依頼を受けた次の日に、私はミストゥナの街を出発した。あのまま街に留まっているのは嫌だったし、依頼も早く解決したかったから。財布が心配だったなんてことはない。
「えっと、確かここら辺だったはず……」
嵐の壁を写真を撮ってから越えて、箒を最高速でかっ飛ばすこと数十分。未だ降りしきる豪雨の中、私は地図に印をつけたクハクさんの街付近まで来ていた。
けれど、どこに街があったのかがわからない。魔導具とか魔法で探知しようにも、
「もしかして私、大人って判定されてる?」
結界に引っかかりそうな高さをビュンビュン飛んでるのに見つからないってことは、結界の『大人を拒絶する』って条件に引っかかっているのかもしれない。確かに私は今回、偶然じゃなくて仕事としてここに来ている。となると、見つからないのも納得と言えよう。
「なら、仕方ないのかな」
手の届くところにあるものに手が届かない。もどかしいことこの上ないけど、無理なものは無理だと分かる。結界を再現できるくらい調べ尽くしたから尚更だ。私が助けを求めたりして、クハクさんが気づいて入れてくれれば別だけど……この豪雨だし難しいだろう。
そんなことを思いつつ、箒の方向を変えた瞬間のことだった。突然視界に街が映った。初めてここに来た時みたいに、いきなり視界が草原から街に切り替わったのだ。
相変わらずの不気味さに少し恐怖を覚えつつ、箒を減速して降下、箒から飛び降り私は街に侵入した。
「よいしょっと」
そうやって降り立った街は、不気味なほどに静かだった。子供達の声は聞こえず、雨の音だけが街に響く。それ以外の音がないこのここは、気味が悪いとしか言いようがない。
「あら、アヤさん。戻って来てくれたんですか?」
そして、家の扉からこちらを覗くクハクさんも。何が本当なのか、何が真実なのか。全部見極めて、私は判断しなければいけない。
「ええ。ですが今回は、仕事と私のやるべきことの為に。私の味方でいてくれるなら、話だけは聞いてくれませんか?」
細められたクハクさんの目をしっかりと見つめ返し、箒片手に私は答えた。最悪すぐ戦闘になることも考えて帯剣して来てるけど、出来れば戦いたくなんてないのが本音だった。
「ええ、良いわ。私は子供の味方ですもの。でも、聞いてからどうするかは話次第よ」
「分かってます。話を聞いてくれるだけでも、私としては有り難いですよ」
そう言って箒をしまい、気を張り詰めたまま私は家の中に踏み込んだ。私がいた時と同様に、外の街と同様に、やっぱりここも音がない。通された何も変わらない筈のリビングも、ランプ1つで照らされどこか不気味だった。
「それじゃあ、話を聞きましょう。いつでも良いわよ」
「でしたら、遠慮なく」
いつかの焼き増しのようにテーブルを挟んで座り、クハクさんの許しが出たところで私は口を開いた。
「私はこれでも、一応冒険者……その中でもSランクです。それで、正直受けたくは無かったんですけど、ある依頼を受けてここに戻ってきました」
そこまでを一気に言って、一泊おく。私の話を聞いている間もクハクさんの表情は冷え切っていて、ちょっとだけ怖かった。
「依頼の内容は、2年前クハクさんが誘拐したっていうアルベルタって子の安否確認です。細部の真偽はともかく、名前の出たクハクさんを訪ねれば何かは分かると思ってきました」
「死んでるわ」
返ってきたのは、そんな冷たい一言だった。冷え切った目で、どこか遠くを見つめてクハクさんはそう言った。そして、その虚ろな瞳を私に真っ直ぐ向けて語り出した。
「後で知ったことなのだけど、妾の仔だったらしいのよ。アルベルタは。そのせいで、実の兄や使用人にまで嫌われていたあの子が、街の路地裏で捨て猫と一緒にご飯を食べてるのを見つけたのが私。ここに連れ帰ってきた当初は脅えてたみたいだけど、次第にみんなと打ち解けて明るくなっていったわ」
「それは……」
誘拐とは、程遠いんじゃないか。そう言いかけた瞬間、先を制するようにクハクさんが言葉を紡いだ。
「でも、その2ヶ月後に孤児院は無くなったわ。理由は話したわよね?」
「ええ、反吐がでるものを聞きました」
よくある話と言ってしまえばそうだけど、それでも許せない……いや、当時を知らない私がそんなことを思う資格はないか。
そして全てを言い切ったクハクさんの目は、憎悪とか殺意といったもので染まっていた。時間をかけるのは、やめた方が良い気がする。
「なら、分かってるでしょう? 協力なんてしないわ。ここを焼いた貴族に渡すものなんて、ビタ一文有りはしないわよ」
「そう、ですか」
せめて遺品の1つでもあればと思ったけど、そもそも燃やされたのなら残ってないかと納得する。説明の手間は増えるけど、仕方ない。
「もし話がそれだけなら、返ってくれないかしら? 私、今すごく苛々してるから良くないことを言ってしまいそうなの」
「いえ、今の話を聞いて1つだけ気になることが出来ました。現在のアルベルタちゃんの家の当主は、その事件に関わってたと思いますか?」
あの人の様子だと、今聞いたような事情は知らない……とは思う。アレが演技なら、ちょっと自信なくす。揶揄いはしたけど、あの様子はすぐにでも安否を知りたい、その思いから来るものだったように思える。
「それはないわ」
私の疑問に、笑顔を浮かべてクハクさんは答えた。その表情に、少しだけ安心して──
「だって、あの事件に関わった奴は全員、私が殺したもの」
変わらぬ表情でそう告げられ、すぐにそんな気持ちは凍りついた。
「ここを襲ってきた実働部隊。命令を下したクソ。クソの腐った子供。汚物みたいな嫁。それを黙認していた使用人。裏で手を回していた私が婚約者にさせられたゴミ。ゴミを誘導してた周りのゴミ。1人残らず、この手で殺したわ。あぁ、気持ちよかったわ……子供を殺したゴミ屑が、恐怖に塗れて死んでいくのは」
虚ろな目のまま、けれどどこか恍惚とした様子で語られた言葉に、怖気を覚える。生物を殺すということは、私も魔物や悪魔、鶏や魚を〆ることで慣れてるから何も言えない。
でも、同族を殺して笑ってられるのは、異常だって分かる。そんな、どこか壊れてしまってる人しかできない笑いだったから。
「私は、何も言いませんよ」
「あらそう? 今までこの話を聞いた人は、怯えるか糾弾するかの二択だったのよ」
「その人たち、死んでません?」
「勘が良いのね」
嫌な予想が当たってしまって、私には苦笑いを浮かべるくらいしか出来なかった。でも、そんな会話のお陰で少しだけ緊張感が緩んだ。もしかしたら、今のはクハクさんなりのそういう為のものだったのかもしれない。
そう思った時、声が起こった。高く騒騒しい、子供そのものと言える声が。それも数人じゃきかないような声が、この家に向けて走って来るのが聞こえた。壁に掛けられた時計を見れば、針は正午を指していた。
「ちょっと大勢来るから、アヤさんは上に行っててくれるかしら? 子供たちが来たら、満足にお話もできないでしょうし」
「ですね。それでは失礼して」
軽く頭を下げてから、警戒しつつ背を向けて扉へ向かう。あの子たちに巻き込まれるのは私も嫌だし、こんな話を聞かせる必要もない。
子供達の前なら襲われることもないだろうと扉を開けたけど、どうやら私は一足遅かったらしい。入り口でカッパを脱ぎ捨てた子供たちが、まだ濡れているのにこっちに向けて走って来ていた。
「おねえちゃんひさしぶりー!」
「こんどこそあそぼ!」
「またきてくれたの!?」
口々に言ってくる子供たちを軽く流しつつ、2階へ上がる為の階段に向け歩いていく。
丸い狸風の耳を持つ茶髪の男の子。垂れた兎風の耳を持つ白髪の女の子。細い牛風の耳と角を持つ黒髪の男の子。丸く大きな耳を持つ、なんの動物が元かわからない女の子。獣人としての耳がない、水色髪の女の子。その他にも沢山の、気紛れで数えて見たら23人居た子供とすれ違い、階段の前に辿り着いた時だった。
「ま、まってよみんなー!」
そんな、
「「え?」」
互いに足が止まり、声が重なった。視線が交錯し、お陰でその全身をじっくり見ることが出来た。その、何もかもが私の鏡写しのような少女を。どう見てもその少女の姿、私の知る私自身である『アヤ・ティアードロップ』そのものだった。
「貴方の、名前は?」
「わたしはね、あやっていうの。おねえちゃんは、わたしとおんなじみたいだけど……だれ?」
「私の名前もね、アヤっていうんだ」
そう、言った直後だった。目の前の少女から、表情が抜け落ちた。少し不審がって怯えていたような表情が、まるで能面か何かのように。輝く光を湛えていた瞳は、何も映さない闇の色に。果てには、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちてしまった。
「な──」
そんな様子に驚くことが出来たのも、僅か数瞬の間だけだった。何故ならば、私の背後から銀の光が迫ってきていたから。
「ッ!」
咄嗟に抜剣したエターナルの右刃で、時計回りに回転しながらそれを弾く。そしてそのまま、壁を蹴って家の外に転がり出る。泥を跳ね飛ばして停止して、雨に打たれながら私が見たのは、笑みを浮かべるクハクさんだった。
「あらあら。今ので死んでいれば、楽に死ねたのに」
その手に握られている物を見た瞬間、片手で構えたエターナルが振動した。感じる力からして、アレが魔剣なのだろう。けれど、Ⅱ型に分類されるソレは、凡そ剣と呼べる形をしていなかった。
ソレに目立つ刃はなく、短い持ち手から鍔の様に大きな輪が形成されており、そこから2つの金属棒が伸びている。一方の先には鋭く太い金属の針が装着されており、もう一方の先には細く白い針が斜めに装着されている。
簡単に言うならば、人の背丈程ある金属製のコンパスだろうか。それが、Ⅱ型魔剣チョークの姿だった。
「どうしてですか……それに、あの私みたいな子はなんですか!」
頭は冷静に状況を分析しているけど、私に言えたのはそんな言葉だけだった。分からない、分かりたくない、そんな何に向けられたのかも分からない感情だけが渦巻いている。
「アヤちゃんがね、ここの情報を持ち帰るだけで、私には迷惑なのよ。私と子供たちの楽園は、誰に知られてもいけないの。
だから、死んでもらうわ」
問いの返答は、魔剣による打撃だった。
魔剣のブーストを受けてる私をしてギリギリ見える速度で、急速に接近してから下段から上段への振り抜き。なんとか躱すことはできたけど、次も避け切れる自信はない。
「刃金に満ちよ、我が祈り──」
だからこそ、魔剣を解放しようとした時のことだった。
「おねえちゃんやめて!」
「なっ!?」
小さな子供が、私の左手にひしと抱きついた。どうやってとか、なんでとかよりも先に思ったのは、守らないとという思い1つ。
だからこそ私は、両手持ちの叩き潰しの動きに対し、回避ではなく迎撃を選択した。
「《アダマンタイト》!」
選択したのは、私が作り得る限り最硬の防壁。同時に左腕以外の防具を身に纏ったところで──厚さ600mmの防壁は砕け散った。それも靱性や高度に従った割れ方ではなく、無理やり砕いたような形で。
「くっ」
子供を庇うようにして、間に合ったのは右腕のみ。ママのお下がりである腕甲と魔剣が衝突し、腕がへし折れる異音と共に私は吹き飛ばされた。
握力が消える前に魔剣を収納し、名も知らない子を抱き抱えるようにして泥になりつつ歩み地面を転がっていく。色々と纏わりついてきて気持ち悪いし腕も死ぬほどけど、そんなことは後回しだ。
「無事!? っぁ……」
庇った子の様子を確認しようとして、私は目の前が真っ暗になった錯覚に襲われた。庇った筈だったのに、子供の首はあらぬ方向に曲がっていた。せめてもの救いは、顔が苦しそうじゃないことか。
そんな考えを巡らせる頭とは別に、折れた腕の治癒を優先するべきと考えてもいる思考もあった。しかもそれに従って、子供を地面に横たえ、それとは別に治癒系の魔法陣を形成して腕を治す薄情な自分がいて……なんとなく、嫌だった。
「あらあら。アヤちゃんのせいで、1人死んでしまいましたね」
「誰のせいで!」
再び取り出したエターナルを握り、感情を叩きつけるように叫んだ。いや、これも私が予想できてなかったのが悪いのかもしれない。クハクさんなら子供は殺さない、子供の前でそんなことはしない、そんな勝手な思い込みをしていたのだし。
「アヤちゃんのせいと、私は言いましたよ?」
「ッ……!」
「そんな悲しい顔をしないで? 大丈夫、死んでもアヤちゃんは、私が大切にしてあげるから」
「お断りです!!」
そう言いつつ、魔剣でブーストされた爆炎の魔法を放った。出力は勿論最大。普通に当たれば、人程度なら炭にして余りある高温の焔が吹き荒れて、クハクさんを燃やさんと迫る。
「「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
私はクハクさんを確実に仕留めるために。クハクさんは焔を払う為に。互いに紡いだ、魔剣を解放する詠唱が重なった。