アヤメが新たな魔剣を創造し、国の併合が決まった少し後。
空を翔ける《ドラコー級》を斬首し、城門前の悪魔も駆除して帰還した自らの居城。そこには、どうしようもない地獄が広がっていた。
城門をくくった途端目に入るのは、敷き詰められた簡易的なシートの上に横たわる無数の人々。その間を駆け回る、負傷の度合いが低い冒険者達。
「そんな……」
そこに立ち込めるのは、獣人でなくとも分かるであろう濃い血の臭い。そして、それと同数の死臭。まるで戦争時に嫌というほど見た、劣悪な野戦病院のような光景がそこには広がっていた。
何が起きたかなんて、語るまでもない。目の前に広がる無惨な状況と、自らが出撃前に配置していた精霊が全滅していることから明らかだ。
常駐していた戦力と城という構造の分マシだっただけで、さして外の街と変わらない。金烏による傷跡の修復すらままならなかった王城も、襲撃され戦場となっていた。
「誰か、誰か居ないのですか。応答を! 応答を!」
管制室へと向かいつつミーニャが通信に呼びかけるも、一切の返答は返ってこない。当然だ。何せつい数瞬前に通り抜けた広間にも、今走る通路にも、夥しいほどの血と人だか悪魔だかも知れない、生物の残骸が散らばっている。
その中には、自分自身が登用した若者の顔があった。かつて戦場を共に駆け抜けた戦友の顔があった。この国の正規装備の残骸があった。砕け散った精霊の残滓があった。
万全の準備はした。
戦力も可能な限り再配置した。
自らの出撃自体、帰還までに1時間と経っていない。
しかしそんな自分の采配の結果、正規軍は推定全滅し、精霊も数多く消滅、挙句国がもう後戻りの出来ない域で崩壊した。
最善が容易く最悪に食い破られる、懐かしい懐かしい
正しく、地獄のような光景がそこにはあった。
「──ッ!」
片手間に残っている悪魔を蹴散らし進み、管制室前。そこに到達し、ミーニャは絶句する。
そこにあったのは、文字通り自分自身の身体すら素材にしたバリケード。どうしようもない激戦の痕跡を残し、錆臭さと煤けた静謐だけが満ちる空間がそこにはあった。
魔法による探知でも、五感による知覚でも、誰1人としてもここに生者は残っていない。
「……全滅、です、か」
言葉にして強まった寒気を振り切り、守る者が居なくなったバリケードを乗り越えて。内側から焼け焦げた跡の残る管制室の扉を開け放った。
瞬間、ぶわりと押し寄せる熱気。
かつて管制室と呼ばれていた玉座の間には、黒く炭化した人型の何かしか残っていなかった。
幸いなのは、艦外を映す映像システムを始めとする運航システムの大半が、ノイズを走らせながらも生きていること。本当にそれくらいしか、良かったと言える点は残っていない。
「──まずは、システムの復旧ですね」
だがあくまでそこは地獄を生き抜いた戦争帰り。
深呼吸を一つ。それで感傷を心ごと切り離し、切り替えるくらいは問題ない。そうしなければ、戦場では生きていられなかったが故に。
触れれば崩れる人型の炭を可能な限り崩さず丁重に横たえて、稼働が止まっていたシステムを再起動させていく。
「通信システム──オンライン。
火器管制系統──復旧完了。
艦隊連携は──もう無事な艦は、ここだけですか」
1つ1つ、止まっていた歯車が動き出すように。鋼の方舟が息を吹き返す。独りに戻った獣の王の手によって。
悲しみに冷え切ったことで穏やかに反転した言葉が、通信に乗って広がっていく。
「第一、第二、第三シールド──復旧完了。
自動迎撃システムは──かなり数が減ってます、あまり期待はしないで下さい」
アヤメとアインから上がってくる《ドラコー級》の情報を魔王国側の通信システムにも共有しつつ、轟沈が確認された他艦から登録を抹消。限りあるリソースを、可能な限りシヤルフへ使えるようシステムを最適化していく。
「レーダー探知システム、復、旧……ッ!?」
そうして最後に復旧したレーダーに、悪魔の存在を示す赤い光点が生まれた。1つ、2つ、4つ、16、256……加速度的に増えていくその数は、探知範囲を赤く染め上げてもなお止まらない。
《誰か助け──ぎっ》
《畜生、どうしてコイツらは死なないんだよ!》
《おい、こいつにも、こいつに回復魔法使ってくれよ。さっきから眠ってて、動かないんだ》
《正気になってください! いくら魔剣使いでも、首を飛ばされたら、もう手遅れなんですよッ!》
開放された通信から飛び込んでくるのは、手の施しようがないほど崩壊した戦線からの言葉。その全てにもう、どうしようもない程の絶望が満ちていた。
《こんな時に限って、どうしてうちの王様は!》
《違う、もう戻ってきててこれなんだよ》
《嘘だろおい……》
未だ船として自由に動けているのは、ユ=グ=エッダとこのシヤルフだけ。それにしても船は双方満身創痍で、死神の鎌は喉元にまで迫っている。加えて頼みの綱である自分を含めた最高戦力は、勇者との戦いにより消耗が激しい状態。
「こんなの、どうすればいいんですか……」
救いを求める声に、答える誰かは何処にもいない。
獣の王が独白は、煤けた玉座に吸い込まれていった。
◇
そして、地獄の戦線であることは魔界でも変わらない。
アヤメ達が勇者を撃破した直後、ダム決壊したように降り注いだ悪魔の軍勢により、こちらも甚大な被害を負っていた。
だが獣人界よりもマシな被害で済んでいるのは、魔界には3つほど有利な点が揃っていたから。
1つはそもそも住民の大半が、
2つは優秀な司令官とその命令を伝えるネットワークが整っていたこと。
そして最後に、僅か3と2振りだがⅡ型と試作型の使い手がかつての戦争時と変わらぬ練度を保っていたこと。
『市民の撤退は私が! だから貴方達は、好きなように暴れなさい!』
蟻型の魔剣機体を複製して群れと成し、生物には耐えられない域の痛覚倍化と、ネットワーク形成機能を持つⅡ型魔剣ユビキタス。及び担い手であるアカネ。
『各艦、各方面への部隊展開を完了。迎撃戦を開始したと報告します』
本体が無事な限り、無限に機械文明の粋たる多脚戦車を展開、及び悪魔に対し強烈な弱体化を科す有象無双レギオンα。及び担い手であるイトナミ。
「しかし本当に、ビフレストを超えてくる悪魔が出てくるとはねぇ」
15m級の蟷螂の機体を持ち、次元を切断することにより絶対切断と絶対防御、極限域の隠遁能力という矛盾の塊のような能力を実現したⅡ型魔剣メメントモリ。及び担い手であるスマイヤー。
「全く、こっちの最大戦力がいない時に限って」
50m級の蜘蛛の機体を持ち、自己進化・自己再生・自己分割という能力により、無限の手札を持つⅡ型魔剣アトラク・ナチャ。及び担い手であるタツミヤ。
加えて治癒能力の底上げと、領域内への悪魔の侵入禁止及び即死能力を持つ護虹剣ビフレスト。
『守るわよ、うちの王様たちが戻ってくるまで!』
以上5振りと担い手による、最盛期には遠く及ばずとも万全以上に万全な最強の布陣。ユビキタスネットワークを通じ下された開戦の号令に応じ、ユ=グ=エッダという艦隊ごとそれは火を吹いた。
元よりこの9つの都市航空艦からなる艦隊は、大陸艦隊と違い戦時中に建造された戦艦だ。主砲を取り戻し、武装を再建させた今、その戦力は大陸艦隊とは比較にならない。
だがそれと、今の悪魔に対抗できるかという話は別の話だ。
『ッ、通信特化個体をまた!』
悪魔だって元は人間。殆どの個体において知性は退化しているが、知性があった事実は変わらない。
覚えて、適応して、慣れる。
人類の最大の特徴であり、悪魔の最悪の特徴が牙を剥く。
ユビキタスを起点としてネットワークが形成されることを見抜き、その要である通信に特化した個体を狙うことも、クリフォトによる封印が解かれた今となっては造作もない。
『竜型が厄介だね。僕かスマイヤーじゃないと、そもそも刃が通らない』
加えて、後に《ドラコー級》と命名される新個体。
そのうえ、敵の数は無限に近い。
終わりの見えない永遠の闘争が続いて行く。
どれだけレギオンαの砲撃が雑兵を撃ち落としても
どれたけユビキタスの能力で発狂させねも
どれだけメメントモリがドラコー級の首を落としても
どれだけアトラク・ナチャが防御陣地を組みつつ首を狙っても
どれたけビフレストが虹色の告死をばら撒いても
或いは、無茶な軌道を描きながら戦略級魔法による薙ぎ払いを敢行しても────
そう、数が減らず、迎撃が終わらないのだ。
個々人の力量ではこちらが上回っている。戦力だって頭数は十分とは言わずとも足りている。《ドラコー級》を除いて、今のところ苦戦するような個体は出現していない。墜星の討伐へと向かっていた、獣王・魔王を始めとした最高戦力も帰還した。
だというのに。
『ここまでやって、押されるなんて……』
戦況は、明確に人類側が押されていた。
戦いは数だよ兄貴とは、何処で聞いた言葉だったか。高速で共有・分割処理される情報の奔流の中、言葉が泡のように浮かんできた。朧げに両親の話していたそんな記憶を思い返しつつ、戦場を支配するアカネは舌打ちする。
『確かにこれは【
艦隊の奥深く、ユビキタスの本体と合一したまま独りごちる。
ほぼ全てのメモリーが破損しているせいで朧げだが、これではかつての英雄戦争末期と何も変わらない。
即ち『七英雄が殲滅による勝利を諦め』『試作型魔剣の8/15を砕き』『当時人類の半数以上を死に至らしめ』『自分たち
最善は尽くしている。
最高をキープしている。
最良の選択も続けている。
なのにどうして、どうして何も変えられない。
『はぁ……』
際限なく炸裂する秘呪が逆巻く銀河。
空から降り落ちる星の聖剣が放つ極大砲撃。
本来の担い手とは違うが、変わらず輝く絶死の極大斬撃。
いつの間にか増えていたレギオンαと同型てあろう戦闘機群。
あれほど頼もしく/恐ろしく思えたそんな輝きでさえ、太陽に水を掛けて消化しようとする無謀にしか見えない。
『……“私”が死ぬのはこれで3回目か。案外、慣れてしまうものね』
更に、更に、更にと問題が溢れ出て止まらない。
局所的に見ても大局的に見ても敗北は必至。後はもう、いつ自分たちが折れるかというだけの話になってしまっていた。
◇
そう、当たり前に今の世界は悪魔を押し返せない。
考えてみても欲しい。
“次元を斬る”とまでは言わずとも、世界程度なら両断できる技巧者はごまんといた人族。
“物理限界をぶち破る者”はほぼ居らずとも、物理限界に至った到達者は無数にいた獣人族。
“幻想世界を展開できる者”は片手で数える程度でも、それを破れる術者は数多くいた魔族。
そんな超越者達が無数におり、結束し、そもそも人口面でも現代の数百から数千倍は存在していた旧世界。そんな時代であってなお、悪魔に勝利するこを諦め『獣』という首魁の暗殺へと走ったのだ。
旧時代より何もかもが劣る現在では、勝負の土俵にすら立つことが出来ない。
“
だからこそ。
「さて。6年ぶりの復帰戦だけど剣は鈍ってないよね?」
「何を今更。そっちこそ、魔法の腕は錆びてないよな」
「もっちろん」
それは、機械仕掛けの神のように。
遥かな天空から舞い降りた。
「ッ!? この魔力、嘘でしょう!?」
最も早くその到来に気がついたのは、打ちひしがれていた獣の王。魔剣により限界以上に研ぎ澄まされた感覚が、存在する筈のない力を感じ取る。
『通信介入? こんな時に、一体誰、が──ッ!?』
次に知覚したのは、戦場の通信を管理していたユビキタス。遥か上空、悪魔の空すら超えた天空から行われた通信介入、そして追加された識別コードに瞠目する。
「…………………………うそ」
最後に存在を認識したのは、アイン、リィンと背中合わせになり絶滅剣を振るっていたアヤメ。
感じ取ったのは見知った魔力。
人の身では持てるはずがない、気が触れたような魔力の極点。
その質と気配が、あまりにも、あまりにも懐かしくて。信じられなくて。積み上げてきた全てを根底から崩されるような衝撃に、思考と身体がフリーズする。
「いい夢は見れたか? イオリ」
「ううん、悪い夢だった。とびっきりの、胸糞悪くなるくらい」
天から流星のように墜ちる2つの人型。
それはどちらも、極めて特徴的なシルエットをしていた。
「ならどうするかは、決まっているな」
片や、2対4枚の鋼翼を広げ機械的な双剣を握る青年。
「うん。やろっか、ロイド」
片や、8つの棺桶を背負い機械的な大鎌を振るう少女。
2人の周囲に渦巻く魔力は、もはや質量すら持ちながら胎動を始めている。何か、何かとんでもないことが起こる。
『緊急入電!?』
そんな予感を否応なく放ちながら──ネットワークに、1つの文字列が表示された。
英雄部隊、戦闘に参加す──イオリ・キリノ
ロイド・キリノ
「さあ、やりたい放題ブチかまそうか!」
いっそ清々しいほど高らかに、傍若無人に、天へと響いた幼い宣誓。何も知らぬものが聞けば、微笑ましさすら感じさせられる声音とは裏腹に。ただそれだけで、世界が停滞した。
黒く染まり上がった悪魔の空を染め直すように、銀の魔力が覆っていく。遠く、遠く、果てまで届けと、世界を塗り潰さんと流れ出す。
それは他の幻想世界すら
英雄? 違う。
怪物? 違う。
化物? 違う。
《神、さま……?》
人から隔絶した、自らに味方する何か。そんな未知を既知に当て嵌めようとし──人はそれを神と呼ぶ。無数に繋がる通信の各所から、呆然とした様子で溢れる言葉がその証拠。
「さあ、英雄戦争の続きを始めよう」
天空に描かれた魔法陣が何を示しているのか、気がついたのはアヤメだけ。術者の、
それはかつて、英雄と呼ばれる前に彼女へ付けられていた異名。アヤメが炎金の打ち手と呼ばれているように、冒険者としての代名詞。星を墜とす魔法を得意としていたが故につけられた、その名前は──
「墜ちろ、【
割れた空の向こう、巨大な死神を幻視できたのは果たして何人か。視れた者からは背負った棺桶から零れ落ちた煤のように、視えなかった者には爆発する星の輝きのように。
空が、燃えながら墜ちてきた。