そうして、那由多の可能性を踏み越えて。
死の間際に少女が求めた救いの声に、無敵の
「刃金よ示せ、我らが祈り──希望の
響き渡るのは、魔剣の名残りを残しながらも未知の
海が割れる。光の柱が聳え立つ。
止まった時間、時間の逆流を堰き止めるように海底からそれは浮上した。
「神剣創造・焼却開始」
それは優しい願いの果ての果て。
命を捨てた大博打の集大成。
例え世界を滅ぼすことになろうとも──いや、世界を滅ぼしたとしても、必ず救うという闇が反転した光の祈り。
「神楽の時間は過ぎ去って、敢え無く巫女は舞い散った。誰も泣かない世界の夢は、遠く儚い夢幻の彼方へ」
朗々と響くのは幼さが残る女の声。確かに首を断ち切った筈の、最後まで生き残ってしまった者の声。
総ての呪いを背負った果てに、煌めく
「ああ、無敵の英雄よ。どうか願いに応えて欲しい。
果たしたのは転生による新生。故に3つの光輪の中心から浮上してきたのは、決してアヤメ・キリノではない人物だった。
長い髪ミスリル色の髪はそのままだが、頭部は右に龍の角、左に獣耳という左右非対称なアンバランス。
右眼は蒼色、左目は紺碧と紫のダイクロイックアイ。背中には龍の翼と大鎌の聖剣が成した機械の翼が存在し、かと思えば尾は銀狼のものから変わっていない。
両足と左腕は義体、恐らく心臓や内臓にも魔剣が使われているのが見てとれた。
両手に握るのはかつての聖剣、比翼天昇アインの短剣と長銃。
よく言えばアヤメをベースとした、アイン、リィンの3人を合わせた三位一体。
悪く言えば、継ぎ接ぎだらけのパッチワーク。
喩えるならば“神を降ろした巫女”のような、神聖ながらも異形の英雄がそこにはいた。
「是非もなし。この身は全て、貴女と共に。
遥かなる未来の果てまで、
彼方の希望は我が手の内に、届かぬ
そんな少女の祈りに応えるように、半透明に揺らぐアインが幻出する。愛剣である銃に手を添えて、今度こそ愛する人を守ると力を溢れさせていた。
「無明に閉じた
そんな2人を優しく包み込むように、言葉と共にリィンの姿が背後へ現れる。
術式は成功した。
1人の身体に魂が3人乗りという無茶が、《転生》という幻想によって成立する。
「みんなで
優しい想いに応えるように、祈りと力が爆発する。末期の祈りを引き継いで、泣いている神様を助ける為に──
「我らはここに、刃金へ誓う!」
──3人の言葉が重なった。
「我が身に流れる法則こそが、掛け替えのない我が世界!
久遠の彼方まで斬り裂いて、新たな光に天昇せん
──
その力の格は、出力は魔剣や聖剣を超越完了。
遥か高みの模倣ではなく、新たに創造した覚悟の剣。
幻想すらも飲み込んだその剣は、もはや魔剣でも聖剣でもない新たな剣だ。
故にこそ、別の銘を付けるべきだろう。
新たな世界を拓く剣、新剣や真剣、或いは転じて──神剣と。
「
生誕と共に、吹き散らされる《和平》による停滞と逆行。
逆向きに動いていた時計の針が、正常な時を刻み始めた。
「な、に……それ」
突然、あまりにも
絶望のループが始まる直前、その全てをぶち壊さんと現れた目の前のモノが誰か分からない。
間違いなくアヤメである筈なのに、明らかに他の人物の特徴が自然に混ざり合っている。
確実に殺した筈なのだ。
自分の手で、自分の娘も、自分の血を引いた魔王も。
介入出来た筈がないのだ、だというのに。
目の前の人物は既に、運命に翻弄された哀れな巫女に在らず。しかしその伴侶であった男でもなく、神の現し身であった王でもない。どれだけループの記憶を辿っても、目の前の存在を示すナニカが見つからない。
「まだ戦えるなんて、そんな筈ないッ?!」
故に、最初に吐き出せたのはそんな疑問の吐露だった。
「支えなんてもうある筈ない! 聖剣だって壊した、心だって折り砕いた!」
そう、アヤメ達がここまで来れる理由なんてない筈なのだ。
支えてくれた誰かもいない、力を成すための剣もない、立ち上がる為の心も砕いた筈なのに。
「滅びと転生の幻想が理由?
違う、そもそも貴女が握ってる物は何?
何を使って、何を起動させてしているッ!」
言葉は捲し立てるように、焦りと疑問と困惑に溢れて。
自分が理解出来ない聖剣らしき物体に、存在に叩きつけるしかない。
「それは私が作った
貴方が担うそれは一体なにッ!?
なんなのか答えてッ!!」
曲がりなりにも今のイオリは最後の神。
言葉には文字通りの神威が宿る。
よって言葉は最早物理的な衝撃となりアヤメ達を打ち据えて。
「『『これが私たちの、神剣だぁぁぁぁぁッ!!!』』」
──その一切が、呪い滅され銀の灰へと焼却される。
「ッ、
──
──
分からない。分からない。目の前の存在が理解出来ない。
だがそれでも、この状況に置いて致命の傷に至る存在だとは理解できる。
故にイオリが選択したのは時間稼ぎ。
目の前の存在がどういったものか理解するまで、少なくともアレの近くにいてはならないと。叫ぶ本能に従って、魔剣の曼荼羅から最大の矛と最大の盾を展開する。
アヒムが振るっていた時と比較し、殺到する絶死の聖光は数倍。担い手の反動を無視することで実現された最大火力が、アヤメ達に向け殺到する。
その補助に回るように展開するのは虹霓の檻。無数の丸虹を重ねたことによるエネルギー収奪の牢獄が、反撃の力すらも削ぎ落とそうとして。
「2人とも、お願い!」
『認識している!』
『余の母の技は、その程度ではなかったぞ!』
絶光と虹霓は、アヤメへ触れた刹那に消滅した。
全ては焼き尽くされ銀の灰に、イオリの背負う魔剣本体すら逃れられずに呪滅する。
「……なッ!?」
それはありえない光景だった。
力を呪って大元を滅するなんて馬鹿げている。なんの
間違いなく能力の根底にあるのは『呪滅』の幻想世界に違いない。だがそれだけである筈もない。
もっと違う、別の方向からのアプローチ。
そう気付いた瞬間、目の前の誰かが振るう力の正体を看破した。
「既存法則の、否定能力……?」
試作型魔剣2つを使い潰して得た答えだ、イオリの理性と感情の両面が正しいと吼えていた。
そしてその推論は、目の前の存在の前では全てが無意味になるということを示している。
重力に引かれてりんごが木から落ちるのが既存の法則だ。
だが目の前の存在の周囲ではそうならない。
りんごは上に落ちるかもしれないし、横に飛ぶかもしれない、或いは特定の言葉を言った者にのみ発射されることもあるかもしれない。
そんな、既存のルールを壊す能力。
目の前の存在が振るう力がそういった物だと理解して。
「ッ、!! させて、堪るかぁぁぁあぁぁっ!!」
絶叫。
嘆きを塗り潰す大音声と共に、再び世界を停止させる波動が放出される。
許さない。許せない。そんなこれまで積み重ねたきた努力も、犠牲も、覚悟も、何もかもを台無しにするよう選択は許さない。
例え何度繰り返すことになっても、自分が全ての責を負えばいいのだから。
「それでも私は! 救うって決めたんだッッ!!」
絡みつく時間の縛鎖を、アヤメが覚悟の叫びで引きちぎる。
両手には既に愛剣と愛銃が存在しているのだ。決して難しいことじゃない。
それにもう、これまでの自分とは違うのだ。
諦めないし、我慢しない。
「繰り返しが始まれば、きっと良い未来に繋がる時が訪れる!
私以外はそれを覚えていなくていい!
私とロイド以外の全員が救われる!
それのどこに文句があるのッ!??」
「文句しかないですよこの野郎ッ!!」
涙を流しながら時間を止めて叫ぶ
あくまで牽制、怒りの表明。1発たりとも直撃はしない。だがそれで十分、役割は果たしていた。
「私が欲しいのはそんな中途半端な幸せじゃない!
誰も泣かない、完全無欠の
なのに『自分が不幸になればいい』とかなんとか、クソ以下の幸せを押し付けるなッ!!」
止まった時間を溶かすように、銀天の太陽が空に昇る。
世界に満ちるクリフォトの結晶が消えていく。
亡くなった人は戻らず人の停止も消えていないが、それでも着実に世界が切り拓かれていく。
「殺してでも止めます!」
「絶対に世界はやり直す!」
お互いに譲らないと叫んだ瞬間、イオリの姿が描き消える。
転移魔法。
そう気が付いた時点で既に移動は完了。中天の高くにその姿は移動していた。
その背後、背負った天空に広がるのは極大の魔法陣。
読み取れた魔法の内容は彼女の代名詞。星を墜とす大魔法に、神をも病み殺す毒を塗した必殺撃。
「墜ちろ、【
雲が割れた空の向こう、巨大な死神の幻覚が現れる。
8つの棺桶と大鎌を構えた、血涙を流すその姿は誰が見ても壊れる寸前だ。しかしそんなことは関係なしに、空が燃えながら落ちてきた。
背負った棺桶から零れ落ちた煤のように、爆発する星の輝きのように、或いは天が流す涙のように。
幅が10キロ、長さ30キロに渡るクリフォト結晶。それが本来の透き通った蒼色ではなく、毒々しい紫に染まって墜落してくる。
当然の如く音速を超えている筈なのに、落ちてくる物体があまりにも大き過ぎて、遠近感がまるで機能していない。
雲を突き破り吹き散らし、遠雷に似た地響きを轟かせて。
1つでも砕けば今のアヤメ達ですら死に至る、無数の結晶柱が空から生えてくる。
『問題ない、合わせよアヤメ!』
「了解ですリィン!」
なけなしの大魔法に向けて、翼を張り位置を固定したアヤメ達が神剣の筒先を向ける。
銃口を中心にして顕現するのは秘呪の銀河。しかしかつてのディーアボロスとは違い、その動き1つ1つが術式を編み新たな魔法を構築していく。
『これぞ龍の魔法が最終到達点。理の彼方へ消し飛ぶが良い!』
「『【
世界を揺らす反動を代償に、解放されたのは極大の熱線。
周囲の空間を抉り、消滅させながら、白亜の閃光が空を薙ぎ払う。
結晶柱が抵抗出来たのは一瞬だけ。塵1つ、毒の痕跡すら残さず消し飛ばされていく。
「この魔法を打ち消すには、大技を使うしかないでしょ!」
そんなアヤメの背後に、音もなくイオリが出現する。
この場の誰にも気取られない静粛転移、速度も間合いも無視した絶技に大鎌が組み合わされ──
『甘いと否定する』
死神の一閃を、無数に重なった光陣の結界が阻み拒んだ。
それはレギオンαとβの能力であった守りの力、その億千万が積層し『獣』の魔法も加わった要塞に等しい重装甲。不意打ち狙いの一撃で、仕留め切れる厚さではない。
「ッ──だったら!」
突破を早々に諦め、イオリが大きく背後に飛ぶ。
同時に腰溜めに構えた大鎌は、全力全開大振りの合図。次元を斬り裂く、問答無用のギロチン刀。短剣で同じ技を撃ったとしても、出力が足りずに押し切られるだろう。
『アヤメ』
「分かってる、やっちゃえアイン!」
よって対抗するように、魔法を放ち続けるアヤメの背で大鎌の翼が鳴動する。
目には目を、歯には歯を、大鎌には大鎌を。
3人で1人である利点が最大限に発揮される。
『武技──』
「武技──」
『「次元断!」』
放たれた世界を断つ斬撃の刃は直後に激突。
いつものように世界を斬り裂きズラすことはなく、掻き毟るような空間の絶叫が響き渡った。
そして少しずつ、斬撃の接触点から世界が壊れていく。まるで古い塗装が剥がれるようにボロボロと、放射状にひび割れが拡大していく。
「ッッッ、まだ!!!」
爆散。斬撃が対消滅した空間から飛び去りながら、イオリが背負った棺桶を展開する。
『獣』撃ちの巨砲のように展開されたそれは、数えるのも億劫になる数の砲塔。微かに覗く弾頭はミサイルの群れ。未来科学の結晶であるそこに、一体どれだけの厄災が詰め込まれているかはもはや未知数だ。
「多重照準、自動追尾、近接信管設定! 補助は任せた!」
『『認識してい(お)る!』』
対抗してアヤメが背後に展開したのは、無数の戦車砲塔とミサイル弾頭。
魔剣の力は決して失われてなどいない。
波紋のように揺れる銀灰の海から顔を覗かせるそれらは、何処かリュートの背負っていたモノにも似ていて。
「リュートさんまで、私を否定しないでよ!!!」
「『『当たれぇぇぇッッ!!』』」
数百メートルもない距離の中で、近代兵器の粋が激突した。
分裂しながら飛翔するイオリの弾幕を光の砲撃が打ち抜き、光で編まれたミサイル群が拡散するミサイルに打ち消される。
ばら撒かれた細菌兵器は悉くが銀の灰へと焼却され、或いは時間停止に取り込まれて意味を成さずに機能を停止させていく。
「ああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
爆煙の向こう、ならばと叫びの声に禁呪が起動する。
イオリの周囲に生み出された、魂を削る光の槍。
無尽の魔力を叩きつける、錬金術の秘奥。それを自らの消耗も無視して解き放って。
「リィン、合わせて!」
『心得た!』
もう1つの、同じ名前を持つ技が迎撃として解き放たれる。
「禁呪解放、《
「精霊術──[
『秘呪解放──天獄氷嵐!』
秘めた呪いの後押しを受けて、絶凍の精霊術が光の槍を飲み込んだ。
だがやはり、出力が足りていない。獣王剣のお陰で使えているだけで、本来私たちの誰にも精霊術の適性はないのだから。
選択ミス
そんな単語が頭をよぎって。
『────』
遠く、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
何事かと思考を巡らせる中、解けながら吹雪に向けて飛び込んだのは髪を結んでいたリボン。
この世界に残っていた、最後の銀狼族の置き土産。
凍てつく風に触れた瞬間、解けたリボンは氷狼へと姿を変えて。
同族のよしみと言わんばかりに、急激に吹雪が成長した。
禁呪が凍てつく。
禁呪が止まる。
増大した出力が、空間ごと全てを氷に閉ざしていく。
紡いだ最後の絆が、アヤメ達の勝利へと天秤を傾けて──
「まだだぁッ!」
轟く気合いの叫び声が、前提から全てを粉砕した。
吹き荒ぶ爆炎が氷嵐を食い破り、飲み込み、破砕して焼き尽くす。
今でこそ神であるが、イオリとて元は人の英雄。背負い続けてきた覚悟を胸に、覚醒出来ないはずがない。
「──追い詰めた英雄がそうなるのは、勇者のお陰で知ってるんですよ」
そんな覚醒直後、生まれた須臾の隙を突いて。
イオリの眼前に、アヤメが肉薄した。
氷と焔の嵐を抜けた代償に無数の傷を負いつつも、その気勢には些かの衰えも見えない。
故に当然、剣の閃きも止まらない。
銀灰色に染まった刃が描くのは、父親から受け継いだ剣聖の軌跡。その発展系。
もはや時間停止も、魔法も、武術の迎撃も間に合わない。アヤメだけが持つ対人最強の暗殺剣、その本領が遺憾なく発揮されて。
「これで、決着です」
涼やかな金属音を鳴らし、イオリの持つ大鎌の聖剣がその半ばから両断された。
幻想が消える、加護が消える、神を神たらしめていたモノが消えていく。届かない、届かない、求めた明日が遠ざかっていく。
「あ──」
空を飛んでいることすらままならず、落下するイオリの心中にあったのは納得だった。
ああ、ここまでやられたのなら仕方ない。
だってもう、自分すら越えているのだ。
悔いはない、満足だ、このまま世界を渡すのも悪くはないと。
…………本当に?
だってそうだろう。愛しい娘が自分を越えてくれたのだ。
1人の親として喜べないわけがない。
きっとこれなら、よい未来にもなってくれる筈なんだから。
……本当に、それでいいのか?
くどい。それでいいのだと、納得させたのだ。邪神は勇者に倒されて、それでおしまい。大団円。アヤメが求めていたものとは少し違うが、これこそ現状で至り得る最大限なのだと。
……いいや違う。こんな終わりが最善なはずがない。
……俺が惚れた女は、そんなことで諦めるような人じゃない。
「ロイ、ド……?」
所詮は幻聴、そう判断していた聞こえる声に思わずイオリが聞き返す。そんな筈はないと。あそこまでの傷では、死者蘇生すら追いつかない筈だと。
……あそこまで、俺たちの娘が気張っているんだ。
……寝てる暇なんてないだろう?
「そっ、か。そうだね……そうかも」
ここにきて全部を譲り渡すなんて嫌だ。
否、否、否、否、断じて否。
「ありがとう。ありがとう。お陰でまだ、胸の炎は消えてない」
涙を流して感謝しながら、やはり諦められないとイオリの胸に覚悟が戻る。
同時、アヤメと視線が交差した。
まだ終わらないだろうと、自分を見つめる優しい目と。
「だったら私も! まだ諦めてる訳にはいかないよね!」
なに、条件はまだ五分だ。
アヤメ達が出来たことを、私たちが出来ない筈がないと。
即ち、勇者召喚の魔法を応用した融合。
己自身の死を対価に、新たな自分として転生する。
幸い
「もし失敗しても、怒らないでよね……ロイド」
……当たり前だ。それに失敗なんて、する筈がないだろう?
光を取り戻した目は、炉心の焔にも似て煌々と。
この経験すら糧にして、最善を超えた最善にまで辿り着いて見せると天に吼えて。
「何度
『希望の
『「私達は今、
全ては、希望の明日を掴むために。