銀灰の神楽   作:銀鈴

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幼銀の世界は崩れ去る/Qliphoth【05】

 数日ぶりのベッドで泥の様に眠った翌朝。未だ取れない強い疲労と倦怠感で私は目を覚ました。

 

「ふぁ……」

 

 眠っているアインの腕からもぞもぞと抜け出して、大きく欠伸を1つ。すっかり静まり返ってしまった空気に背を伸ばす。長時間聖剣を起動していた反動に、本来なら反動汚染に蝕まれる絶滅剣、新たな試作型魔剣の作成と無茶をし過ぎたらしい。時計の針は、私たちが大体半日近く昏倒していたことを示していた。

 

「栄養剤、用意しておきますか」

 

 矢面に立って全力を出しているだけでよかった私でこれなのだ。ずっと後ろから守ってくれて、サポートしてくれていたアインの疲労は私の比じゃないだろう。少しは私だって助けになりたい。材料はちゃんと合法の物だけで作る。

 

「……やっぱり、朝ごはんも作っておきましょう」

 

 作っても私は食べれないが、美味しいとは言ってもらいたい。余裕が出てきた途端にこれとは、我ながら難儀なものだ。

 寝癖でボサッとした髪を雑にまとめ、ぐしゃぐしゃになった尻尾も手櫛で撫で付ける。本音を言えばお風呂にも入りたいけど……時世が時世、贅沢は言うまい。気分を上げるためにエプロンを着れば、久し振りだが問題ないだろう。

 

「よし」

 

 借宿の調理スペースに立ち、手持ちの食材をスキルの中から引っ張り出していく。昔作った干し肉、鮮度落ち始めの野菜、魚の干物、硬く焼いたパンetc……調味料や飲料は充実しているが、見事に固形物を食べられなくなった影響が出ている。まあ、サンドイッチでいいか。

 

「ふふっ。こうしていると、まるで新婚さんですね」

「肯定する。というより、事実上そうだと認識している」

「!?」

 

 独り言を呟きながら、調理と認めたくない調理をしていた時だった。いつの間にか起きていたらしいアインから、突然声を掛けられた。持っていたナイフが義手に直撃し硬質な音が響く。生身じゃなくて本当によかった。

 

「……いつから、起きてました?」

「最初に抜け出した時だと返答する。自白をすれば、アヤメの寝顔を眺めていた」

「それなら最初から言ってくださいよ、もう」

 

 けれど、起きていたならそれはそれ。お互いに生き延びられたのだし、ほんの少しだけ気を緩めて。

 

「おはようございます、アイン」

 

 当たり前の挨拶をした筈だったのに、顔を赤くしたアインは数分間動くことはなかった。確かに自分で思っていたより数段柔らかい声だったけど、そこまでの反応をされるものだろうか?

 

「……ああ。おはよう、アヤメ」

 

 なんて、ちょっとしたアクシデントがあった朝も過ぎて。

 休む口実にしたペンダントの修理と、私とアイン双方の義体の整備を済ませた時には、既に朝というには遅い時間となってしまっていた。

 

「私の義体(からだ)もアインの義体(からだ)も、いい加減に限界ですね。勇者戦といいその後といい、無茶をし過ぎました……」

「同意する。可能な限り当方が引き受けた筈だったが、それでも絶滅剣の汚染を抑えきれないとは」

 

 そんな世間話をしながら、以前より遥かに人通りが減った街へと私たちは繰り出した。ユビキタスに通達されていたメッセージに従い、向かう先は艦隊の中心。予定されている時間まで約数時間、どうせならば魔界を回ろうと思ったのだが──

 

「……あれだけあったお店、無くなっちゃいましたね」

「肯定する。いつまで経っても、慣れそうにない」

 

 ユ=グ=エッダの大通り。そこにはもう、以前あった屋台群は1つもない。楽しく騒いでいた子供の声もない。下らない話をしていた大人の声も、商店がやっていた呼び込みの声も絶えてしまっている。

 代わりにそこに居座るのは、私たちが止めきれなかった大攻勢の、生存戦争の痕跡だ。崩れたお店による瓦礫の山。引き抜かれ土と根を晒す木々。燃え落ちた屋台。埃っぽい空気は倒壊した建物か燃え尽きた建材か。

 

 大陸艦隊ニライカナイは旗艦を除き轟沈。

 魔王国第3首都ユ=グ=エッダは中破。

 死者130万人。重軽傷者多数、総合被害不明。

 

 それが私たちが勇者を打ち倒し、艦隊に戻ってくる1時間未満の時間で出た被害総計だった。……あの時2人が助けに来なければ、どうなっていたかは想像に難くない。

 

 燦々とした日を落とす晴々とした空の下。

 あるべき日常は、悲しいくらい非日常へ置き換わっていた。

 

 かつてここに居た筈の人々は姿を隠し、荒涼とした船上にはもうその気配がない。だからこそ、あまり隠れる気のない尾行程度なら私でも気づく事が出来た。探知魔法には反応しないが、気配の隠蔽があまりにも雑すぎる。

 相手が相手である以上、念話は盗聴されて当然だから目線だけで合図。敵意は感じないけれど、万が一も考えながら振り向いた。瓦礫の影に揺めき消えた純粋な銀色の髪。犯人は確定だ。

 

「それで。宿を出てからずっとつけて来てますけど、何かようですか? ママ」

「何もないとは言え、気になってしまうと表明する」

 

 改めてそう呼び掛ければ、おずおずとした様子でママは姿を現した。

 昨日あれだけ埒外魔法を乱発した超人だというのに、その表情はどこか不安気で目に涙すら溜めている。だからか印象はどうにもチグハグで、けれど一人娘としてはあまりにも納得が出来て。

 

「だ、だって、昨日アヤメが『もう話しかけるな』って……お母さんなんて嫌いだって……」

「そこまでは言ってませんよ。昨日の状況で、私の知ってるママの相手は真っ平御免だっただけで」

「よがっだぁぁぁ!!」

 

 大きく大きくため息を吐き出しながら、泣きながらすっ飛んできた自分の母親を抱き止める。年甲斐もなく私のボロワンピースを涙で濡らすこの人は、本当に記憶にある姿から変わっていなかった。逆転した身長と立場だけが、あの頃とは変わっていた。

 

 もしかしたら敵対するかもしれない。そんなことを考えていた自分がバカらしくなるくらい、その情けない姿に毒気が抜かれていく。アインもどこか引いたような、納得したような顔で泣きじゃくるママを見ていた。

 

「…………当方の想像より、かなりその、なんと言えばいいのか。本当に本人なのかと疑問する」

「それが本人なんですよね、これで」

 

 魔剣の創造者。世界最強の魔法使い。死神。流星群。英雄、或いは大罪人。付けられた異名は数あれど、こんな姿からはどう足掻いてもイメージが一致しない。私の倍近くは生きてる筈なのに、私より子供っぽいとはどういう事なのか。

 

「だって、本当に嫌われたと思ったんだもん。昔と違って、敬語でしか話してくれないし」

 

 ずっと敬語を崩さないのは、あんまりアインにそういう姿を見られたくないだけだ。何回か既に晒してしまっているが、あまり直視したくはないくらいに恥ずかしい。だけど。

 

「………………嫌いには、なりませんよ。嫌いには」

「なんか、すごく迷ってた感じがするんだけど」

 

 涙が止まったママの言葉を、誤魔化すように笑顔で首を横に振った。

 小さな頃の私に散々やらかした所業を思い返して欲しい。今を生きる術に繋がってる以上否定は出来ないけど、断じて好き一辺倒で通せる話じゃないのだ。

 

「それに、いっぱい話したいこともありますし」

 

 聞きたいことや状況の事については、どうせこの後呼び出された場で話されるだろうから後回し。

 だからただの家族として、話したいことが沢山ある。これまでの旅のこと。アインのこと。そして私がもう長くはないこと。幸い会議までの数時間は空いている。きっと今しかないタイミングは、逃したくない。

 

「……そっか」

「そうですよ」

 

 それだけ返事をして、強く抱きしめられた。他の誰のものとも違う、心が奥の方から暖かくなる感覚。自分がマザコンとは思いたくないけれど、それでも涙が滲むのは止められなかった。

 

「と、まあイオリはこんな感じでな。6年ぶりなんだ、少しは堪能させてやってくれ」

「認識している」

 

 なんてことを考えていたら、いつの間にか現れていたパパとアインが打ち解けていた。苦労人オーラとでも言えばいいのだろうか、似たような雰囲気を醸し出しながらこちらを見ている。

 

「お互い、厄介な相手と結婚したよな……」

「同意する。そういう部分も当方は好きだが」

「こっちもだよ。惚れた弱みって、怖いよな」

「今晩、何事もなければお酒でもどうかと提案する」

「娘婿と晩酌か……今更になって、夢が叶うなんてな」

 

 男性陣だけで盛り上がっているのはまあいいのだが、しみじみと話している内容に1つだけ疑問があった。どうして私とアインがそういう関係だと、恋人を通り越して結婚まで行っていると分かったのだろうか? それに──

 

「──そういえば、リュートさんみたいな反応はしないんですね。『何処の馬の骨かも分からない奴に娘はやらん』って」

「それはもう、リュートさんがやってくれたから。それに少ししか一緒にいられなかった私たちと違って、あれは育ての親だったリュートさんの方がやるのに相応しいよ」

 

 少し寂しそうにママは言う。自分はたかだか産みの親でしかない、そうとも取れる発言には少し腹が立つ。例えそう思われていても2人は私の両親なのだ。血の繋がった、家族なのだから。

 

「それに、大体どんな流れでどうなったか全部知ってるし」

 

 そうしんみりとした思いを抱いた刹那、とても小さな声で呟かれた音を拾った。全部知っている。今そう言ったのか、この自由奔放な母親は。

 

「全部知ってるって、どういうこと?」

 

 敬語で取り繕うことをしないまま、ガッチリと両腕をロックする。話を聞き出すまで絶対に逃すつもりはない。

 

「え、ええと、それは、その……ね?」

「誤魔化しは効きませんよ。ママが話さないなら、パパから無理矢理にでも聞き出します」

 

 私とママ、両方の視線が談笑していたパパへと突き刺さる。力では多分叶わないが、こういう面だったら対抗は出来るのだ。吐け、あんなに胃が痛そうな顔をさせたくなければ吐け。そういう念を込めながら、ハグのホールドを段々と強めていく。

 

「──わかった! 言う、言うから!」

「最初からそうして下さい」

「うぅ……」

 

 陥落までには、そう長い時間はかからなかった。

 

「それで、全部って一体何処までですか?」

「詳しくは後で説明するとして、私とロイドは昨日蘇ったばっかりなんだけどね。端的に言って、復活するときに墜星の記憶とエネルギーを受け取ってるから────えっと」

「俺とイオリは、本当に全部を知っている訳だ。

 絶滅剣に立ち向かったときの告白も

 八岐と鎬を削ったときの祈りも

 玉兎の禁呪で夢見た結婚式とその後も

 金烏に目覚めさせられた幻想と絶望も

 勇者が解き放った希望と幻想も

 何もかもを」

 

 復活うんぬんは後回しだどうでもいい。この後に及んで言葉を濁したママから引き継ぐように、必死に隠していたであろう暴露された真実。そっちの方が、人として女の子として重大だ。

 

 何もかもを知っていた。見られていた。

 

 いや、正確には見ていた墜星の記憶が全部あると。つまり、ずっとアインとイチャイチャしていたことも、夢の中でやったアレも、あらゆる全てを知っていると。そういうことか。

 

「だから俺としては、そこのアイン君の事は絶対に逃すなって思いの方が強い」

 

 ……

 

「ふ、不可抗力で……ごめんね?」

「やっぱりママのことは嫌いです」

 

 全力の膝蹴りを放つ事に躊躇いはなかった。

 

 

 そこから無事だった建物に腰を下ろし、他愛のない話を続ける事しばし。何度か拳と蹴りが出る羽目になったが、涙が出るほど懐かしい家族との時間が流れていった。

 しかして畢竟、そうなれば話題は『個人的なもの』から『それ以外』へとズレていくもので。

 

「それで結局、どうしてこのタイミングでパパとママは戻ってきたんですか?」

 

 もしかしたらこの関係性を終わらせてしまうかもしれない、これまで伏せていた疑問を投げつけた。

 言葉に僅かな緊張が走った。拙いながら甘えつつ、魔力や気配を探って本人であることは確認している。だが客観的に見た2人は、あまりにも怪しすぎる。

 

 偶然、墜星が全て斃れた後に出てきて?

 偶然、私たちの危機に間に合って?

 偶然、生前そのままの姿でいる?

 

 それだけ偶然が重なれば、それはもう必然だ。何かしらの企みがあると考えた方がむしろ正常だろう。こんな質問をして敵対されないという保証もない。だからこそアインも私も、軽く自らの武器に手を掛けている。

 

「そうだな……説明するなら終末戦争、今は英雄戦争と呼ぶんだっか。その終幕から話さないといけないんだが──」

 

 だがそんな私達の様子は想定内だったのだろう。軽く発していた敵意も意に介さず、僅かに困ったような笑みを浮かべてパパは言う。

 

「2人は何処まで知ってるんだっけ。【悪魔】のことを。『獣』ことを。──私たちが負けた、あの戦争を」

 

 言葉を続けたママの様子も、まるで恥ずかしい思い出を話すかのようで。それでいて後悔しているようで。敵対の意思も、魔力の動きも何もない。……どうにも調子が狂う。

 

「【悪魔】のことは、元が人間であったことは把握している」

「総てを(ひき)潰し、(わだち)としながら未知へと突き進む生き物。多分その『獣』は、そういう流れの最先端にいる奴だと思います」

 

 2人がそんな態度だからだろう、普通に会話が続いてしまった。

 ただ腐るほど相手にしてきた悪魔と違い、(くだん)の『獣』に関しては殆ど知識がない。玉兎の記憶の中で見た破滅と、地球で見た新聞だけ。

 

「戦争に関しては……当方は、撃墜されるまでの戦況を除けば一般教養と変わらないと否定する」

「私も地球を巻き込んだ程度しか知りませんね」

 

 始まったとされるのは15年前、私が産まれた年。

 終結したとされるのは6年前で、期間は大体10年間。

 初期の頃は一過性のモンスターハザード程度の認識で。

 中期の《レイ級》と《メイジ級》が出現を始めた頃にパパやママ達が敗北してから一変。

 後期の《デストロイ級》が出現した頃に2度目の敗走があって、その後に冒険者型人造人間(エクスプローラー)と魔剣が戦線に投入。

 恐らくここから先に地球を含めた戦争があって、再度こちらの世界に戦争の場所は移動。『獣』との戦いに七英雄が敗北したが、なぜか世界は存続。結晶樹に世界が覆われて、魔界が汚染。獣人界は結晶根に蹂躙。戦後になって人間界が墜星・勇者によって封鎖された。

 戦後の獣人界では戦争関連のデータが焚書され喪失、魔界に関しても完全に交流が断絶した。

 

 ──と、元々覚えていた知識を知った事実で加筆修正すれば、大凡こんな感じになるだろうか。生き残って真実を伝えてくれた人がいなかったから、最終決戦で何があったのかは分からない。

 

「なら、そうだね。戦争の過程は重要じゃないからいいとして…………うん。地球での決戦辺りから話そうか」

 

 そして今、揉み消された歴史の最終幕が、当事者によってあっさりと明かされた。

 




アヤメ   残り10日
アイン   残り18日
残存正規兵 約1,300人(獣王国軍は全滅)
残存人口  約150万人

冒頭一瞬だけ、泣き顔でも苦しんでる顔でも、戦闘中の鉄面皮でも、鍛冶とかしてる時の笑顔でもない、美少女性が全開の花が咲いた様な笑顔をしてましたアヤメちゃん(数秒後には元に戻る)

そして、警戒も何もかも“塗り潰した”みたいに“平和”なのは仕様です

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