誰も部屋に入ってこられないような、入ってきたら即拘束するようなトラップを仕掛け終えた夜。明かりを消したそこで、私はじっと外の風景を見つめていた。
昼間よりも雨の勢いは増して、地球で言うゲリラ豪雨とかスコールみたいな様相を呈している。雨が止んだらって考えてたけど、これは明日も雨になりそう。
「明日は出発延期かなぁ」
背景にキナ臭いものを感じるし、正直長居はしたくなかったんだけど……まあ、仕方ないかな。本当に見つからない場所っていうなら、変装を解かない限り安全な場所でもあるし。
「となると……結界、調べてみたいな」
精霊が使う魔法と言えど、あくまでそれは私たちが使える魔法の延長線上のものに過ぎない。だからちゃんと、魔法を学んでいれば使えるものも多かったりするのだ。もちろんそれなりに準備は必要だし、私に至ってはもう一段階『魔法陣にする』って順を踏む必要があるけど。
まあ、そんな面倒なことが沢山ありはするけど。それでも私にとって、いざって時に隠れられる場所を作れることはとても有用だ。
「それにしても、本当に何もしてこないんだ」
私がこの部屋に入ってから大体1時間。何か仕掛けてくるのかもと思っていたけど、実に静かなものだった。部屋にも何も仕掛けられてないし、クハクさんや子供たちが訪ねてくる気配もない。だったら、気を張ってるのも馬鹿らしいし……寝ても、いいのかな。
「ふぁ……寝よ」
ちゃんと寝て、身体を休めるのは本当に大切だ。いくら箒に乗ってるだけとはいえ、殆ど飛びっぱなしだから結構疲れるし。
「おやすみ」
窓を閉じてから、ベッドに倒れこむように飛び込む。そして収納の中から取り出したロケットを開いて、パパとママ、お義母さんに挨拶する。数秒納められた写真を見て、気持ちを断ち切りロケットを閉じスキルにしまっておく。
ベッドもフカフカだし、思ったより気持ちよく眠れるかもしれない。ここ数日、ずっと野宿だったし。
◇
翌日の朝、私は窓に打ち付ける雨の音で目を覚ました。外は相変わらず、というか昨日より悪化して嵐の中みたいな様相を呈していた。まだ時間は朝の5時だというのに、雨が強い風に乗って吹き荒れている。それにまだ遠くみたいだけど、雷の音まで聞こえている。
でも、それくらいだ。
部屋中に仕掛けたトラップを解除して、静まり返っている家を出た私は箒に乗った。同時に最低出力で貼った透明なシールドに、雨が強く打ち付けてくる。
「感覚的には、飛んでられるのは3時間くらいかな?」
なんてことを呟きながら、思いっきり上昇していく。昨日私が結界を突き破ったときの速度とか、色々考えるに結界の大きさは半径1.5kmくらいの半球。つまり、上に1.5km程飛べば結界の端に辿り着く寸法だ。
「わぷっ」
黒く分厚い雲を突き抜けて、そのまま少し進んだ辺りで予想通りシールドと何かが干渉した。そのまま干渉を無視して突き抜け、結界に直で触れる為シールドを解除する。
「……あれ?」
雨を降らせてる雲は抜けた筈なのに、まだここでは雨が降っているようだった。上部だけシールドを貼り直して見上げてみると、そこには一面の白が広がっていた。空の青を塗りつぶしたように広がる、ただただ真っ白な雲。それがどうやら、雨を降らしているようだった。
「まあ、気にすることもないか」
何かおかしな気がしたけれど、気を取り直して高度を調節して結界に触れた。
「すぅ……」
一度深く深呼吸をして、神経を研ぎ澄ます。私には、ママみたいに未来とか魔法が見える魔法の眼なんてない。だから一瞬で構造を把握は出来ないけど、時間さえかければ読み取るくらいはできる。
触れた結界に自分の魔力を流して、発動してる魔法が壊れないように浸食させる。本来は魔法をハッキングしたり、クラッキングする為の精霊由来の術。お義母さんから叩き込まれた、対魔法の最終兵器。まあ、お義母さんと比べると型落ちレベルだけど。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、結界を構成するパーツパーツを読み取っていく。防壁をすり抜け、難解な外側を無視し、魔法の中枢、根幹に向けて根をはるように侵食する。
「……捕らえた」
宝石を背負った亀と、目が合った気がした。
同時に、結界の構成が頭の中に流れ込んでくる。ベースとなっているのは、土属性の人払い。その上に光属性の光学迷彩の術式が重なって、無属性の組み合わせで効果の拡大、そこから呪属性で条件指定。それを土属性で補強して、それを複数個設置して効果を強化している。でもって、同じ様にして効果の拡大、構成の補強をしてこの結界は完成していた。
「でも多分、気づかれたよね。これ」
クハクさんにはどうかわからないけど、少なくともクハクさんの精霊には気づかれた。別に敵対したい訳じゃないし、早く降りるのが得策かな?
術式の構成を読み取りつつ手頃な金属板に刻み、結界の内部に降りようと思った時のことだった。大きな羽ばたきの音とともに、黒い影が私を覆った。
『GURUru……』
それは、1匹の生物。屈強な四肢と胴を持ち、長い首と尾、生え揃った鋭い牙、一対の翼を持つ怪物。私の何十倍もの大きさで、深紅の鱗を纏うその生物の名は……龍という。
いつからか、雲の上に住む様になった生物。地上でよく見られる竜の上位生物で、成体なら《メイジ級》の悪魔までは単騎で殺せる怪物。この生き物がいるせいで、雲の上を走ることは出来ずこの世界の空の交通が発展していない。それが上空から、ジッと私を睨みつけていた。
「すぐに降りるので、見逃してくれます?」
聞いてくれるかは兎も角、言葉を理解はしてくれている。だからこそ、一応話しかけて見たのだけど……どうやら、許してはくれなさそうだ。
「チッ」
大口を開けて咆哮した龍を見て、舌打ちしつつ私は全力で箒を下降させる。幸い龍は何故か雲を超えて追っては来ない。だからこそ『龍に遭ったら下に逃げろ』が鉄則だった。
それでも逃げられない人は多くいたけれど、私はどうやら無事に逃げ切れたらしい。何も変わらない、雨の降りしきる結界内に戻ってくることができた。
「怖かった……」
安全圏に戻ってきて、ホッと私は息を吐いた。地上で1対1なら勝ち目がなくもないけど、空じゃ殺されるだけだから。
そんなことを考えながら速度を落として下降していると、視界の端に昨日は見えなかったものを見つけた。丁寧に掃除された平地に、何本もの木製の十字が突き刺さっている。
「お墓……?」
一度そう思うと、もうそうとしか見えなくなった。しかも、この暴風雨で壊れそうになっている。普段なら近寄らないけれど、そんな状態を見てしまったら別だった。
箒を飛ばしてお墓群の場所まで行き、一通り見て回って崩れてる場所を修復する。どれも名前すら彫られてない、手作り感満載のお墓だけど……その分、何というか気持ちがこもっているのが分かる。耐久性とかを考えるとアレだけど、流石にそれを作り変えるなんて出来なかった。
「とりあえず、野晒しのまま野晒しじゃなくしよ」
幸いここは、綺麗に方形に整えられている。それは魔法陣が非常に形成しやすい形状で、雨風をしのぐ位の結果なら私でも簡単に制作できる。
「素材は……鎮魂鋼かな」
その名の通り、魂を鎮める効果があると言う青白い金属。普段は対霊体系の武器製作に使うそれを、本来の用途で使うことにした。
「せーのっ!」
魔法陣を刻んだ鎮魂鋼の杭を、方形の四隅に突き刺して結界を起動する。小手先の技術もいいところだけど、効果はちゃんとしている。目に見えて雨風が弱まり、墓地は少しだけ落ち着きを取り戻した。
そうは言っても、まだこの無名の墓地は荒れ果てていて……
「折角だし、片付けてから帰ろ」
このまま放置するのも忍びないし。
なんて思って掃除を始めて少しした頃だった。
「あら、急に雨が……」
ふと、後ろからそんな声が聞こえてきた。振り向けば、そこには傘をさすクハクさんの姿があった。目があったので、箒に乗ったままだけど頭を下げる。
「こんなところにいらしたんですね。それに、ここを綺麗してくださって。ありがとうございます、アヤさん」
「いえ、私は気になっただけですから」
そう言いつつクハクさんを観察してみるけれど、特にこれといった変化や態度はない。やっぱり、クハクさん自身は私が結界を出たり入ったりしても気づかないようだ。
「そういえばここって、誰のお墓なんですか?」
あんまりジロジロと見ても変だし、そう感じさせないように話題を振った。一通り綺麗にしたこの墓地にある十字架は、大きなものが2つ、小さなものが23個の計25個。それだけいたのも、やっぱり子供だったのだろうか。少しだけそれが気になっていた。
「私の仲間と、子供たちのよ」
「そうですか。立ち入ったことを聞いてすみません」
既にやらかしてる以上、関係は波風立てず平穏に。曰く、日本人的対応でどうにかしたい。一応私も、ママは日本人……転生者ってどういう扱いすればいいんだろ。……日本人ってことでいっか。
「いえいえ、ここを綺麗にしてくれたから、聞く権利はありますよ?」
「なら、甘えまして。最初は、クハクさん1人じゃなかったんですね」
「ええ。私と私の親友、それともう1人で始めた孤児院が最初だったの」
十字架を直すクハクさんの隣で、残ってる雑草を焼却しながら話を聞く。ということは、あの大きな十字架がその2人なのだろう。残る23個は子供の、か。
「何も悪いことはしてなかったのに。ある貴族の反感を買ったせいで、資金援助は打ち切られて、私も無理やり結婚させられかけて。なんとか逃げ出して私が帰ってきた時には、もう全部手遅れだったわ。孤児院は燃えて、みんな死んで……」
「それで、今に至ると」
「ええ。未練がましいでしょう?」
そう言って笑うクハクさんの横顔は、どこか無理をしているように見えた。
「私は、そう思いませんよ」
「うふふ。嘘でもそう言ってくれるのは、嬉しいわ」
その後は特にこれといった会話もなく、お墓を整備してクハクさんの家に戻った。不思議と子供たちを見かけることもなく、暴風雨が鳴らす音だけが嫌に響いている。
「ご馳走さまでした。それじゃ私は部屋に戻りますね」
「ええ。久々にあの子達以外と食事ができて、私も楽しかったわ」
笑顔のクハクさんと別れて、私は部屋に戻る。考えれば考えるほど不思議が顔を出してくるけど、明日ここを出る私には関係ない。でもいつかまた来るかもしれないし、地図に印くらいは付けておこうかな。そんなことを考えながら、部屋の扉を開けた瞬間だった。
「えっ」
私の部屋にいた、巨大な亀と目があった。
宝石を背負った亀だ。あとでっかい。ベッドくらいある。そんなのが居座ってるせいで、部屋に入れそうもない。……数秒そのつぶらな瞳と見つめあって、漸く混乱した頭が冷静さを取り戻して来る。うん。よし、落ち着いてきた。
「あなたは……クハクさんの、精霊ですよね」
宝石を背負った亀がゆっくりと頷いた。そして、何か意思の込められた目で私をジッと見つめて来る。残念ながら私に、人以外の言葉を理解する能力はなかった。
「ご飯食べます?」
携帯してる保存食を出してみたけど、ふるふると首を横に振られた。どうやら違かったらしい。
「剣とか入ります?」
暇つぶしに作ってみた長剣を見せると、少し迷ったような素振りを見せて首を横に振った。方向性こっちなのかな。
「なら防具とか?」
いつか着たいと思って作ってみた鎧を見せたけど、少しも迷うことなく首を横に振られた。さっきの剣となにが違うんだろう……もしかして、金属の量とか?
「これなら、どうです?」
たった今適当に作り出した純オリハルコン10kgを顔の前に置いたところ、ブルブルと震えたのち首を縦に振ってくれた。よっしゃ勝った。
そう内心小躍りしてると、オリハルコンはパッと光って精霊亀に吸い込まれていった。気に入ってくれたのか、精霊亀はどことなく満足気な顔をしている気がした。
その様子をちょっと可愛いかも……と見ていた私の前で、精霊亀はペッと琥珀色の結晶を吐き出して消滅した。
「これって」
部屋に入って扉を閉めつつ、拾った琥珀色の結晶を見て気がついた。これ、私が空で書いてきた結界の構造が、私が書いたのより精密に内部に刻まれている。
「許してくれたってことで、いいのかな?」
その真偽は私には分からなかったけど、ここまで構造が分かるものがあるなら、次からは無理に結界を突き破らないで済むだろう。もしかして、案外理由はそっちだったりして。
そうして、私が滞在する予定の最後の夜は更けていった。この時の私は、まだあんなことが起きるなんて、これっぽっちも考えていなかった。