「これで、終わりだぁぁぁぁぁッ!!」
次元の加護を犠牲に、乱れた時空を突っ切って。
私たちは最後の突撃を開始した。
神剣の出力は既に最大最高。
反動で崩壊することすら視野に入れて全霊を振り絞っている。
何せこの突撃が、恐らく私たちがママ達へ接近できる最後の機会だ。
冗談じゃなくダメージは限界ギリギリ。
自分の知らないまま温存していた手札まで使ってしまった。
故にもう、次はない。
勝負は今、ここで決まる!
「──ッ、やっぱり相性が悪い……!」
時間を止める炎と全てを壊す灰
停滞の結晶と呪滅の氷
せめぎ合う2つの力の天秤は、後者である私たちに傾いていた。
蒸気のように銀灰を吹き散らす左腕を盾にした突撃に、舌打ちをしながらママ達の炎が迎撃する。だが直接対決となってしまえば優勢なのはこちらだ。
緻密に組み上げた機構を正確に動作させるのと、それに砂をぶちまけジャミングすることのどちらが簡単かという話。
問題だったのは射程だけ。だが能力が届く距離になった以上、その問題は突破済み。いずれは私たちが上回る。
故にさあ、気合を入れ直せ私たち。
ここから先はスピード勝負。
向こうは正真正銘、大戦期の英雄だ。
何があろうと、絶対に、私たちを超えてくる。
苦難を糧に、冗談みたいに限界を飛び越える。ほら。
「『けど、まだだ!』」
轟く気合の二重奏。
それは何処までも英雄らしく。
世界法則を冒涜するような、精神力と覚悟……気合と根性のみによる現実の蹂躙が始まった。
直前までの弱々しさを掻き消すように、冗談のように時間停止の炎が燃え上がる。
出力上昇は概算で2倍、3倍、4倍を越えてまだ止まらない。
そうして私達の出力に追いついた刹那、狂喜的な笑顔を浮かべた顔と視線がかち合った。
「
性質反転、
瞬間、解放された蒼色の奔流。
言葉の雰囲気からして、恐らくその性質は
蒼色の奔流に触れれば最後。恐らく急激な老化……いや、それすら越えて風化して、身体は朽ち崩れ落ちるだろう。
「『『まだだぁ!!』』」
だから、私たちももう一度。
目には目を、歯には歯を。
覚醒には覚醒を。
気合と根性で、英雄の証を打ち立てる。
「お前が『獣』というのならば!」
『大人しく余らに』
『手綱を握られろッ!』
『『「
迫る理不尽に抗える存在を、私たちは1つしか知らない。
故に、たとえ無理でも成し遂げると。
つい数瞬前に杖へと変形し、今や形を崩しつつある魔剣を起動させた。
『████████ッ!!』
封印から解き放たれた《轢新》の幻想が吼える。
半ば滅びながらの解放だった為かその顕現は不完全。
霞のようにその輪郭を揺らめかせ、しかしその存在をしかと主張しながら。空間に割り込むようにソレが現れる。
7つの首、10の冠角、6対の翼、6本の脚に、6爪を持った黒き龍。燃え落ちた炭のような極黒の鱗の奥に、熾火のように真紅の輝きを煌めかせる滅びの獣。その残滓。
斃さなければならなかった、倒し続けた宿敵の力を両親に向けて叩きつけた。
『まだ、まだぁッ!』
だが所詮、この程度。
1度倒した相手が蘇った程度で英雄は止まらない。
呼応した
『幻想世界──果ての蒼穹ッ!』
その能力は、底がない空という異世界に対象を取り込むこと。
凍える様な風が荒れ狂い、果ての無い蒼のみが広がる世界がそこには在る。
地面なんて物は無く、無限に落下し続ける空の地獄が。
時間加速を食い破った『獣』の幻影が取り込まれる。
崩れゆく魔剣が飲み込まれる。
そうして身体を凍てつかされ、取り込まれ、『獣』と魔剣が落下を開始し──
「まだこの戦闘は終わらせない! 私たちの決着は、こんな所で終わら──」
そして、釣られて死神も覚醒する。
輝き照らす勇者の聖剣。生前の親友に応えるように、聖剣としてのリミッターを踏み越え炉心を融解させながら、笑うように限界を飛び越えていく。
そして──私達の勝機はここにしかない。
『『「
覚悟と共に最後のリミッターを解放。
言葉を遮り、全力で呪滅を叩き込んだ。
「──せないッ!?」
さしもの英雄もこれなら覚醒が間に合わない。
覚醒の出掛かりから壊し、排除し、押し潰す。例えこの身が持った、全能の神剣を失うことが決まっても。
駆動を始める魔力炉心。自壊し轟く末期の声が、神剣を目覚めさせる。
果たすのは覚醒に重ねた擬似的な覚醒。
天井知らずに対する瞬間的な対抗策。一度でも正面から向き合ってしまえば、最終的にはこうなることは目に見えていたのだ。
命程度、もう惜しんでいられない。
『『「はああぁぁぁぁっッ!!」』』
出力上昇、出力上昇、出力上昇。
私たちだって、末席ながらも英雄だ。
あちらに出来て、こちらが覚醒を重ねられない筈がない。
「んなッ!?」
もう何度か技の応酬があると思っていたのだろうが……冗談じゃない。
付き合っていられるかそんなもの。
私たちの身体はもう限界なのだ。
そんなことをしたら、数分と保たずに崩壊してしまう。
爆発的に増幅させた出力で押し込みながら、しかしそんな内心を悟られないよう笑顔を浮かべる。
向こうと違いこの重覚醒は、連発の出来ない正真正銘最後の切り札。
退けない、負けられない、諦めない!
「そっちがその気なら、私達だって。ロイド!」
『ああ! 負けられないなッ!』
爆発的に拡散する銀灰と氷に対抗し、阻止せんと時間停止の炎と停滞の結晶もまたその出力を増大させる。
思いの力による覚醒、勇者を初めとした大戦期の英雄がお家芸。
折角実現させた私たちの優勢も、恐らく数十秒あれば覆されるだろう。だが──それで充分。ここに条件は整った。
『『「滅び壊れろ──
高まる神剣と神剣の鬩ぎ合いは、ここに世界の臨界を突破した。
臨界を越えたらどうなるか?
転生前に例えた、世界を絵画になぞらえた形で言うのならば……そう。
穴が開く。
絵の具を塗り重ねた紙が破れるように、何処とも知れぬ場所に落ちていく。
「『──ッ!』」
ママ達が息を呑むのが見える。
ああ、その反応が当たり前だ。何せこれは勝負を放棄したに等しい自殺行為なのだから。
これまで無数に空けた世界の穴が繋がる。
ひび割れが加速する。
壊れた世界が悲鳴をあげて、ここら一帯を虚無へと反転させ、呑み込みながら墜ちていく。
墜ち行く先は、時間も空間も定かではない次元の狭間だ。
特異点とでもいうべき異空間。
人なんて到底生存できない絶界。
そこに向けて、縺れるように。2柱の神が墜落する。
「こんな、こんな自殺紛いの決着なんて許さない!」
「許さなくて結構! でも、底の底まで付き合って貰いますよ!!」
再度の覚醒に炎の出力が跳ね上がったが関係ない。
自壊を前提にこちらも再び出力を跳ね上げる。
加速する空間の崩壊はもう止まらない。
私たちはもつれ合うように、真っ逆さまに虚無の底へと墜ちていく。
私達の手にある机上の空論、この世界の誰もが笑って終われる大団円。それを実現できるかも知れない、唯一の可能性がある場所へと。
思いは1つ。
私達の勝ちは、譲らない。
「リィン、アイン、お願いします!」
『レギオンα、β、及びユビキタス最大展開!』
『高速演算開始!』
深く深くに向け墜落しながら、無数の端末をばら撒いていく。
戦闘機が、多脚戦車が、機械蟻の軍隊が、虚無を制圧するように拡散する。
虚無の空間が持つ性質を分析しながら、私達の
その過程で幾つかは時間停止に絡め取られたが問題ない。
止められたのはたかが数千機、全体から見れば端数でしかないのだから。
「なんで今更こんなこと──まさか!」
私達のそんな態度を見て、ママたちもようやく私達の狙いに気がついたらしい。
「ああ、やっと気がついたんですか」
そう、私達の目的地は最初から此処に至ることだった。
この特異点に墜ちた時点でもう目的は達成された。
これ以上、勝負なんてしてやるものか。
そんなことをしていたら命が幾つあっても足りやしない。
こんな場所に墜ちてまで、果たそうとしている私達の目的は──
『『「ここで、
──そもそも2人に勝利することじゃないのだから。
「『な──ッ!?』」
私達のやろうとしていること。それは言ってしまえば【悪魔】と何ら変わりない。
『幻想侵食。座標位置演算、事象の切り取り開始──!』
【悪魔】がやろうとしていたのは[異世界への侵略・消費]
世界を樹に喩えるのであれば枝から枝に飛び移ること。
その際、枝にあった葉や芽などを刈り取り、食い尽くし、害虫のように自分達で消費し切っていく。
対し私たちがやろうとしているのは[過去の自分達の世界への移住]
枝から枝に飛び移るのではなく、いま自分のいる枝の根元に移動すること。
その際、ほんの少しだけ残った自分達の世界の残滓を引き連れて。
「術式参考──占錬回帰カドケウス改」
『余らの名に置いて、未来の逆行を開始する!』
獣と私達の違いは──
移動するのが横軸か縦軸か。
異世界か同じ世界か。
あとは住民の総数が数京単位か100万人弱か。
──たった、その程度の差でしかない。
時間の巻き戻しならぬ、未来を使った過去の上書き。或いは書き加え。
自己同一性の保証すら出来ない、少なくない数の問題を起こすかも知れないリスタート。
「そんなこと、出来る筈がない!」
「出来る!」
『一時的にでも獣を使役した経験、当方達の剣、及びこの空間の特異性を用いれば不可能ではないと否定する。原理としては何も変わらない』
例え出来ないと言われようと成し遂げる。
全員が生きていられる優しい結末。
誰もが泣かないで済む結論。
私に見つけることが出来たのは、
どう足掻いても救いがない世界。
悲しい未来。
終末の果て。
そんな結末しか未来に許されないなら、その土台から全てを覆してやる。
悲しみを始まりの時点から、上書いて別の方向に分岐させる。
時間も空間も曖昧な、この場所で。
「未来の存在が過去に飛ぶ、そんな事をしたら無事じゃ済まない!
既に生まれている人、死んでしまっていた人、これから生まれる人、その全部がおかしな事になる!」
「問題ない!」
『余らの帰る場所であるユ=グ=エッダの住人は、大半が
それに加え、遡る時間は大凡20年。
それだけ時間が離れてしまえば……人はもはや別人だ。
もしダメだったとして、弾かれるのは異物である私たち。同一人物に記憶くらいは残るだろうが、結果は世界が巻き戻り平和に戻るだけだ。
『ならば土地や外交の問題はどうする。転移が成功したとして、過去から弾き出されては意味がないぞ?』
『そこは余らの腕の見せ所であるな。幸いにして呪海を征くことすら可能な船団であるのだ。未来の技術も考えれば、幾らでもやりようはあろうよ』
20年前の世界について私は詳しく知らない。
だが少なくとも、人間界・獣人界・魔界の3つが健在であり争いがない時代であったことは知っている。
現代において海洋進出が進んでなかった以上、3大陸に囲まれた海の中心である“ここ”がどの国のものではないことも。
『強欲で、傲慢な結論だ。今を生きる人のことを何も考えていない』
「もう、自分を偽らないと決めたんです。悲しみに嘆くことも、だからって怒りに身を任せるのも」
だから、私は目指したい。
自分のことを、生きてていいって。
胸を張って認められるようになる世界を。
「それに──たった1人の幸せのために、世界を繰り返した2人の娘なんです。身勝手で何が悪い」
世界を救え。
そんな強欲で傲慢な要求。
散々これまで墜星が、パパとママが私たちに望んできた問いの結論だ。
だから文句なんて言わせないし、許さない。
繰り返しなんて失敗続きのもの以上に良い結論があるなら、今ここで出してみるがいい。
『……参ったな、イオリ。俺たちでは何も反論が出来ない』
「だ と し て も!!!」
そんな結論は認められないと気炎万丈に猛る言葉。
何度目かも分からない時間停止の力が爆発する。
ああ、こうなることは知っていた。
言葉だけで止まるような相手なら、こんな今に至る事態に陥っているはずがない。
「そんな使い手の安全を無視した魔法は使わせない!
アヤメ達が帰れない魔法と結論なんて許さない!」
それに、相手は魔法のエキスパートだ。
唯一と言ってもいい欠点まで即座に見抜かれた。
この魔法の最大の問題点はそこ。
術者以外の逆行は容易、だけど術者が過去に飛べるかは分からない。私たちが初めてした時間遡行の時点で、判明していた欠陥だ。
無論、帰るつもりしか私たちにはない。
だが失敗の可能性だって低くないこともまた事実。成功率は…………大体6割くらいか。
「まだだ! そんな魔法、今からでも発動を──!」
「残念ですが」
そして最後には、ママ達は結局優しさを捨てきれない。
こうなるのは知っていたから。
「私達は、物語に出てくる悪役じゃありませんから」
『既に術式は発動済みだと否定する』
世界が、廻る。
覚醒すら追いつかない。伸ばした手も届かない。
時間停止も、銀灰の幻想も、何もかもを巻き込んで。
──私たちはここに、終焉の剣を執る。
「ま──」
『『「
私達の全てを賭けた大魔法が、静止の声すら飲み込んで解き放たれた。
発生したのは、星の終末のような大爆発。
大規模な儀式魔法と幻想の重ね合わせによる、この特異点すら滅ぼさんとする極大な力の奔流。
神剣を起動してでもない限り、生き残ることさえ許さない鏖殺の奔流。それに全てが飲み込まれ──
「……終わり、ましたね」
気がつけば、魔力も、気配も、私達以外のものは消え去っていた。
この特異点にはもう、私達以外の何者も存在しない。
『探査完了。当方達を除いた生命体はいないと断定する』
『で、あるか。なれば後は、行く末を見届けるだけであるな』
「ですねぇ……」
アインとリィンの言葉を聞いた途端に、どっと疲れが押し寄せてきた。精も魂も尽き果てたとはこんな状態のことを言うのだろう、それくらいにはもう何もしたくない。
「術式は」
『当方の感知している限り、順次稼働中だ』
解放された魔法の軌跡は、煌めく星々のように渦巻いて。銀河を彩る天の河にも似ていて。全てを星の煌めきの内へと閉ざしていく。
「ママたちは」
『余が最後に見たのは、光に弾かれ過去へ吹き飛んだ所までであるな』
それなら、うん。
きっと悪くない。
「……こんな無茶、付き合ってくれてありがとうございました」
『問題ないと否定する。最後まで付き合うと誓っただろう?』
呼び出したレギオンβの機首に腰掛けながら、他愛のない話をして笑う。
失敗するつもりはない。つもりはないが……最悪の場合、きっとこれが最後の会話になってしまうから。
『余も文句はない。元より死の淵にあった身でここまでやれたのだ。むしろ感謝したいくらいだ』
「……ですか。それなら私も、後悔はしないですみそうです」
廻れ、廻れ、時の螺旋。
私達の世界にもう魔剣はないけれど、それでもきっと。
よい未来が描けることを信じている。
人はきっと、そういうものだから。
「ただこの別れ方だと、絶対にパパもママも怒りそうなんですよね……再会、したくないなぁ」
『どうせ無理だと否定する。当方達が浮上したが最後、草の根を掻き分けてでも見つけにくると確信する』
『……余だけ何とかならぬだろうか?』
「無理でしょう、あれだけ啖呵切ったんですから」
などと話している間に、魔法は完了したらしい。
天を見上げれば無数にあった光の流れが、北極星のような1点を残し消えていた。魔法の行使が失敗した気配は──ない。
『あと今更なのだが。余ら、揃ってもう寿命がないであろう? 例え蘇ったとして、数日で命が終わるのではないか?』
「あー……ありそうですね」
『当方もアヤメも、1週間かそこら程度しか生きられなかった記憶がある』
そんな会話をしている最中だった。
ピシリ、と身体からひび割れが走る音が聞こえた。
──それは私達の身体である神剣の悲鳴。
限界を何度も何度も超えながら、漸くここまで辿り着いたのだ。さもありなん。
機械が最初に設計された数値を超えて稼働しないように、本来は魔剣や聖剣だって限界を越えることはできない。やれることはリミッターを外すことだけ。
故に、ことが終われば壊れるだけだ。
「もし、生き返ったら。何かしたいことってあります?」
まるで墜星の散り際のように、身体が粒子化して解けていく。
避けられない終わりを肌で感じつつ、並んで座る2人に問いかけた。
『余は、そうさなぁ。あれだけ啖呵を切った手前、言いにくい事ではあるが。もう王など懲り懲りだ、書類の山など見とうない』
『当方は……アヤメと居られれば文句はない。だが暫く、戦闘などはしたくない。そういうアヤメはどうなのかと疑問する』
「私ですか? そうですね……鍛冶をしたり魔法で遊んだり、殺伐としてない日常が過ごせたらなんでも」
ただそう、強いて言うなら。
「またこの3人で一緒に、何か楽しいことが出来たらいいなって」
そうして、一際強い輝きに包まれながら。
それでも決して、繋いだ手を離すことだけはしないで。
『ああ』
『うむ……それは、いいな』
最後に笑顔を浮かべた瞬間、私たちは淡い光に包まれて。
神剣《終焉剣 : 久遠アヤメ》は特異点から消失した。
たった1つ、動き続ける鋼の翼を墓標として。