翌日の朝も、まだ嵐は去っていなかった。風は轟々と吹き荒び、滝のような雨がそれに乗って建物を打ち付ける。そんな空を見上げれば、雷鳴とともに雲が時折発光している。
そんな最悪と言っていい天候の中、私はクハクさんに軽く挨拶をして出発した。本格的な分析はまだだけど結界の構造を理解した今、突き破ることなく結界をすり抜け、嵐の中を箒で飛んでいく。
そして2、3度突風に煽られて墜落しかけた以外不備もなく飛んで、だいたい1時間くらいが経過した時だった。パタリと、猛威を振るっていた嵐がそのなりを収めた。
「へ?」
奇怪極まるその現象に箒を減速、停止させて振り返る。すると、そこに広がっていたのは嵐の壁とでも言うべき光景だった。
草原のある一定のラインを境に、天候が晴天と嵐に分断されている。今私がいる側は、雲一つない微風の吹く草原。私から数メートル先の境界を超えると、さっきまで実感していた大嵐。まるで“草原である”とした
カメラでもあれば、写真に撮っておきたい不思議な光景だった。
「んー……惜しいけど、先を急ごうかな」
幾らここで記録に残したいと思っても何にもならないし、だったら胸に留めるだけで先に進んだ方が多分良い。ても次からは後悔したくないし、カメラを買うか作るからしないとね。
そんなことを考えながら、再び箒に乗った私は草原を駆けて行った。
◇
そんな嵐の壁を抜けてから数日。私はそこそこ大きな街に到着することができた。名前はミストゥナというらしいこの街は、街を覆う壁もしっかりしていて、宿屋もかなり良い設備のところを取ることができた。
所謂高級宿屋だからセキュリティは万全だし、なんと部屋に個人用のお風呂が付いているのだ!! 変装の関係上、安心して入れるお風呂は個人用しかないので本当に嬉しかった。
そのほかにも道具屋さんも物が充実していたし、公衆浴場や教会もあり、ギルドも大きめの建物だった。つまり、かなり快適に過ごせるだろう当たりの街だった。
「ふんふんふ〜ん」
直前まで居た場所が場所だっただけに、私は鼻歌を歌っちゃうくらいには気分が良かった。魔法で髪とかは乾かしたけど、何せ1週間ぶりのお風呂だったし。《クリーン》で清潔に保ってるとはいえ、お風呂は格別である。
まあ、お風呂で気分がホクホクになった代わりに、私のお財布は随分と薄く軽く寂しいことになってしまったけど。
「この前作った剣、どれくらいで売れるかな?」
頭の中で算盤を弾きながら、少し騒がしいギルドの中に入っていく。悔しいけど見た目が殆ど子供な私は、力仕事も多いギルドではやっぱり目立つようで。ギルド内で騒いで居た人たちの視線を集めながら、幸運にも空いていたギルドのカウンターに向かった。
「魔物素材の買い取りと、出来れば武器の買い取りもお願いします」
わざわざ受付の人に見えるようにギルドカードを取り出して出しつつ、私はそう言った。Sランクのお陰で信用性はあるけど、いきなり武器を買い取ってもらえるなんて思ってはない。だって初めて来る街だし。
「了解しました。魔物素材は奥の部屋で、武器の買い取りは通りの向こうにあるギルド直営店で相談してください」
「へ、あ、はい」
「では、どうぞこちらへ」
疑っていた自分が恥ずかしくなるくらい、すんなりと全ては進んでいった。解体を依頼したせいで値段は下がったけど魔物の素材を売り、直営店では普通に武具を買い取ってもらえた。
そうして増えた金額は金貨10枚。因みにこの世界の金銭単位は基本的に
まあ、そんな製作者に恨みを覚える貨幣事情は置いておいて。
私は今、ギルドのスペースの端っこで手紙を読んでいた。そう、本当にアマルさん達から手紙が来ていたのだ! こんなに早く来るだなんて思ってなかったから、実は凄く嬉しかったりする。
「えっと、なになに?」
適当に注文したパンを食べながら、渡された手紙を読んでいく。ギルド間でのみ長距離通信が可能な何かで、送られてきた情報を印刷したやつだ。なんか、無駄にこういうところだけはハイテクなんだよなぁ……ボールペンみたいな物も安く売ってるし。
それはそうと内容は、『私たちは今、海の近くにあるタラッタという街にいます。路銀が尽きちゃったから、お兄ちゃんが漁の護衛をして稼いでくれてます。でもね、私だって動けるのにお兄ちゃん、まだまだ私のことを病弱扱いするのよ!』から始まって、愚痴と近況と街の様子がツラツラと書かれていた。
「楽しそうだなぁ」
アウルさんの苦労もひしひしと伝わって来るけど、それよりもアマルさんがとても楽しそうにしているのが伝わってきた。私が作った道具に不調もなさそうだし、良かった良かった。
私が半ば奪ったに等しいユメウツツが無くても、幸せそうで。
「んー……なんて返信しよう」
とりあえずこっちの近況とか、もし道具が壊れたら飛んでいくからすぐ伝えてねとか、そこら辺かな? そうやって床に届かない足をパタパタさせながら返信を書いていると、バンと大きな音を立ててギルドの扉が開かれた。
顔を上げてみると、そこにいたのはいかにも貴族って感じの服装をした中年の男の人。ここの街がこんなに豊かなのは、この貴族の人があるからなのかもしれない。丸い耳だけど、なんの獣人だろ。
気になるけど関わらないでおこう。そう思って、お金をケチったせいで硬いパンを食べながら手紙を書いていると、怒鳴り声が耳に届いてきた。
「まだ、私の娘は見つかってないのかね!!」
騒がしかったギルドの内部が、一瞬にして静まり返った。チラッと見てみれば、ギルドの若い受付嬢さんも困った顔をしている。若干涙目に見えるのは気のせいじゃないだろう。
「い、いいえ。2年間進展のない依頼ですので、受ける人もおらず……」
多分この話は、クハクさんに関することだろう。そんな予感が私にはあった。ご飯が、美味しくなくなりそうだ。そもそもあんまり美味しくないし、ご飯じゃなくてパンだけど。
「なら、高位の冒険者に指名すれば良いだろう!」
その言葉に、あっと思った時にはもう遅かった。折角学んだ結界を使う間も無く、中年貴族の迫力に押された受付嬢さんが言葉を紡いでしまった。
「も、申し訳ありません。この街に、そんなに高位な冒険者はいな……あっ」
涙目で答えた受付嬢さんが、チラッと隅っこにいた私を見た。周りに誰もいない私を、だ。必然、中年貴族の目も私に向かい──鑑定系のスキルを使われたので妨害しておいた。
「女の子の秘密を勝手に見ようだなんて、貴族のくせにとんだスケベオヤジですね!」
本心をそのまま、本気半分おふざけ半分でぶつけた。そのまま少し離れた場所でお酒を飲んでいた集団に目配せすれば、ギルドは汚い笑い声に包まれた。
一部の絡んでくる冒険者の人たちは苦手だけも、そういう人に限ってこういうノリには付き合ってくれるのだ。そういうところは嫌いじゃなかった。
「小娘……貴様、私がこの街を収める貴族と知っての狼藉か!」
「あら、すみません。知りませんでした。ですが、初対面の女の子のステータスを覗こうとするのも、相当なマナー違反ですよ?」
至極真っ当な常識を言い返しながら、手についたパン屑を払って私は立ち上がる。手紙は宿屋に帰って書こうと思い、スキルの中に収納しておく。
怒りながら近づいてきた中年貴族の背は170くらいで、見上げる格好になるから首が痛い。
「冒険者風情が……」
「これでも私Sランクですので。冒険者風情でも、貴族並みの権限はありますよ?」
Sランクというのは、そういうものなのだ。ハイリスクハイリターンな依頼を受ける権利、下位貴族相当の権利、固有の異名、その他諸々権利と権力が同様に様々な枷と一緒に付いてくる。私はまともに使ったことないけど。あと、異名は恥ずかしから秘密だ。
「そうか、では貴様に指名依頼をするとしよう」
「拒否します。内容も何もわからないものを無条件で受けるほど、私安くないので」
さっき言った枷の1つが、この指名依頼だった。ギルドには冒険者を指名して依頼できるシステムがあって、Sランクになると基本的に断れないのだ。内容が実現不可能又は不明瞭だったり、依頼者と信頼関係を築けないとか、そういう理由でもなければ。
今は、その分かりやすい2つの理由に抵触してくれていた。
「そうか、なら直々に依頼内容を説明してやろう。依頼内容は、2年前にある人物が誘拐した我が娘の捜索だ。報酬は100万G、私の前に連れて来い」
「拒否します。何歳の娘さんかは知りませんが、2年間音沙汰なしという時点で最悪の事態を考えるべきです」
普通に駆け落ちしてる可能性もあるし、死んでる人間を連れてくるのは無理だ。だからこれは、実現不可能な依頼という拒否可能条件に抵触する。
多分この条件が、誰も受けなかった理由でもあるんだと思う。そんなことを思っていると、目の前の貴族さんは顔を真っ赤にして震えていた。このご時世に娘さんを大事にしてるのは良いことだけど、それとこれとは話が別だ。
「一応、私情抜きでの考えですので悪しからず。配下の人ならいざ知らず、冒険者を動かすなら正確な情報と報酬が必要だと思います」
私がそう言うと、周りも「そうだそうだ」「あんな依頼受けられるか」と声が飛んだ。因みに私情込みだと受けたくないからの方便なんだけど、周りが同調してくれて本当に助かった。
「ということで、冒険者を動かしたいならもっと情報を吐いてください。せめて娘さんの名前、当時の年齢、誘拐した人物の心当たりの情報を。でもって、捜索条件をOnly Aliveからdead or aliveに変更すべきです」
それなら私も、仕事として受けないこともない。一応仕事は、依頼されれば私情抜きで受けるのがスタンスだし。だって依頼なんて滅多にもらえないから。
「良いだろう、その条件全てを呑んでやる」
真っ赤になって震えていた貴族さんは、そう言って大きく息を吐いた。うぇ、ちょっと臭い。歯磨きしようよ……
「娘の名前はアルベルタ、当時の年齢は5歳。誘拐した人物の名前は、クハク・ノクカーバン! 戦時中、Ⅱ型魔剣チョークを操り爵位を得たノクカーバン家の1人娘で、死んだ息子の元婚約者だ」
告げられた言葉を聞いて、胸の中の何かが軋む音がした。
「了解しました。元よりSランクに拒否権なんてないですし、依頼を受けますよ。ですが、覚悟はしておいてくださいね」
そう言い切って私は、内心を誤魔化すように早足でカウンターに向かい、依頼を正式に受けてギルドを後にした。
宿屋への帰り道に思い返すのは、あの街で見た23個の小さなお墓。つまり、あそこでは少なくとも23人の子供が死んでいることになる。もしかしたら死んでいるかもしれない、そんな予想は容易に建てられる。逆にあの寄って来た子供たちの中にいるのかもしれない、そんな希望的観測も持つことができる。
どちらにしろ、あの場所から帰りたいとは思ってない気がした。少しだけしか触れ合わなかったけど、あの子たちは凄く楽しそうだったし。
「それにしても、魔剣、か……」
チョークという名前は、実は心当たりがあった。リュートさんから貰った巻物によれば、その存在の足跡が途絶えたのは戦争終結後すぐ。だがその場所は、大陸の東であるここら辺ではなく中央付近。つまり、ノクカーバン家はそこら辺にあったのだろう。
「気配、無かったんだけどなぁ」
確かに色々と謎はあったけど、クハクさんが魔剣を持っていると考えると辻褄は……合うのかもしれない。血縁なら、間違いなく使えるだろうし。
そして本当に持っているなら、私も考えなくちゃいけない。譲って貰うか、取引するか……それとも奪うか。とりあえずクハクさんと話すのが先決だろう。依頼に関してのことも、魔剣に関してのことも。
「とりあえず、アマルさんに手紙書いてから考えよ」
さっきは乱入されて途中までしか書いてないし。
監視というか尾行というか、そんな感じの気配を巻くように、例の結界を再現した道具を使って私は宿屋への道を急いだ。