 異なる世界を旅して、

 無数の幻想世界に触れて、 

 少しだけ増えた知識と経験が、目の前のコレ(悪魔)はそういった生物だと判断を下していた。なればこそ、

 

「この幻想に、世界に付ける(銘打つ)(なまえ)は──」

 

 行き過ぎた人類の果て。

 剪定される世界から世界へと界を渡る生命体群。

 効率を最優先とし弱者を淘汰し未来を生贄とする形。

 貪欲に未知を分解し、呑み込み、吸収・進化する性質。

 大量生産/消費/廃棄のサイクルで進み続ける世界法則。

 

 

「──創造、轢新剣ステイルメイト」

 

 幻想世界『轢新(れきしん)

 新たな果てを目指して凡ゆる総てを()き潰し、(わだち)としながら未知へと突き進む()世界。

 そういうモノだと、あちら(悪魔)側からこちら(幻想)側に定義して。既に形成されていたモノから、魔剣という力へ創造し直した。

 

 闇を祓って、振り抜いたのは小ぶりな機械剣。

 

 真を知り、形を識り、理を解すれば、幽霊であろうと枯れ尾花と変わらない。そんな古式ゆかしき魔封じの儀式をベースとして、私が打った3振り目の試作型魔剣。

 ミスリル色に輝く結晶を剥き出しに、翳りを見せない獰猛さを放つ剣が手の内で脈動していた。

 

「今のは!?」

「変則的に魔剣を打っただけです! あとはコイツを減速して降ろせば、私たちのやることは終わります!」

 

 アインの焦り方や現在の高度からして、実際の経過時間は数秒程度だろうか。嬉しい誤算で、体感時間と経過時間がズレている。金烏の記憶に潜り込んだ時と同じように。

 

「認識した、だが……」

 

 苦しい表情のアインが暗に示す通り、恐らく悠長に解剖などをしている時間はない。何せこの場は、未だどうしようもない終末の最前線。そのうえ《ドラコー級》という存在によって、ビフレストの結界という絶対の安全圏すら破却された場所なのだから。

 

《楽しくやってるところ悪いが増援だぜ、依頼主殿》

 

 故に当然、こういうことも起こり得る。

 セプテントリオさんの言葉に顔を上げれば、無数の悪魔が戦域を問わずに侵入を始めていた。《ドラコー級》を先頭にビフレストの結界を抜け、崩壊が更に進んだシヤルフ自体の結界を破壊して、その勢いは止まらない。

 

「依頼は満了しました。ですが最後に1つだけ!」

 

 本来ならばもう、私の言葉をセプテントリオさんが聞く必要はない。だが1旋回分、そのための時間を作ってくれた。

 

「獣王国の艦隊は、王都以外見捨てていいです。防衛の維持が出来ません!」

 

 残った全戦力を集めたとして、恐らくユ=グ=エッダとそちらに合流した艦以外を守ることは不可能だ。悪魔の世界を、轢新の幻想を目の当たりにした今だから言える。

 

『アヤメさん、それは!』

「無理なんですよ、正攻法で抵抗するのなんて」

 

 ユビキタスの方から通信に割り込んできたミーニャ女王に反論する。こちらの世界に溢れ出してきた【悪魔】はこれでまだごく僅か。あの世界におけるほんの1部分でしかないのだ。

 

 数千万?

 数千億?

 数千兆?

 

 それではまだ桁が足りていない。

 

「悪魔の総数は京や垓は余裕で超えていました。ユ=グ=エッダとこの艦を守り切れるかすら怪しいです」

 

 そしてその数の悪魔が、単為生殖で増殖しながら更なる進化へと突き進み続けている。探知の魔法は振り切れて役に立たなかったが、振り切れた時点の範囲から察するに那由多にまで単位が届く。

 

『何を見たんですか』

「悪魔が宿していた幻想と、その心象風景を」  

『その情報に確証は』

「私の打った魔剣に触れてくれれば、必ず」

 

 続く数秒間の沈黙。その間に切断された頭部を含め《ドラコー級》を着地させる。様々なお店が広がっていた筈の、今は全てが薙ぎ倒された廃墟の上に。

 

『……やはり、個の力ではどうにもなりませんか』

 

 そうして、無数の悪魔が押し寄せる中で。覚悟を決めたようにミーニャ女王が告げた。

 

『魔王リィン・M(メディウム)D(ドラッヘ)・ラーグルフリョゥトリムルン!

 亡国の王として、我々獣人界は魔界との合流を望みます!』

『認識した! 余の名に於いて、戦友として双方の国の併合を望もう!』

 

 無限に蠢く闇の群勢、悪魔の轢新は止まらない。

 しかしそれに対抗するように、少しずつ、ほんの少しずつ。世界も変わり始めていた。

 




アヤメ   残り12日
アイン   残り20日
残存正規兵 約1,300人
残存人口  約150万人

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