「全ての魔剣よこの手に集え! 我が魂の系譜よ!」
そう高らかに告げ、天にその手を掲げた瞬間。
流星のように、無数の刃が飛来した。
愛剣の中に納刀していた魔剣たちも、誰かが起動している魔剣も一切の例外なく。飛来する刃の流星の中、私とアインが握る聖剣、その弾倉が勝手に解放された。
「……は?」
全ての魔剣が、本来あるべき担い手から離れ、或いは弾丸から剣の形を取り戻しながら。たった1つの場所へ集まっていく。
スラッシャーが。ピアッシャーが。クラッシャーが。ユメウツツが。チョークが。コドクが。レッドキャップが。ルンペルシュテルツヒェンが。マンチニールが。ペルケレが。アヴァロンが。オネイロイが。アムネシアが。ナイチンゲールが。アトラク・ナチャが。メメントモリが。ティタノマキアが。
からからと高速回転する弾倉は、勢いよく飛び出して行った魔剣の抜け殻か。叩きつけられた不条理に、アイデンティティを奪われた事実に一瞬思考が真っ白になった。
「何も不思議なことじゃないよ。この世の魔剣はほぼ全て私が打った
そうして、まるで後光のように剣の曼荼羅が完成する。
見たところ魔剣群は限界駆動“は”していない。だが束ねた魔剣がどんな出力に至るのか、それを予測できない私じゃない。何せ旅の始まりから、その恩恵を受けてきたのだから。
「ッ、アイン!」
「認識している!」
高まり続けるその魔力、中心に収束する光。元々消極的だったとはいえ、こちら側へ移動してこない
私が自らの手で初めて打ったディフェンダー。
何故か引き摺り出されていないユビキタスの指揮官機が1つと演算機が10機。
そしてミーニャ女王の手から離れたライオンハート。遥か後方から飛来したレギオンαとβ。ユビキタス同様に、魔剣の中で息を潜め続けていたアーメンテースとステイルメイト。
リィンの手にあるディーアボロス+カドケウス。
最後に──血の色に濡れた8面体。影打ちⅡ型魔剣ハボクック。
以上8種+2種の19振り。
それが私たちの手に残された力の総数だった。
残った剣を見れば共通点は一目瞭然。私が打った魔剣──より正確には、私が関わり結晶の色が変わった魔剣達だ。クリフォトや
「魔剣の、掌握……ッ!」
馬鹿みたいな出力に関しては別にいい。勇者のお陰で知っているし、何なら覚醒した勇者の方が肌で感じるエネルギー量は上回っている。
だが魔剣の掌握、コントロール奪取。その能力だけは駄目だ。製作者特権と言われてしまえばそれまで、しかしこの魔剣と聖剣という兵装を核とした戦場においてそれは禁じ手だ。戦場の在り方が、根本から変わってしまう。否定されてしまう。
「真名開帳ーー」
そんなこちらの焦りは意にも介せず、鳴動する剣の群れが未知の言語に唸りをあげる。出力上昇。出力上昇。出力上昇。限界突破。収束した光は既に、あの『獣』のブレスを数倍にした程に膨れ上がって──
「
空域全体を飲み込む爆光として炸裂した。
何某かの魔法で拘束されているリィンを目標として放たれた筈なのに、その被害は当然私たちにも手を伸ばす。触れれば即死、退けば死、臆しても死。死。死。死。目の前に溢れているのはそればかり。
剣の群れが一部融解しているのがここからでも見える、
「──!」
戦いたくはない、でも死にたくもない。
刃を振るう覚悟は、パパとママを殺す剣を抜く覚悟はできていない。だがそれでも。無理だと理解していても、そんな我儘を通したくて。使い捨ての装甲板のようにレギオンの複製機体を連続生成。ほんの僅かでも威力を削ぐために足掻こうとし──
「やはり今は、当方がアヤメの前に立とう」
明滅する視界の中、優しい影が私の前に出た。
「可能なら援護射撃をしてほしいと表明する」
「で、でも!」
私の手から愛剣を取り上げ、代わりに聖剣である銃を握らせて。アインが1人、前に出た。そしてくしゃりと、優しく私の頭を撫でて。
「当方とて男だ。格好をつけさせて貰おう」
握る
アインの放つ空気が変わる。これまでの銃手然としたものから、剣士と冒険者、軍人すらも入り混じった歪ながらも調和した形へ。
その佇まいは私の知るアインではない。Nachhut1でもなければ、アルブレヒト・スノードロップの物でもない。だけど間違いなく、愛している自分のパートナーだとは分かったから。
「……分かった。おねがい、アイン」
「認識した」
気がつけば流れていた涙を拭いて、背中を押した。
刹那、決壊するレギオンによる物理防壁。爆光による砲撃は未だ健在。些かの翳りすら見せず、晒された私たちを焼き尽くさんとして。
「
アインの魂を喰らい蝕みながら、銀の斬撃が世界に舞った。
桁違いの出力による力技に選ばれたのは、限界まで威力を収束させることによる一点突破。止まった世界ごと光輝を斬り裂いて、斬撃が世界を駆け抜け飛び去っていく。
数瞬後轟いたのは、耳を聾する大撃音。光輝が消え去り銀灰が降る空の下。天空が引き裂かれたように、真っ2つに両断されていた。そしてそこから、ガラスが砕けるような音を鳴らして放射状に空がひび割れていく。
「余のことも、忘れるでない!」
次いで放たれる次元を断つ刃。明らかに威力が急上昇しているそれは、展開されていた剣の曼荼羅を一撃で破砕する。当然、斬撃の主はリィン。両翼が無惨に千切れ跳び、無数に負った傷から夥しい量の失血をしながらも、その戦意は欠片も失われていない。
「もはや、余の本来の姿がなんであろうと気にはせぬ! リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルンは、イリス・チュテレール・ビフレストの娘であり、アヤメとアインの義妹かつ友であり、滅びた国を背負う魔の王である!」
覚悟は決めた。自分が何であろうと迷わない。そんな言葉を裂帛の気合いと共に放ちながら、血の滴る大鎌を握りしめ
威風堂々。血と傷に覆われてなお雄々しいその姿は、小さな身体であろうと王そのもの。世界の存亡を、人の命を背負って足りる“力”がそこからは感じられた。
「イイね、その身勝手さ! 王様由来の傲慢さ! あのクソ女神によく似て、けれど断じて違う貴女自身のもの!」
「ならばどうする、死にたがりの死神よ!」
「全霊で殺す。だから、そっちも全力で殺しにくるがいい!」
そうして、2人の激突が始まった。
血の尾を引きながら空を駆けるリィンと、同様に宇宙を駆け抜ける
激音が響くたびに、風景の一部がひび割れ、砕け、何もない虚無のような空間が覗くのは、もはや世界が耐えられないとでもいうのだろうか。
「戦技ーー
「秘呪解放──
眩く煌めく銀の三日月と、仄暗く揺れる呪いの三日月が激突する。吹き荒れた余波だけで辺り一面の悪魔を粉砕し、斬り裂いて、その状態で再度停止した悪魔を足場に戦線がさらに広がっていく。
「驚いた。撃手とばかり思っていたが、まさか剣を握る姿も歴戦とはな」
「肯定する。尤も、当方の実力はアヤメより下。恐らく
無論、戦いの場に出るのはリィンだけじゃない。
先程までの私と立場を入れ替えた形で、アインと
当然、この状況に於いて不利なのがアインであることも。構える2人を見れば、分かる。
「ならばどうする。死を覚悟で挑むか?」
「否と告げる。少々無作法だが、魔剣にて相対させてもらおう!」
そう言葉を紡いだ瞬間、残像を纏いアインの姿が掻き消えた。
無限に技の可能性を提示することによる、経験則に基づく次手の推測の無効化。
勇者が使いこなしていた、人理剣の持つ本来の力。それを万全に引き出して、アインの刃が
「そうか……人理剣。悪くはないハンデになるな」
だけどあくまで、その程度。私たちですら抗うことが出来た能力に、魔剣の開発者の片割れに、それ以上は通じない。
当然のように迎撃は間に合い、鈍い速度ながらも鋭く反撃の刃が対の腕からアインに迫る。刃が描くのは銀の孤月。流麗な刃が逆胴にアインの
「これでも、娘の夫とは剣を交えてみたかったんだ。かかってくるがいい、アイン・ナーハフート」
「認識した。胸を借りるつもりで挑ませて貰おう」
「流派はあるか?」
「いいや、ただの戦場上がりの剣だと否定する」
その言葉に、そうかと小さく笑って。
「剣聖流、ロイド・キリノ。推して参る」
「戦場流、アイン・ティアードロップ。推して参る」
2人の剣士による、全力の死合が始まった。
◇
斯くして、アヤメ・キリノを完全に排除し最終決戦は再開する。
アヤメ・キリノは英雄ではない。
英雄の両親を持ち、その資質を受け継いだだけの優秀な只人だ。故に世界の命運を左右するような素質を、『銀灰の巫女』という仕組まれた形でしか持ち得ない。
喝采轟く神楽舞、その時間はとうに過ぎ去ったのだ。
死にたがりの神は既に目を覚まし。
死神を相手に魔王は、覚悟を胸に立ち上がった。
剣聖を相手に勇士は、愛を貫く為に剣を取った。
役者は揃った。故に──ここまで。
これより先、巫女が居られる場所はない。
巫女は巫女、何処まで行っても英雄にはなり得ない。
並び立てない。
雌雄を決する戦場に割り込む資格を、運命を持ち得ない。
ここまでアヤメが走り続けてこれたのは、血の滲むような努力と悪辣過ぎる環境への慣れと適応力。そして文字通り命を捧げた対価と、愛による覚醒という全てがあってこそ。
だがそれも……もう打ち止めだ。
墜星を相手にしていた時から露見していた、努力では埋まらない才と年月の壁。
捧げる命は風前の灯火で、支払うことは不可能だ。
ならば覚醒はどうかと問われればそれも不可能だ。出会い、恋に落ち、愛に変わり──これより先には優しい安定があるのみ。覚醒という爆弾に火をつけられるほど、熱く激しく燃えるものはない。
「やっぱり私は……わたし、は……」
加えてこれまで背を押してきた運命も、既に彼女からは離れている。自分自身で悟っていた通り、
巫女の末路としては、怪物に食い殺されることなんて珍しくもない。或いはそうして無惨に骸を晒すことで、誰かを覚醒させることこそ本来の運命だったのかもしれない。
「……割り込めない、なぁ」
なまじ付いて来れる実力があるだけそれは悲惨だ。
戦闘の余波から身を守ることは出来る。援護で2人の動きを助けることは出来る。補助や回復なども出来る。だが、それ以上に手が届かない。心が覚悟を決められない。
手が届く距離で行われる手が出せない戦いを、まざまざと目の前で見せつけられる。足手まといであるという真実を、目を逸らす事も出来ぬまま突きつけられる。
そうやって舞台から下ろされ、全体を俯瞰できる観客に落ちた今。だからこそ理解できる現実が、追い討ちのようにそこにはある。
「私を止めたいのなら! 命を奪うのなら! その10倍は無いとね!」
「だとしても、余は、余は負けられぬのだ!!」
何度目かの交錯で、長く伸びた尾が切断された。
それから数度の交錯で、両足が揃って斬り飛ばされた。
傷の増える速度は異常で、けれど
恐らくリィンの命はあと数分。失血による動きの鈍りが限界に達した瞬間、
「楽しいな。蘇った甲斐がある」
「肯定する。冥土の土産と考えれば、これほどの物もない」
対し剣聖とアインの争いは、アインが有利に立っていた。
武芸者であればある程、深みにハマる人理の剣。想像を超えてそれは剣聖へと突き刺さり、一歩ずつ遅々とした進みながら勝負の天秤をアインへ傾けている。
だがそれは、同時に死への片道切符でもある。
何せ、私ですらアインが死にかけることを嫌い、その状況になれば取り乱して駄目なのだ。それが私より血が濃く、重ねた時間の長いママからパパを奪えばどうなるか。目も当てられない。
あと数分で戦闘は終わる。
アインとリィンが敗北し、イオリとロイドが勝利する形で。
しかしロイドを先に撃破した場合、予期される決着より早くこの均衡は崩れ去る。
その場合は恐らく、アイン1人が死神に立ち向かってそれで終わり。リィンから溢れ出た存在しない記憶にあったように、何もかもが消えて始まりに戻るのだろう。
終わらない円環。
リィンの続ける無限ループ。
新しく誰かが、平和な世界を取り戻すまで終わらない輪廻転生。再び世界は始まりへと回帰する。誰の記憶にも、イオリとロイド以外の記憶には残らないままに。
それに否を告げるのならば、私に何が出来るのだろう?
舞台から降ろされた巫女は考える。
不幸なことに、アヤメの頭は悪くはない。その程度の未来予測は出来てしまうし、辿る道筋と、至る結末までが見えてしまっている。もっと言うのであれば、同じような結末の未来を先程見てしまっている。
それでもなお、考える。
今の自分に出来ることはまだあるか。
悲しみができるだけ少ない、誰も知らない明日への道は何処にあるのか。
「幻想世界……」
言葉を呟く。
けどそれは駄目だ。底も果ても見えてしまっている。
記憶の中にあったアヤメとセプテントリオによる幻想世界、あれは性質こそ違うが、突き詰めていった末路の1つだ。『凍呪』というまだ比較的言葉が強くないもので
あんな世界やこんな世界を齎した幻想を示す言葉がその程度だというのに、『呪滅』なんて幻想で塗り潰してみろ。金烏と戦った時に見えた滅びの大地が広がるに決まっている。
「なら、魔剣……?」
Ⅰ型、Ⅱ型、試作型。そして影打ちと、聖剣。
ほんの少し前に話題になった仮説を思い出す。
魔剣とは成長する物ではないのかという、Ⅱ型ながら試作型に比肩する影打ちを元に話題になった話。ならば聖剣にも、その先があるのではないか。
結局その話は、造り手にしか分からないと保留になった。イオリやロイドの帰還後には、そんな話をする余裕がなかった。故に流れて、忘れられていた仮説。
鍵はきっと、そこにある。
イオリとロイドが促した、最後の覚醒に必要なピースを埋めるために。くるくる、くるくる、運命の輪は回り続ける。2つの物語の終着を目指して。
己が信ずる光を掲げ
無明の闇を切り拓け
見果てぬ未来に吼えるのだ
止まった時計の針が動いた先は、導かれた終わりか。それとも──