燦々と、
何者にも変え難いその光は、未来の自分にとってなんてこともなかったがこの身には耐え難い毒になる。
しかしそれは改善できることだと知っているからこそ、肌を灼け爛れさせる光に身を晒して──
「お辞めくださいミーニャ
大慌てで飛び出してきた次女に抱き抱えられ、私は光の届かない影へと連れ込まれた。9歳の身体では大人の力に逆らうことも出来ず、抵抗すらできないまま陽光を遮る魔導具を付けられる。
「はぁ……言っているでしょう。この体質はかいぜん出来るのです。こうして平和な今から対しょせずにどうしますか」
「またその『未来の記憶』とやらの話ですか。全く、あの日から大人びた代わりにどうかなさってます。以前の貴女様は何処へ行ってしまわれたのか」
「──おしとやかさは、戦乱の未来で散りました」
「全く貴女という人は──」
あの頃はあんなに怖かった筈の侍女の言葉を聞き流しながら、余りにも弱々しくなってしまった自分の掌を見つめる。一応女性として20年も若返った事実は嫌ではないが、弱さまで取り戻してしまうのは如何したものか。
「──聞いているのですか、ミーニャ王女!」
「ええ、聞いてます。聞いていますとも」
今の私は、親の庇護がなければ生きていられない籠の鳥。侍女の言葉も正しく理解できる以上、従うことに否はないのだ。ただ少し、自らを鍛えることを許してほしいだけで。
「全くもう……」
諦めたように部屋を出ていった侍女を見送りながら、仕方がないと懐かしい天蓋付きのベッドに横たわる。今日の予定は午後まで何もなし。未来ではあれほど過ごしやすかった無音に、何となく手持ち無沙汰を感じてラジオへ手を伸ばした。
《ザ、ザザ、ザ──》
数秒の砂嵐が過ぎ去ったあと、チューニングが終わったスピーカーの魔法からいつもの放送が流れ出した。
《──それでは、次のニュースです。
突如公海上に不明な航空物体、ユ=グ=エッダを自称する集団が現れてから早半年。同時期に世界各地で発生した幻覚症状との関連性は未だ否定されていません。
我らが獣王国に於いては、ミーニャ王女を筆頭としてユ=グ=エッダと国交の開通作業が始まっており、真相の究明が待たれます》
あの日から、と数えるのは少しおかしな話になるので改めて。
私……ミーニャ・S・ニライカナイが未来の記憶を取り戻してから6ヶ月。こんな、かつて在った筈の優しい日々に私は戻っていた。
調べた限り、日付は未来の最後から数えて20年前。悪魔襲来の5年ほど前。今から徹底的な対策をすれば、撃退は確実に間に合うだろう時期だった。
《また、ミーニャ王女直属として編成された
「よう、姫さん。また侍女に止められて、未来の鮮血の女王も形なしだなァ?」
「全く……窓からしゅく女の部屋に入るなんて、お父さまが存命な以上なにを言われるか分かりませんよ? セプテントリオ」
「未来の記憶を持った俺を抱え込んでんだ、それくらいは多めに見ろや」
ケケケ、と笑いながら部屋に侵入してきたのはボレアス・セプテントリオ。軍に入隊直後であった彼が、まだ大将ではないアヒムと決闘をしていたのを見つけられたのは僥倖だった。
一応、自分は未来では彼の最後の雇用主。その有用性も理解している以上、自らの私兵としてかの
「まあ、私としては気にしませんが」
「だろうな。あの時代を生きたあんたに、そんなもんは必要ねぇだろ」
「おっと。ここで私が何か叫べば、父が飛んできますが」
「おお、怖い怖い」
肩をすくめて曰うその姿に、反省の様子は全くない。されても困るというのが本音だが、共々いつか失敗しそうで恐ろしい。まあ、それは別によいのだ。問題は頼んでいた捜索にある。
「それで──調査になにか進展は」
「いいや、全く。3界を一通り回って来たが、影も形もねえな」
「やはり、そうですか……」
未来世界に於いて生きていた筈の人物は、私やユ=グ=エッダ側が認知していた限りは補足した。死に掛けていたり、或いはそもそも記憶がなかったり、自死を選んだものも少なくない中──未だ、完全に行方が不明な人物が3名。
アヤメ・キリノ
アイン・ティアードロップ
リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルン
4ヶ月前に姿を消したイオリさんとロイドさん、そしてティアさんの言い残したことから、この3人がこの事態を引き起こした下手人だと判明している。しかし同時に世界を救った、誰も知らない3人の英雄達。彼女達だけが、未だ過去の世界に未帰還だった。
「私たちのように同一人物が居ようはずもない以上、確固とした個として存在しているはずなのですが」
「残念だが、いない以上はそういうこったろ」
即ち、死んでしまったか帰ってくることはなかったか。或いは、儚い希望ではあるが帰還途中か。6ヶ月も探して見つからないのはそういうことだ。
やはりもう、会う/手合わせをすることは出来ないのだろう。
戦乱の世界に育った者として、長く1人の人物に執着することは出来ない。まだ死んでしまったという方が理解ができる。故に諦め、対【悪魔】政策の話へと移ろうとした──瞬間だった。
「ッ! 侵入者、いえ……でも、この魔力は!」
「全く、遅い帰還じゃねえか」
王城に展開されている結界を突き破り、一機の鉄の塊が墜落して来た。見間違えようもない未来技術の塊、試作型魔剣。有象無双レギオンβの戦闘機が。
「セプテントリオ!」
「あいよ。お手を拝借」
その物体の中に、知っている魔力を感じたから。先ほど自分で言った言葉を覆し、セプテントリオの手を借り窓辺から飛び降りた。戦闘機の墜落先、本来この時期の自分が最も好んでいた城の中庭へ。
視線の先、落ちゆくレギオンβは完全に制御を失っていた。エンジンは完全に機能停止、折れた翼のせいか螺旋を描きながら墜落していく。担い手に意識があるようには、見えない。
「ありゃ墜落するな。手ぇ離すなよ姫さん」
「ええ、守って下さいね?」
轟音──そして衝撃。機体が中庭に墜落した。
本来の戦闘機であればここから誘爆などが起きそうなものだが、そこはあくまで魔剣の一部。機体をぐしゃぐしゃに歪めながらも、中庭に突き立つようにしてレギオンβは動きを止めていた。
「……生きているでしょうか」
「さてな」
にわかに騒めきだした場内を尻目に、セプテントリオを護衛に機体の残骸へと近づいていく。鬼が出るか、蛇が出るか。そもそも機体の中にいるのは、私達が知る3人なのか。
最悪の場合死体だけ──いや、結晶憑きとして
「ッ……」
消えていく。
光の粒へと変じながら、レギオンβの機体が空気に溶けていく。初めて見る変化だが、似たような消滅の仕方は見覚えがある。墜星……この時代に於いてはまだ生きていて、英雄と呼ばれてもいない彼ら。その死の間際の光景によく似ていた。
光の粒は、泡のように弾けて。
全てが消え去った後。機体が墜落した場所に残っていたのは、見覚えのある3振りの魔剣だけ。
炎のような赤い刃を持つ短剣
水底のような青刃を持つ短剣
無骨なリボルビングライフル
アヤメの魔剣であるエターナル、聖剣であるアイン。それだけが、まるで墓標のように地面へ突き立っていた。
「ま、遺品だけでも戻ってきたのは悪くは無えかッ、と」
即座にそれを死と判断出来たのは良いのか悪いのか。諦めと共にセプテントリオが近づいた刹那、剣を中心に凄まじい量の魔力が吹き荒れる。
しかし、所詮はただの魔力嵐。セプテントリオやミーニャには一切の動揺もなく、粛々と事態は進行していく。
それぞれ魔剣を核にして、吹き荒れる魔力が収束していく。
魔力が身体の輪郭を得て、輪郭が実体を、実体から肉体を。次には衣装を、武装を、次々に再構成されていく。
明らかに人ではない形の再臨。誰が止めることもなく、それは完全に成功する。そして──
◇
どさり、という衝撃を感じて私は意識を取り戻した。
覚えているのは最後、また来世と約束して魔力に散った記憶。身体が軽い、内臓の機能が正常に回復しているのが分かる。となれば……ここは、死後の国かなにかだろうか。
そんな他愛もないことを考えながら、眠気を抑えて目を開く。閃光、眩い光に思わず細めた視界の先。広がっていたのは、何も遮るものがない青空と私に落ちる木漏れ日だった。
「ああ、気持ちいいですね……」
ここが噂の天国とやらだろうか。そう思って首を横に向ければ、まだ目を覚ましていないようだがアインの姿。反対を向けばリィンの姿があった。最後の記憶にある通り、しっかりと両手を繋いだ状態で。
「満足です、かね」
大きく息を吸って、吐いて。目を閉じる。
魔法自体は成功したのだ、悔いはあるが駄々は捏ねない。これでよかったのだと、意識を手放そうとして──
「──何を満足してるんですか。アヤメさん」
私の知るものよりかなり若い、けれど確かに知っている人物の声が聞こえた。それも、尋常じゃない怒りを孕んだ。
「ッ!!!」
背筋を走った悪寒に、思わず意識が覚醒する。上体を起こし、否、繋いだ手を離して意識を完全に覚醒。武器は……ない。が、拳と脚はある。相手は分からないが、こちらに向けて迫る脚撃に対し拳を迎撃として当て──
「よう、炎金の」
「あれ、セプテントリオさん?」
私が知る姿よりもかなり若いセプテントリオさんの脚と、私の拳がかち合った。しかも着ている服が軍服だ。ということは、一体さっきのは……?
「いえでも、さっきの声は女性の……」
「私はこっちですよ、アヤメさん」
疑問の答えは目の前に。私よりもかなり小さい身長しかない、白髪赤目の獅子族の少女の姿がそこにはあった。私の名前を知っている人で、そんな特徴を持っている人を私は1人しか知らない。
「……ミーニャ女王?」
「今は王女です。それにもう、国を継ぐ気はさらさらありません」
歳の頃は、多分まだ1桁台。10歳に届かないくらいだろうか、若いを通り越して幼い姿の彼女の姿がそこにはあった。しかし、ミーニャ女王がそれくらいってことは。
「……結構、歳いってたんですね。セプテントリオさん」
「言っとくが、俺と同時期の存在だからな。手前の隣で寝てるナーハフートも」
「歳上好きだったんですね、私」
思ってもみなかった、死んでも気付くことのなかった自分の癖が開示されてしまった。その事実にワナワナと震えていると、額に青筋を浮かべたミーニャ女王が絶対零度の視線で私を射抜いていた。
「……それでアヤメさん。何か私に言うことは?」
「えっ」
何か、あっただろうか。
未来で勝手をしたのは悪いと思っているが、アレしか手段がなかったのだから謝る気はない。獣王剣を使ったのもそうだし……思考を巡らせていると、セプテントリオさんが笑いを堪えながら足元を指差し──あっ。
花畑が全滅していた。傷跡的におそらく、記憶にはないがレギオンβ辺りだろうか。それが墜落したような痕跡が、私たちの足元にはあった。
「ミーニャ王女、つかぬことを聞きますが」
「はい」
「今は何年の何月ですか?」
──答えは私達の魔法が設定していた通りの年月。
私の生まれる5年前。まだ平和だった頃。
「そしてここは、どこでしょうか……?」
「再建前の獣王国王都、その王城にある私のお気に入りの場所ですね」
「ッ、スゥ──」
これはもしや、帰ってこれたのは良いものの打ち首まっしぐらなのでは。どうにかして逃げなければ。2人が目を覚ます気配はな──いや、これ2人とも狸寝入りだ。
「リィン、アイン、朝ですよ。起きて下さい」
「ぐぅぐぅ……」
「口で言っても意味ないですよ」
「仕方ないではないか! 仕方ないではないか! 余がここで起きても、アヤメと罪を半分こにするだけで……あっ」
これでよし、リィンは仕留めた。次は最後、ここまで静かに寝ているふりをしてきたアインだけ。
「アインも、起きてるのはわかってるんです。大人しく投降して下さい」
「余らは一蓮托生ではないか、一人だけ難を逃れようとは片腹いたいぞ」
(断固拒否すると否定する)
念話で返答してきたので、リィンと共に無理やり叩き起こす。さあ、あとはママ直伝の土下座が何処まで通用するかだが……
「被害については、謝ってくれればそれだけで。ここは獣王国、精霊がやったことについて必要以上に咎めはしませんよ」
「「「精霊?」」」
思っても見なかった言葉に、3人で顔を見合わせる。
確かに私は半分精霊ではあるが……と、疑問に思いつつも確認して。久し振りに見たバグのない自分のステータスに、見慣れない文字が追加されてるのが見えた。
精霊、それも最上位。どうやら私たちは全員揃って、お義母さんと同じような存在の区分へ成っていたらしい。最後の神剣を作るため行った転生が原因だろうか?
「全く、憑き物が落ちたように笑って……怒るに怒れないじゃありませんか」
「それでいいのか、姫様」
「直してもらうのは確定事項ですから」
などと、他愛のない会話をしている間にも話は進んでいて。
「聞きなさい、そこの精霊3人」
呆れたような声に、視線をそちらに向けると。集結が始まった軍人を背景に、小さいながらも未来の威厳を放つミーニャ女王が居て。
「先ずは──そうですね。全てはここから始めましょうか」
「おかえりなさい」
「「「ただいま戻りました!」」」
未来での戦友が浮かべた屈託のない笑顔と流れる涙に、私たちは言葉を揃えたのだった。
〜Fin〜